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俺の到達、岩窟の玉座

 この依頼を受けて、三日目に差し掛かろうとしていた。俺達は依然塞がれた洞窟内にいる。歩き通しだった。


 一度別の洞窟から引き上げた騎士団達が副隊長の組が戻らない事で、俺達を探しに潜った洞穴に入らなければ良いんだが。あのロックリザードの群れではひとたまりも無い筈だ。


 いや、何で俺が心配する必要があるんだ? 俺と連中は赤の他人。今は特に対岸の火事どころかこちらが危険な状況。自分の身の安全の方が重要だ。


「グレンさん」


 頭の燃えるマンドゴドラを持って、灯り役をしているアレイクが声を掛けた。シュールだな。


「さっきは貴重な水を分けて頂いて、ありがとう御座いました。こんな状況なのに知り合ったばかりの僕達に気を回せるなんて、グレンさんは亜人でもとても優しい人なんですね」


「おいおい勘違いしてもらっちゃ困るぜ? 俺は自分が助かりたいからそうしてるんだ。お前等に死なれると、一人でこの洞窟を進まなきゃならないからな。これは優しさでも善意でも無い」


 三人に水を分けたのもあくまで協力した方が生存率が高くなると思ってしたまで。善意で身を削れるのは、前世の豊かで安全な社会で暮らしていた時ぐらいの事。この世界ではそうも言っていられない。


 俺はそう言って、懐くような態度の中世的な美少年をツンとした態度で突き離す。


「もし、俺に感謝があるっていうならギブアンドテイクだ。此処を出られたら何か礼でも考えておけよ」

「ハイっ」


 本当にわかってるのか? そんな疑問を抱く程、この若い少年騎士の返事は明るい。いくらなんでも見た目は醜悪なゴブリンに好意的すぎるだろう。警戒心を持て警戒心を。


 むしろ他の騎士二人は俺に対して遅れるなとだけ冷たく言い放つ。それが正常ではあるがこれはこれで嫌だな、水分けてやらない方がよかったかも。


 と言っても、最初の頃よりはマシだった。ふとした会話すら出来ていなかったが、気を紛らせるがてら何てことのない話もするようになる。


「おいグレン」

「水ならもうねーぞ」

「違う。聞きたい事があるだけだ」


 そうオーランドの方から話題を振ってきた。

「お前は何で冒険者をやっている? ゴブリンは普通森の奥や此処ほどじゃないがちょっとした洞穴に潜んで狭い生活圏で活動する魔物だ。アルデバラン王国の城下町を活動拠点にして、こんなところまではるばる赴くようなのは明らかにゴブリンを逸脱しているだろ」

「決まってるだろ、その普通の魔物じゃないからだよ」

「だとしてもだ。わざわざ人間のいる場所で活動なんてするのは賢いとは思えないんだが。ただでさえその見た目で嫌な顔されるだろうに、良く平気でいられるな」


 辛辣で皮肉交じりにずけずけと物を言う奴だ。言い分は正しいんだが。

 確かに、俺は街中を歩く事を許された身ではあるが、やはりそこに住まう人の見る目は冷たい。最初の方ではたまに石を投げてきた奴もいた。


「平気とは言えない。俺だってハートは傷つくさ」

 俺は心まで怪物になったつもりはない。疎まれ、そしられれば良い感情は持ちえないし、時にはへこむ。元人間だもの。


「でもな。俺はどうやら人が好きらしい。少しでもいいから関わっていたいと思う。ハブられても毛嫌いされてもよ。嫌いになるのは簡単だ。理由があれば良い。でも、逆に好きだって事をそう納得行く説明は出来ねぇわ」

「向こうはお前を好きにはなってくれないかもしれないけどな」

「うっせ。期待してるわけじゃないやい」


 仕方ない事だ。俺の見た目は大半が生理的嫌悪を感じるだろう。それに対して否定はしない。いつかは迫害されるかもしれない。


 俺の自尊心プライドは、多分そういう所ではもう折れたりしない。徐々に、俺自身を許せるようになったからかもしれないな。


「だから、お前等が俺をどんな目で見ていようと知ったこっちゃ無い。俺は俺で好きにやってくだけだ。身の程なんて知らないぜ。自由に冒険だってしてやるさ」

「何恰好付けてんだよ」

「それがハードボイルドだ」


 と、決めたつもりだったのだがあまり好感触は得られなかった。滑った!


 暗がりを橙の光と共に進んで行くと、果てしなく長かった穴の道が大きくひらけた。また蟻の巣部屋のようなただの行き止まりかと思ったが、規模が今までと全く違う。


 灯りが照らしているつららのような鍾乳石が生える天井は優に50メートルを超え、空洞は数百メートルはありそうな規模にまで広がっている。

 岩の隙間を通って風が吹き、轟々と唸る。だが、それ以外に物音が無く寂寥せきりょう感を俺は覚えた。


「鉱山の中にこんな所があるなんて……」

 オーランドの呟きはその風に消されそうな程小さかった。アレイクも松明を片手に、近くの壁を見る。


「学者じゃないですから詳しくはありませんが、地質も変化していますね。石灰に地下水が垂れて上の鍾乳石は作られるらしいですが、凄い時間が経たないとあんなに長い物は出来ないでしょう」

「あそこに出来ている棚田状の水源は飲めるだろうか?」

「水!? あるんすか!?」


 くっころ騎士が指差す方向には、階段状の水たまりが出来ている。洞窟内で湧き出した泉だ。照らした光で見えるそれは、とても透き通っていた。

 俺達はそこへ早足で向かう。現代の日本でも確か飲み水として売られている物があった気がしたが。此処はどうだろうか?


「おい。毒味」

「俺かよ!」


 くっころ騎士に指図を受け、胃の丈夫な俺がとりあえず口にすることにした。

 鉱山の洞窟は外気が無いだけに高温多湿。当然水筒も保冷なんて効果は無いため、此処数日はぬるい水しか飲んでていない。


 だが、このひんやりとした場所でゆったりと流れる水は、疲労していた身体を労わるように癒してくれた。一度手ですくい始めたら止まらず、何度も何度も繰り返した。水深はとても浅いが身体ごと浸りたかった。


 俺のその反応を見て、三人もその清純な水たまりに手を出した。不運が続いた中での幸運に、それぞれの歓喜が聞こえてくる。

 これで水不足で困ることは無くなった。落ち着き始めた頃、水筒にも汲み始める。


「副隊長。……ちょっと、良いですか?」

 今まで高揚していたアレイクの声が、一度聞くだけで目に見えて分かるほどに落ちた調子でくっころ騎士を呼ぶ。何というか、動揺も感じ取れた。


「どうした」

「こんな物が、そこに」


 オーランドと俺も続いて彼の下に近寄ると、何かを差し出していた。

「おいマジかよ、何でこんな所に……」

「恐らく、村の者の、だろう」

「という事は、居るんだな……」


 それは、自然の物ではなく人工物。人が手掛けた銀細工。

 ペンダントである。ロケット式で蓋は黒ずんだ塊が--恐らくは血だ--こびりついていて、ナイフでこそぐと小さな絵があった。その一枚の職人の拘りを感じるミニチュア絵画は、俺に見覚えのある物だった。


 おかしい話ではない。あの巣穴の洞窟と此処が繋がっていたのだ。ロックリザードが此処まで足を運んでいたのだろう。そして、此処まで、村人を連れてきた。


 何の為か? それに対する俺の推測は、直に正しかった事となる。

 少し離れた場所で、岩の砕ける物音があった。というより、柱に何かがぶつかって崩れた。

 一斉に振り返った先で、景色が蠢く。


 いや、最初はそんな風に見えたが違う。突起のある岩を纏った存在が動いて錯覚しただけだった。

 その全貌は岩山が意思を持って進む。ロックリザードではない。それ以上に大きい。大き過ぎる。


 腹這いで進む長い胴。尾は丸太を5本以上束ねる程に太く。鎧のような甲殻が岩に見えたのだ。蝙蝠こうもりに似た大きな翼には飛行能力があるのだろう。巨体を空に上げる為だけあって分厚い。あぎとは俺達を悠々と呑み込むほどのサイズで、開いた時には剣山のようなおびただしい数の牙が現れた。

 ロックリザードを蜥蜴とかげだとすれば、コイツは外見上は羽の生えた蛇だった。いや、蛇というより、


「コイツは、まさか」

 蛇というよりも、手足の無い竜……ドラゴンだった。

「ギィィィィイイイイイイイイイイイイオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!」


 この洞窟の主が、土足で踏み入った侵入者に憤った。地面が揺れる錯覚を覚えるほどの咆哮を解き放つ。落雷のように轟き、大気は震え、肌に見えない何かが刺さる気がした。


「……あ…………あ」

 声を失うアレイク。そして歯を打ち鳴らしたオーランド。俺も身が竦んだ。生物的頂点、いや、この地下世界の君臨者との対面に動揺を隠せない。

 そんな中でも、やはりという確信が得た。突如大量発生したロックリザードが村を襲ったという異変。そして、俺達が入り込んだ時のあの群れの襲撃。


 すべてはこのドラゴンが元凶だ。どういう原理なのかは分からないが、ロックリザードを操って村を襲い村人を此処まで攫った。

 鉱食のロックリザードと違って、コイツは恐らく肉を食べる。その餌が必要だったのだ。


 そして、今回は俺達を此処まで呼び寄せた。だから背後で追い込み漁のように、ロックリザードを集団で向かわせたのだ。当然、餌として。

 逃げなくては。真っ先に俺はそういう答えが出た。だが不正解。本能の前に理性が俺に助からないと警鐘を鳴らす。


 たとえあの洞穴にまで無事に戻れたとしても、塞がれている以上確実にのたれ死ぬ。他の出口を探そうにも、此処は奴の根城。探せる余裕はないはずだ。


 挑むしかない。という結論にも、俺達は動けないでいる。奴は蛇の形だが竜で

俺は緑だがゴブリンでも、蛇に睨まれた蛙になってしまっている。

 まんまと食べてくれとばかりに動きを止めた俺達。だが、一人は除く。


「……ラ…………ン」

 両者の間で進み出たのは、副隊長。剣を抜き、恐れる様子は無く竜の眼前に立ち塞がった。

 むしろ、その様子は怒りだった。


「ドラ……ゴン……!」

 彼女の細剣に雷火らいかが宿る。彼女の顔には、ありったけの憎悪が塗りこめられていた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォォォォ!」


 剣に雷魔法を付与エンチャントした状態……雷光剣らいこうけんを構え、くっころ騎士が飛び出す。

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