俺の断言、反逆者の攻撃
女神エルマレフの予告から一週間が経った。今か今かと反逆者の出現を待ってはいるが何処の地域からも、異変の先触れはまだ聞く事はない。
獣人や竜人、エルフ達には迎撃準備を整えさせているが、厳戒態勢を敷くのにも必然的に飽きつつあった。
「ただいまーパパ」
「おかえりトリシャ。久しぶりの学校どうだった」
パルダ不在に代わってハンナさんの送迎で馬車から降りた幼女は、村に着くなり俺の方へと一直線に駆け寄って来た。
「前とおんなじ。皆元気だった」
「そっか。……あ! 何か嫌な事言われたりしなかったか? 辛かったらすぐ言えよ? 何とかしてやるから」
「ううん、大丈夫。もっと休みたかったって言ってる子がいるくらいだったよ」
トリシャの通う学校は、ペテルギウスとの抗争によって休校を余儀なくされていた。ようやく再開されたのだが、彼女を通わせるのに俺は二つの理由で躊躇があった。
一つは他ならぬ俺が引き金となった戦争騒ぎで、ただでさえゴブリンの養子として入学しているトリシャの居心地が更に悪くなるであろうという懸念。彼女の反応としてこれは杞憂だったのか、果たしてやせ我慢であるのかは分からない。
もう一つとして、近い内に反逆者が現れるというのに被害を予期できない今、村には砦のような守りがあるのに外へ毎日出して良い物かという心配である。
最終的にトリシャの意思に委ねさせた結果、彼女は学校へ行くという選択を自分で決めた。だから後押しする事にしたのだ。
まぁ一応は貴族の養子ということもあり、ヒエラルキーは揺らぐこともなく表立って卑下される事は無いだろうとは思う。貴族の連中も今回の戦で腰が引けてやがったから、その子供達も出しゃばれない筈だし。
でも。陰口になってたらそれはそれで怖いなぁ。せっかく出来た友達と不和になってなきゃ良いんだけど。
「でもね、最近変な女の子がいるの」
「嫌がらせするのか?!」
「違う違う。ねーねの真似をする娘でね」
「レイシアの?! 恐喝か!?」
「違う違う」
くっころ騎士はああでも世間では悪魔と邪竜を討ち取ったとしてアルデバラン騎士の中での紅一点--戦乙女とも呼ばれている。一部の女児からも憧れの対象だそうだ。その真似をした生徒がいるとトリシャは言う。
「トリシャを守るナイトになるとかなんとかって。友達になろ? って言ってもお姫様とは友達じゃなくてごえい? になるから無理だって。変なの」
「やめとけやめとけ。あんなの真似したってロクな女になれな--ぼぉっ?!」
「誰がロクな女ではないんだ」
拳骨が来襲し、俺は痛みにうずくまる。
制裁の主は他ならぬレイシア・アンサラー。見上げると、憮然とした表情で俺を睨んでいる。
「よぉレイシア、相変わらず気迫が凄いな。また何か嫌な事でもあったか?」
「お前の面の厚さも相変わらずだ」
レイシア自身も本気で怒っているわけではない。これは単なるじゃれ合い……プロレスみたいなもんだ。
顔のフリーパスが利く彼女は、報告よりも来訪が先だったりすることが多い。
「で、村に来て何か用か? まさか反逆者が出たとかじゃないよな」
「ああ」
「だよなぁ。そんな前触れもなく……ってなにっ?」
「そのまさかなんだグレン。現れたんだ」
顔を引き締め、真剣味を帯びた彼女は言う。
「ガラン鉱山、覚えてるか? 岩竜と闘ったあの洞窟のある山だ。あそこより東の上空に、それらしい物が現れた」
「おや、一足遅かったな」
「あーシャーデル。やっとお散歩終わり?」
特等席であるラベンダー髪の幼女の頭上で羽を休めに来た子竜シャーデンフロイデ。彼はこの付近を飛び回るのが日課だったが、今日は随分遅かった。その意図は今日に至りようやく理解する。
「吾輩も今朝、遂に反逆者を感知する事が出来たのでな。確信を持つべくこの目で確かめに行ってみたのだよ」
「随分無茶したな。で、その成果は?」
問いに長い口をニタリと綻ばせる。よし、今度は確実に標的が現れた。
曰く、上空に浮遊するのは黒い月。ただそこで鎮座するだけで、現在何も動きは無いと言う。
目撃談及び、飢喰のシャーデンフロイデの証言はどちらもそれで一致した。
「反逆者が備える結界だね。内部に潜んで他者との接触を拒絶する。外部からは破壊する事が出来ず、一度入り込めば自由に出る事を許されない防壁だ。それを地上から離れて張るという事は、目的は分からないが褒められた動機ではないだろうね」
「ヴァジャハが張ってたやつだな」
アンデッドを操り、人を閉じ込めたあの時の結界。聞く限りだと規模は小さいようだが、どんなものが潜んでいるのか分かったものではない。さっそく、作戦を練るか。
「トリシャ、お前の呪いを解く日が……」
「パパこの前同じこと言ってダメだったよね?」
「そういう事言うのやめて」
なんて会話をしていると、空から散らつく無数の影があった。
「……雪?」
村中に静かに注ぐ雪のような物体。肌寒い空気なんて全くなかったんだが。
……いや、そもそも季節がおかしい。春の陽気なんてとっくに過ぎて暑さを感じるくらいなのに。
よく見ると、雪にしてはどことなく繊維質だった。氷の結晶というより、綿毛や羽毛のような極小の塊が景色を真冬みたいに塗り替える。
「パパー不思議ー。お空は青いのに」
トリシャが小さな手のひらにそれを受け止めると、ふわふわした綿の欠片はチリチリと蒸発する。やはり、雪なんかじゃない。
彼女の言う通り空を見上げると、天は快晴だった。雲なんて殆ど無いのに、絶え間なく灰色のそれは降り続ける。
この異常気象は……
「レイシア! 避難するぞ!」
「な、何だ!? 反逆者か!?」
「既に攻撃されてるのかもしれねぇ。トリシャもすぐに中に入れ!」
胸騒ぎを覚えた俺は村中に屋内への退避を勧告した。俺の勘が合っていれば、これは浴びてて良いものではない。
それからも白い綿は降り続けた。しかし一帯の大地は白に染まることはない。一見穏やかな自然風景ではあるが、俺は警戒を解く気にはなれない。
「グレン殿!」
小屋に雨宿りならぬ綿宿りしていた俺達の外から、見張りをしていた竜兵達が降り続く中を突っ切りこっちにやって来る。
「この一帯だけではありません。もしかすれば、大陸中にも降り続いているようです」
「すまん。この状況で様子見に行かせて」
「いいえ。我々は頑強でありますのでこのくらい……くぁぁ。あっ、失礼」
話途中で、竜人は欠伸を漏らした。偵察の任務に関わらず、集中力が維持しきれていなかった。
「おいグレン殿の前で! もっと緊張感を持……ぁふ」
数名の竜兵は外に立ったまま、フラフラと頭身を乱し始める。
やがて、ぐらりとそのまま地面に倒れた。それが一人だけでなく、バタバタと皆崩れていく。遠出していた彼らは意識を失っていた。
その光景に中から伺っていた皆が瞠目する。駆け付けたくても同じ末路を辿る事を怖れ二の足を踏んだ。
「パパ、なんか……」
「トリシャ!」
「眠いの」
とろんとした彼女は、意識を覚醒させようと闘っている。睡魔が襲っていた。
「……奥で休んで良い。起きる頃には多分終わってるから」
「うん。パパ、がんば……」
トリシャまで、眠り始める。外にいる連中も気絶したというより、寝てしまったと言った方が正しい。
「どういう事だグレン……何が起きている」
「多分この毛には鎮静の作用が含まれている。ずっと触れていたら寝ちまう」
俺も試しに外に出た。だがそのまま浴びる気は更々無く、対処の為全身に魔力を強く循環させる。
雨具のように炎の衣を身に包む。接した綿は俺の身体に触れるより早く蒸発する。これなら大丈夫だ。
すぐさま、倒れた竜人達を屋内に引き摺って入れた。後は、周りに任せる。
「それは何だグレン。腕だけでなく体中が燃えてるぞ」
「そういや、お前に見せるの初めてか。身体付与、紅蓮乃衣。そんな事より、手ェ取れレイシア」
「…………」
「大丈夫だから、早く」
説明よりも行動に移す俺に、戸惑いながらも彼女は応じた。俺と手を繋いだ途端、火の衣はレイシアも覆われていく。魔力の同和の性質。他者の魔力回路と結びつける事で、彼女を焼く事は無い。
「俺の魔力が続いてる間は外に出られる。周りにもこの事を話しに行くぞ。で、シャーデンフロイデ」
子竜は、小屋で寝そべるトリシャの傍にいた。
「収拾は君達の役目だ。吾輩は此処で待機していよう」
「ああ、トリシャを看ていろ。そして、今度こそ約束を守れよ」
俺とレイシアは他の屋内を回る。皆、いち早い指示のおかげで被害は最小限に抑えられていた。
迂闊にも様子を見ようと外を出た獣人やエルフの何人かが、地べたで昏睡状態に陥っていた。健康的な寝息を立てているが、起きる気配は無い。
これは恐らく出現した反逆者の仕業だ。しかも大陸全土に渡って。この眠害とも言える災いが始まった。
五に灰の雨、終末の角笛を吹かん。この予言にある『灰の雨』が現実になっていると思って良いだろう。
果たしてこの綿の雨はいつまで降り続けるのか。一日? それとも一月? もしや一年も? そんなに降り続けば、此処にいる彼らは眠り続けたまま衰弱死するのではないか? 想像するとゾッとする。
「くそぅ、見た限り手が足りねぇな。単独で昏倒した奴等を担ぎ込むには付与の休みがてらじゃ日が暮れるぞ」
「大丈夫だグレン。用意が出来た」
「あん? 用意って……」
レイシアが光の魔力を扱う状態に移行。降り止まぬ空に手を翳す。
「聖域の楽園」
すると、コルト村をすっぽり覆うように半透明の小金に輝く遮蔽膜が包んだ。光属性の結界はこの謎の物体を弾いた。
一時の外への自由が約束され、俺は黙って付与を解いた。
「10分程度だがその間は動けるぞ! 皆! 倒れた者をすぐに中へ担ぎ込め! それと必要な物も取りに行きたい者は今の内だ!」
おー! という掛け声が村中から聞こえた。各自が限られた時間を有効利用しようと動く。
「あのさ……そういうのはもっと早くやってくれないかなぁ」
俺がせっかく素敵思い付きでやった付与防護よりよっぽど効果があるじゃないか!
「無茶を言うな。本来は自分の身の回りだけをこうして守る魔法なんだ。殺傷攻撃にはてんで弱いしな。これだけ広範囲となると座標を固定するのにも時間が要る」
この規模を引き出せるのはエルの血統とやらの力か。彼女が女神の子孫で助かったぜ。そう言うと自己嫌悪し出しそうなので控えるが。
俺はロギアナを探した。この村で一番魔力に長けた彼女の意見が欲しい。あと、空を飛べる要員も。
彼女は無事だった。そしてレイシアを含めれば付与を扱えるのがこれで三人。魔力を含んだあの『灰の雨』に対応できる貴重な戦力。
すぐに主要を集め、自分の住まう屋敷の中で会議を開く。しかし襲来に備えた事への出鼻を挫かれた感が否めない。この綿毛の雨の影響で、大いに戦力を制限されている。
「反逆者の攻撃が始まった」
俺はそう、周囲に断言する。皆、遂にこの時が来たと各々の反応を示す。
「知っての通り、下手に外に出るとあの綿みてぇな塊によって眠らされて降り止むまでおねんねだ。数名でアレを止める為に大元を叩きに行こうと思う」
「し、城への応援を要請できないだろうか?」
「そこまで行くのに全身の付与が持つか分からん。俺一人じゃあ、往復出来る余裕も無いだろうな」
「それでは、どうするんだ。反逆者は上空にいるんだぞ!? 私の貼れる結界も移動しながらには使えん。あの綿の雨をかいくぐって攻め入るなんて無茶にも程がある!」
レイシアの糾弾ももっともだ。少なくとも結界を貼らずとも外を動ける俺が一人、限られた時間で何とかするっていうのは難しい。
「だから限られた人数で、さっきやったみたいに飛べる奴に俺の全身のを付与をくっつけて上空まで行く。綿の遮断もそこまで保てば良い。これが反逆者が空で散らしているというのなら、それより高く上がれば影響を受けない筈だ」
だが、俺だけではもう一人と一緒に火の衣を纏うので限界だ。戦力が二人では心許ない。
ならばこの技法が扱える人材に急ごしらえで覚えさせれば、面子を増やせる。そう考えた。
「レイシア、ロギアナ。多分俺の知ってる中で魔力操作に秀でてるお前らだけでも、身体付与を習得させれば、外に出られる仲間を増やせると思う。やってくれるか」
「……分かった。私にお前の技術を学ばせてくれ」
レイシアは意欲的に了承した。くっころ騎士の場合、以前から武器への付与を扱えている。要領は同じ、後はそれを
自身に対して直に行えるように練習すれば修得の可能性がある。
「ロギアナは?」
「全身に付与するのよね? そもそも付与自体やった事ないんだけど」
「お前魔法使いだろ。魔力のイロハは俺より上じゃないの」
「あのね、それって元々接近戦の技法でしょ? 後衛が杖を強化してどうすんの。だからそっちに関しては素人、やるにはやるけど期待を裏切っても恨まないで」
そんな事を言いながらも、多分彼女は魔法の類のセンスがあるのでお茶の子歳々と覚えるだろう。この二人にすぐに伝授する事が決まった。
もっといろいろな策を考えたいところだが、綿に催眠以外の有害性があるのか分からない以上、あまり時間は掛けたくない。数時間で学ばせるという無茶ぶりだが、俺は敢行する。
その間、周囲には即席の傘作りをさせる。流石に空まで行くのにそれで防ぐのは厳しいだろうが、ちょっとした移動を可能にさせるのはありかもしれないという判断。
予想し難い事態に、俺は内心焦りが燻っていた。
次回更新予定日、4/23(日) 10:00




