俺の窮地、我執のカイル
城の屋根で受け身をとり、体勢を立て直した俺は来襲するカイルを見上げた。拳はもう握れる。ガードの痺れは解けた。
手首の黒刀が振るわれるのを見て即座に横に退避。
「連空牙!」
間もなく、追撃の真空波は無数に飛んできた。ついさっきまで俺のいた足場がスッパリと両断され、崩落する。
「手前で城を無茶苦茶にする気かよ!」
「なら当たれば良いだろうよぉ」
ふざけんな。俺は城の外壁を蹴り、カイルの闘技の技後硬直を狙う。
「多連崩拳!」
「うげっ?! ごぉっ!」
全身に渡って跡が残る程の猛打を浴びせ、奴を吹き飛ばす。一発一発が、常人なら骨が砕けてる威力の筈。刀身を容易くへし折った。
カイルの黒の鎧装が、生物の殻のような手ごたえでバラバラに飛び散る。あれはどちらかというと鎧というより甲殻と言った方が良い。竜人が鱗を使って服を変化させてるように、奴は皮膚を変質させてあの恰好を作っている。
カイルはすぐに復帰した。高笑いしながら、城の塔の上で俺と同じ高さに並ぶ。修復はパルダの裂傷の時よりも鈍い。効果はある。
「……クッハッハッハッハッハッハッ! 面白れぇ! 面白れぇなぁ! こんな力を受けられるなんて笑いが止まらねぇ!」
「何殴られて笑ってんだよマゾヒスト」
「ハァッ、テメェにも分かるよう教えてやるよ。オラ構えろや!」
両腕を左右に引いた。その姿勢で躍りかかるカイル。まさか、編み出した派生まで?
「チィッ」
足場の狭い屋根の上、回避は至難。迎え撃つしかない。
両者の間合いで俺達は正面衝突した。
「「多連崩拳!」」
拳と拳。カイルと俺は崩拳の連打を互いに放ち合う。
ラッシュが拮抗する。手数も威力も、俺が普段繰り出す技とは遜色変わりない。数秒間の激しい衝突が悠久に思えた。
「また、パクリか!? 猿真似野郎が!」
「パクリ? バーカ! これの何処が--」
連続で衝突する殴打の均衡が崩れ始める。原因を追究するとすれば、それは同威力の闘技で優劣を決めるのに、使用者のスペックに左右される事だろうか。
不味い……!
「真似ただけの劣化なんだよぉおおおおお!」
すり抜けた一撃が、俺の胴体に撃ち込まれる。蛇竜鱗の鎧では吸収しきれない衝撃が襲った。防御が間に合わない。
「ご……はっ!」
屋根を飛び、他の離れた城の屋根に衝突。自分の闘技にやられる日が来るとは。
腹部を抉るような激痛が襲う。なかなか呼気がまとまらない。
「俺はカイル。我執のカイル」
向こう側で奴は反逆者の真名を名乗り上げる。
我執……その言葉には二つの解釈がある。仏教では自らの心身への執着を意味し、そして利己主義を表す。奴のそれは、その本性からして後者と考えて良い。
「俺に浴びせた攻撃は、まとめて俺のもんになる。テメェのお得意の拳はこの通り俺にも扱えるようになった。これが『我執』の能力。これで俺はテメーの完全上位互換だぜぇ?」
破損した屋根の残骸を押し退けながら、徐々に回復した俺は起き上がる。それなりの痛手を受けたが、お喋りな野郎のおかげで不幸中の幸いだったと理解した。奴の言い分が正しければ、まだ全てを模倣されていない。
反面、これで手の内を迂闊に出す訳にはいかなくなったのを悟る。付与を加算した崩拳が決め手にならずに万が一模倣されたら、俺自身を追い詰めるだろう。
かといってこのまま崩拳と硬御だけをやり繰りしていてもジリ貧だ。ここぞという時に必殺の一撃を、模倣される前に叩き込む他無い。さぁ、その為にはどうする。
「ハッハッハッ! どうしたビビったのか? ゴブリィン」
「いいや。御大層な通り名だが改名した方が良いと考えてたところだ」
「何ィ?」
「なぁ我執よりジャイアニズム、っていうのはどうだ。手前勝手なお前にはそっちの方がお似合いだろ?」
「……ハッ。口だけは達者だなァ」
他者への関心が希薄なせいか、転生者なのかどうかも勘ぐりもしないか。
カイルが跳んだ。折った筈の黒剣が復元し、また伸びる。それを上に振り上げた。
「せいぜいみっともなくあがけよ断空牙ッ!」
防戦一方を強いられる。俺の回避した跡には、破壊がやって来る。以前とは比べ物にならない威力に城の一角が砂塵のように霧散した。
「まーた色んな物が壊されて行くなァ、どう思うよ!? 申し訳ねぇと思わねェかなぁ?」
「壊しているのはそっちだろ!」
「けど此処にテメェが来なければこんな事にはならなかった! 大人しく戦争続けて離れた戦場でおっ死んじまった方が世の為だったんじゃねーの!?」
「それはテメーの理屈だ! 正当化すんじゃねぇよ! それでも元勇者か!?」
「だからこそだろぉ!? 当然じゃねぇか! 今までこの国の連中は俺の恩恵を受けてのうのうと生きてたんだ! 少しの弾圧や被害くらい我慢する義務がある!」
「そんなの独り善がりな押しつけだろうが!」
カイルは元より理路整然とした論理感が欠如している節はあった。外道の素養があったとはいえ、此処まで自己中心的な奴だとは。
「カイルゥゥウウウウ! 貴様ァああああ!」
眼下から怒りの声が飛んだ。上階の塔から飛び降りた騎士レイシアが俺達の戦闘に介入する。
アルマンディーダの要請に応じて馳せ参じたのだろう。当然、事情も既に把握している。
「まさか反逆者になっていたとは……何処まで堕ちれば気が済むのか!」
「ようレイシア。お前もいたのか」
責め立てる声にも大して動じることなく、元勇者のカイルは彼女に微笑を浮かべていた。
「なぁ今からでも遅くないぜ。こんなゴブリンの陣営にいねぇで、俺のところに来いよ。お前らを殺すのはもったいねぇ。リューヒィもさっきの桃色髪の女も生かしてやる、俺に隷属する気ならたっぷり可愛がってやんぜ。まァ、すぐに分かるさどっちの下に付くのが利口だってことをな」
「……恥を知れ。複合付与!」
レイシアの髪が金色から純白色に変貌する。光属性が表層に現れた。
同時に、刀身に同じ光と雷電が伝う。くっころ騎士が全力を出した証拠。
「雷神剣! 貴様を、斬る!」
「レイシア! 気ィ付けろ! 野郎は技を模倣しやがるぞ!」
飛び出した彼女に俺は警告を発した。 恐らくあの状態の太刀は反逆者にも有効打になりうる力だ。反面、決まらなければ奴の危険性を更に底上げさせる危険性に繋がる。
琥珀色の輝きをもつ瞳が、俺を横切りながら見やる。忠告を聞き入れた上で突撃を止めない。
「一瞬で片を付ければ済む話だッ!」
「やれるもんならなァ」
両手首から黒刀の刀身が伸びる。カイルは二刀で迎え撃つ態勢だ。
振り上げた雷神の一振り。交差する黒剣。受け止めようとした過程で、
「何ィ?」
バターを裂くように、容易く両断された刀身を見て目を点にする。その異常な貫通力を目の当たりにする頃にはもう遅い。
カイルの胴元に二太刀目が下から上へ、鮮血が噴き出した。傷口の回復は始まらない。パルダや俺の崩拳以上に効果があった。
俺も追従する。俺一人ではさておき、レイシアとなら行ける。
「ぎっ」
「浅い……!」
脅威と判断し後退したカイル。レイシアの猛攻は止まらなかった。この機を彼女は逃さない。
片腕から迸る雷電。
「雷天撃波!」
カイルに浴びせた下級の雷魔法は致命打を与える為ではなかった。感電し、苦痛に呻くカイル。硬直を狙ったのだ。
無防備な野郎に向け、確実に仕留める為の雷神剣が迫った。
直前で、数秒の間は動けない筈の彼が笑った。口は、動いた。
その口腔に火花が散る。
「グラァァアアアアアアアアアアアアアアア!」
「ッ……!? うぁ――」
なんとカイルが吐き出したのは、火炎だった。業火の息吹だった。レイシアが灼熱に包まれる。
「レイシアッ!?」
確かにカイルの奴はアルマンディーダのブレスを受けていた。それは竜人の特性にも拘わらず、模倣できるというのか。
「お前は後回しだ。まず先に」
駆け寄ろうと屋根を跳んだ俺に、数秒の痺れが解けたカイルが走り出す。そして今度はレイシアの所作を真似する。
突き出した片手から電光が瞬く。
「テメェを処刑しねェとなァ雷天撃波!」
対空していては回避が出来ない。電撃の魔法が俺に直撃する。唯一の抵抗が出来たのは、同属性の付与で半減する事だった。
「ぐぁぅううううううううう!?」
全身に苦痛と電流が苛める。目の前が明滅した。
ぐらりとバランスを崩して落下する最中に、ぼやけた視界で黒い影が俺の間近に接近していたのが移る。追撃だ。
嫌な予感を覚え、硬御を纏う。その直後、俺はかつて亡くなった前世で自動車に撥ねられた時の事を思い出す。
硬化をした俺にガードを崩すように、カイルは剣ではなく拳を俺に撃ち込む。重機に殴られるような重い衝撃が無数にやってくる。
「多連崩拳ンッ!」
城の高所から城門まで吹き飛ばされた俺は、手を振り乱して転がった。全身が悲鳴をあげている。防御の闘技が間に合わなければくたばっていたところ。まだ、マシな部類か。
「……っそぉ」
蓄積していくダメージに、俺の肉体が意思の力では従ってくれない。起き上がるのに時間を要した。動きも鈍重で頼りなく、床を手につくだけで精一杯だ。
「お、おいっ……貴様……!」
盛大に門の壁に身を打ち付け、破損させたからか。俺の背後で、騒ぎを駆け付けた者の呼ぶ声がかかる。
「その姿、ゴブリンだな?!」
「どうやって忍び込んだ!」
こんな時に、事情を知らぬペテルギウスの兵が二人。
奴等にとって恐らく俺の事は秩序を乱す侵入者にしか捉えていない。こんな時に……
「動くな! その場で手を頭につけろ! 妙な真似をするなよ!」
じりじりと迫りながら槍の矛を突きつける兵の言葉。俺が睨むと、あまり荒事に慣れていないのか距離を保ち続けた。
仕方ない。時間を稼ぎながら今の内に体力を……
「そいつを取り押さえろ」
「ゆ、勇者殿!?」
「貴方様は確か引退なされた筈! それに、そのお姿は……?」
スッと、奥で地に降りた幽鬼が兵に令を降した。突然の声に兵達は振り返り、戸惑っている。
「復帰したんだよ。そんなことより、今がチャンスだ。そのゴブリンが王を殺した。だが、もう虫の息。早く捕まえるんだ」
「な、なんと!?」
「おのれェ!」
二人が慌ててまだロクに動けない俺にとびかかる。カイルの奴、警戒して兵を使いやがった。手前の犯した行いまで擦り付ける始末。
普段ならば俺は飄々とすり抜ける事が出来たのだが、今の状態では振り払うのにも時間を費やす。
「ば、バカ野郎が! アイツがお前らの敵だ! 離れろ! 巻き添えを食うぞ!?」
「大人しくしろ! 言い逃れをする気かっ! よくも国王を手にかけたなァ!」
俺なんかより、あのカイルの言葉の方を真に受けていた。確かに異形の姿をしている俺より、まだ人の姿を保っている勇者の方が説得力があるのは明白。そこをつけこまれた。
「良いぞお前ら、そのまましっかり押さえてろよ」
羽交い締めにされ、抵抗している俺は奴の動向を窺う。畜生、崩拳で二人を吹き飛ばすか? だが、コイツ等は騙されているだけ。加減の余裕がない今、殺すべき相手じゃない。
なら雷属性の付与で感電させるか。それで抜け出して……
そんな選択の躊躇が、俺の行動を奴より一手遅らせる。そんな中で、カイルは醜悪に笑っていた。
奴は手首から伸ばした幾度となく直る剣を、体重を籠めて袈裟斬りに振るう。俺を捕縛した兵達ごと殺るつもりだ。
「真・空牙ァ!」
それは城内で振るった以上に大きい。硬御を貫通すべく、恐らく全力で放った闘技。
「え?」
「何だ--」
間抜けな声を出す兵達と俺に、残酷な斬撃が届く。ダメだ、俺は目を瞑る。
次回更新予定日、3/30(木) 7:00




