俺の容姿、ゴブリン
流れる雲。青臭い草の匂い。
稲の葉に顔をくすぐられ、目を覚ました俺は草原で大の字になっていた。
起き上がって自分の状況を確認。簡素な革の衣服を着込み、布の袋が腰に下げられているだけで後は手ぶらだ。俺の頭上では夜の帳が降りている。斑雲からうっすらと微かな光があった。月が隠れている。
周囲には灯りが無くて殆ど真っ暗なのだが、やけに今の俺は夜目が利く。周囲は恐らく緑色の草地の丘、俺の生きていた地域では考えられない程の自然だった。森林があり、連なる山々は山彦が返ってきそう。
それで、此処はどこ? この疑問はすぐに浮かんできた。
もちろん俺は転生したって経緯は覚えている。てっきり赤ちゃんから始まるのかと思ってたけど、もう二本足で歩けるし。目線を見るに身長は若干低い。150センチくらい?
辺りを見るにど田舎なのかそれともこういう世界観なのかは知らないが、都市や街といえる建造物は見当たらない。
どうやら日本とは違って自然だけが何処までも続く広大な大陸のようで、見た事もない樹が並び、奇抜な造形の尾の長い小鳥が横切った。もしかして魔物ってやつもいたりするのかね?
そう考えると、俺の置かれた立場に背筋が冷たくなった。俺は今丸腰だ。何かに襲われても、素手で対応することなんて無理な話だ。
だだっぴろい草原に突っ立っていると恰好の的だと思い、自然で出来たのかは分からない積み上げられた岩の穴に俺は走る。
さらに暗い洞穴の中はもぬけの殻だった。相当古い薪木の跡を見ると以前誰かが野営した所らしい。三畳くらいの広さの穴へ俺は入り込む。
ちょうど良い大きさの石があったのでそこに座り、俺は腰の袋の中身を確認した。
一つは丸まった一枚の紙束。現世で当たり前のように使っていた用紙とは遠く及ばない品質で、これが羊皮紙というやつなのだろう。広げたそれには何かが記載されていた。
グレン:LV1
職業:戦士 属性:土 HP:25 MP:0
武器 なし 防具 旅人の皮服 装飾 なし
体力:25 腕力:10 頑丈:7 敏捷:18 知力:7
攻撃力:10 防御力:10
左上の端に黒字で申し訳程度に記された文字は日本の文字だった。これはまた親切だな。そしてどうやらこの内容は今の俺の状態らしく、勝手に職業や名前まで付いている。
LVやステータスも数値化されている。この羊皮紙を眺めているとゲームみたい。これが現実のグレンこと俺のスペックという訳だ。
頑丈と防御力に差があるのは恐らく防具として扱われている旅人の皮服を着ているからだろうな。これが防御を3も上げているというのはすぐに分かった。
と、旅人の皮服について意識するや否や、羊皮紙の文字に変化が訪れた。
文字が霞み、旅人の皮服の詳細が現れる。
旅人の皮服:防御力+3 効果 なし
俺は感心の声を出す。おお、と岩に囲まれた洞穴に響いた。
どうやらこのスクロール(呼び名を今付けた)は便利な道具だ。これがあれば自分の状態が分かって色々把握しやすい。
ゲーム性の仕様は助かるな。RPGは得意だったからすぐに呑みこめる。
さて、このまま籠城しても埒が明かない。道具の袋にはスクロールが一枚のみ。腹は減るだろうし色々外を知らなければ。
ふと目に入った俺の手は節々がゴツゴツしていて爪も伸びている。夜なので色も分からないが、この時の俺は大して気にも留めなかった。周囲の新しい環境にばかり意識がいってそれどころではなかった。
辺りに何もいないのを確認し、俺は洞穴から出る。
俺の足はボロボロの擦りきれた申し訳程度の靴を履いている。相当走り回って摩耗したような傷み具合。今この世界に来た筈なのにおかしいな。
少し歩いていると、道らしき物を発見。岩の洞穴や俺の寝ていた場所はそこから外れてすぐの所だったらしい。
車輪の跡、そして風化した馬の糞らしき物を見るとやはり馬車が通っているのが伺える。
右と左、森林と平地のどちらに向かおうか悩んでいると遠くで運良く蹄と車輪の音が木々の奥から聞こえてきた。
人が通る、そう確信めいた物を得て俺は草木を分けて道の近くまで寄った。とりあえず話がしたい。会話も出来るのか確かめたい。
遠くでほんのりとした灯りが揺れていた。森から顔を出した馬は現世の種類と同じだった。手綱を引くのは人間。荷車を乗せての移動をしている。
「おーい!」
大手を振って、俺は灯りを吊り下げた馬車に向かって呼び掛ける。止まってくれれば御の字だ。流石に街や村までは乗せてはもらえまい。
「▼※! ξyu!(うわ! 魔物!)」
日本語とは違った言語だが、俺はその言葉の意味を学ぶまでもなく理解出来た。コミュニケーションの壁はこれで解決。
って、魔物? 何処?
振り向いて辺りを見渡すも、草原と丘が広がるだけで動物の姿も無い。俺には見えないのか。てことは俺の身も安全ではないやもしれないぞ!
「待ってくれ! 俺も乗せてくれよー!」
今度は日本語ではなく、あちらの言語に合わせて俺は叫んだ。しかし馬車に乗った男は、拍車を掛けるように馬車を急がせ、猛スピードで去っていく。
オイオイオイ。置いて行かれたよ。バッドコミュニケーションだよ。
肝心の魔物の話は、実在するみたいだが身構えてはみても何も現れない。あの人も見間違えたのだろうか。行ってしまった物は仕方がない。
追いかけようにも人の足では追いつく筈もなく。だが、馬車の向かったに行けば恐らく人のいる場所にたどり着きそうだ。
こうなればもう、自分の足で歩くか。
徒歩のまま、先に伸びた道中を俺は進んだ。
深夜の曇り空の下、俺は歩いていた。四時間も歩き通しは流石に疲れたが、現代の時の俺よりも若干体力はあるみたいだ。
水源の川が通り道に見え、田畑がある。人の営む証がハッキリとしている。
やった、建物だ。
点々とした光が見える。木の柵の内側に小屋のような建築物が点々としている。そこには久しく感じる程に複数の人影が見えた。俺は安堵する。この世界でも村が出来る文化があることに。
大きな悲鳴。俺が村の近くまで来たときに大騒ぎが沸く。
魔物だー! 逃げて! 誰か鍬か斧持って来い! と色んな声が交錯する。
大の男が農具を構えて、こちらに走っている。という事は俺の近くに魔物が現れたという事だ。
「え! 魔物! 何処!?」
きょろきょろと周囲を見渡す俺に農夫らしき男がその鉄の鍬を振り上げる。
「殺してやるぅ!」
「ハァーっ?!」
理不尽な殺意を向けられ、俺は逃げる事にした。そこで気付いたのだが、本気で走る俺は動きが素早いらしく、村からすぐに離れることが出来た。
これならオリンピックで大活躍出来そうだ! 主に走る部門で! なんて感想を思いながら、俺は元来た道の途中に戻る。浅く息切れをしながら遠くに見える村を眺める。もう追って来ない。何だったんだ? 一体。
空が白み始める。もうすぐ朝になりそうだ。喉が渇いたので道の脇にある川に近付いた。綺麗だけど生水だからどうだろう。噴き出した色んな意味での顔の汗をとりあえず洗いたい。
膝まで入ってすくった水だが前世の世界ではありえない程清らかな水だった。近くに山があるのでそこから湧き出している水なのかも。
冷んやりとしたそれで洗顔。たまらずに飲んでみた。後日腹を壊すのが不安だったがもう美味いし構わない。やけくそだ。
一息ついて落ち着きを取り戻した後、水面に映る俺の姿に目が留まる。
「……マジかよ」
やっと理解した。というか、何故今まで気付かなかったのだ。
俺の顔は前世に比べれば遥かに醜い物だった。勿論当時も美形ではないが断然マシだったと思えるくらいには。
丸々と実った苺のような鈎鼻。コウモリみたいな耳。ようやく明るくなって見えた緑の肌。しかも頭がツルツルに剥げてる。不細工なその面は俺の知識でも良く知っている。
ゴブリン。
昔見た映画に出てきた宇宙戦争物の登場人物にもこんなよく似た奴いたよねーと思う。アレはもっとチビだったし、鼻もこんなに大きくないジジイだったけど。
呆然とする反面、これで人々の反応にも納得がいった。
雲が群れる空。俺は声に出した。
「オイイイイイイイイイイ! 転生って、人間じゃないんですけどォオオ?! 魔物なんですけどォオオオオ!」
※当作品はシリアスも含有されておりますご安心ください