俺の力量、蛇竜未満
グレン:LV13(+5) ★
職業:戦士 属性:土 HP:49/55 MP:20/23
武器 黒鉄の長剣 防具 狼皮の革胴着 装飾 聖ロザリオ
体力:55 腕力:42 頑丈:39 敏捷:50 知力:26
攻撃力:51 防御力:47
最後に目にした俺のステータス情報はこんな状態だった。崩拳を一度使っているので、打てるのはあと19発。それが無くなった時点で俺には、決定打が無くなる。
だがこれまでのように節制した闘い方で上手く行く程甘くは無いだろう。奴の尾か咢をまともに受ければ俺の貧弱な肉体では耐えられないのだから。
そんな事情も知ったことは無いとばかりに、堅牢な岩に身を包んだ蛇竜は口腔を大きく開いて飛び出した。特に肥大した二本の前牙が糸を引き、松明の灯りに照らされて鋭利な煌めきを垣間見せる。
顎を閉じた瞬間。バン、という音が洞窟内で反響した。あまりに咬む力の強さと速さで大気が破裂するような衝撃が起こる。真横に逸れてかわした俺の身代わりになった石柱は、一瞬で粉砕された。
あれが俺だったらどうなっていたか。想像したくもない。硬御でもまともに防げるのか分からない。やはり一番注視するのは、奴の咬みつき。
突進の影響で目の前ですれ違う長い胴体に、俺は崩拳を一発叩きこむ。堅い。岩の装甲が一部剥がれ、怪物は身体を湾曲させて後退。手ごたえはあっても命を奪える程の効果は期待できない。
「ぐ、グレンさん!」
松明を拾いながら、呼んだのは少年騎士アレイクだった。水に濡れた子犬のように震えている。
「アイツ……あんなドラゴンとやり合う気か……」
そして彼の隣で呆然と俺と岩竜の闘いを見ていたオーランドが呟いていた。そんな暇があるなら身を隠せ。
一筋縄ではいかないと、向こうは考えたのか。一度距離を取って岩竜は俺を見降ろした。ドラゴンの系統であるなら、知能もいくらかあるらしい。だからロックリザードを操れたのだ。
これまでとは異なる声音の奇妙な遠吠えがドラゴンの喉から出た。その所作がまるで、獲物を見つけた群れの狼が仲間に知らせるようにも見えた。
呼びやがった。野生のドラゴンは群れを取らない。と考えれば、恐らくロックリザード。
俺達が通った入り口は塞いでいた筈なのに、何匹かが洞窟内で姿を現した。魔法に集中しているくっころ騎士ことレイシアが狙われるのはまずい。
「おいお前ら! サボってる場合か!」
遠目で戦々恐々としているだけの騎士二人に、俺は指示を飛ばした。
「ロックリザードくらいなら何とかなるだろ!? レイシアの所に行かせないように守りやがれ! それも出来ないで騎士になれんのか!?」
言うだけ言って今度は俺が飛び出した。逃げ足には自信がある分、回避という強味になる。
蛇竜はその長い尾ででこぼこの地面を薙ぎ払った。岩が吹き飛ばされ、それが雨のように俺へと降り注ぐ。その中を俺は掻い潜った。
何個かが俺の頭に落ちてきた。俺を丸々押しつぶせるサイズ。間に合わない。
「硬御!」
咄嗟に両腕を組み、闘技で全身を固める。圧死は免れたが動く事が出来ない性質上、俺はその岩の下敷きになった。
解くか否やを考える前に、のしかかった岩のさらに上に重い衝撃が炸裂する。
一発で岩石が砕けると同時に、視界が広がる。そこで待っていたのはしなる竜の尾だ。
硬御状態で横たわる俺に、無数の尻尾による鞭打が浴びせられた。ダメージ自体は緩和しているとはいえ、その威力にゆっくりと俺の肉体に蓄積されていく。
「ぐっ、くっそ……」
避けなかった事、そしてこの闘技の欠点である使用している間は身動きが取れない事が仇になった。このままじゃ嬲り殺しだ。
しかし、運良く圧倒的な体格差の暴力によって身体が舞い、尻尾の距離まで離れることが出来た。壁に身を投げ出されたが。
そこで硬御を解き、その岩壁に受け身を取る。地面に両足で着地。
だがその間にドラゴンの追撃が迫っていた。すぐさま俺は洞窟の壁を蹴る。その跳躍が天井にまで届く。
「崩拳!」
背中に当たる部位目掛けて闘技を叩き込むと、その竜の巨躯が地面に軽く沈んだ。呻き声が耳に入る。多少の効き目はあるみたいだ。
鱗の上に立っていた俺の背後にまた尾が襲ってきた。すかさず跳んで避ける。もう一度、いやもっとだ。
「崩拳! 崩拳! 崩拳! 崩拳!」
何度も何度も。MPの消費などかまけず、俺は闘技を休むことなく打ち続けた。それに合わせて岩竜が大地に陥没した。岩が剥げ飛び、何枚もの鱗が散る。
奇声。徐々に痛みを伴ってきたのか、ドラゴンの怒号が全身を叩く。
頃合いを見て離脱しようとした俺だったが、気付けば俺の周囲に胴体が囲う。
奴の顔、そして尻尾に警戒はしていた。それが奴の無為の武器だと思っていたからだ。だが胴体からでは攻撃は繰り出せない。そうタカをくくっていたのだ。
が、それは俺の愚かな判断だった。奴は蛇竜なのだ。蛇の性質を持っている。
巻き付かれた。とぐろを巻くようにして、俺の全身は奴の身体に包まれる。
脱出も出来ずすぐに硬御を纏う。口から内臓が出るような事は無くなったが、徐々に締め付けられていく。
レイシアの方はまだ精神統一したまま、その場で何かを口ずさんでいる。まだかかりそうだ。
ヤバイ。硬御をした状態では今俺は動けない。さっきは鞭のような重い一撃で自重が軽いのもあって離れられたが、今回は俺を捕えて離さないつもりだ。
「ぐ……あ……」
自分の骨格がゆっくりと、確実に押し潰されていくのを感じる。万力に似た圧迫が、俺を焦燥に駆り立てる。
抜け出したいが、硬御を解けば一瞬で締まる竜の長い胴によって俺は潰されるだろう。硬御を維持してどうにかしなければならない。
せめて、このまま動く事が出来るのなら。崩拳を使って吹き飛ばせられるのだが。
だがそれは矛盾だ。身を重い鉄のようにしておきながら、羽根のようにすばやくありたいというのだから。
せめて、片腕でも解く事が出来れば。
イチかバチか。命懸けの博打。
俺は全体の身に張った緊張を片手だけ緩めた。一部分だけ硬御が解けないだろうかと試みる。
「……お! よ、し……」
手が動いた。全身は今も堅牢な銅像の如く硬直したままでありながら、右腕だけが石化が解けたように柔軟になった。
その緩みで隙間が出来た瞬間を狙い、俺は闘技を放つ。
「崩拳!」
岩竜の胴体が揺れる。腹にボディブローをもらったんだ。悶絶して当然だ。
「崩拳!」
二撃目で拘束を解いたのを見計らい、俺は空へ抜けた。誰から見ても喘ぐ岩竜の頭上に降り、俺はさらにもう一発!
「崩拳!」
ガクンッと、首を曲げ初めて岩竜は地上に伏せた。だがこれで終わりではない。
マウントポジションをとったこの機に俺はありったけの闘技:崩拳を使う。狙いは人体で言う首の部分。此処が恐らく肉の装甲が少ない。
すぐに岩を剥がし、鱗の鎧を壊し、ようやく剥き出しになった皮膚の部分を俺は作り上げる。
残された崩拳はあと数発。牽制や足止めを考えれば、俺はそれで決着をつけなければならない。
最後に俺は今までは使わなかった武器を出した。腰に帯刀していた黒鉄の細剣。今まででは鱗のせいで全く通用する筈の無かった刃物だ。
それを蛇竜の露出された皮膚の部分に突き立てる。それでトドメを刺すつもりはない。これはあくまで、コイツを倒すための一手。
遂に復帰した蛇竜が暴れ出し、俺を振り落とした。自由落下に晒された俺は、最後の攻撃をする。
狙いは今しがた杭のように刺した黒鉄の剣。あの手応えだと恐らく拳の一撃では足りない。だが今が活路を見出だす絶好のチャンス。
これが決まれば、MPを全て使い切っても良い。一度に崩拳を使って決める!
一度で多く連続で!
「多連崩拳!」
思わず口外にでた技は、自分の習得した闘技の仕様には含まれていない。
ただ、既存の崩拳を一瞬の間に複数放つだけの派生。
それによって発生した片手による崩拳の乱発が、竜の皮膚に立った剣の唾を叩く。衝撃で鍔が折れ、剣は壊れた。
代わりにその刀身は深々と、ドラゴンの体内を入り込んだ。それでも、奴にとっては釘が刺さった程度の物かもしれない。命に支障を来たす怪我ではないのかもしれない。
それで良い。それでこそ、十分な役目を担う。
「やれぇレイシア!」
宙で絶叫した俺の背後で、煌々と白い光を剣に集めた少女が立っていた。
「…………かくて集え、かくて満ちて、かくて落ちろ、怒涛の雷斧」
騎士の剣は輝きを大きく高めた。恐らくは詠唱を終え、力を蓄えきったのだろう。
そして、細い剣から白い稲妻が解き放たれる。
「輝く落雷の刃!」
飛び出した莫大な電撃の奔流は、一度天井にまで届き、そして避雷針のように定めた竜の首に刺さる剣に向かって落ちた。
ドラゴンの全身が、洞窟内が、その衝撃の間近にいた俺が閃光に包まれる。
怪物の断末魔の咆哮と、天を裂く轟音が広がった。




