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俺の討論、改心の一撃

 約束の時は訪れた。村の入り口で、俺達は神の奇跡を目の当たりにする。

 

 曇り空に覆われた天気に後光が射し込み、暗雲に台風の目のような空穴が広がった。

 天使の六枚羽。金髪の髪の頭頂部には円環。白いビロードを纏った少女が地上に舞い降りる。


 女神エルマレフが降臨した。目的は俺、そしてこの状況は本意であった。

 俺は見守る皆を背に前へ進み出た。彼女は挨拶抜きで早速本題に入る。

「それで、私に御用とは何でしょうグレン・グレムリン。まさか大人しく消される為に呼びつけたわけではありませんよね? それとも仲間を率いての抗議ですか?」

「皆は傍聴席だ。裁判の評決にはそういうの必要だろ?」

「裁判?」

「そうだよエルマレフ。俺自身の処遇をハッキリして貰いたくてお越しいただいた。悪いねわざわざ」


 言葉の意味を図りかね、怪訝な表情を見せる。

 俺は、死刑囚のようにいつ訪れるか分からない刑の執行を待ち、怯える日々を過ごすのはごめんだ。

 女神との対話を、騎士勢も、亜人達も、俺の知り合いといえる者達が見守っていた。


「私の判決は変わりません。反逆者に堕ちた貴方は本来であればただちにこの世から消え去るべき存在です。それが秩序への一歩に繋がる」

「それでも猶予をくれるのは粋な計らいってやつだな」

「しかしこうも言った筈ですよ? 次会う時は容赦はしないと」

「おや、そんな事言ってたっけ。でも呼びつけちゃったしなァ、となるとおたくは元から話し合う気なんて無いって事になるのかなぁ」


 神の裁きなど、もはや恐れまい。俺は今、やれることをやるだけだ。


「率直に尋ねます、何をお望みなのですか?」

「協力だ」

「協力、何を言っているんですか。女神が反逆者と手を組めと? 侮辱するにも程があります」

「そうか? でも俺は潔くアンタの審判に任せる気なんだけど」

「……貴方は、本当に何がしたいのですか?」

「清算だよ。俺の問題全ての」


 拳も武器も鎧も通用しない。だから俺は言葉だけを頼りに女神と相対する。


「俺を消す許可をやるよアホ女神。だけど、そいつは終わってからの話だ。そして俺達との協力が条件だよ」

 信じられない顔をするエルマレフ。まるで自分が足元を見られているような物言いをされたからだ。

「なんて傲慢な……!」

「お互い様だろ。こっちに送り出してあんな境遇にされた俺に何もしてこなかったのに、今更突然しゃしゃり出て来やがったんだからな」

「ですから、私が直接出向いたのは貴方が失敗したからでしょうに。予言まで用意したと言うのに、貴方は勇者になりそびれた。それは貴方自身の落ち度。貴方の兄との確執は神が関わるべき問題ではなかった」


 そうだったのか。勇者として活躍するのは自分である、という当時の俺の思い込みはあながち間違いじゃなかったんだな。女神が用意したシナリオは、大いに歪んでしまった。

 恐らく6つの災厄は、何らかの手段で避けられない出来事として予測され、止められるかどうかは俺次第だった。そして一番目から失敗した。


「確かに俺は勇者になれなかった。でも、災厄はきちんと乗り越えて来たつもりだ。その活躍については無視? まだ自浄作用に期待出来ない? どうやらやっこさんを仕留められていないところを見ると流石の女神さんも手こずってるようじゃん。で、理屈は分からんが俺だったら倒せる可能性があるんだろ? だから、手を貸すって言ってるんだ」

「全てが終わってからというのは、そういう事ですか」

「それもだけど」

 振り返る。俺達を見る仲間達の中に、燃えるように赤い髪の美女がいた。俺の身に何かあればすぐに介入しようと静かに待ち構えている。


「まだ式もあげてないんだ。老いて死ぬまで一緒、だなんて贅沢は言わない。でも、それくらい……」

「嘘ですね。貴方はそんな目をしていない」

 容易く看破された。俺の胸中もお見通しか。

 チロッと舌を出して俺は開き直ることにした。


「なぁエルマレフさんよ。俺は普通にしてればあとどれくらい生きられるんだ? 人と同じで6、70年くらいか? それとも数百年くらい平気で生きてられんのかな、反逆者の肉体だしな」

「……」

「確かに俺は堕落しちまった。でも、別に世の中を滅茶苦茶にする気はないぜ? 何も悪いことをするなんて、さ」

「……」

「ああもちろん、それは何も良いことでも無いんだったな。分かってるよ。だから俺は世の中を良くしていく事に喜んで協力する。こんな俺でも背中を支えてくれた皆にもそうしていきたい。死ぬまでやるさ。このちっぽけな命も、捨てて良い命だとはもう思わない」

 生きていれば必ず死ぬ。だがそれは此処ではない。こんな形で終わってもただの無駄死だ。


「だから、自分で自分を終わらせようだなんて到底考えられない。ましてや潔く死ねって? 悪いけど、その手の話にはうんざりしてるから」


『や……やだよぉ……。いやだよぉ。死にたくないよぉ……』

 死の運命を背負い、生を諦観していた少女がそう俺に訴えた。


『自殺の行く末に何かあるのなら、それは後悔だけよ』

 一度死を選んだ結果、この世界にやむ無く生まれ変わった魔導師の少女がそう言いきっていた。


『死ねば罪滅ぼし!? 馬鹿か! 単なる思考の放棄を自死にこじつけておるだけじゃろうが!』

 俺の死路への歩みを止めた未来の妻が、そう咎めた。


「アンタの不利益を被るつもりはねぇよ。でも邪魔だから消えて欲しいと言われても首を縦には振れない。ただのゴブリンとして見過ごしてくれないかな?」

「嘆かわしい」

 女神は言い捨てた。髪が純白に染まった。戦闘形態だった。

 飛び出そうとした後続に手をあげて制止する。まだだ、それは最後の手段。威光による威嚇と見た。

 オーラのように彼女の全身から迸る波動が全身を叩く。すげぇ威圧感だ。


「そんな我が儘を通せるとでも? 反逆者に赦されているのは懺悔だけです。影の甘言に乗ってしまった事をまず反省しなさい」


 決別の間際にまで立たされている。もう少し譲歩と恩赦があると思ったが、正直苦しい。頭を回転させて少しでも話合いの場を引き延ばして……


「ねぇ、ちょっと待って」

 気が付けば、俺の傍らにラベンダー髪の幼き少女が立っていた。その事実にたちまち総毛立った。

「トリシャ下がってろ! 危ねぇ!」

「私が用があるのはグレン・グレムリンただ一人。退きなさい我が子孫。貴女を傷付ける意志は無い」


 少女に関しては俺と女神の意見は一致。しかしトリシャは下がるどころか俺より前に進み出た。女神と対峙する強い意志があった。

「どうしてパパがいては駄目なの? そんなに悪い事?」

「当然です。彼は反逆者としてこの地に災いを振り撒く。この国に二度も危機が訪れた事はご存知でしょうか? それも彼がいた事こそが原因です」

「知ってる。ヴァジャハ……トリシャに呪いを付けた奴と戦争が起こした偽勇者のことでしょ? でも、それどうしてパパのせいになるの?」

「どうしてって、それは」

「周りがやったことだよね? パパの意思じゃないよね? こじつけだよね?」


 女神のありがたいお言葉を、トリシャは遮った。


「前にパパから教わった事があるよ。えっと、論点のごびゅう? っていうやつ。パパの問題を先取りしてから物事の原因を押し付けて言ってる」

 循環論法だ。俺が悪であるという前提が先に仮定され、原因の立証を組み立てている。そうだ、カイルの時と同じだ。第三者の指摘で気付く。


「パパが関わった事は間違いないよ。でも、やったのは他の人達だよね? そんなのその人達が悪いに決まっているのに、パパが特に悪い事になってる。おかしいよね、それ? 石を投げていた人が、そこに石が落ちてるのが悪いって言ってるんだよ? 悪いのは投げた人じゃん」

「しかし、ですね、彼は反逆者として世界に害を……」

「その害って、周囲が起こした問題の事を言うの? パパの害って周囲に左右されるものなの?」

 苛烈な質問攻めに女神の口が閉口する。こんないたいけな少女が、エルマレフをたじろかせた。



「それだけじゃない。パパのおかげで色んな人が助かっている。それは事実だよね? トリシャも、ネーネも、バーバも。パパがいたから今もこうしていられるの。そのパパがいた事を否定するのって助かったトリシャ達が居てはいけなかったことにならない?」

「そ、そうは、言ってません。貴女方がこの世に居る事に何ら問題は--」

「パパがいてこそトリシャ達が居られるのに、貴女はそれを否定しているじゃない。皆その頑張りに感謝してるんだよ? 今のパパだって立派な世界の一部だ」


 それは、どんな名刀の一振りからでも繰り出せないような一太刀だった。

「皆を助けたのは、一生懸命だったのは他の誰でもなくパパだもん。それに口出しをするなんてそんなに偉いの? お空にいて何もしなかったのに都合の良い時だけ正そうだなんて、おかしいよそれ。パパが保とうとした平和が間違っていないなら、それを乱してるそっちは間違ってるでしょ。だってパパが今も築いているのに、それが壊れる事になるんだから」

 俺が断罪で消えれば、大勢の人間が不幸になる。そんな指摘をした。

 前から聡明な娘であるとは思っていた。けれど、こんなに逞しく成長していようとは。


「……時には痛みが必要になるのです」

「ほら平和をぶち壊す気。貴女こそ、この世界の害じゃないの?」

「そ、そんなわけ--」

「その通りじゃろうが!」

 アディが加勢した。トリシャのおかげで再び言論の場に持ち込まれていく。


「何が秩序じゃ! 他人の幸せを奪う事が平和か!? ただそこに居る事が許せぬという、ぬしの思い通りのルールにならぬだけの話ではないか!」

 並び立ったのは竜姫だけでなく、聖騎士レイシアも。

「そうだ。グレンがいつこの世界を破滅に導いた? 予言の影と闘い続けた彼に、神はそんな残酷な仕打ちをするとは何て狭量な。聞いて呆れる! 私は神などに祈らない。助けてくれたのは他ならぬコイツだからだ」


 徐々に、静観していた皆からも声があがった。女神への糾弾が一斉にとびかかる。

「グレンさんを消すなら僕達が相手だ! 悪い事をした人にこそ罰があるのに、耐えられなかった人を追い立てるなんてそんなの独裁じゃないですか! 苦しんでる人を何とかするのが女神様じゃないの!?」

「思い通りにならなかったら、私達も消すのかしら。それって秩序を乱すって事よね?」

 ロギアナ、アレイクら転生者も、こちらの味方についた。女神に送られたにも拘らず反抗の意思を示した。


「二度と関わるなァ!」

「俺達が世界を自由に出来るならグレン殿に与するのも自由だろっ!?」

「お前何てただの邪神だッ!」


 人種も立場もまるで異なる者達の想いが一つとなった。エルマレフの勝手な判決を抗議するという強き意志に。

 彼等はこのまま自分達が薙ぎ払われるのも覚悟して歯向かっていた。此処まで俺の為に言ってくれるだなんて考えてなかった。

 ただ、けじめとして俺の行く末を見届けて貰う為に呼んだのに。手を出さなくて良いと、釘を刺したのに。


 堪えきれず、手で顔を抑える。ああ、ちくしょう。ほんと皆して勝手な奴等だ。此処まで助けてくれるなんて、俺はどう感謝すりゃ良いんだ?

 大勢の声の中で、少女がトドメの一声を放つ。改心の一撃だった。


「パパをいじめるな、アホ女神」


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