表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/207

俺の挫折、紅翼の抱擁

 目が覚めたのは、寝所のベッドの上だ。いつもの布団。いつもの敷かれたシーツ。

 パチパチと音を立てる暖炉の明かりが室内を照らし、そこは暖かく穏やかな空間だった。


「俺は……確か」

 いつの間に眠っていたんだろう。自分の記憶を呼び起こす。

 すぐにあの苦しい過去が駆け巡った。


 ペテルギウス王との強引な謁見。正体を露わにしたカイルとの激闘。傷付いた仲間達。勇者の御付き人ステラの乱入による窮地。そして、降臨した女神の宣告。


「あぁ」

 俺は両手を顔に抑えた。思い出したことを後悔する。夢であって欲しいと切に願う。あれが悪夢だったのならどれほど良かったか。

 しかしカイルの黒剣に貫かれた肩の痛みが、嫌でも現実と向き合わせる。無かったことに出来ないだろうか。何より負傷していない箇所が、胸が引きつる、


 あれから処刑を降そうとしたエルマレフの前にレイシアが駆け付ける。多少ささくれと火傷が目立ちながらも、毅然として女神から俺を庇おうとした。

 幾度となく彼女は俺の弁護を訴える。グレンを消すのはやめてほしい。彼は今まで人々を救う為に並々ならぬ努力をしてきた、と。

 だが、子孫の言葉にも頑としてエルマレフは耳を貸さない。その場を立ち退く事と俺を敵と思いなさいという言葉を繰り返す。そんな両者のやり取りを、俺は茫然と聞いていた。逃げる事も抗う事も意味は無いと悟り、審判をただ待つだけの身だった。


 神聖な光景に傍聴する者も集まってくる。市民が俺と女神を目に、断罪を望む声が口々からあがった。

 ゴブリンは消えるべきだ! この邪悪な生き物を滅ぼしてください! 女神様のお力添えを!

 黙れ! 違う! コイツはそんな奴じゃない! レイシアが強い抗議をするも、誰も同意を示さない。


 この時から俺は諦観に至っていた。何をやっても覆らない。何の謂れも無いレイシアにまでヘイトが伝染するだけだ。もういいんだ、そう彼女に言おうとした時だった。


 レイシアは信仰する主の意思に背き、剣を抜く。しかしそれは闘う目的での抜刀ではなかった。

 雷火を宿した剣は眩い閃光を周囲に放つ。雷光剣(らいこうけん)(せん)付与(エンチャント)派生の目くらましだった。周囲から俺の姿をほんのわずかな間欺く。そしてレイシアによるアルマンディーダへの助けを呼ぶ叫びが響く。


 連携するように、俺は背後から何かに掻っ攫われる。一気に地上から離れ、上空に連れ去られた。竜人が不意を突いてエルマレフのもとから俺は引き離されたのだ。レイシア達を置いてペテルギウスから離れていく。

 耳元から俺の名前を口にする聞き慣れた女性の声。アディの身を案じた呼び掛けに答える余裕も無い。そこからの記憶は無かった。



 そうして俺はコルト村の屋敷へと運ばれていたみたいだ。どれだけ寝ていたのか、夜なのか昼なのかも分からない。

「あぁぁぁぁぁ」

 まだいくらでも問題が山積みになっているというのに、背を起こしただけでそれ以上にベッドから起き上がる気力が湧いて来ない。パルダの身がどうなったとか、そんな事まで気が回らない。


 エルマレフの言葉が、脳裏に深く刻まれている。この先俺が何をしようと、許されはしないと。

 俺は天国へ行けない。ゴブリンとして産まれた以上、人の世に出たらどんな善行も昇華されることはないと言い切られた。

 だったら俺は、これまで何の為に……


「あぁぁぁぁぁっはっはっはっはっはっはっ」

 呻きはやがて乾いた笑いに変わっていった。今まで何の為に不条理な自分の身の程を甘受してきたのだろう。ゼロから過酷な世界に身を投じ、これでも頑張って来たつもりだった。そう、つもりだったんだよ。

 俺は間違っていたらしい。自分の身の程が、社会に関われる前提でいた。


「ばっかみてぇ! 俺はずっと、無意味なことばかりやって来たって事なんだな! 何だよ! 誰でもいいから早く言ってくれれば良かったのに。そうすれば馬鹿な勘違いなんてしないで済んだのに! ゴブリンでも善行を積んで行けば今度こそ、今度こそ……!」

 努力など、他者からしてみれば結果を出さない限り何の価値も無い。ゴブリンの報われぬ足掻きを誰も評価したりはしない。どう言い繕っても、その事実がつきまとう。


 何も悪い事はしていないというのは、何も良い事ではない。だから、俺は出来うる限り善行をしていこうと思ってたのに。それが、余計な事だったなんて……

 脳裏が黒に塗りつぶされる。希望など湧いてこない。明るい未来など考えられない。いっそ、全てをふいにしてしまいたい衝動がせり上がる。


 反逆者達も、こうして堕落したのだろうか。世界を恨み、世界を呪い、そして反逆者の根源--予言の影の囁きに応じてカイル達は人を捨てた。今この場で呼び掛けがあったのなら、俺もゴブリン以上の凶悪な存在に成り果てるのだろうか。

 ……なんて、ふと思ったがその可能性は無いとすぐに断じた。それは怒るだけの強い意志があるからだ。無気力な今、復讐なんて考えるのも馬鹿らしい。


 ギィ、と扉の軋む音がした。俺の高笑いが聞こえたのか、部屋に誰かが入って来た。

「グレン、やっと目が覚めたか」

「……アディ」

「もう大丈夫かえ? 丸二日は眠ったままだったようじゃが」

「そんなに寝ていたのか」

 呑気に惰眠を貪っていたんだな、と自嘲が漏れた。


 盃を載せた盆を両手に、寝たきりの俺の前に近寄る。水を差し出す。

「いい。大丈夫」

「脱水になってはよろしくないぞ。強引でも喉に通した方が」


 俺は首を振った。脇の机に盆を置き、紅い髪の竜姫は息をつく。

「しっかりせい、とは流石に言えぬ。儂も色々事情を聞いたぞい。アレイクから、転生者? というおぬしの経緯も。件の女神がぬしをこちらに送り出したという事も攫う前に途中まで聞いていた話、そうしてぬしの置かれた状況も大方推測がついた」

「幻滅しただろ? 俺は秀でたゴブリンなんかじゃあなくて、ただ人間の精神を残して生まれ変わっただけなんだから」

「変わらぬよ。精神性の根源がどうであれ、惹かれた事にはのう。儂はぬしの在り方に惚れたんじゃ。グレンはグレン。ゴブリンであろうとそうでなかろうと、儂はぬしの評価をそんな事で下げるつもりは無い。これまでの積み重ねた事実は不動であろ?」


 アルマンディーダと会話をしながら、彼女とは目を合わせずに暖炉の火をぼんやりと見る。

 ああ眩しいな。本来であれば暗闇でひそひそと生きるべき生き物だからか、明かりが自分を照らすという事に忌避感を覚える。今更そんな風に感じる事になるなんて思ってもみなかった。


「でも、意味が無かったんだよ」

 両手で自分の目を隠し、胸の内を告白する。


「俺さ、人より人らしくとか、善行稼ぎとか色んな建前でああだこうだとやっていたよ。それは、やっぱり認められたかったからなんだなぁ。正直、死後の事なんざそこまで大してこだわっちゃいないって事に気付いた。ただ、周囲の人々もそうだけど、やっぱり理解を得られない第三者からじゃあ限界がある。そんな中で神様って存在に転生者って役を与えられ、頑張っていけば偏見の目もなくしっかりとした評価をくれるならって息巻いたもんさ。転生者としての最大の誉れが、あの世に行けるほどに累積した善行を行う事だって。これまでは」

「グレン……」

「それがこのざまだ。別に頑張ったこと自体を評価してくれ、なんて言わない。だけど、だけど」


 こんなの、あんまりだよ。


 震える呟きは、心を許し密接に触れられる者にだけ伝える端的な言葉だった。

 俺が心苦しさと眩さに耐えるのを察してか、彼女は両肩から部屋に広々と羽を伸ばした。紅い革の翼は俺を覆う。視界が手で隠さなくても真っ暗になる。包んだ羽からは温もりが伝わる。


「儂には、その心境を理解はしきれぬ」

 抱擁しながら、アルマンディーダは言った。

「でも、その報われなかった辛さは分かるよ。儂も、行方が分からなくなっていた御爺様を探して各地を回ったように」 


 彼女にも、報われなかったひたむきな努力があったと。

「兄、スペサルテッドによって亡き者にされ、その事実を後から知ったときあやつは言ったよ。無駄な努力御苦労様とな。辛いよのう、苦しいじゃろう」

 慰められて涙腺が緩む。心が揺れ動いた。

「しかし、その時はぬしが側にいてくれた。じゃから儂は立ち直れた。今度は儂の番。力及ばずかもしれぬが、側にいよう。頼ってい」

「……ありが、と。ありがとう」

「御安い御用じゃ。何、ぬしならすぐに立ち直ろう」



 しばらく、俺達はそのままじっとしていた。アディは傷心を癒す時間に付き合ってくれた。

 微かながら暗淵に立たされた孤独感が和らぐ。そうだ。全部が台無しになった訳ではない。俺は今、一人ぼっちじゃない。


「のう。よければ魔法の言葉をかけてやろうかえ?」

「魔法の言葉?」

「とっておきじゃ。いか」

 やがて落ち着いた頃合いを見計らい、まるで子供達が布団を被って夢を語らうようにアルマンディーダは翼の中で持ちかける。


「グレン、おぬしもこれからはもう女神に認められることより、儂の評価で生きていこう」

「えっ」

「じゃから、儂とこのまま生きるのと女神の言うがままに死ぬのを選んでみせよと言っておる。天国に行けない? 地獄へ向かう? それは非常に残念かもしれんがのう。努力を全て否定され、今のおぬしにとってお先真っ暗といったところか」

 しかし、と囁く。


「かといって、全てが終わってはおらぬよ。なんせぬしは生きておる。生きているという事はまだ何かが出来るという事じゃ。今がどうでも良くなったわけではなかろう? 儂やトリシャも、自棄になって仲間達を放り捨てるのかえ?」

「そりゃ、そんなことはないけど」

 彼女のおかげで、この世界での俺の人生も悪くないんじゃないかと思えるようになってきていた。どんなに己の出生が恵まれなかろうと、アルマンディーダやトリシャがいてくれた事で俺のゴブリンとしての一生も、単なる過程なんかではなくなった。


「のう。そんなに悲観的になったまま生を終わらせても虚しいだけであろ? つまらないだけじゃ。ぬしにとっての現世は、先が報われなければ何の価値も無いとは言わんでほしい。儂はぬしと出会えた事、それだけでも竜人としての長い生涯に匹敵する程の満ち足りたものであると思っておる。たとえ、この先ぬし以上の報われぬ最後であったとしてものう」

 そんな大袈裟な。しかし、彼女にとっては誇張ではない。間近にあった紅い瞳には本気の想いが映っていた。鼻と鼻が触れそうな距離で、ようやく視線が合う。


「もっと明るく物事を見てもかろう。女神が何じゃい。ぬしはそやつの傀儡に過ぎぬのか? いいや違う筈。今まで女神の言葉で動いて来たのなら、腑に落ちぬ点はいくらでもあるからのう。儂を助けたのも、トリシャを救ったのも、このアルデバランの為に幾度となく闘ったのも、全てそれだけの為ではないと儂は言い切れるぞい。グレン、おぬしはそういう男じゃ」

「アディ……」

「このままおめおめと人生を終わらせても誰も喜ばぬだけよ。どうせ、そんな姿勢を殊勝と呼んで終いにされるくらいならのう。もしも女神がおぬしをただちに消そうというのなら、その手から守ってみせる。一方的に、そして理不尽に消させはせぬ。納得がいかぬなら抗おう。それでもあちらがぬしの努力を否定するのなら、きちんと反論すべきじゃ。レイシア達もきっと口添えに協力してくれよう。一人二人ではなく、仲間達や国の民大多数での抗議ならば女神とやらも考えが変わるかもしれんしのう」

 それは二度目のプロポーズのようにも思えた。また、アルマンディーダ側からのアプローチだ。


「望むなら死ぬまで儂は側にいるぞ。共に地獄に墜ちても良い」

 もっと大切な物は目の前にある。死後の事が最優先だったのは、それ以外にかけがえのない物が無かったから。でも、今は……


 彼女の言葉は、行く先が真っ暗になった目の前を照らす光明だった。まだ身の回りしか広がらなくて、暗がりが遠い周囲を包もうとも。意を決して歩めるだけの勇気を貰った。

「そう、だな」

「……ふむ。目に光が戻ったようじゃな」

「やるべき事を思い出したよ」

 そうして翼は開かれた。俺はもう光に怯えない。ベッドから身軽に起き上がり、手渡された盃の水を一気に飲み干した。この身体は、生命力に満ち足りた。


「此処まで来た以上、結末が決まっていようと進まなくちゃあ勿体無いか」

「うむ」

 人はそれを自棄と言うだろう。所詮は自己満足だと決めつけるだろう。

 でも、だからどうした。諦めを早くしたからって何も良い事は無い。


「ああ、やるさ。満足がいくまでに」

「うむ!」

 くだらねぇと思っていたゴブリンの末路、もう分かっていようと最後まで自分の為にやり抜く。もし善行をするのなら、これからは女神や誰かに認めて欲しいからじゃない。俺自身がやりたいからやるだけだ。

 そうだ、俺はまだ生きているからそれが出来る。思い残している事はまだまだあるし、女神エルマレフの断罪には納得のいってない部分もある。ダメ元でも良い。無意味かどうかを決めるのは他人ではなく、俺自身が決める事だと気付いた。


次回更新予定日、4/11(火) 7:00

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
いやよくこんなんで神になれたな この話の神ってギリシャ神話の神みたいに力があるだけなんかね それじゃ反逆者と大して変わらんのでは
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ