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俺の逆転、劣勢と再会

 過去が、巻き戻る。一巡した400年は、無くなった。




 白き部屋へ再び訪れる。

 天も無ければ底も無く、何処までも白が続き、ただひたすら何も無い部屋。創造主たる神が不在な今、そこは現世と隔絶された空間になっていた。


「……残念だったな大将」

 ただそこに、反逆者ネモと俺が取り残されている。二人っきりで閉じ込められた。

「もうお前は、あの世界に戻れない。ざまぁみろ」

「……」


 万が一の為、ガフの部屋の法則は既に女神エルマレフから聞いている。


 一、この世界では外界と異なり体感はあれど時間の変化は訪れない。生理現象も起きないわけだ。

 二、この部屋を出るにはネモの霊魂があの世に行かなくては現世の戻り道は生まれない。もしも奴と一緒にが取り残された時の為に完全隔離からそういう設定に変えてあるそうだ。

 三、この世界では想念が実体を持つ。例えば此処で失われた肉体や体力はすぐに復元される。意志が若ければその年代に若返り、全盛期に戻る事も出来る。

 つまり此処での闘いでいくら死のうと、復帰の意思さえあれば何度でもよみがえる。好きなだけコンティニューが出来る。

 そして、死を認めればその意志によって敗者はあの世へ送られる。魂だけじゃ現世には向かえないからな。


 本来ならば、ネモを此処に置いてひたすら時間をかけて心を折らせるはずだったが、事情が事情だ。俺も入ってしまった以上、直接やるしかない。


「さて、お前を完全にあの世に送るには根負けするまで倒すしかないみたいだな。無限残機でやり合おうぜ」

 この戦いは心を摘む事で勝敗を決する。話し合いなんて元から出来る相手ではないのだから。





「……アハ」

 ネモは失笑を漏らした。奴にとっては本意ではない状況に陥れたというのに、まるで何らかの苦境からまんまと脱した時にこぼすような、そんな笑い方だ。

「戻った。次はもう同じ過ちは繰り返さない。成長させる前に」

「……何言ってんだ? 自分の状況分かって--」

「君を、潰すッ!」


 ネモが前触れも無く身体を異形の植物へと姿を変える。いきなり襲い掛かって来た。

 見た事も無い蔦を束ねた拳での殴打。硬御こうぎょで身を守るもその体格差から繰り出された威力は、現レベルの最大防御状態を超過していた。


「かはっ」

 腕を振り乱し、俺は転がる。コイツ、此処まで戦闘向きな反逆者だったのか。

 怯むな、反撃に出る。立ち上がった俺はネモに立ち向かった。


多連崩拳たれんほうけん!」

 しかし別の質感のある木の根が阻む。弾力によって威力を吸収され、防がれた。

 その隙に俺の右足に細い茨が絡む。棘が肌に食い込み、力強く空へと吊り上げられた。


 視界が回り、そのまま地面に叩きつけられた。衝撃で呼吸が出来なくなり、酸素を求めるようにパクパクと開口する。そうしていると、未だに巻き付いていた茨が強い熱量を発した。

爆裂の蔓バーンウィップ

 閃光と同時に、逃げられない爆発に巻き込まれる。


「ぐぁあああああ!」

 直に爆破された事で脚を失った俺は、もたらされた苦痛に叫んだ。やがて時間を経て元には戻った。しかし、その時に負った精神疲労は確実に蓄積される。


「痛いかぁい? 苦しいかぁい? 君は何も知らないだろうけれど、ボクの苦しみを倍返しにしてやるよ」

「……へっ、何だよ随分好戦的だな」

「君はボクを怒らせた」


 蔦の節々の至る所で花弁が花咲いた。そこから、スパイクのついた鋼の種子が吐き出される。鉄球ペタンクの雨あられ。

 防戦を強いられる。さほど威力は無いとはいえ、範囲攻撃で俺を硬御こうぎょを使わせて動きを拘泥させる。そこで力で上から捻じ伏せる戦略を仕掛けて来る。かなり俺を対策したやり口だ。


「だから身も心も虫けらみたいに叩き潰して地上に出てやるよぉ!」

「ぐっ」

 植物の身体から想像もつかない剛力が繰り出された。何度も何度も、嵐のように絶え間なく。その度にガードの上からダメージが通っている。

雷電種子スパークナッツ

 飛び散り続ける鉄球ペタンクの種子が瞬いたかと思うと、一粒一粒が共鳴して大きな雷撃のプールになった。俺はその真っ只中に立たされ、感電した。


 視界が明滅する。無意識に硬御こうぎょが解けたことで、無防備なまま膝をつく。俺に対して大股で歩み寄る影があった。

 ぼやけて映る奴の姿は既に次なる攻撃に移っていた。大振りなアッパーカット。俺は顎を打ち抜かれ、砕かれ、遥か後方に吹き飛んだ。


「これで終わりだと思うなよぉおおおおそらそらそらそらそらァ!」

 全身に穴が開けられた。そう知覚した時には、俺は仰向けのまま宙に磔刑にされた。上から襲い掛かった矛の茨に貫かれている。

「あ、がっ」

「アハハハハ! 手も足も出ないか! そんなもんだよねェ今の君の実力じゃさァ!」


 そうして俺は何度も死を遂げた。

 しかし肉体は元に戻り続ける。ガフの部屋にいる限り、死んでも死にきれないという意志が俺を復帰させる。だが、確実に俺の気力を削いでいく。


 思い出すだけで気が狂いそうな死の体感を経験しながら、コンティニューを望むというのは酷な選択だった。次勝てば良い、そう己を鼓舞しながらも百戦挑めば百通りの凄惨な死が待っている。

 それもまた、狂気の域だった。自分は本当に生きているのか死んでいるのかも、もはや分からなくなっていた。


 攻勢は常にネモが握っている。このままじゃ、俺は……

 いや、ダメだ。せめてもっと時間を稼がねぇと。



 それから殺戮は淡々と執行された。

 幾度ゴブリンの身体が四散しただろう。時には焼き殺され、時には絞め殺され、時には圧殺された。

 最後まで復活して、どうにか俺は立ち上がる。しかし最初の時と比べて戦闘の意思は薄れていく。

 ただし、ネモはこの戦闘をもはや玩具を弄ぶ感覚で続けていく。飽きは当分来ない。


「次はどんな風に痛めつけてやろうか? 早く生き返れよほら」 

「……ちくしょう」

 既に身体が復元しているのにかかわらず、足取りがおぼつかなくなってきた。思考が立て続けに苦痛を帯びた事で朦朧としていた。精神の摩耗を実感する。

「アハハハハハ! 今度は串焼きだァあああああああああああああ!」

 煌々と赤熱した茨が、差し迫る。脳髄を焼く痛みを、覚悟した。



 ……アディ、トリシャ、それに皆、悪い。そっちにはもう戻れなさそうだ。


 

「ハハハハハハ! ハハハハハ! --ハハ?」

 ぼやける景色に影が差した。俺は何もしていない。というか、その場に倒れ込んた。

 しかしそれは許されない。俺は立たされている。茨で串刺しにされたわけではない。攻撃ではない。



「ほら、しっかりして」

「……あ、ぅ?」

「大丈夫? フラフラじゃん」

 俺に肩を貸したのは黒髪に猫耳の生えた女の子だった。でもそれはあり得ない。

 だって此処は隔絶されたガフの部屋の中。そして、彼女はとうに死んだ身だ。


「ミ、リー……? 本当にお前なのか?」

「うん。色々あって助けに来たよ」

 半獣人のミリーはそう俺に笑いかける。

 目の前の出来事には未だに信じられずにいる。こんな奇跡があっていいのだろうか。また夢の中にでもいるのだろうか。


「何だ、君達は……どうしてこんな場所に入って来た!」

 しかしネモが苛立つように糾弾する。俺だけが見えている幻ではない。そして、乱入して来たのは彼女だけではなかった。


「真打登場、ってやつだ」

「地獄から一矢報いる為に蘇らせてもらったのさ。まだ地獄に送られる前だがね」

 更に二人、ネモの攻撃を止めた人物が俺の前に立っていた。一人は赤毛で長身の騎士で、もう一人は黒のコートとハットを被ったかつての旧敵。


「オーランド? シャーデンフロイデ?」

 どちらも、既にこの世から亡くなった筈の者達だった。彼等も、俺を味方する。


「案外元気そうだなグレン。神様が--まさか聖騎士長がそうだったとは驚いたぜ--教えてくれたんだ。お前がピンチだから送り出してくれてよ」

「クックックッ、神も粋なことする。我輩も別たれた魂が混入された子竜の記憶を引き継いでいてね、大まかな状況も把握している」


 此処は想念が形を為す空間。加勢に望む者達に姿を与える。現世への道を閉ざされても、あの世からならこっちに送り出せる訳か。

「ひとりで立てるローグ? ……いや、今はグレンだね」

「……ミリー、俺を覚えてるのか?」

「当たり前じゃん。かつての君を忘れられる訳ないよ」

「でも、俺は確かに皆から記憶を一度消した。ローグとしての俺を覚えていられるなんて……」

「それはやっぱりあの世にいたからじゃあないかな? 現世じゃ消せてもあの世に行った人の記憶は消さなかったんだね、残念でした」

 はにかむ猫女。八重歯がのぞく。


 この懐かしい匂い。ああ、感極まって泣きそうになる。

 でも心が折れたわけじゃない。むしろ逆だ。


「そして死んでからもずっと見てたから。君は此処まで良く頑張ったもんだうんうん。後はお姉さん達に頼りなさい」

「はは。元から俺の方が年上だったろ……」

 俺も力なく笑いが漏れる。みなぎってきた。闘争の意思に再び火が灯る。

「おーい、お二人さん。そろそろ構えろ、敵さん待ってるんだからな!」

 赤毛のノッポがせっかくの感極まるべき雰囲気を台無しにする。


「……うっとおしい。だから、何だ」

 歯噛みした未知アグノストスのネモは、その不出来な植物群を一体に張り巡らし始める。

「有象無象が束になったから、何だって言うんだぁあああ?!」

 敵も味方も人種も地位もバラバラな4人は結託し、彼へと挑んだ。

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