俺の離別、呪いと家族
押っ取り刀でコルト村に駆け付けた俺達は、すぐに屋敷の中へと駆けこむ。反逆者の騒ぎが鎮圧してなお、容体が悪化した彼女が寝室に運ばれている。
「トリシャッ!」
ヒューヒューと、幼き少女の荒い息遣いは扉の前から聞こえた。
汗をかき、高熱にうなされていた。枕元で、神妙な様子をした子竜が看ている。
「間に合ったか、グレン・グレムリン」
「おいシャーデル、お前ずっといたんだろ!? これはどうなってんだ!」
「見ての通り、タイムリミットが迫っているのだよ」
カチューシャをとった額には湿らせた布が乗せてあった。シャーデルはそれを小さな手で取る。隠れていた物を見て俺は思わずうっ、と呻く。
以前からトリシャのおでこには死の呪いの紋様が刻まれていた。蚯蚓がのたくったような黒い痣。それが今、太く大きくなっている。生きてるみたいに蠢いていた。
「ヴァジャハの呪いが活性化している。エルの血統であるこの娘の抵抗力でも、もう抑えられない程に」
「それって制限時間が縮まったって事なのか。何で、急に」
「当然反逆者の魔力に当てられたからだろうね。元巫女のトリシャは騎士レイシアよりも光の魔力が強くは無い。抵抗力が弱まって、たちまち活性化してしまったのだろう」
あの時か。『灰の雨』を浴びたのが引き金になり、呪いが侵食するまでの猶予が加速した。
「そしてグレン、君には『俺も浴びたのにどうして悪化しないんだ?』という疑問も当然沸くだろう」
「いや、大方予測はついてる」
「ほう。ということは思い出したのかな」
「お前まさか、初めから分かってて」
エルマレフは言った。結果だけで聞く事実と、自分で辿り着いた真実では得る物が違うと。コイツも知っていた上で、沈黙してやがったのか。
「……いやそんな事はどうでもいい。それよりシャーデンフロイデ、すぐにトリシャの呪いを食え。今度こそ対価を支払ってもらうぞ」
「それは別に構わんよ。その為に吾輩は此処にいるのだから」
元々、飢餓のシャーデンフロイデの成れの果てであるこの小さな竜は、俺達に反逆者を倒させる為に二人の死の呪いを能力で取り除く取引を持ちかけていた。
安息のヘカクリフォ……一つ目ミミズクの討伐で一人目の解呪に取り付ける事が出来ている。
「ただ、そうしてやりたいのは山々なのだが問題が一つ浮上した。ああ、別に吾輩や君に落ち度があるわけではないよ」
難色を匂わせるように続ける。
トリシャが苦しんでいるっていうのに、何悠長にしてやがんだ。
「度々意識が朦朧としながらも、吾輩の申し出を彼女自身が拒否をしているのでね。吾輩の判断だけではどうしたものかと悩んでいたところだよ」
「拒否だ? こんなに辛そうなのに」
「では聞いてみよう。さてトリシャ、起きているかね? 君の父が帰って来たぞ」
「パ、パ……」
熱い吐息と一緒に、寝込んでいたトリシャが俺の名を呼んだ。瞼を痙攣させながら目を開く。
「トリシャ。待ってろ、すぐ楽にして貰おうな」
「ダメ……パパが、先……。だって、パパが頑張ったのに……トリシャが先に解いちゃったら、パパの方は……。それに……シャーデルも……」
熱にうなされながら、自分の事より他人を気遣うなんて。
その言葉を皮切りにまた意識を失った。限界だ。これ以上苦しむ彼女を見ていられない。
「シャーデル、頼む」
「君がそう言うのなら、良いだろう。すまないな巫女トリシャ、君の意思を汲む事は出来なさそうだ」
有無を言わさず、俺は解呪を促した。子竜はロクに身動きが取れない彼女に対し呪いを食らう事を始める。
「そしてグレン・グレムリン。君にも謝罪しなくてはならない事がある」
竜の長い口腔を開いた彼が言った。そのまま深く息を吸う。『飢喰』に呼応して、トリシャの額で蠢く紋様がピクピクと動きが鈍る。
「彼女を傷付けずに呪いだけを『食う』という事は間違いないのだが、いくつか訂正しなければならない前提を伏せていた」
張り付いていた黒い痣が、徐々に彼女から離れて宙に浮く。だが、引き離されても再び宿主に戻ろうとぐいぐい引っ張られていく。
「呪いは消化しなければ吾輩の肉体には反映されない、という話。アレは嘘だ。本当はストックなど出来はしない」
その呪いの抵抗を一気に無力化する為に、すぅと最後の一吸いでシャーデンフロイデに呑まれた。子竜の胃袋の中に収まる。
額は綺麗な肌を取り戻し、たちまちトリシャの寝息が健やかになっていく。死にゆく運命から解放された。
「食ったものと同化する、それだけ、だ」
今度倒れるのは、呪いを食したシャーデルの方であった。猛毒を貯め込んだように、たちまち症状が悪化する。
解呪というより、単なる呪いの代替わりだった。進行した呪いの侵攻は衰えていない。
「おいシャーデル!」
「……クックックッ、気に病むことは、ない。元々、この身体も吾輩だった者の、残り滓だ」
子竜にトリシャと同じ黒い痣が現れた。それどころか全身へと走り出す。彼の小さな命を食いつくしていく。
「ああ、お別れが、来たようだね」
「……どうしてだ。お前はネモに一泡ふかせる為にこんな回りくどい事やってたんだろ? 自分を反逆者に貶めた復讐として。指示しておいて言うのも変だが、志半ばでトリシャの為に死ねるのか」
「ネモ。……それが奴の名か。最後に良いことを、聞いた」
穏やかに眠っている少女を、呪い殺されながら子竜は見た。
自分の子供を重ねるような眼差しだった。
「焼きが回ったらしい……。君達と少し長く、居過ぎたのかも、しれないな」
床に伏した彼が残りの気力を振り絞り、俺を見上げるシャーデンフロイデ。
「吾輩は……此処で長かった、この世界をおいとまするとしよう……やれやれ、損な役回りだな」
「……すまねぇ」
「侘びることは、ない。……ゴフっ、妄執として生きる身には、何の同情もいらんよ」
いずれは死を待つだけの余生。ただ未練を消化する為にコイツは生きていた。
もう能力を使う気力もない。
「むしろ、君の方まで、手が回らなくてすまなかったな……」
「俺は良い。もう取引なんざなくても、野郎は必ずとっちめる。だから安心しろ」
「……ほんとうに……お人好しな、ゴブ……リ……」
黒い痣が子竜の身体をおびただしく埋め尽くしたかと思うと、彼が息を引き取ったと同時に退いていった。外傷もなく亡骸だけが残る。
ひねくれ者でシニシズムな彼であったが、反逆者まで堕とされようと人らしい自己犠牲を選んだ。
何だかんだ言って、奴は家族の一員だった。離別を惜しまれる。
皆の前で最後を看取られたシャーデルは、最後まで苦悶に苛まれながら眠るように生を終える。
しばらくしてトリシャも目を覚ます。快復した彼女はキョロキョロとあたりを見渡し、
「シャーデル? シャーデルは?」
首を左右に振って答える。遺体は奥の部屋に安置した。意味を悟った少女は、痛ましげに顔を歪ませた。
涙声で喘ぐ。
「そんな……シャーデルぅ……。トリシャのせいで……!」
トリシャはこうなる事を知っていた。だから頑なに拒んでいた。シャーデルのやつ、既に話してたんだな。
「アイツは満足そうだった。後で墓作ってやろうな」
「……あっ! パパ!? パパはどうなるの!?」
「大丈夫だ。だから落ち着け」
「でも! シャーデルが死んじゃったらパパの呪いが!」
自己嫌悪の底沼にハマった彼女の言葉には、覆せない事実がある。シャーデンフロイデの『飢喰』こそが、俺達の呪いを解く為の希望であった。
だが、それはトリシャの分だけしか叶わなかった。俺の呪いは食って貰っていない。
解呪を探す目的の振り出し、一同にその重い現実がのしかかる。
「大丈夫なんだよ。皆聞いてくれ」
だが、俺は宥めながら蛇竜鱗の鎧を外した。言わないとならないな。
下に着ていたインナーの襟を引っ張り、周囲の前で鎖骨を露わにする。そこには呪いの痣があった。当初より症状が進行して広がっている。
思い出した。俺の能力が、どんなものか。あの夜、願った意志は形を成していた。
「グレン、おぬし……! どんどん紋様が消えておるぞ!」
「ああ、見ての通りだ。もう呪いの心配はいらない。トリシャの方が解ければもう十分だったんだ」
青い鳥はなんとやら、ってところかな。問題を解決する糸口は俺自身にあった。
そういえば一度、無意識に二日酔いを消した事もあったな。あの時は何とも思わなかったが。
痣はたちまち薄まり、跡形もなく消えていった。何が起きたのかと周囲もどよめく。
「お前、まさか自分で解呪が出来たのか……!?」
「そうだレイシア。今更ながら気付いたんだ。厳密には解呪とは違うが、俺の方は自力で消す事が出来る」
何人かは察しがついたのかもしれない。だから、すぐに告白する。
「俺も、反逆者だ」
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