俺の遭難、残すは前進
退路を断たれた。最悪の状況を理解しながらも、俺達は未踏の洞窟深部へと走る。
ロックリザード達が我先にと追いかけて来る。何処からこんなに湧いて出た?
「オイくっころ騎士! 何とかならねぇのか!?」
「いくらなんでも多すぎるっ。一匹ずつなら大した事は無いが、相手をしていては数に押し潰されるぞ!」
想定外だ。副隊長の返事に含蓄された物が俺にも通じる。俺だってそうだ。群生な魔物だとは思ってもみなかった。
振り返ると、奴等は丸い洞窟内を床から天井まで埋め尽くす程の群れで迫って来ていた。なかなか素早いせいで、少し逃げるくらいじゃ撒けそうにも無い。
「ど、どどどど、どうしましょう! こ、ここ、こここんな数では僕たち全滅ですよぉ! しかも引き返すどころか、進まされてるし!」
「おお落ち着けアレイク! こういう時こそ落ち着け。あ、あわわ慌てるな!」
新人二人の動揺を背後で聞く。オーランド、お前も十分慌ててる。
だが、経験の少ない彼等がそうなるのも無理はない。それだけ今は非常にまずい状態だ。この場を切り抜ける為にはどうするべきか。
ライフカードだ! 要するに自分の中で考えうる選択肢を、架空のカードを手に持たせる。そんな妄想をする。
そこで問題だ! ロックリザードの大群に追われているこの現状をどうすれば良い! どうするのよ俺! 妄想で浮かんだカードは三枚出てきた。
一、逆に考えるんだ。追いつかれたって良いや、って。
二、どっちにしたって逃げきれないから笑えばいいと思うよ。
三、無理。このまま追いつかれる。現実は非情である。
あーダメダメ! 全部の選択肢が諦めてる! ていうか開き直ってるのもある!
違う、他に何かある筈だ。奴等の侵攻を止める方法が。
そうだ、こっちに来れなくすれば問題ない。でも、そうしたら……ええい! どうにでもなれだ。
俺が考えた提案を、一応リーダー格たるくっころ騎士に持ち掛ける。俺は俊敏の高さのおかげか、まだしばらく逃げ続けられそうだが、三人は息が切れ始めている。
「なぁ、先に言っとく。これは最終手段だが、この場を脱する手があるなら乗るか?」
「何だ!? 勿体ぶるな!」
「率直に言うぜ。天井崩して、元来た道を塞いじまうんだよ」
当然、反発の返事があがった。正気か、となじられる。
「四の五の言ってられる状況か! 副隊長! どうするかお前が決めろ!」
俺の罵声に、くっころ騎士は唇を噛んだ。皆、分かっている筈だ。逃げ切れない現実に。その末路に。
「……アレイク! 天井に魔法を放つぞ!」
「は、はい!」
崩落の危険を考えながら、二人が逃げながら後方に手を掲げる。
「雷天撃波!」
「イ、業火爆砲!」
白光の稲妻、紅蓮の火炎弾が天井を打ち抜く。地響きが起きる。
そして、俺達とロックリザードとの間で天井がなだれ落ちた。土煙をもうもうと吐き、道を土砂が埋める。魔物の群れの進軍はそこで止まった。
「……ど、どうするんスか」
難を逃れた俺達も足を止め、その場で脱力。すぐにオーランドが身も世も無く呻く。
「これで出口は無くなった! しかも魔物達の巣食う穴蔵の真っ只中で! 食糧だって大して無い! 灯りだって半日もすれば無くなる!」
「それじゃせっかく落とした土砂でも掘るか? 奴等が総出でお出迎えしてくれるだろうぜ」
「んな事分かってんだよ! どっちにしたってあの数のロックリザードを相手にしなきゃ戻れないってのは!」
茶々を入れた俺に噛み付く。余裕が無いから良くキレる。
「僕等、此処で終わりですか……」
絶望視をする少年騎士。恐らく想像しているのは餓死かこの先の魔物に襲われて終わるかのどちらか。
ゴブリンの特性である掘削力の高さを生かして別の道を新たに作るというのも考えたが、恐らく此処から地上に出るには十キロ近い距離の土壌を掘らなくてはならない。右も左も分からない位置で無差別に掘るとすれば、相当な時間を要するだろう。
「俺の人生、此処までかよ」
そうぼやいて、オーランドは赤毛頭をくしゃくしゃに抱えてうずくまった。同じく壁を背に体育座りをするアレイク。
だがくっころ騎士は、残された道の奥をじっと見ていた。何を考えているかはすぐにわかった。
「お二人さんよ。諦めるには、まだ早いんじゃねーか?」
「…………何だよ。これ以上どうするって言うんだ」
親指で、奥先の暗闇を俺は指す。その所作に、二人は納得が行っていない表情をした。
「たとえ、最深部まで行ったからって何だ。潜った先に都合よく出口があるっていうのか」
「うん。あるんじゃね?」
「あのなぁ!」
ケロッと答えた事に、諦観していたオーランドは業を煮やす。無意味な期待をさせるなとばかりに。だから俺はこう付け足した。
「まだ風が流れてる。という事は、この道の先に出口があったっておかしくねぇんじゃないか? 何処まで続くかは分からないが」
「え……そう、なのか?」
同じ事を言おうとしたのだろう。くっころ騎士は不満そうに鼻を鳴らす。代わりに新人の部下二人を叱咤するように、声を掛けた。
俺達に残されているのは、此処で立ち止まって果てるか。この暗闇を行くかだ。
「立て、二人とも。それでも騎士を志したのか? 困難一つにぶつかった程度で、思考を止めるな」
「副隊長……」
「い、行きましょう」
俺達の洞窟内の探索は続行された。だが目的の優先順位は大きく変わっている。もちろん出口を探すこと。吹き抜けの空気を頼りに、小さな灯りで進んでゆく。
先に進むにあたって、後進からロックリザードは現れなくなったが、やはり行く手には何匹も現れる。今度はくっころ騎士も率先してなるべく最短で戦闘を終わらさせた。
歩いて数時間。静かな闇に、俺達の会話も減った。くっころ騎士もオーランドも俺をゴブリンだと警戒する余裕は無い。俺もおどけるような真似は控えた。もはや生きるか死ぬかがかかっているのだ。
「休憩にしよう。取らないと、万が一に身が持たない」
途中、俺達は灯りを置いてその場で腰を降ろした。干し肉は後一日分。外では体感でも夕方になっている頃だ。参った事に、ランタンの火はもうじき消える。
騎士達が事前に用意していた水筒は帰還を前提とした半日分だったようで、オーランドが空の水筒をやけくそ気味に放り投げた。洞窟内の空気はもわもわとしていて、さらに相当動いている分汗もかなり出ているだろう。俺の足元では小さく水が流れていた。地上には近くに水源でもあるのだろうか。
「背に腹は代えられないな」
俺は自分の分の残りの水筒を三人の前に投げて寄越す。その意図に、視線が集う。それでもかまわず、俺は地面の水をすくって口にする。味はもう考えたもんじゃなかった。
「最悪、俺は泥水でも平気だ。腹も壊さねぇ。倒れられても困るから、お前等で分けろ」
「ゴブリン、お前……」
「あーん? それともゴブリンが口付けたのは嫌だってか? これだから自称都会育ちはー」
「わ、分かった。飲めばいいんだろ!」
「有難みがねー返事ですなぁ? 嫌なら飲まなくても結構」
「グレンさん、すみません。いただきます」
という休憩を挟み、俺達は歩みを再開した。だが、遂に避けられない事態が訪れる。
フッと、今まで俺達を明るくしていた光は途絶えた。ランタンの燃料が切れた。洞窟の深淵が、俺達を包む。
「いずれは、こうなることは分かっていたが」
きついよな、特に人間は。俺は夜目が利く分洞窟内がどうなっているかくらいは分かる。しかし三人にとって、暗闇の中をさまようのは相当困難だ。
「業火爆砲」
小声で、アレイクが呟いたと思うと、一度視野に光が戻って来た。彼の手元に、小さな火種が浮かび上がる。
「魔力を消費する以上、長続きは出来ません。けど、これで少しでも先に進めます」
「なら、松明を作れないか? 木材と、油があればなぁ」
先日潜った洞窟だったのなら、トロッコ線路の端材でどうにでもなったなと後悔。こうなるなんて、普通は誰も予期しない。
「油ならあるぞ」
なんてくっころ騎士が予想外に申し出た。コルク栓で閉められた小瓶を取り出す。
「聖油だ。魔物達が簡単に近付かないようにする効力がある。これで野営地の安全を確保している」
「ちょっと待て、それなんであの時使わなかった? ロックリザードの群れを撃退するのに!」
「興奮状態の魔物にまで効果が期待できる訳無いだろう。発火性としては十分な筈」
と言って、彼女は中身を確かめるべくして栓を開けた。植物から抽出したと思われる独特のにおいが鼻につく。特に、俺に。
「ぐえー」
俺自身、驚くほどに効果てきめんだった。無警戒にその匂いを吸った瞬間、呼吸困難に陥るほどの苦しさがこみ上げる。泡を噴きそうになって、俺は地面に倒れた。
その様子を見て、オーランドは呟いた。
「お前やっぱり、魔物?」
「あ、亜人デース」
という事で発火の油は確保。後は燃やす土台をどうするか。俺の手持ちに何か植物は無いか探してみる。
「……これ、どうかな?」
「……えー」
「貴様これは」
「マンドゴドラじゃねーか」
という事で差し出したのは、マンドゴドラの根だ。乾燥しているし、使えるだろうか?
「ま、まぁ試してみる価値はありそうだ。オーランド、布を出せ」
布に聖油--俺は息を止めた。--を塗布し、それをマンドゴドラの頭の部位に巻く。収穫して相当時間が経っているし、流石に火をつけても叫ばないだろうと願いながら、アレイクの炎で点火する。
ン゛マ゛アァァァァァ! という断末魔の絶叫は出てこない。良かったマジで。
「お? これ結構いけてるんじゃね?」
案外思った以上の成果が出た。炎は煌々と昇り、ランタンの代替が完成した。
マンドゴドラの松明なんて誰が作ろうとするだろうか?
「良かった。お先真っ暗にならなそうですね」
弾むアレイクの声に、俺達はまだ希望の兆しを持った。そして、さらに洞窟への奥へと。




