俺の懺悔、決戦前の墓前
騒ぎが終息した後、ハウゼンが語り始めた。
ハウゼンはエルマレフの前任の神様として俺達のように転生者を送り出し、この世界を管理していた。シャーデンフロイデ達はその世代だ。
ネモという反逆者も元々転生者として彼が送ったのだと明かす。どうやら、事の発端に彼が関わっている。
「ネモ……彼は好奇心旺盛な少年でした。名も姿もまるで違いますが、昔から未知に対して非常に関心を示していまして」
「昔って、どれくらい」
「4千年ほど、ですかね」
途方もない年月の話だ。奴はそれだけ、この地上を闊歩していたのか。
「いつしか彼は寿命の概念を覆し、世界を自分好みに仕立て始めた。グレンくん、この世界はですね、亜人や魔物なんてそれほどいなかった。彼が、その年月を掛けてこの地上を思うがままに変えていったんですよ」
転生者を反逆者に堕としたように、数々の魔物も亜人も、ネモが生態系を歪ませてきた存在。
それだけ根が深いのか、反逆者の因縁は。……ちょっと待てよ。
「あ、それじゃ亜人も俺と同じように……!?」
「安心してください。アディさん達遺伝子を組み替えられて産まれた亜人に罪はありません。ましてや先祖からの話ですよ」
天からでは手のつけようがなかったハウゼンは、この地上に人として誕生する事にした。後任をエルマレフに任せて、転生者を少しでも彼の毒牙にかからないように影ながら守ろうとしていた。
上手くいかなかったんだけどな。
「投獄された君、ネモの所業、全てが私の不手際です。なあなあにしていたツケが今回の騒ぎにまで回ってしまった。エル……女神エルマレフを責めないでやってください。彼女も君達と同じ元転生者。この地上から去った後、その功績から神々の仲間入りを果たしました
その経緯から、同情してはならないと知らず知らずの内に酷な選択を強いてしまったのでしょう」
「別に、アイツだって嫌がらせがしたくてそうした訳じゃないのは分かるよ」
一時がどうであれ最後に事が済むのなら、それで良い。神様に謝られるという方が悪い気がする。
「さて、これからの事についてお話ししましょう。未知のネモは複数の能力を持っています。他の生物に魔力を与えて異形に変える力。知性のある相手には同意や生け贄で手を汚させるなど手順が要るようですがね。そして百万の小人という己を分裂させる力。これがまた手を焼いてましてね」
彷彿する。おびたたしい小さな小人が散り散りになった光景を。
あの笑い声が、どれだけの人間を不幸に貶めたのか。
「各地にアレはいるものですから、全てを駆除する事が至難の業。更に質の悪い事に再生が早いので分裂体を一つでも取り逃すと、少しの時間で元の数に戻ってしまいます。エルがすぐに掃討出来ずにいるのはそういう事でしょう」
「厄介な野郎だ」
「確認されているのはこの二つですが、他にも我々が数々の手を打っても何故か回避されている事例が幾度もありましてね、何らかの他の能力がある事が危惧されます。グレンくんも気を付けてください。小人は、何処にいるか分かりません。村の人々にも注意喚起をお勧めします」
「……もしかして此処の会話も? 大丈夫なのかハウゼン!」
彼は恐らく今まで身の上を隠して行動していた。ネモに知られれば、不利益を被るのではないか?
「良いんですよ。君への注意が、私の方へ向かうなら本望というもの。責任を取らないとならないですからね」
それに、と続ける彼の眼鏡の奥で瞳が琥珀に瞬いた。
「彼が隠匿してはいられなくなる状況に拍車がかかる事に繋がります。私という駒が戦線にいれば、彼は血眼で仕留める為に後続の憂いを絶つでしょう。私に勝てればこれまでの妨害を抑えられ、実質この世を自分の思い通りに動かせるという証明になりますから」
「まるで盤上遊戯みたいだな」
「ええ、巻き込まれた身としてはたまったものではないでしょう?」
自虐的な彼の独白。
「重要なのは、彼への対抗手段です。小人と化した場合、彼等を殲滅するのは地上の者達では不可能でしょう。強いて言えば、この星を破壊してしまえば確実ですが」
「いや駄目だろう!」
「分かってますって冗談です冗談。これについては考えがあります。そのプランは状況によって二重対応になりますが。……この場で話せるのは、これくらいですかね。手の内は直前まで明かさない方が良いでしょうし」
「宛にして、良いんだな?」
「神を疑うので?」
「じゃ任せた。アンタを信用する」
席を立った彼は一度城に戻る旨を伝えて来た。聖騎士長が神様が転生した者だと言う事実を諫めるのに苦労しそうだった。
「直に彼はこれまでと違って物理的に攻撃を仕掛けてくるでしょう。大規模な戦闘になる可能性もありますので、入念なご準備を」
「当たり前だ。その為にこれまで俺達は用意して来たんだぜ?」
「おや頼もしい」
おどけた仕草で屋敷を出て騎士達と彼を見送る。ほんと、こうして見ているだけでは真人間だ。
その二日後、落ち着く間もなく矢の知らせがアルデバランに届いた。
遥か西の地で魔物の異常発生が観測されており、大移動を繰り広げているという。
その進路というのが、この村や城のある大地へと進軍しているのだとか。
ネモが魔物を増やして大群を送った。そう意図を考えつくのに時間は要さなかった。
出陣の少し前、俺は近くの東にある平野に立っていた。かつて、俺がゴブリンになったあの場所に。
そこには棒を十字に刺した程度の安作りな墓があった。俺が今まで忘れていた恋人が眠っている。
「ミリー、悪いな。こっちまで戦場を広げないように守るが、少しばかり騒がしくなる。それと、もっとしっかりした墓標を後で立て直すよ」
約束を立てる。必ず戻ると誓う為に。
きっとこれが最後の大きな戦いになる。ネモを倒して、しがらみを全て終わらせてみせる。
「それと、すまん。アディのこと……いや、それはもう弁解の余地なしだな」
きっと彼女は天国にいる。俺もそっちに行けるようにして、そこで話し合う事にしよう。
「じゃあ、行って来るわ」
草木に風が一際強くなびいた。
行ってらっしゃい。その葉擦れの音が、そんな風に言ってくれた気がした。




