俺の挑発、天から槍の雨
数日後、アルデバラン城で表彰式があった。
大陸全土を襲った反逆者を倒した功績を認められ、ヘレンの奴は本当に英雄として称えられた。
パレードで紙吹雪が舞い、ラッパの演奏と喝采がうるさいくらい飛び交う。
今回は、被害が少なくて規模が規模だったから盛大だな。
アホ面が周囲に手を振り、すれ違い様に綺麗な女性から頬にキスをされ『此処に手紙をちょうだい』なんて紙を渡されてにやけてる。有頂天だった。
「良い気なもんですねぇ。まだ災厄の予言は一つ残ってて、完全な平和になった訳じゃないのに」
「今が華なんだから許してやれよ。少なくともお前が今こうしていられるのも、あのバカのおかげだからなんだから」
若干不服そうな少年騎士アレイクを諫める。
「でも、グレンさんだってこれに負けないくらいの活躍をしてるじゃないですか。ヴァジャハとか、竜の国のクーデター、戦争を諫めたりだってしたのに。不公平ですよ不公平」
「それ岩竜の時も言ってたろ。良いんだよ、民衆の感謝したい気持ちに水差してやるなって」
英雄の晴れ舞台を傍らで見物しながら、俺達は雑談を続ける。アレイクは見張りの任についていて、俺はそのお邪魔をしている。
「そういえばグレンさん、なんか雰囲気変わりました?」
「んあ?」
「いや、確かに貴方がゴブリンという種族以前に本当は反逆者だったっていう話には驚きましたけど、今までと大して変わらないですし、シャーデンフロイデの例があるから僕は何とも思いませんが。それにしたって僕の見る印象が変わったとは思えないんですよね」
「へぇ、どう変わったんだよ」
「なんというか、渋み……いや哀愁が漂ってるというか」
「オッサンっぽくなったってか!?」
俺の告白は、結果として受け入れられた。今更ただのゴブリンではないからなんだ、と。それを気にするのは女神だけで、実害を振る舞わない俺を軽蔑する筈が無い、と。本当に俺なんかにはもったいない程理解を示してくれる奴等だった。
ただ、アディとは亡くなった恋人ミリーの話で軽く修羅場になりかけた。おーいおい儂の旦那が浮気じゃー不貞者ーと、以前の話であるのに俺は相当いじられた。当分続きそうだった。
そしてそれとなく本格的な結婚の話まで持ち出されたが、もう少しだけ待って貰うように頼んだ。新たに難題が浮上しちまったからな。
過去の話は過去で終わらせる、という訳にはいかない。思い出しちまった以上は、きっちりやらないとな。
俺は次なる反逆者にして黒幕とも言えるあの白百合の少年--未知のネモとの対峙について考えていた。奴も言っていたが、また逢いまみえることになるだろう。
確実に倒すのには戦力補強に対して、妥協するわけにはいかない。俺は、後回しにしていた問題とも向き合う為にも避けては通れない行動に移すことにした。
騒ぎが静まってからして更に数日。俺はアルデバランの草原に赴いた。多分、場所は何処でも良いのだが此処が一番無難だろう。
「何するのパパ?」
村の近くで魔物も殆どいないのでついてきたトリシャが俺に素朴な疑問をなげかける。彼女の額にはもうあの死の呪いは無い。けれども隠す為のカチューシャがある。本人はパルダから贈られた物だからと、まだ着けていたいそうだ。
「そりゃデッケー声出すの。ビビんなよ」
「?」
すぅーと、俺は肺に一杯空気を吸い込んで蒼穹を仰ぐ。
「やい! エルマレフ! どうせ見てんだろこのアホ女神ッ!」
天に向かって唾を吐いた。もうへこへこする姿勢はやめだ。
「なぁなぁにするのも何だからよォ! お互い腹を割ろうや! 話してぇことはあるし、まだ聞かなきゃならんことが山ほどあんだよこの野郎! それとも何かァ!? 一方的に通告するだけでお高く留まってんのかなー!? 好き勝手に出張る癖に良い性格してるなぁオイ!」
「うわぁ……」
父親の罵詈雑言に引くトリシャ。楽しくはないぞ、って前もって念押ししたのに。
「話し合いの場を設けてやるから明日降りてこい! 分かったとかお断りしますでも良いから返事してみやがれェ! つうか槍の雨でも降らせてみろよバーカバーカ!」
大声は、空に届いただろうか。
やまびこも、帰ってこなかった。ただ風のそよぐ音だけが流れる。
「……うーん、やっぱダメかな?」
頭を掻く。叫べば聞こえると思ったが、これじゃあ俺が痛い人じゃないか。
「あーどうすっかなぁ。アイツ呼び出さないと話が始まんないんだけどなぁ」
「ねぇ、パパ」
「まいったまいった。聞こえてるのに無視しているなら他にも考えがあるけど、マジで聞こえてないのならどうしようもないぞこれ。ていうか向こうってどんな風にこっちの様子が分かるんだ? 映像だけが見えて、声は聞こえないから俺が口をパクパクしていることしか分からないとか」
「パーパ」
「なら地面に文字でも描いてみるか? こっちの文化の文字でも大丈夫かな? うーむ、もう何だか宇宙人へのコンタクトを試みてる感じだ」
「パーパ!」
「よし、一回出直して……」
「パーパァァッ!」
「なにぃ!? どうしたのぉ!?」
だみ声になって怒鳴る少女に振り返ると、空を指差していた。
「アレ、何?」
誘導された視線の先、見上げればチカチカ光る物を捉える。
差し迫るは、金色に輝く流星。同時に天から女の声が響いた。
--光滅散槍ッ!
光で構成された無数の槍が立て続けに落ちて来る。矛先はもちろん俺に向かって。
「マジで槍の雨来たぁああああ!? うおぉおおおおおお!」
一本一本が軌跡となって全速力で逃げている俺を追う。見ていたトリシャや周囲に対しては全くの被害を被らなかった。
数分間の逃走劇を繰り広げた後、天は再び黙り込む。並ぶように地面に刺さった無数の光の槍は大地に穴を残して消失する。
ひいこらと危機を脱した俺は膝をつく。エルマレフの奴、言い出しっぺとはいえ本当に降らせるか普通。
「パパ大丈夫?」
「ゼェ……ゼェ……一応、何とか……。おや?」
恨めし気に攻撃の跡地を見ていると、規則性に気付く。そういえば途中から的外れな箇所にも落ちていたが、その時はただ精度が悪かっただけだと思っていた。
まさか女神に限って意味もなく嫌がらせをするか? 何か意味があって並んでいる?
「おーいどうしたのかえ? 何か今空から落ちていたようじゃが」
「アディ。グッドタイミング!」
異変に最寄りから飛んで来た彼女に頼み、俺は一度地上から離れる。上から平面的に光の槍が降った跡を見降ろした。
推測は、見事に的中する。
一本一本の穴は、点線として文字になっていた。短文で女神からの返事が記されている。
点線なのでとても見辛いが、一緒に空中で見ていたトリシャが解読眼ですぐに読み解いた。文字と認識し、持ち主の書した意味を読み取るので掠れていようと文字化けしていようと分かるらしい。そういやレグルスの汚い文字で書かれた手紙も普通に解読してたもんな。
エルマレフのメッセージは『明日正午参上』なんて、怪盗の予告みたいな文面だった。
なんだかんだ言って敵対関係であるのに、どうも憎めない。
そうして女神降臨の日程を取り付けた俺は、明日その作戦を決行を皆に伝える。
村も総出でエルマレフを待ち構える準備を始めた。武力で対抗するのではない。ただ、議論をするのだ。




