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俺の横槍、更なる真実


 トリシャの糾弾を機に、光神の如き白光の髪を彼女は解いた。大勢からの罵詈雑言を受けてわなないている。

「……」

「さぁ! どうするの!? まだパパを許さないのかアホ女神! 何度だって言うぞアホ女神!」


 天を敵に回した俺に手を降そうにも、周囲が庇っている事で立ち往生しているように見えた。

 事情が変わった、と言っていた。つまり元来の不干渉の前提は全てが覆った訳ではないのではないかと推測。

 俺みたいな世界の異物とも言える反逆者には手は出せても、この世界に住まう者達には手を出せないのかもしれない。


 どちらにせよ、こんな小さな子に言い募られた女神の面目は丸潰れだ。もうこの場の誰もが畏敬を抱かない。

「……すか……」

 顔をあげたエルマレフの表情は、怒りの一色に染め上げられている。そして、


「--ああああああああもおおおおおおおおお! 何故私が槍玉に挙げらんなきゃならないんですかァあああああ!?」

「……え」

「数に物を言わせて調子に乗ってんじゃあないですよ! そちらの言い分をきちんと聞いていれば良い気になりやがってぇえええええええええええ! ストレスで殺す気かぁあああああ!」

 女神がようやく開口一番に発したのは、なんと怒鳴り声だった。逆ギレである。


 しん、と。騒ぎが水を打つように収束する。誰もが耳を疑っている。

 硬直する俺達をよそにエルマレフが目を三角にして癇癪を起こしていた。今まで事務的であった彼女の言動には打って変わって激しい感情が籠っている。


「良いですか!? 耳の穴かっぽじって良く聞きやがってくださいよッ!? 彼は反逆者! 神への謀反を起こした大罪人! その事実は揺るぎないんです! 反逆者にはそういう措置をするのが決まりなんですよ! 天上のルールである以上、私がそうせざるを得ないのはしょうがないでしょぉおおおお! ごちゃごちゃと屁理屈ばかり並べて邪魔しないでください! 何なんですか!? 私は悪者ですかこのやろう!」


 うん、訂正しよう。女神の面目は『今』潰れた。急に神聖で清廉なキャラが崩壊した。口調も若干乱暴になった。


 そんなことにも構わずトリシャだけはまだ攻撃ならぬ口撃を続けている。

「知るか! パパを諦めて天に還れ!」

「それが出来たら苦労しませんよ! そもそも貴女は私の子孫でしょう!? 年長者に少しは敬意を持ちなさい! 敬意を!」

「誰が持つか経産婦!」

「経さ……! グレン・グレムリン! 貴方も貴方でこんな幼い子に何を教えているんですか!?」


 うわ、こっちにも飛び火した! 一周回って俺に怒りぶつけて来た。

「いや俺じゃねぇから! そんなこと教える奴なんて……」


 一同は集まりの中で前にいた一人の痴女エルフに注目を集める。その視線からプリムだけ誤魔化すようにそっぽを向く。ああ、いた。間違いなく犯人は満上一致で決定。


「とにかく! 誰が納得していようといなかろうと! これは私の意思でもどうしようもない決定事項なんです! 世界に調和を保つ為にはやむを得ない! 罪には罰が必要です」

「エルマレフ、和解は無理なのか」

「無理なんです! 貴方に同情してしまっては誰も手など降せますか!? 私は女神としての役割を全うしなければならない。どんなに残酷で理不尽であろうと、非情であろうと! 世界の節理が乱れないように!」

 本意ではない。彼女の言葉にはそんな葛藤が含蓄されていた。

 少しクールダウンしたエルマレフは演説する。


「貴方達にも心当たりがある筈です。どれほど優れた偉人聖人であっても、どんな事情であれ法を破ってしまったり過ちを犯した途端、赦しもなく責め立てられる事例を。とりわけ人の天秤は極端に傾きやすい。善が羽根であれば悪はヘドロと、裁量に重みが違う。どれ程潔白な善で羽根を数多く積み上げていようと、ほんの僅かな水を含んだヘドロが乗った瞬間に秤を押し上げられてしまう。そして、逆もしかり」

 今回は、感情的に恩赦をまかり通そうとされている。客観的に言えば、不正だ。


「だから、感情で人を裁く訳にはいきません。我々は神々の中での決まりによって動かす必要があるのですから」

 反逆者は駆逐する。それが、彼女の中での自戒の念。当人としても破るわけにはいかない。


「ネモは貴方に目をつけました。いずれ貴方自身だけでなく、周囲にも被害が及ぶでしょう。それだけではありません。もしかすれば今度こそ完全に反逆者として裏返り、自ら大切なものを壊す可能性だってある」

 否定は、出来ない。全てを失い一度は道を外した俺も、また大切なものがたくさん増えた。それを削ぎ取られた時、正気でいられるという自信はない。


 地上の人々の声では、決定を揺るがす事は出来なかった。あちらにはあちらの強い理念があった。


「早急にこの世と別れを告げていただく事が互いの為にも最良だと考えています。過ちを含めた全ての記憶とその肉体も消して、純粋な魂だけを持ち帰ります。そうすれば貴方はまだ一からやり直せますよ」

「でも、まだやり残している事が……」

「周囲への憂いならば、私が何とかしましょう。反逆者の大元を滅ぼす為に、私が地上への干渉を始めたのですから。後を引き継ぎます。心苦しい想いをする方に我慢を強いるでしょう。周囲に恵まれた貴方が消えれば、しばらく悲しみを産み出すでしょう。しかし、世界の平定には代えられません。ですから、この世を諦めてはもらえませんか?」


 それが、エルマレフなりの譲歩であった。本来なら、有無を言わさずに俺の肉体を滅ぼす事が出来るだろう。今は皆に守られているが、この世界で暮らしていく中では限界がある。いつか綻びが生まれた隙に消してしまえるだろう。


 女神側にしてみれば退いてしまっても問題ないのに、この場で自首を求めるんだ。こちら側からすれば理不尽でも、精一杯の慈悲なのだ。


 俺は、それだけ危うい立場なんだろう。分かる気がする。一つ間違えれば、俺も修羅としてこの世界を憎み、壊滅させようとしていたかもしれない。憤怒イーラのローグのままであれば、きっといずれはそうしていた。


 痛ましげな沈黙が流れた。エルマレフは悔やむようにつぶやいた。

「やはりこうなりましたか。だから、最初の時のように敵対してでも貴方をすぐにあの世に連れ戻すべきだった……」


 カイルとの戦闘で介入したのは、危機と反逆者として気付かぬ内の救済だった。心を折ったのも、余計な気苦労を減らす為。


 対立か、昇天か。二つの選択肢が迫られていた。

 返事に迷いが生まれ、それでも口を開こうとする。


「待ってください」

 横槍が入った。村の入り口で繰り広げた女神との対話に乱入者がやって来る。俺の知り合いだ。

 神父のローブと鎧の恰好をしており、相変わらず銀眼鏡が印象的な野郎だった。

 聖騎士長ハウゼン。当初俺がこのアルデバランまで連行され、不条理な罰を受けようとした時に助けに入った張本人。


 俺に亜人という立場や色んな助言をくれたり、時にはおふざけで翻弄させたりする彼がゆっくりこっちへ向かってきた。乗って来た馬から降り、仲裁するように俺達の間に割り込む。

「こきげんよう女神エルマレフ。偉大なる我が主よ。そしてお元気そうで何よりですねグレンくん、私がいない内にのけ者にするとは水臭い。それにしてもうーん、とても珍しい組み合わせだ」

「何ですか、貴方。何の御用ですか」

「ハウゼンお前! 今まで何してた」


 女神は怪訝そうな顔で言った。その反応は正しい、俺から見ても胡散臭い奴だ。

 召集をかけた時、ハウゼンは城を不在にしていた。ここ数日用事があると言い残しただけで、誰も何処にいるのか分からなかったそうだ。

「神の下僕であれば誰しも、貴女の神々しき御姿を是非お目にかかりたいものですからね。いやぁ間に合って良かった良かった。ここ最近忙しくて大変でしたからハッハッハッ」

 シリアスな場にお茶を濁そうとするように、気さくな雑談を続けるハウゼン。彼の意図は俺には分からない。

 まさか、このペテン師は神をも欺こうとでも言うのか。


「信仰者であるならば控えなさい。今は人々の崇める理想に付き合える猶予はありません」

「まぁまぁそんなつれないことを仰らず。貴女が神であるならば、是非お聞かせ願えませんかねぇ? 降臨の経緯はかねがね窺っていますが、グレンくんの抹消はご自身のご意向でお間違いありませんか?」

「その通り、私は誰の指示にも従ってはいません。それがどうかしましたか」


 浅く息をつくハウゼン。何処か目上の者に対してではなく、部下の至らなさを憂う時のような感情がその吐息に反映されていた。

「どうにもずいぶん要領が悪いと思いましてね、融通が効かないというのは考え物ですよ? エル」

「……何ですか貴方は、ただの信仰者が女神をそんな風に呼ぶとは無礼というか、酷く馴れ馴れしいですね」

 むっとしたのか、エルマレフは突然しゃしゃり出た彼に不快感をあらわにする。

「邪魔立てしようと考えているのなら、すぐに諦めた方が賢明です。私を止められる者はいないのですから」


 何を思ったのかハウゼンは、銀眼鏡をはずした。シレーヌといいまるで眼鏡を取ることが本気を出す為のジンクスとでも言わんばかりに、裸眼で改めて女神に向き直った。

「ええ、まさにその通り。私は取るに足らない無力な一般人です。女神である貴女を止められる力はありません」

「では早くそこをどいてください。そちらのグレン・グレムリンに用があるので」

「しかしですねエル。いくら制約を解かれて干渉を赦されようと、独裁も過ぎれば神として相応しくなくなりますよ?」

「だから、私の愛称を気安く……」

「エル」


 語彙を強めたハウゼンの言葉に、煩わしそうな女神の様子が激変する。え? とまるで意表を突かれた様子で、ようやく眼鏡をとった聖騎士長に注視した。

 俺も彼の変化にやっと気付く。ハウゼンの双眸は、琥珀に輝いていた。見覚えがある。

 髪までは白く発光していないが、それはレイシアやこの女神も聖なる魔力を発揮する時に内包する変化と同じものだった。もしかしたら、ハウゼンも神域に至る者だけが持つのではないかという考えに至る。


「まだ分からないのですか、エル」

「……あ、え? ち、ちょっと。もしかして……!」

 辛うじて取り戻していた女神の威厳がまた消え失せ、何故かあたふたと狼狽える素振りを見せた。何だ、どうしたんだ? ハウゼン、一体何をした。


「まさか、嘘!? だってあちらではお歳を召した姿だったし!」

「思慮が回り足りませんねぇ、現世で同じ齢から始まるわけないじゃないですか。全く、生を終えるまでは任期を預けても問題ないだろうと高をくくってましたが、てんでダメですねエル。これは到底看過出来ないお話になりました」

 サーっ、と。脅かすものなどあるとは思えない彼女の顔がたちまち青ざめていく。身振り手振りで、弁明をしだす始末だ。


「せ、せせせせせ先輩待ってください聞いてください考え直してください! これは先輩が不在の内に幾多の出来事があって、海より深き事情があるんですよぉ! ごめんなさいさっきの返事はなし! 今の高圧的な態度はまさか先輩だなんて知らなかっただけで悪気はないですハイ! ほんとすいません!」

「減給も辞さないでしょう」

「うわぁあああああ! ご容赦をォおおおおおお!」


 ……先輩?


 女神は何とこの場で平伏までし始めた。天使の六枚羽が揺れて、ハウゼンは眼鏡をかけてやれやれとぼやく。

 コイツ、力も論議すら大して用いず、この世界の最高立場である女神エルマレフを降しやがった。

 信じられない事態に俺が目を見開いて彼を凝視していると、普段と変わらぬ調子で野郎は言った。


「どうも、私も神です」

 お前もか。

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