俺の灯役、交代と雑談
あれから2、3時間が経過した頃。ロックリザードの舌は10枚程あつまり、レベルも成長限界を迎えた。これだったら秘跡があればもう一周程出来そうなんだが、生憎こんな洞窟でそんな事は出来ない。経験値を捨てる形になるのは惜しい。
まぁ、代わりにこの組での取り分を全部俺が貰えるというのだからそれで手を打って我慢しよう。
ランタンを持つ出番になった俺は、騎士三名の動きを間近で見学する事にした。実戦と稽古では動きも対応も変わるもんだからな。課題の一つとして武器の扱いが素人に毛が生えた程度の点では、いい勉強になりそうだ。
くっころ騎士率いる三人の動きは、俺が戦線に出ていた時と比べてさらに洗練されていた。共に剣を学び、日ごろに連携を意識している賜物だろう。余所者の俺と一緒に戦うのと違って、最適にロックリザードを倒していった。
「おい、灯り役が遅れては先に進めないぞ」
「ちょい待ち。もう少しで、コイツの蛇舌取れるから」
「……早くしろ」
露骨な溜息をあの副隊長殿に吐かれ、俺も悪態を吐いてやろうかと思った。
「あ、あの……良ければお手伝い、します」
部下の大人しい方の騎士が倒したもう一匹のロックリザードに屈んで、剥ぎ取りをし始めた。
「おいアレイク。そんな奴に気を回す必要ねーって」
「でも、そうすれば皆さんで先に行く時間が短縮されますし」
「だからって、何も魔物の舌を切るなんて……うえぇ」
先程まで生きていたロックリザードの部位を切り取るという事は、当然血管の通っている為血が噴き出す。アレイクと呼ばれた少年の手袋も、すぐに赤く彩られた。俺も何度もやっている以上血塗れ。ズボンも何度もなすっているから真っ赤だ。
解体する光景を見て、オーランドは気分が悪くなったように目を逸らす。
「ほほう。お前は血に慣れてないんだなぁノッポ」
「誰がノッポだ! お、俺は街暮らしでそういうの、まだ経験ないだけだ。田舎もんは家畜とかで慣れてるかもしんないけどよ!」
そばかすのある頬をうっすらと赤くして、オーランドは俺のおちょくった言葉に喚き返す。洞窟にその大きな声が反響した。
「分かった分かった。分かったから、いちいち大声出すな。落盤が起きるかもしれないだろ? それにロックリザードを呼ぶ」
「ああ。来た。たまたまだろうが」
マジで? 冗談で言ったつもりだった俺達の行く手に、地を這う影が近付いてきた。灯りが届かなくても、俺は夜目が利くのでその姿を捉えられた。先頭のくっころ騎士は人間なのに、良く分かったなぁ。ああ、物音か?
「おい、ランタンそっちに持ってくか」
「いらん。それに現れたのは一匹だけ。私一人で充分。それでも剥ぎ取っていろ」
実は今の今まで戦闘に参加していなかった彼女がようやく細剣を抜いた。多分部下二人に危機があるまでは鍛錬として見守っていたのだろう。
暗闇では圧倒的に不利。見えない場所で剣を振っていても、魔物を斬る事は出来ないし、そもそもロックリザードを倒すには硬度以上の攻撃力か、肉質の良い部位を狙って有効なダメージを与えなければならない。そんな状況で大丈夫なのか?
その考えを、くっころ騎士は打ち破る。
「雷光剣」
剣が輝いた。鍔の先から刃の先端まで紫電の光を纏い、絶え間ない稲妻が走る。その光に周囲の洞窟内部が照らされ、標的のロックリザードの姿も暴かれる。
それを携えたまま突進し、彼女は雷電の一太刀を振るう。首元をスッパリと両断し、一撃で魔物の命を奪う。あまりの素早い芸当に、余計な返り血も出さなかった。
「おお。すげぇ切れ味」
「付与です。副隊長は自分の魔法を剣に通す事で威力を上げました」
剥ぎ取りが終わったアレイクが俺に蛇舌を手渡した。それを受け取って懐にしまいながら俺は聞き返す。
「付与?」
「ゴブリンさんはご存知ありませんか? あ、僕たち騎士見習いは、必修として魔法も学んでいるんです」
「魔法の一種か? 闘技とは違うのか?」
「そうですね、どちらも魔力を使うという点は同じです」
魔力という単語に、俺は闘技等で消費するMPと同じ概念だろうと推察。
「魔法は自分の中にある魔力回路という物を利用して発動します。それを持っている武器にまで延長させる事で、魔法の力を加えた付与状態になるんです。その先の詳しい話は僕の口からはちょっと説明出来ませんが」
「やっぱり属性とか、あるんだろう?」
「ええ、はい。副隊長が得意な雷属性の付与はご覧のとおり切れ味を増幅させます。他にも炎だと攻撃力を増したり風属性なら浮力を上げて武器を軽く出来たりとか。その他の属性はあまり武器の付与に向いていないらしいですが」
もう少し色々お得な話を聞きたかったが、魔物を仕留めた彼女が打ち切らせるように一度引き返して来た。
「剥ぎ取りは終わったか?」
「ああ、待った待った」
俺が手で制すのを見てノッポ騎士が今度は何だ! と声を荒げる。
「そっちの。また一匹狩ったんだから剥ぎ取らないと勿体ないだろ」
「……首を斬るんではなく頭を真っ二つにすれば良かった」
俺の発言に、くっころ騎士が凄くじれったそうな顔をしてそう言った。
一度この少女と勝負した時もあったが、付与という技量を見せなかったのは手加減していたという事か。実際アレをされたら、さしもの俺の硬御も通用しないだろう。魔法に耐性はないから簡単になます斬りにされる。
思い返せば、ゴブリンである俺を狙った魔物狩りのゴラエスが持っていた鞭もまた触れれば爆発するような性質を持っていたが、あれも付与の類の物なのだろうか。
まだまだ、俺の知らない事が多いな。そこには俺にも生かせる物があるかもしれない。
ちなみにだが、三人の内最後のアレイクと呼ばれていた若い美少年騎士の方は、お世辞にも二人よりも実力はよろしくなかった。
副隊長たるくっころ騎士は当然ながら、赤毛ノッポのオーランドの方は明らかに頭脳よりも力ずくで動く派である分剣技には秀でていた。
アレイクの方は剣は持っているが炎の魔法を軸にした闘い方をしていて、堅牢なロックリザードに対して効果的ではある筈なのに悪戦苦闘だったのだ。
まず狭い場所での闘いなので離れての魔法攻撃を使えず反撃を何度か負っていたし、剣での応戦では力技は不得意なのか効果が薄く、一匹仕留めるにも少々時間を要した。
立地条件もあるが、彼の場合器用貧乏と言った方が良かった。剣の腕も魔法のキレも中途半端で、それを自覚しての事なのか騎士二人にはもちろん俺にまで頭を下げていた。
人のスタイルに逐一文句を言うつもりはなかったが、奥への道中で俺はアレイクにひっそりと尋ねた。
「なぁお前の戦い方ってさ、くっころ騎士を意識してないか?」
「え、くっころって……くっころせって意味……あ、隊長の事ですね」
模倣である事を、アレイクは認めた。少し気恥ずかしそうにその視線は、先を歩く騎士に向ける。
「あの人は僕の目標ですから。女性なのに騎士の中でもずば抜けて剣の腕も魔法も凄いですし、僕より少し年上なくらいで副隊長にまで上り詰めた。騎士団に入ってからの憧れですよ」
「成程、確かにアレは見た目も上等だろうから兵にとっちゃアイドル的存在だ」
「いや、紅一点って言った方が良いかもしれませんね」
少し苦笑しながらも彼はそう言った。
しかしこの少年も随分変わった奴だ。血や魔物の死体には怯える素振りもなく、ゴブリンの俺と至極当たり前に話している。気弱そうな反面、適応力は高いのか。
「でも、ほんとはそれじゃダメだって分かってます。真似したって同じようになれない。ただ良い所だけを繕おうとすると今回みたいに地が出て迷惑をお掛けする」
「俺の方は気にしなくて構わないぜ。人手があるだけで助かるんだ。一人で潜らずに済んだからな」
なんて、雑談にふけっている内に前を警戒して進んだくっころ騎士が立ち止まった。
「どうした」
「どうもしてない。広い所に出ただけだ」
傍らにいたオーランドが先に応える。近くには魔物の気配はしない。
鉱山の出口から相当奥にまで歩いただろうか。外とは数キロの距離がある気がする。ランタンの燃料の残量を見ると半分程度。
「此処から折り返しした方が良いかもしれないな。それに、休憩もいるだろう」
くっころ騎士提案の下、俺達は少しの間地面に腰を据える事にした。
騎士三人とは少し距離を取り、俺は懐から固い干し肉を取り出す。それを歯を使って引きちぎって食べる。それと水分補給。
「おいゴブリン、聞きたいことがある」
「何だよノッポ」
「ノッポは止めろって言ってんだろ!」
「じゃあゴブリンって言うの止めろ。俺の名はグレンだ」
「フン、だったら俺をオーランドって呼べ」
「あ、僕はアレイク。アレイク・ホーデンって言います」
今更ながらの自己紹介。そういえば騎士二人の名は覚えたがくっころ騎士の本名は何というのだろう? 聞こうかと考えたがやめた。慣れ合う気はないオーラがひしひしと伝わって来る。
「で、何だ聞きたい事って」
「そのロザリオ、あの聖騎士長の手製って本当か。相当信仰の高い人間しか触れられないっていう」
「試してみるか? 持ってみろよ。ほぅれ」
俺は何の気なしに、首から十字架を取って放った。オーランドが受け取ろうとする。
「熱っち!」
「熱くはねーよ?」
「お、思わず言っただけだ!」
弾かれたように十字架は赤毛の騎士の手元から離れ、地面に落ちる。コイツも信仰が足りてない騎士って訳か。
「これが俺の魔物でない証らしいぜ。神様を信じてるって証明になるんだと」
「マジかよ……こんなの首に掛けてんのか」
衝撃を受けた手を揉みながら驚きを隠せないオーランド。つられてアレイクも恐る恐るその十字架に指を近付ける。好奇心旺盛な。
「……あ…………うん?」
何度か突っついて、やがて慎重になぞり、アレイクはそれを持った。触る事が出来ていた。
「グレンさん、僕は平気みたいです」
「おお! やるじゃん」
修道女と俺以外で持つ事が出来た奴を見るのは初めてだ。この美少年騎士もかなりの信仰がある。神様とやらを信じている。
「副隊長さんでも持てなかったんだ。すげぇよ」
「え、そうなんですか?」
そう、何の悪気もなくアレイクが上司へと意識を向けるも、当の本人は腕を組んで鼻を鳴らした。何だ拗ねてるんのか。
「あまりソイツに近付くな」
お叱りを受け、しょぼしょぼと縮こまった彼は、静かにそのロザリオを俺に返した。




