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俺の登山、頂上へ

 到着は半日と数時間に及んだ。昼間に出たので既に日は暮れ、辺りはもう真っ暗だ。

 山の麓の村の看板で降ろされた俺は、そこまで道中一緒だった二頭の馬の方に礼を言う。飼い主には気持ち多く払ったんだから別に良いや。


「よーしよし。よく此処まで運んでくれたなアンドロメダ号とマルコポーロ号」

「勝手に人の馬に名前を付けるなよ」

「こんなに長く走って疲れたろう? お前達にはマンドゴドラの根をやろう」

「やめて! ウチの貴重な稼ぎの要に変な物食わせないで!」


 穏やかに(いなな)いた馬達はそうして元来た道を引き返した。夜明けまでに別の街に行くそうだ。

 さておき、集合するのはガラン鉱山の山頂。恐らく登るには一日あれば往復出来るといったところ。日程は明後日の明朝。経験値を稼ぐにはたっぷりの時間があった。


 泊まる事の出来る民宿はあるか知るべく、ガランの村に立ち寄ったが村は既に荒廃して人があまりいなかった。どうやら、ロックリザードの群れが以前山里に降りて猛威を奮って以来人が住まなくなったらしい。それもあって今回の掃討依頼が決行される事となったのだろう。


 仕方ないので野営する事にした。手持ちの食糧で軽く済ませながらも、近辺に役立つ物は無いかと雑木林にも入ってみた。


「おお、ピープルの木じゃん」

 見覚えのある果樹を目にし、そこにたわわに実った果実が俺をそこに誘った。思い出しただけで垂涎の想いが駆け巡る。

 ひとつもぎってもはや警戒なしにかじりついた。

「! ぶぇっ」


 もはや大好物であったにもかかわらず俺は思わず吐き出してしまう。食えたものじゃない味だった。渋くて酸っぱく、それで嫌な苦みがある。そして申し訳程度の甘味が後味に残る。


 あの甘味に彩られた味覚とは大いに異なり、もはや違う食べ物の域だ。何だこれ。こんなにピープルの実ってまずかったか?

 俺の知っている甘い香りも無いその実を食すことは諦めた。確かピープルの実の事を商人に聞いた時、生食はしない物だと言っていた。せいぜい蜂蜜に漬けて食べられるくらいと教わったので、変な話だなと当時は思っていた。


 ああ、もしかして本来はこういう果実なのかもしれない。俺はそう仮定する。では、俺が甘い甘いと食べていたあのピープルの実は品種が違うという事なのか? でも見た感じ熟してるしなぁ。

 渋柿のように当たり外れでもあるのかもしれない。これ以上食べることは断念した。別の食料を探そう。


 そんな新しい発見をしながらも、此処にも自生していたマンドゴドラをあしらいつつ俺は経験値稼ぎをした。


「ン゛マ゛アアアアアアアアアアアア!」

「ン゛ン゛マ゛アァァ!」

「やっかましいわ!」


 邪険にしつつも本音を言うとコイツらのような存在は有り難い。森林があればまず生息している分、闘い慣れした相手が何処にでもいるという側面は俺にとって重要だったりする。


 レベルが初期に戻った時にでも見知らぬ地で未だ闘った事の無い魔物との戦闘は非常に危険だ。だから俺はレベル上げにマンドゴドラがいそうな浅い森林に入ったのだ。

 というわけで逃げも隠れもしない人面植物を俺は有り難く狩ることにした。容赦はしないぜ。


 今夜はある程度の戦闘を済ませて一晩を終わらせた。そして翌朝になってから俺はガラン鉱山を登り始める。

 岩肌に覆われ、緑の少ない山の道中ではバッドエイプという鉤爪のある細い腕の猿が生息していた。こいつらの特徴としてムササビのような手足に飛膜を持ち、凹凸おうとつの激しい山々を飛行して移動する。


 時折、飛行しながら襲い掛かってくる奴もいた。普段よりも攻撃を受け、そこそこ面倒な相手だった。

 レベル上昇の収入源にはなったので数回のファンファーレを機に、俺は取り出したスクロールを開いて自分のステータスを見る。


 グレン:LV10(+5) 

 職業:戦士 属性:土 HP:34/51 MP:14/19

 武器 黒鉄の長剣 防具 狼皮の革胴着 装飾 聖ロザリオ

 体力:51 腕力:38 頑丈:35 敏捷:46 知力:25

 攻撃力:47 防御力:43


 と、これで今回の目的であるクエストの参加条件レベルにまで達成。後は無理に戦わなくても、無数のロックリザードを相手にしていれば自然と成長限界まで上がるだろう。


 大気の中で低めの雲が頭上にまで近付く高さまで行くと、気温が下がっていくのを感じた。肌寒かったので、以前ロンリーウルフを倒して繕った毛皮の外套を羽織り、山中をさらに進む。

 開けた行く手がまた斜面になるのを見降ろすと、そこが目的地だとハッキリと分かる景色が見える。


 明らかに自然の力ではない、行く手の大地に大規模で掻き分けたような大穴があった。階段式の溝を見ると人の手で掘られているのが分かる。俺が通った道中は、発掘された鉱石を牛馬が運ぶときに使う物だったのだろう。おかげで迷う事は無かった。


 その採掘場跡地を目印に俺は向かう。登ってたどり着くまでに半日を要し、もうじき日が橙色に傾く。アバレスタから馬車で移動して本当に良かった。休憩や寄り道なんか出来る余裕は無かったところだった。

 その溝に降りる間際、付近には簡易造りの小屋があった。


 そこの扉をノックすると、中からぬっと人が出てくる。ハンチング帽を被り、筋骨隆々で無精髭を蓄えた大柄な男が、訝しげに俺の全貌を眺めて言う。

「何しに此処に来た」

「斡旋所経由で依頼を受けに来た者だよ」


 募集書を取り出すと、ひったくるようにそれを取って男は見る。その対応を見て確信した。この堅物な中年オヤジがこの依頼主だ。

 時折視線だけが俺の顔をねめつけ、やがて眉を潜ませる。


「ゴブリンが依頼を受けにくるというのは初めてだ」

「成果をもたらすなら人種は関係無いだろ? 斡旋だって信用を反故にする奴を回させねーよ」

「得意分野だと思っているなら大間違いだ、と言っている。内容は土堀りじゃなくて駆除を依頼したんだ」


 そういえば、ゴブリンは土の扱いに長けた種族だと周知の見識がある。俺もそれで落とし穴を仕掛けたりしたしな。

「魔物と闘えない冒険者が単独で此処まで来れないだろうよ」

「フン。腕に自信があるのか知らないが、威勢だけはどいつも一丁前だな」


 そしてオヤジは何を思ったか、募集書を突然破った。それを丸めて暖炉の火にくべる。突っ返さないという事は、了承を意味すると俺は受け取る。


「まず肝に銘じておけ。此処の炭鉱を仕切る俺がルールだ。金を皿によそってほしけりゃあな、座れと言ったら座りお手と言ったら手を出せ。出なかったらとっととこの山から降りて行ってもらう」

「承知したよボス」

「注意事項は他のメンツが揃った時に話す。寝床と飯は自分で何とかしろ。明日の明朝とともに始める。捨石ボタ山に埋められたくなかったら勝手に一人で突っ走るな」


 話を聞きながら、俺はそこはかとなく小屋の中を覗いた。目についたのは写真立てのようなもの。カメラなんて文化が無い事からしてそれは絵だった。このオヤジと思わしき人物と、家族が写っている。


「ところで、此処を管理してるのはアンタだけ? 大がかりな割に、炭鉱夫どころか人の姿が見当たらな――」

 小屋の外で立っていた俺の鼻先で扉をぴしゃりと閉める。今夜も野宿か。まぁ最初から寝泊まりは期待はしていなかったが。


 残りの時間を俺は道中で削られた体力の回復に努めた。傷等を回復する薬は持っているが急を要する事態でも無いのでとっておく。


 そのまま真下にある人気のない採石現場を眺めたりして過ごしていると、別の冒険者達があの小屋に立ち寄り、何処かへふらふらと移動しているのを目にする。俺と同じ参加者か。

 その中で一番驚いたのは、幾多の馬を引き連れた見覚えのある集団がこんな山中にまでやって来たことだ。


 堅苦しい鎧を着た連中の中で先陣の一人が小屋の前で馬から降りる。金の髪をした少女だった。幾らかのやり取りの後、隊を引き連れてこっちに向かってくる。恐らくは野営する場所を探している。

 俺がその傍らでどっしりと座っていると、先頭の騎士は立ち止まり俺に声を掛けた。


「こんなところで何をしている」

「俺のセリフだね。団体さん引き連れて何か御用?」

 アルデバラン王国の直属騎士団だった。しかもそこのリーダー格は、聖騎士長ハウゼン御付きのあのくっころ騎士ではないか。


「副隊長、魔物っスよ!」

「え!? 嘘! 何処何処!?」

「例の城下町をうろついている亜人のゴブリンだ。放っておいて害はない」


 すっとぼけた俺の言動を相手にもせず、くっころ騎士は隊の警戒を解かせた。あら、コイツ結構偉い立場だったんだね。

「そして貴様は質問にだけ答えろ」

「言うまでもないでしょ。依頼を受けてはるばる此処まで来ただけだもの。まさか今回の集団討伐に、国お抱えの騎士も参加を?」

「行くぞ」


 無視された。馬に乗った十人の小隊は、俺を置いて走り去る。


 何だよ聞くだけ聞いておいて。何て文句をおくびにも出さず俺はそのまま夜まで過ごすことにした。どうやらこの依頼は面倒ごとがありそうだ。やはりただの美味しい話という訳ではないらしい。


 リューヒィの奴め、やっぱり勧めたのには何か思惑があったのか。だが、もう此処まで来ておいて引き返すわけにはいかなかった。

 そして、遂に参加者たちの面子が揃う朝日が昇る。



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