俺の狩猟、騎士達と
朝日が昇って間もなく、冒険者と騎士の揃わぬ足並みが一人の炭鉱夫の前に集う。
「要点を四つほど話しておこう」
不愛想なオヤジが足元にあるランタンを適当に回した。俺にもその中の一つが手に渡る。
「鉱山の中でお前等の行く先を照らす物はそれだけだ。点灯してられるのは半日まで、それまでには引き返して外に出ろ。でないとどうなるか、説明は要らないな?」
「しかし全員分が無いようだが?」
くっころ騎士の進言にさらに気に食わなそうな顔で話を続ける。
「二つ目だ。その通りでランタンは全部で6個しかない。だから4人で組んでそれを運用しろ。そうすれば魔物と遭遇しても、常に灯りで手が塞がってる奴もすぐに戦わずに済む」
口々に、動揺の声が広まった。騎士はまだしも冒険者達は個々バラバラで此処までやって来た者もいる。今目の前で初めて見知った相手と組む事を想像だにしていなかったようだ。
「ほんとは30人を5人6組にするつもりだったんだが、どっかの連中が大勢でやって来たせいか何人か消えちまいやがった。だから此処の24人を6組に分ける。異論はあるか?」
「どうやって組みを決めるんだ?」
「そんなもん手前らで後で決めろ。お遊戯会の集まりじゃねぇんだ」
どうやら、騎士達とは面と向かえない冒険者がいたらしい。取り分が増えたと思えばラッキーだと思っておくか。
「三つ目だ。これがお前等の御褒美に関わる大事な話だ」
そう言ってオヤジはちょび髭の隙間から自分の舌をべーっと出した。それを指さす。
「目的のロックリザードを倒した数のカウントは、奴等の二又の蛇舌の先端を剥ぎ取った部位で数える。倒したらそれを切り落とせ。ただ何匹ぶち殺したと言い触らそうがそれを証拠にする物がなくちゃ話にならねぇからな。加工して数を増やそうとかせこい考えは止めとけよ。そんな物すぐに見破れちまうからな」
言われてみればこの大人数で一人一人が何匹倒したかを見るなんて、ましてや暗い鉱山の中で監視するなんてのは不可能だ。逆に言えば、他人が剥ぎ取った物でも自分の取り分として扱われる危険性もある。特に他の冒険者達から強奪されるという危惧も視野に入れておかないと。
「四つ目だが、鉱山の残った資源を持ち出そうとするなよ。そんな輩は」
「捨石山に埋めるってか?」
俺の先取りに舌を打つ。やっぱり言おうとしたんだな。
「時間は限られてる。とっとと動け」
それを契機に騎士の集団は一塊になり、冒険者側は交渉とメンバーの下見に取り掛かる。
さて、俺も混ざるとしよう。ゴブリンということでどちらからも忌避されるのは承知の上。だが、俺は組のランタンを持っている。
5組は出来たとしても、六組目の面子は俺と組まなくては暗闇でロックリザードを相手にしなければならなくなるのだ。
それを取引のカードにしつつ、俺は何人かの冒険者へ話を持ち掛けようとした時だった。
「おいゴブリン」
背後でくっころ騎士が俺を呼び掛ける。
「騎士の面々はやっぱり騎士達で仲良く組を作るおつもりで?」
「我々は11人。二組分のランタンで8人は決まった。お前は私達残り三人と組め」
「命令される筋合いも従う義理もないんだけど、一応どうして俺をご指名なのかを聞かせてくれたら考えてやらんでもないぜ」
「三組目に必要なのは一人とランタン持ちである事。それが貴様だけだったから、仕方なく! お前を引き入れる方針を小隊で決めた」
「強調する程嫌って訳かい」
「見ず知らずの冒険者どころか、亜人を隊に入れるのは酷く反対されたからな。だから責任もって私の組に入れるのならという事で落ち着いた」
くっころ騎士の背後には若い男の騎士二人が立っている。そばかすに赤毛のノッポ。こっちは確か昨日俺を魔物と呼んだ奴だった。もう一人は童顔に不安げな表情をした美少年。俺と視線が合うと、目をそらして僅かに会釈する。
「ずいぶん若手に見えるが新人か?」
「隊の半数が訓練候補を卒業した者達だ。実戦経験も兼ねて、この依頼に我々は参加している」
説明しつつ俺の間合いにまで近付き、副隊長を名乗るくっころ騎士は腰に手を当て、俺を指さす。
「貴様はアルデバラン王国でハウゼン聖騎士長の口添えで街への滞在を許された身だ。当然、我々の指示に従う義務がある」
「だとして、わざわざ俺でなくても良いんじゃないか? そこらの冒険者の方が役に立つかもしれないぜ。副隊長殿は人の見る目に自信はおありかな?」
「おいお前! この人にあんまし舐めた口利いてると……!」
「よせオーランド。喧嘩をさせにお前等をコイツの前に連れてきたんじゃない」
赤毛そばかすの方の男が俺の口調にかみつこうとするのを、くっころ騎士は制止した。歳はそう変わらないだろうに、きびきびしてるねぇ。
「以前に貴様の実力を一度見た。戦力としての勘定が初対面の冒険者達より楽になる。他にも納得する理由でも欲しいのか?」
その睨むような瞳が告げている。とっととイエスかノーか決めろって具合に。この先は俺の想像だが、ノーだったら叩き斬るという意思がある。俺は逆らってはならないのだ。
「別に構わねーよ。ただ、取り分はどうなるんだ」
「好きにしろ。国から助成として派遣された我々に報酬は必要ない。欲しければ持っていけばいい」
どうやら美味しい話もある様だ。金目当ての冒険者より、こいつらといた方が裏切られる危険性は少ない。強いて言うなら残りの二人が気に食わなさに俺を隙あらば狙う可能性もある。まぁそれは冒険者達の心変わりと天秤に掛ければマシな方だ。
「オーケーオーケー。交渉成立だな。三日間よろしく」
と、手を差し出すも、くっころ騎士は返事を聞くなり金の髪を揺らして踵を返した。冷たい事で。
そんなわけで、俺は無数に空いた鉱山の洞窟の一つに入っていった。残りの騎士の組は別の穴に入り、ロックリザードを探す。俺を含めた四人の面々も、暗闇を照らして先に進む。
入り組んだ洞窟は、トロッコの線路があったりと人の手が加えられた名残りもあったがかなり荒れ果てていた。吹き抜ける風の音が、荒涼とした雰囲気を引き立てる。
ランタン役は交代制だった。まずは大人しい方の童顔騎士が灯りを持ち、混ざった俺と赤毛のノッポがロックリザードとどれくらいやれるのか確かめる。
「ぼさっとするなよゴブリン!」
「寝言か? 起きながら言うなって」
丁度行く手に現れた二頭のロックリザードを俺達は相手をする事となった。
コブラに似た頭部と、全長1メートル半はあるトカゲの全身。そして何より特徴的な皮膚を包む岩塊を持った魔物。
試しに俺は黒鉄の細剣で挑んだ。頭部を落とそうと袈裟斬りにしてみた。
「硬ったー!」
手ごたえは最悪。刃が欠けたような気がする程に弾かれる。ロックリザードにも衝撃はあったようで、やや怯みを見せた。
頑丈な点は想定していたのでざっとこんなもんか。咬みついてきたので闘技:硬御を使う。
ガシガシと齧ろうとして牙を立てているが俺の肌には通らない。コイツは毒は無い筈だが中々鋭いみたいだ。
食らい付くのをいったん止めたところを見計らい、俺は硬御を解く。そしてすかさず今度は素手で攻撃した。
「崩拳!」
こっちはどうやら効果的らしい。その身に纏った岩を砕き、その頭蓋をひしゃげさせた。一撃で沈む。
隣を見やると、オーランドとか言う若手のノッポの騎士も善戦していた。
「撒突斬!」
剣士専用の技と思わしき闘技によって、貫通力を得た剣技がロックリザードを穴だらけにする。頭部をポッカリと穴を空けた事で、魔物も絶命した。
「あー! 舌剥ぎ取れねぇじゃねぇか!」
「知るか。俺達は慈善事業でやってるんだ。金の取り分なんかどうでもいい」
「食い扶持に悩まない立場だからそういう事言えるんだぞお前! もう少し上手くやれねぇのかっ」
「うるさいぞゴブリンの癖に生意気な!」
なんて言い争いに発展し始めた頃、二人の頭上に硬い衝撃が降ってきた。くっころ騎士の拳だ。俺にも容赦はない。
「いつまでもやかましいぞ。貴様も剥ぎ取る気が無いのか、くだらない問答をしてないでとっととやれ」
同じく拳骨制裁を受けたノッポも顔をしかめてくっころ騎士の背中を追う。俺はその様子を見ながら自分で仕留めた方の亡骸から舌を削ぎ取る。
だが彼女が先を促す通り、ロックリザードとの対面はこれからが本番だろう。