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俺の共闘、彼女の名は

 リンドブルム。有翼無脚目に該当される竜の一種。いわば蛇竜。


 ドラゴンは別の呼び名として「君臨者」「強者」「支配者」「暴君」を指し、魔物として生態系ピラミッドの頂点に位置する。その表現にふさわしい程の戦闘力を誇り、また個体差はあるが高い知能を持つ。


 共通する部分として魚の鱗に酷似しながらも鉄よりも固い竜鱗があり、大半が飛行能力を有する為広い範囲で移動をする。それによって、時に目下の人々へ災厄をもたらす。一匹が台風に匹敵するという。

 大まかな分類の出来た目の前の岩竜に、恐れを微塵も無く飛び出したくっころ騎士。


 女性らしからぬ雄叫びをあげながら、彼女は雷電に包まれた剣を振り上げる。それは付与エンチャントによって殺傷力をとてつもなく高めた状態だ。


 岩竜の頭上に、先手を取ったくっころ騎士がその強烈な一太刀を降ろした。

 固い甲殻を備えるロックリザードですら輪切りにしたその一撃が怪物の頭蓋に届く。


「なっ!?」

 激しい金属音が地下洞に広がった。雷光剣らいこうけんを纏う剣が上にはね上がる。

 その鱗に覆われた肉は、遠目から見た限りでは傷ひとつ無い。あれほどの切れ味をもってしても、竜の身体の前では脅威となりえなかった。


 副隊長にまで上り詰めた実力が通じさえしないという現実に、空中で対空する少女の顔が強張った。

 岩竜が既に反撃に出た。大木のように太く鞭のようにしなやかな尾を、くっころ騎士へ振るう。その所作は、あたかも目前の蚊を追い払うが如く。


 尾先を細い剣で受ける。擦れた鱗が激しく火花を打ち鳴らした。

 そのまま吹き飛ばされた彼女が、岩壁に激突。歪んだ表情と、口が呼吸を求めて開閉する。


 ずるずると、そのまま地面に滑り落ちる騎士。その一瞬の光景に部下達は動けずに硬直していた。


 馬鹿かアイツは。勝算も無く突っ込んで行きやがって。あれじゃロクに身動きも取れないだろう。


 俺はその間に、大きな鍾乳石の影に隠れつつ様子を見る。岩竜がくっころ騎士に意識を向けたおかげで、恐らく取り残された俺達三人に気が回っていない。


 俺は打算的に辺りを見渡した。このままあのドラゴンを惹き付けさせて出口へと逃げる事が一番助かる可能性があるだろう。馬鹿でも分かる、ゴブリンの俺があんな化け物とやり合えるか。くっころ騎士が簡単にやられたんだぜ?


 一日二日の仲でこんな呆気なく見捨てるというのは誰が見ても薄情だが仕方がない。生き残る事で精一杯の時、仲良く殺されるだなんて死んでも御免だ。 

 その圧倒的な存在感に怯えて動けないでいるアレイクとオーランドに対し、岩竜は黄色い眼で射抜く。次の標的は決まった。


「は、はっ……はぁぁ……」

 脂汗と、涙をこぼした美少年の騎士。彼もいずれこのままでは食われると悟ったのだろう。

 まさしく蛇のように腹で這いずり、岩竜が地面の岩を掘削しながら突き進む。その大きな歯牙を、二人の元へと開く。


「……雷天撃波ライヴォルト

 横合いから岩竜の顔を覆うようにまとまらない稲妻が舐める。そして閃光と爆発。黒煙が晴れた後、ドラゴンは軽く首を振った。鳩が豆鉄砲でも食らった感覚だろう。その鱗の強度では通用しない。


 術者は、抜身の剣を杖にして竜の前に立つ。ふらふらで歩くのもやっとの事だろうに。

「私の……部下に、手を……出すな……!」


 遠い雷鳴のように、喉奥で唸る岩竜。くっころ騎士は虫の息の癖に物怖じする気配はない。剣を持ち替え、どうにか構える。


「二度と、貴様らに……貴様らなんかに奪わせてなるものか、……来ォい!」

 大気を切り裂く咆哮。同時に、蛇竜は進路を変えて猛突進した。

 もはや彼女に避ける余力も無いだろう。ましてや防ぐ事も出来ない。潰される。


崩拳ほうけん!」

 ドラゴンにとっては二度目の妨害が、眉間目掛けて放たれた。衝撃にあぎとが塞がれあごを地面にぶつける。


 俺は思わず岩竜に飛び掛かり、闘技を打ち込んでしまった。不意打ちとしては上手くいったが、これで俺の存在も完全に認識されただろう。

 後悔が胸の中で突く。密かに逃げる策はこれでパーになった。騎士達と一蓮托生だ。


 もんどりうった岩竜から飛び退き、くっころ騎士の傍らに俺は着地。

「ゴブ、リン……お前」

「何で逃げなかったのか、か?」


 当然の話だ。俺はこいつ等と死ぬまで同伴する義務も義理も無い。それは向こうも承知の事。俺に裏切りは許されないが、見捨てられても自分達の甘さが招いた事と甘んじて受け入れていたのだろう。仕方ない事だ、と。


「見捨てるのもくたばるのも、どっちも気に食わねぇからだ」

 この二択そのものに腹が立つ。仕方ないと片付けられる事に腹が立つ。


 俺が不慮の事故で死んで、ゴブリンに転生して、挙句さげすまれ、人以下の扱いを受け続けるようになった事は甘んじて受け入れよう。それも世の定めだから。

 だが、こんな洞窟でふざけた状況においやって置いて大人しく食われろと言うのは許せない。意図的な悪意がある。それには何としても逆らいたい。まさに身を投げ打ってでも、だ。


 それと俺自身飛び出したが、くっころ騎士みたいに打算が無い訳ではない。勇気が必要だっただけ。それを根拠に、コイツの弱点を俺は理解していた。


「おい、お前の魔法、もっと強く撃てるか?」

「当然、だ。下級だから詠唱を破棄して素早く撃てたが、階級を上げる程発動までに時間が掛かるぞ? いつまでも立ち止まって出来ることじゃない」

「そうかい。なら、それをやれ」

「馬鹿を言うな。奴がそれを待つと思うか? 仮に出来たとして、初級で傷ひとつ与えられないのを相手に中級上級で仕留められる保証は無いだろ?」

「お前の攻撃が通用しなかった理由はドラゴンの鱗特有の魔法耐性だ。ただぶつけるくらいじゃ、効きやしねぇよ。よくて目眩ましだな。お前の言う通り放つだけじゃ無駄だろう」


 女騎士の姿を見る。ボロボロで立っているのもやっとだ。防御と鎧を着てこれだと、相当の攻撃力があると見て良い。


 そしてさっきの俺の唯一の闘技で怯ませられたが、ダメージ自体は少ない。物理的な防御力もある。あの堅牢な鱗には数発程度ではダメだ。もっと当てないと。


 拳を固くして、今度は俺が進み出た。

「俺が囮になる。そんなんじゃロクに避けられねぇだろ? 何とか、一か所でも鱗を破壊するから、そこにお前のありったっけの攻撃魔法を打ち込め。出来れば雷属性が良い。奴の属性は土だ。それなら弱点で、内部にまで届く」


 それで決める。俺がMPを闘技で使いきるまでに、くっころ騎士が長い時間を掛けて放つ攻撃魔法を唱えるのを考えれば、チャンスは一度だけだ。

「成功率は?」

「低いだろ。どちらかが失敗した時点で全滅だ」

「単身で挑むなんて、自殺と同じだぞ?」

「だから死ぬ気で行くんだよ」


 恐怖が無いかと言えばウソになる。こんなもの人の手で何とかしようと考えるのがおかしい。竜の中でも下等種だが、それでも人間から見れば天災だ。


「馬鹿げてる」

 そう彼女は失笑する。自分でも体感したからだろう。ひっくり返ったくらいじゃどうにかならないと思っているだろう。


「かもな。だけど、それで潔くしようと部下もテメェも死ぬだけだぜ?」

「…………」


 無意味だと知った上で、コイツは二人を庇ったのだ。あのまま大人しくしてれば、生きていられる時間は延びていたというのに。俺は、そこを素直に尊敬できた。

「せっかく終わるとしても、あがけよ。見苦しいなんて、言ってられるかよ。騎士なんてのは、そんな物か?」


 彼女の暴力に蹂躙されて震える身体に活力が宿った。

「違う。騎士はどんな時も弱き者の希望であらねばならない。最後の最後まで、敵に抗うのが……」

「騎士なんだろ?」


 俺にそんな事を諭されるのはきっと屈辱の筈だ。でも、生きてこそだ。俺はこんな所で死ぬつもりは無い。勝つ。勝って魔物としての下剋上を為して見せる。


「おいくっころ騎士」

「まだあるなら早く言え。もう奴が起き上がったぞ。お前の話、乗ってやる」

「名前」

「何?」

「お前の名前、まだ聞いちゃいなかったからな。教えろよ」

「今更だな本当に!」


 その会話で少し両者の緊張がほぐれたらしい。くっころ騎士は、彼女の声が幾分か柔らかくなった。


「レイシアだ」

「思ったより素朴な名前じゃん。俺の名前は、もう知ってるよな」

「いや、忘れた」

「……グレンだって」


 そこにはがっくりと来る。ほんとに関心が無かったんだな。

 そういえば、と呑気に俺は考えた。俺はどうして岩竜の、いやドラゴンの知識を持っていたのだろう? そういった生態を記された本を読んだ事も無いし、誰かからも教わった事も無い筈だ。知らない事を知っているなんて、変な話だな。


 まぁいい。俺も腹を据えた。

「じゃ、行きますか」

 怪物が俺を完全なる敵として捉えた今、俺は全霊を以て挑んだ。


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