余は王子、ヴァイツェン その2
※引き続き視点が変わります
アルデバラン王国から少し離れた余の行先は、コルト村というゴブリンの領地の拠点であった。
村という表現だが、まるで砦のような外観に戸惑いを隠せなかった。一本一本が太くて大きい木材の柱が均一に周囲をぐるりと囲い、入り口の門は一箇所のみ。そこには竜人の衛兵がいて、要人を守ると言う意味では恰好の場所だろう。
つまりそういう事か。此処なら牢獄とは別に敵国の要人も厳重に保護が出来る。ペテルギウスの兵達と別にすれば万が一牢獄で暴動が起きても、手下ぐるみで一番重要な人質の脱獄という心配がなくなる。
ええい。厄介なことになったな。
物々しい外壁とは裏腹に、内部はのどかでそこらと特に遜色変わりない村の風景だった。畑や転々とした建物があり、貴族の領主が生活するには発展さが鈍いとすら感じる。
どうやらもう一つの拠点もあるようだが、余はゴブリンの屋敷に住まう流れになっているのでこの中で過ごす事になる。確かに、許可なく出るというのは至難の業だな。
村の入り口から屋敷まではあぜ道を徒歩で歩かされる。綺麗な川がせせらぎ、外界の騒ぎなど知らなさそうな村人が農耕を営んでいる。
何より目を引いたのは、村には人間だけでなく様々な亜人も生活している光景だった。彼等もごく普通に村で資材を運んだり木材を切り出したりと勤しんでいた。
竜人はもちろんのこと、獣人やエルフまでもが同じ生活圏を共にしている。これほどの多種の亜人が集まるのは、よほどの大きな街や城下町でなくては目にしない。見た限りでは、不和の様子など全く無い。これほど人種が違えば、いつ争いが起きてもおかしくは無いというのに。
これがゴブリンの村か。村という物は見聞した程度であるが明らかに破天荒な人種構造になっている事は明白だな。
余は時が来るまでそんなところで過ごすというのか。眩暈がしそうだ。
「よくお越しくださいました。殿下」
村の中ではまともな唯一の建物の前に来た。屋敷の玄関口では、給仕服を着た女中が出迎える。奥には緑の影がちらつく。
「やぁやぁヴァイツェン王子、ようこそ我が城へ」
「随分貧相で過ごしにくそうな城だが」
「贅沢は居心地の良さで決まるんだぜ? 住んで都に変えましょうや」
この前の事は何処吹く風に、いけしゃあしゃあと我が物顔でゴブリンが居間から顔を出す。どんな見方をしたって珍妙だ。もっと他の受け入れ先を用意して貰いたかったが、申し出る者は他にいないのだから仕方ない。
それと、パルダが余に申した言葉の意味、確かめるのに丁度良いだろう。
部屋の内装はペテルギウス城の造りと比べるまでもないが、貴族としてまぁまぁの水準を保った生活をしているのが窺える。豚小屋のような場所で暮らすというなら大抗議してやろうと思ったのだがな。
この家に住まう者はパルダやそこの女中が一人、そしてアルマンディーダと小さな女子だけで--何故か子竜もいる。ペットだそうだが--些か人数が少ない。
案内された小部屋は、余の寝室の4分の1にも満たなかった。そんな場所で着替えも就寝もしろとゴブリンは言う。クローゼットの中には瀟洒な衣服など無い。
「こんな所で過ごせるか! 余は王子であるぞ!?」
「残念だけど此処じゃあその身分は役に立たないんだよ。竜の国の姫さんだって家事するぞ? あ、もちろんお前さんにもやってもらうから」
「なっ!?」
「当たり前だろう? 食っちゃ寝させる為に住まわせる気なんてハナからねぇよ。それとも何だ? 牢屋に戻るんだったらそうしてても良いぜ」
よりにもよって余に働けだとぉ! 労働や奉仕など、王子には無縁極まる物だ! 下々の者が手足になれば良い話ではないか!? この村にはいくらでも人間はいただろうに!
「無礼にも、程があるぞ」
「なぁぼっちゃん。温室育ちだからって皆が気を遣って何でもしてくれると思って貰っちゃ困るのよ。自分の家の当たり前を周囲に押し付けちゃダメだぞー。自分の事は自分で--」
「ええいぼっちゃんなどと呼ぶな! もういい分かった! 勝手にしろ!」
釈然としない。これほどの仕打ちはけして許されて良いものではないのだ。更にはゴブリン風情にぼっちゃんと呼ばれ諭される始末。この屈辱、忘れぬぞ……!
「……それはさておき、さきほどこの屋敷に小さな女子がいたな」
「トリシャのことか? あらかじめ言って置くが娘に手ェ出すなよ。そうなればいくら王族であっても容赦出来ないからさ」
「やはり貴様の連れか、似ていないが。何処から攫って来た? 余は貴紳だからな、女子供が酷い仕打ちに遭っているなら如何に敵国の腹の中といえど見過ごさぬぞ?」
「好き勝手言ってくれるなぁ。まぁ、養子だから似てなくて当然だ。身寄りがないから引きとったんだから」
「拾ったの間違いであろ? ああ、それとも奴隷か? こんな幼子に目を付けるとは相当な」
「あのね、ぼっちゃん? 傍若無人もほどほどにしてくれ」
そんな口論が度々繰り返され、そうこうしている内に夜を迎える。余は、ついこの前までは全く見も知らぬ者達と食卓の席を共に過ごす事となった。安そうな木机と食器。見た事も無い奇妙な料理。それらに囲まれているだけで精神的な何かが掘削されていく。
特におぞましく思ったのは、木の椀に溜められた湯気をくゆらす茶色の液体。中ではチーズに似た質感の四角物体と海藻がおどろおどろしく混ざっている。何だ、これは。
戸惑う余をよそに、ゴブリンはその謎の液体を手に躊躇いなく口へと運んだ。音を立てて、飲んでいた。
「んー。良いダシ効いてる」
「お、おい……正気か? そんな物を口にするとは、信じられぬ」
「かっかっか。ドラヘルの料理を目にするのは初めてと見るのう。食文化の違いに戸惑っておるなぁ」
パンもワインも、鳥の丸焼きも無い。他にあるのは見た事のない魚や木の根を煮たような物に、白い虫の卵を蒸したような物だ。
鳥肌が立つ。原始的な部族のお相伴に預かっている気がした。
しかし、皆はごく普通にそれらを食していた。手が付けられない余を置いて、食事の席は進む。
「お口に合わないかね?」
「しゃ、喋った……!? 今そこのドラゴンがしゃべったぞ!」
当たり前のように席にいた子竜が、余に対して声を掛けてきた。ドラゴンが言語を解するのはアルマンディーダから学んだが、よもやこんな小さなドラゴンまで人の言葉を話すとは!
「おっとこれは失礼。そういえば自己紹介が遅れたな、敵国の王子。吾輩はシャーデンフロイデ。親しき者からはシャーデルと呼ばれている。今後ともお見知りおきを願いたい」
「……余の常識が、尽く壊されていく」
「自分と異なる者を排他したがるのは人間の本質だ。群れる羊が同一に拘るようにな。王族ならば浅ましくならないよう、底を高めたまえ」
何だこの魔物は、上から目線で物申すとは。
「手をつけないのは勝手だが、お前は相当な食わず嫌いだなぼっちゃん」
「ぼっちゃんと呼ぶな! 仕方ないであろう。こんな見るのも初めてな食物を、口にするというのは些か抵抗がある」
「試しに味を確かめればいいじゃん。美味いぜ? メイドのハンナさんとパルダが作ったんだ」
「それは貴様の価値観であろう。余の口に合う保証は無い。迂闊に食えるか」
「理解が無ければ歩み寄れない。それで良く他国とも外交を行う王の候補でいられますね」
ゴブリンと余の会話に、ツンと横槍を入れるパルダ。鋭い指摘であった。
「貴方様のような偏見が頑なにあるから、余計な諍いが起きるのでする。ならば最初から突っかからずに関わらなくて結構。お食事に手をつける必要はありません」
「へぇ、珍しく相手に辛辣だなパルダ。らしくない」
「私は、あまりこの者を我が家に引き受けるのは本意ではございませぬから」
冷たい言動は、余の内心を揺さぶった。
……何がそんなにいけないのだ。王子たる余に、何故こうも反抗的な意志を向けるのか。
「……食えば、食えば良いのであろう!?」
自暴自棄になった余はその得体のしれない茶汁を一挙に呷った。舌を火傷しそうになりながら、すぐに味覚がやって来た。
「--んぐっ」
未知の賞味が飛び込む。ドブ水のような悪臭を予想していたが、それとは裏腹に臭みなど全く無く、口内に広がったのは穏やかな香ばしさとあっさりとした塩味。上等なスープにも勝るこの旨みは、そのみずほらしい外見からでは想像出来ない。
火の通った根菜は瑞々しさを残しながらも、申し訳程度に残ったシャキッとした歯ごたえが顎を動かす度に小気味よく踊る。嚥下への抵抗など、既に失せている。
するりと喉を通り、腹の内に収まった熱い茶汁は内部で余の身体を温めた。印象が真反対に逆転する。
今まで絢爛豪華な美食を味わってきたが、これほど複雑で奥深きものが今まであっただろうか。
目を白黒させて戸惑う余を見て、ゴブリンがニヒルに口を横に引いた。小気味よさそうに、
「食わず嫌いは損するって言っただろ?」
「うるさい……」
ちらりと、余はパルダを横目に窺うも、彼女は一瞥もくれなかった。勇気を出した行動を見てもいない。
時間は過ぎ、余は与えられた自室に戻ろうとした矢先、
「のう、ヴァイツェン殿下」
「な、何だ? ……別に逃げ出さぬぞ。この村を見て脱出するには余が一人では不可能であると悟っているからな」
出られる時を待つ。余に出来うる事はその時が来る時に最善の行動をする準備と覚悟だ。
「うむ。自覚があるならば話が早い。せっかくの滞在じゃ、外に出て村の様子でも見てみぬか?」
何だと? 竜の姫の申し出に、余は戸惑う。いつ見ても紅髪紅眼の燃えるような容貌は、思わず息を止める程の美しさがあった。
しかし、その外見に秘められた本当の姿が脳裏にちらつく。その気になればあの大きなあぎとがたやすく人の頭を食らってしまえるだろう。
「心配するでない。別に取って食ったりはせんよ。ただ、夜風に当たりながら話も悪くなかろう?」
余の心が読めるとでも言うように、アルマンディーダが一抹の不安を払拭すべく付け足した。わざわざ余が脱出の時に村の構造を把握させる機会を設けるとは、いったい何を考えているのだ。
月夜の晩。草地がなびく風に揺れる。トボトボと、間抜けにも余は従者も護衛もつけずに竜の姫の後をついていく。
ちょいと外に出る。アルマンディーダがそう屋敷の者に伝えると、皆は制止しなかった。パルダもお目付けについて来ない。
アルデバラン城の時と言い、やはり彼女はそれなりの権利を持っているのか。虜囚の身である余を此処まで自由にさせるとは、我が国ではありえん。呑気というか、常識を知らぬというか。それとも、それだけの自信の裏付けか。
「ヴァイツェン王子、葡萄酒は飲めるかえ? ほれ、安酒ながら中々美味いんじゃこれが」
「何だ、食卓に見えぬから無いと思っていたがあるではないか。だが遠慮する、余には早い」
「ふぅむ。家内は誰も酒を口にしないので人の王族ならば付き合えそうと持ち出したが、それは残念」
柵に背を預けたアルマンディーダは、手にある酒瓶を揺らす。二つの内、一つのジョッキに注ぎ込む。
「儂らの大陸ではこのような酒が製造されておらんからのう。こちらに移り住んだのもこれの為と言っても過言ではない……というのは半分冗談じゃが」
一人、そうして頭上の月を肴に嗜む竜姫は酒気を含めながら語り始める。
「人の文化ではこれほど素晴らしい物が作れるというのに、何故儂らは争わねばならぬのか。常々あの日からそう思うよ。互いを認め合えばそれで済む話であるのになぁ」
「認め合えぬからだろう。余を懐柔するつもりならば無駄だぞ」
「それもそうだのう。ただ、もしかするとこれが些細な行き違いであれば、解消が出来るのではないか。儂はそんな淡い期待を捨てきれずにいる。他の者達にもグレンを理解する猶予があるなら、と」
「余でなくとも難しい相談だろうに。何故お前はあのゴブリンに身を寄せる? 竜であればなおさら下等な生き物ではないか」
フッ、という小さな吐息。鼻で笑われたような気がした。何がおかしいのか。それほど余は無知で馬鹿げた発言をしたとでもいうのか。
「理由、と言うほどでも無いが」
アルマンディーダは酒瓶をちらつかせる。
「今は嗜む程度で気まぐれじゃが、以前の儂は酒が手放せなくてのう。夜どころか昼間も度々たらふく飲んで過ごしておった」
「凄まじい酒豪だな。屋敷にいた時はそんな風に見えなかったが」
「そうだのう。そこまで儂も愛飲していた訳ではない。酔ってでもいなくては常日頃からまともに過ごせんかったからのう。おかしいと思うじゃろ? 竜の王族が常日頃から恐れてばかりいたのじゃ」
「ど、どういう事だ? 話が読めぬぞ」
「簡単な話しさ。儂がグレンに救われたという経緯を話してやろうと思っての」
その晩、余は竜姫の過去を聞き入る。それは余がこれまで生きていた場所では全く考えもつかない世界があるという見聞を得る大きなきっかけになった。
その中には一匹のゴブリンがどのような活躍をし、貢献してきたのかを熱っぽく彼女は語る。まるで余に理解を深めて欲しいと言わんばかりに。しかしいまいち信じがたい。
死をばら撒く髑髏の怪物に、山のような巨躯を持つ蛇、そして竜の王族のクーデターを阻止するなど魔物としてなら低級の生き物がそんな事を成し得るなんて。
「まるで夢物語だ」
「しかし、竜の王女と語らえる夜が来るというのも、それこそ多人数からすれば夢物語のようだと言っても過言ではあるまい」
「……ふむ」
外見に囚われるな。それが今回の件で学んだ教訓だ。あのゴブリンがその小さな成りでどれほどの可能性を秘めているのかを、余は大して測っていなかったのは事実。
「少々長話になってしまったかのう。では、儂の惚気に付き合ってくれた礼じゃ」
アルマンディーダは、向き直ったかと思うと余に向かって指を伸ばした。何をする気だ、警戒心から身を強張らせて後退る。
「害など加えんよ。ぬしには知ってもらいたい。ひとつ言い加えるとな」
こめかみを軽く突くような所作で、竜姫は何かを行う。
「儂は話す相手を選ぶタチじゃ。我ながら見込みがない相手とはまともに口もきかない選り好みが激しいんでのう。ヴァイツェン王子、ぬしは恐らくペテルギウスの王族の中でも純粋無垢でまだ修正の利く側であると見込んだ。だから、これを受け取れ」
流れて来たのは、未知の智であると後に余は知る。
次回更新予定日、3/18(土) 10:00




