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俺の取引、不成立

 寝室を出て早々俺は泣きじゃくるトリシャに貼り付かれ、心配をかけた事を謝った。此処に来る時も俺は意識はあったようだが、まるで魂の抜け殻みたいに声掛けにもロクな返事すら返せない状態だったみたいだ。俺も覚えていない。

 女中メイドのハンナさんやアルマンディーダらの根強い看病に深く感謝する。特にアディのおかげで、俺は自分を取り戻した。彼女がいなければ、あのままずっと閉じこもったままだったかもしれない。


 ようやく、俺は屋敷で現状の報告を聞く事になる。まずアルデバラン国にペテルギウスから使者がやって来たそうだ。今度は正真正銘、刺客でも宣戦布告の代理でもない和睦の為の来訪。

 国王が亡き現在、ヴァイツェン王子が急遽として王位を継いだ。信頼出来る臣下が摂政を担い、王子にはまだ難しい政治も意見を通しながらやっていくつもりだそうだ。


 ペテルギウスはそうして戦争に関しての全面的な非を認めた。謝罪はもちろん賠償などをアルデバラン側も受理。俺個人に向けての詫びについても相当な補填があるらしい。後でアルデバランの城に行かないとな。

 そして件の騒ぎは正式に反逆者カイルの存在を伝えられ、国王として化けた奴が起こした国家の混乱と所業をヴァイツェン王子が俺達の手を借りて制圧したのだと報じられる。それが、あの坊ちゃんが王位に就く事の出来た大きな要因だろう。


 諸々の事情もさることながら、特に重要なのはパルダ達だ。俺はアディとオブシドによって、女神から逃れるべくやむなく三人を置いてこちらに舞い戻った。だから今彼女らはペテルギウスの方にいる。

 連絡には深手を受けたパルダの治療には尽力しているらしく、責任をもってそちらに戻れるまではあの城で療養させているそうだ。峠は越えたと、文には書かれていたようなので安心して良いだろう。


 ちなみにオブシドは竜姫に幾度となく再び赴く許可を求め(悪戯に混乱を招くからダメだとアディは突っぱねている)、ダックスハントに至っては彼女が負傷したという一報を耳にするなり、村を飛び出そうとした(レグルスら獣人達が総出で抑えている)。

 で、レイシアとロギアナは今こちらに馬車で送迎されているそうだ。今日にはアルデバランへ到着の予定。女神に消されることなく、無事で良かった。あの後どうなったのか聞きたい。


 そして俺は真っ先に用事のある相手と向かい合った。卓上に乗った小さな子竜ファードラゴンと。

「おいシャーデンフロイデ。約束、忘れていないだろうな」

「おやグレン・グレムリン。ようやくお目覚めかね。あれほど憔悴して運ばれていた割には、もう元気そうではないか」

「前置きは良い。お前に話があるんだよ」

「ああ、少し待ってもらって良いかな? 生憎今取り込みで……んぐんぐ」

 奴はこちらの重要な話よりも両手にある干し肉の塊を齧ることを優先しようとする。しかもじっくり堪能する気でいるのか、小さく齧っては長々と咀嚼そしゃくをしている。


 俺は残りを無理やりひったくり、がつがつと口の中に運ぶ。それで食事を手短かに終わらせる。

「吾輩のおやつに何をする」

「用件を早く済ましたいんだ。惚けるんじゃあないぜ」

「はて、惚けるようなやましい事などないつもりだが」

 互いに目の前で睨み合う。俺は本題を持ちかける。


「今すぐ取引通り、順序として先にトリシャの呪いを解いて貰おうか。俺は次回で構わない」

「それは反逆者をまず一体討伐を果たしたという認識で間違いないかね?」

 当たり前だ。脳裏にあの激闘を繰り広げたあの怪物の姿をちらつかせる。仕留めたのは女神だが、倒したという事実があればトドメは誰でも良い筈だ。


我執エルゴ・スムのカイル、か。あんな半端者を堕落させようとするとは、影も焦っているのか。それとも見込みも無いまま育てる気でいたのだろうか」

「何だ、やっぱり話を聞いているじゃねぇか。信じてるならほら、今トリシャを呼んで……」

「いいや? その必要は無い」

 腕を組んでいたシャーデルの独白を聞き安堵する。証拠が無いとごねられても困るところだった。合意と見て席を立とうとすると、何故か俺を制止する。


「どういう意味だ」

「だから、少女トリシャを吾輩の前に連れてくる必要は無いと言っているのだよ。ああ、もちろん優先権を決めているつもりはない。どちらにしても話は同じだ」

「は?」

「吾輩の『飢喰ハングリード』を振るう条件には些か不十分。今回の要求を呑むわけにはいかない」


 ありえない事を口走りやがった。


「約束が、違うだろうが」

「そうだ。吾輩は反逆者の討伐を条件にした。しかし君は未だに達成できていない」

「カイルは反逆者だ。闘った俺が一番分かる。人間だった時とは強さがまるで別人だった。怪物染みた力だったんだ、間違いない」

「しかし、不完全だった。吾輩はなグレン・グレムリン、同類が地上に出現すれば察知する事が可能だ。しかし君がペテルギウスに突入してから今日に至るまで、一度もそんな気配は無い。完全な反逆者は未だに現れていないということだ。もし出現していたのなら、吾輩は君に知らせていただろう」

 不完全? 今更持ち出された指摘に戸惑いを隠せない。


「あの元勇者は人間だった時からの名前を名乗っていたのだろう? そして、推測だがある程度人の姿を留めていたのではないか?」

「どうしてそんなこと分かるんだよ」

「簡単だ。君達がカイルと認識できたという事は面影が残っていたかあるいは殆ど元の原型を保っていた事に繋がる。吾輩を例にしてみたまえ、かつての名を捨てシャーデンフロイデを名乗っている。そしてあの本来の醜い姿を忘れてはいまい。それこそ反逆者としての本質が如実に出ている証拠なのだ。であれば彼は、今までの自分を未練たらしく残していた。それじゃあ反逆者としては失格だ。堕落しきれていない。それに今回、予言に触れたものは無いようだしな」


 我執がしゅうさが。己の利己性を高めたあまり、これまでの自分を捨てきれずにいたのだろう。

 力には代償が必要になると言われるが、奴は代償をこれっぽちも払おうとしなかったに違いない。よって影に囁かれようと完全には反逆者にはなりえないという齟齬が奴の中で起きていた。人でもなく、反逆者でもない。そんな中途半端な存在。

「だから、何だって言うんだよ」

 怒りに声が震えそうになるのを抑えながら、糾弾する。そんな都合の良い誤魔化しで納得できるか。


「不完全だろうと、完全だろうと反逆者は反逆者だ。充分戦力を削ったことになるだろ!」

「君は青い果実を品物だと言い張る輩に金を出すかね?」

 正当性はこちらにあると言わん気に、小さな竜は否定した。取引に妥協は許さない。


「今回ペテルギウスを揺るがしたのは災厄という側面ではない。元勇者カイル個人の手腕によるものだ。反逆者という立場としては、世界の脅威には到底なりえなかっただろう。君の苦労は認める。しかし、かといって取引を成立させるわけにはいかない」

「……クソっ、何だその屁理屈。ふざけんな居候の癖に」

「それはそれ、これはこれだ。勘違いしているなら忠告しよう。吾輩は君達の味方ではない。利害関係から行動を共にしている巫女トリシャのペットだ」

「ペットかよ」


 このまま口先を使っても、この野郎は梃子てこでも動く気配は無さそうだ。奴が満足する結果を出すまでは、呪いを解除するには至らない。今回は、見送りか……

 深いため息を吐いて俺は脱力する。


「あー分かった。でも良いかシャーデル、その反逆者の来訪が分かったならすぐに伝えろ。そしたらお前のお望み通り早々に終わらせてやる」

「言われるまでもない。目的の為なら三度回った後に鳴いてやっても構わないぞ」

 コイツの場合、俺達が相打ちになろうと奴等を倒す事に差し支えが無ければどうでも良いんだろうけどな。使い潰されないように立ち回りには気を付けないと。


 報奨の不成立に至ったところで、屋敷に連絡役の竜人がやって来た。つい先ほど、アルデバランにペテルギウスの送迎が到着したらしい。ロギアナとレイシアが帰って来たという事だ。

 支度を済まし、俺もすぐに城の方へ赴く。アディらと共に馬車を走らせた。




 アルデバラン王と謁見を済まし、城門から出て来た二人と丁度鉢合わせになる。俺を見るなり、レイシアは速足でやってきた。

「グレン! 大丈夫か!? 心配したぞ!」

「そっちこそ置き去りにして悪いなお二人さん。女神に何もされてなくて良かった」

「ほんとよ。まぁ、手厚くもてなされてきたから別に良いけど」


 ロギアナは無傷。くっころ騎士の方は顔の一部に湿布などが貼られているが、大怪我はしていなさそうだ。

「とにかく五体満足で何よりだのう。で、パルダの方はやっぱりまだダメかえ」

「ああ。私達が発つまで意識は戻っていなかった。しかし、ヴァイツェン王子……いや、王と呼んだ方が良いな。彼がペテルギウスの持てる医療や治癒魔法を扱える者を総動員して、無事こちらに送り届けると約束してくれた。そしてグレンにも詫びの言葉を伝えてほしいと頼まれている」

 あの褐色の少年もまだ若くして父を亡くし、戦争の贖罪と色々大変だろうな。でも、頑張ってもらうしかない。それが王族という立場として継ぐべき者の責務だから。


 レイシアから畳まれたハチェットを差し出され、俺の手元に戻ってくる。王座でそのままにしていたのを忘れていた。この前の闘いで籠手弩ガントレットボウは砕けてしまった。一から作り直すのは大変なのかな。後でくれた兵士達と考案したシレーヌに謝ろう。

 しかしパルダが抜けたのは痛い。俺達の陣営の中でも一二を争う程のかけがえのない戦力だった。彼女が復帰するまでに反逆者が襲来してくるとすれば、厳しい闘いになるだろう。


「それと、女神エルマレフについてだが……」

 レイシアは今回の騒動で一番重要な話を切り出す。既に心臓が跳ねた。トラウマになりかけている。


 俺が空からペテルギウスを離脱してから、エルマレフは俺を追う素振りを見せなかった。レイシアはその様子をまるで、本命がカイルの撃破で俺をあわよくば消しておきたかったぐらいのおまけ程度にしか捉えていないようだったと言う。

 そしてその場でレイシアは俺に代わって女神に訴え続けた。何故俺が消されなければならないのか。罪だけを抽出して否定するなんて、彼の功績を認めないなんて不条理すぎると。加点の無い差し引きだけの判断をしないでほしいと。


 しかし女神は揺るがなかった。不敬であるとも言わず、レイシアを子孫としてゴブリンと相容れる事を止めるようにと諭したそうだ。俺の存在を看過することは出来ない。聞いてるだけでキツい。

「すまない、すまなかった。私では女神の意向を変える事が……」

「謝るなレイシア。お前のせいじゃない」

「いや、謝らせてくれ。私は女神の血を、持っている」

 手甲が震える程握り締め、頭を下げる。エルマレフと瓜二つの顔を、隠すようだった。


「知った時、当初はずっと誇りに思っていた……。まるで大儀に追い風がついたようで、正直嬉しかった。高揚した。けど、それは驕りだ。意味もない。ただ、悪戯に友を苦しめるだけだった! 私は、この血が通っている事が恥ずかし……どぉっ?!」

 俺は下げた金髪の頭頂部に手をベシッと音が鳴るくらい乱暴に置いた。そんな事を気にしてやがったのか。 

「お前と女神の判断に関係は無いよ。ほんとに俺は悪かもしれないんだ。しょうがない」

「で、でも!」

「なぁレイシア。俺もまだ心中に整理がついていない。でも、お前を憎いなんてこの先絶対に思わないさ。誰かを逆恨みする気もな。そしてお前の方もそうしてくれ。もし裁かれる時が来たら、世界を恨まないでほしい。そうやって転生者は反逆者に堕とされる。連中と同じレベルになるのが一番嫌なんだよ俺は」

 積み上げた物を否定されたからと言って、餓鬼みたいに癇癪起こして全部滅茶苦茶にしたりはしない。


「まぁ二人とも安心せい。そんなことはさせぬさ、グレンを消しに来ようものなら儂が止めるからのう」

「あんまり荒事は止めてくれよ」

「それは向こう次第であろ? 話し合いを設けるかどうかで対応が変わってくる。竜の逆鱗に触れさせぬ事を祈るばかりだのう」

「うへぇ、アディさん目が爛々としてるんだけど……俺より怒ってない?」

「当然じゃ。大事な男が愚弄されて心中穏やかでいられる訳があるまい」


 俺とアルマンディーダのやり取りをよそに、彼女は胸鎧にきゅっと握った拳を当てる。その首に掛けた十字架は外そうかと悩んでいた。それは聖騎士を辞退することに繋がるので止めさせる。


 少しの間を置き、ロギアナの方から話を再開した。今回俺が女神に目の敵にされていることは、秘密となっている。アルデバランはエルマレフの信仰が強い。知られればどうなるか目に見えている。

 ペテルギウスでも女神の降臨は緘口令かんこうれいを敷かれ、先日まで対立していた国からの情報がこちらに伝わるにはかなり遅れると見ている。

「レイシアと平行線を辿ってから、エルマレフはまた天に戻って行ったわ。私達に警告を残してね。それはグレン、アンタについてじゃあない」

「他に何があった?」

 銀髪紫眼の魔導士は、ハッキリとその場で俺達に伝える。



「もうじき、予言されていた恐るべき災厄がやって来るそうよ。反逆者が襲来するって」


次回更新予定日、4/14(金) 7:00

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