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俺の判決、ハウゼンの口添え

 よくよく考えてみれば、彼に関わるものには不自然な点があった。

 ハウゼンが牽引しているエルマレフ宗教は、どんな転生者にも非常に優遇されるスポットとして用意されていた。何せ女神に送られている以上、簡単に信じられるからな。俺もそのおかげで生活しやすくなった。正直言えば俺達に都合の良い信仰だ。


 何より彼手製の十字架は強い信仰者でないと所有する事を弾く神聖さを持ち、死のヴァジャハの殺呪を打ち払う程の力を誇る。冷静に振り返ると、それは常軌を逸脱している。

 だが、今回明かされた真実からそれらが全て辻褄が合った。


 捨てる神あれば、拾う神あり。かつて俺が連行され不条理な処罰を受けかけた時に助けてくれた出来事でそう評していたが、あながち間違いではなかったとは。

 他ならぬ神の所業であれば納得がいく。まさか、現世に自ら人として降りていたとは思いも寄らなかった。現人神、というやつなのか。



「ほんとは暴露するつもりはなかったんですが、事情が事情だったので言っちゃいましたハッハッハッ」

「言っちゃいましたって」

「グレンくん良かったらどうです? 前みたいに肩パンしていいですよ? ほら、ほら」

「そ、そんなこと……」

「うーんだから言いたくなかったんですよね。いつもの通りにしてくださいって」

 フランクな振る舞いを崩さないハウゼン。本当に神様? 正直、違和感がバリバリだ。


 だが、今もこうして目の前で這いつくばっている女神エルマレフを見る限り、その威光は本物だ。

「それはさておき、今は事を済ませる方が先ですね。さてエル、ただちにグレンくんへの制裁を中断して貰いましょう」

「え、えっと、いくら先輩の助言であってもそれは無理です。これは私が受け持った案件ですし」

 エルマレフは顔を上げて躊躇いながらも首を左右に振った。


「はて、それは何故でしょう?」

「何故って、先輩も十分ご存知じゃないですか!? 反逆は天上にとって許しがたき行為。例外なく即時駆逐するということを」

「ええ、勿論」

「でしたらそんな無茶苦茶な要求……」

「しかしそれは例外が今までなかったからそうして来た。それだけの話。反逆者が我々に敵意を示している事が前提の措置です。貴女やはり頭が堅いですねぇ、もっと柔軟に物事を考えなさいと以前から口酸っぱくして言ってるでしょう?」


 言い切られたことが信じられない様子で彼女の顔がひきつった。


「他の世界を管理している神々に示しがつかないですよ!? 彼を赦してしまっては、不平等が生まれてしまう! それは蜘蛛の巣にかかった蝶を助けるようなものです! 自然の摂理を神が乱すなんて--」

「その蜘蛛の巣は我々が原因で必要も無いところに張ったのではないですか? ネモという、不自然な蜘蛛の巣を」

「っ」

「分かっていますエル。既に自浄作用ではこの世界の歪みの修正を見込めない故に、自ら手を入れ始めた。だから私と貴女が此処にいる」


 ハウゼンは指摘する。既に不自然な結果がまかり通っており、不平等が起きている事に。

「貴女の言う事も正しい、摂理を乱すのは神としてはあまりにも杜撰と言えるでしょう。ですが、根本的な前提が欠如しています」

「前提、ですか?」

「はい。誰も幸せにならない正しさに何の価値がありますか? 我々は和を一貫する為に在る。しかし、グレンくんを無理やり取り除く行為はそれに反するものではありませんか? 彼の背後をごらんなさいエル」

 俺も、振り返る。行く末を見守る皆がいた。


「慕う皆から神の手で取り上げてまで世界が良くなるとは、私は思いません。トリシャちゃんが言っていたじゃないですか、グレンくんも反逆者である前に世界の一部として今も努力を続けていますよ」

 ああ、見ていてくれていた。逆境に立たされ続けたこれまでの俺を。


「反逆者を腫瘍に見立てれば、良性であっても撤去すべきだと決めつけるより、それで患者の命や健康が損なわれては元も子も無いとは思いませんか? ましてや、時間経過で治るのであれば、それを見守るのもまた立派な選択肢になりえるとは?」

「……それは、そうかも、しれませんが」

 彼の繰り広げる話に、皆も聞き入る。しかし事態が逆転しつつある攻勢にエルマレフも抵抗した。


「しかし、しかしですね先輩。いくらすぐに滅ぼす事が得策でないにしろ、反逆者である以上危険な事には変わりないでしょう。いずれ彼はその罪から断罪は逃れられません。長引かせては逆に離別が辛くなるはずでは」

「そもそも償えない罪などありません。贖う事にどれだけ労力がかかるにしろ、やり遂げられる見込みが僅かにあるなら付き合うべきです」

 ハウゼンは言い切った。



「リスクとは徹底的に排除するのではなく厳粛に管理するものでしょう。だから私は彼を信じたい。ネモの誘惑には二度と乗らないと。グレンくんは今、あんなに仲間がいます。勇者としてただひたむきに前へと進めるあまり、周囲が足並みを揃えられなかった頃とはまるで違いますよ。陰りを帯びるとは思えません。恐らくですが、不完全な反逆者である彼ならば人と変わらずいずれ天寿を迎えるでしょう」


 確かにローグの時代の俺は、自分のことばかり考えていた。周囲への視野を広げる事に、怠慢があった。だから、助けてくれる人は数少なかった。

 底辺に至ったから、色んな奴の考えを汲み、そして時には助ける事が出来たんだ。無駄じゃ、なかった。


「さぁ、まだ結論は変わりませんか? 容赦なく滅ぼす決定は揺るぎませんか? 勝手に口出ししておいてなんですが、後は貴女にお任せしますよエル」

「……グレン・グレムリン」

 ハウゼンはその場を明け渡すように一歩引いた。エルマレフは立ち上がり、俺と向き直る。


「処罰は延期します。しかし恩赦はすぐには降りません、判決も今は天国への昇華ではない事はご留意を」

「…………それって」

 その意味は、


「今後の善行次第では報われる、ということですよ。中々大変でしょうが、君ならきっと出来ますよ。新たな凡例になってくださいグレンくん」

 にこやかに、ハウゼンは補足する。俺にもまだ、チャンスが与えられた。

 力なく俺は笑いが漏れた。こんなにも、自分に恵まれた機会があって良いのだろうか。


「--グレンんッ」

「--パパーッ!」

 二人の影が俺に飛びついた。その場で腰を打つ。

 縋りついたアディとトリシャの嗚咽を懐で耳にする。


「良かったのぉおお。良かったよぉおお! ぬじがじなんでよがっだよぉおおおおお」

「うわぁぁぁあああん。パパぁああああああ」

「ああ……! ありがとう……! ハウゼン、ありがとぅ!」

「いえいえ、当然のことをしたまでです」


 喝采が湧いた。ゴブリンにまで堕ちた俺は世界に認められ、喜ばれ、迎え入れられた。

 嬉し泣きなんて、久しぶりだった。



 少し居心地悪そうになりながら、傍目から静かに去ろうとする女神。

「ところでエル、まだやる事があるでしょう? 天に還るには早いかと」

「え? いや、謝罪はする事ないでしょ! 特例なんですからコレ!」

「そうじゃなくて、訂正するのは此処じゃありませんよね?」


 呆気にとられるエルマレフに、聖騎士長は指示を出した。


「ペテルギウスの民にも思いっきり宣誓してましたよね? 彼の抹殺。あちらの国にも降りて訂正してきなさい、すぐに」

「……あ、は、はい。あのう、もし民衆が下手に出ていて野次飛ばしてきたらジャッジメントし--すいません分かりましたすぐに謝って来ます!」

 6枚の羽を思いっきり羽ばたかせ、空をぎゅんと音を立てて飛翔する。完全に使い走らされていた。


 ともあれ、これで俺の危機は当分去る事になる。

 残るは反逆者の問題のみ。

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