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余は王子、ヴァイツェン

※視点が変わります

 余はヴァイツェン。ペテルギウスの王子にして次期国王に最も近しき者。

 ペテルギウスの誇りにかけた戦争に、威信を示すべく自ら赴いた筈の余は現在危機的な状況に追いやられていた。


 この争いの元凶たる忌まわしきゴブリンが自ら白竜を駆って戦場に現れ、襲われた余は虜囚の身となってしまったのだ。更には父上から賜った大事にしていた短剣も曲げられ、奪われた。それもすべては奴のせいだ。

 そして余は選択を迫られている。己の国を裏切りアルデバランに協力をするか、このまま拒否を続けて拷問に遭うか。そんな事はどちらも御免である。

 どうにかして突破口を見出さねば。余も立派な貴紳だ。諦めてなるものか。


「失礼します」

 このかび臭い牢屋に余の兵でも罪人でもない者が足を運び入れた。またゴブリンかと思えば、今度は普通の人間である。

 女であった。どこか薄幸な雰囲気を持つ薄桃色髪の綺麗な女。


「私の名はパルダ、貴方様を別の場所へ移すように仰せつかりました。そこでは私がお世話を致しまする」

「当然だな。王族をいつまでもこんな薄汚い場所に留める訳にもいくまい。もっと身の丈にあった部屋を用意せよ」 

 パルダ、か。少し前に何処かで聞いた事がある気がする。しかしこのような女子(おなご)は初めて見た。余の思い過ごしだろう。


 恭しく、パルダと名乗る下女は檻を開けた。そのまま格子を潜る余を先導する。

 不可思議な点にすぐ気付く。見張りの兵が付いてこない。余が出ていくところを看過しているだけだった。

「こちらへ」

「無用心だな。監視も付けずに案内とは」

「私が見張りを兼ねて貴方様をご案内しています故」


 緩すぎるではないか。これだとその気になれば容易く逃げ出せてしまえそうだぞ。

 アルデバランの生温さに余は拍子抜けする。あんな拷問をちらつかせる割には、このような女一人だけをお目付けにするとは。


 とはいえ城内では迂闊には脱出しきれる保証はない。これなら機会を窺ってからでも充分だ。もっと確実に捕まらぬ状況を見出だしてからにしよう。

 いや、折角である。敵国の情報を持ち帰られるなら御の字だ。余は、この女から裏事情を聞き出す事を画策した。


 数日ぶりに開放された身となった余であるが、何故か城の外へと歩くように促される。

「どういうつもりだ。城内に引き入れるのではないのか?」

「それはアルデバランの陛下やティエラ王女の安全を脅かす可能性もある為、近くの村のお屋敷に受け入れる次第で」

「誰の屋敷だ」

「旦那様とアルマンディーダ様の住むお屋敷にございまする」

「それは、まさか」


 アルマンディーダという名前は、確か人の皮を被った竜の女のものだ。そしてその伴侶がゴブリンであったと記憶している。

「ふざけるなっ。化け物の巣窟に余を住まわせるという事か!? 承認できるわけがなかろう!」

 余の強い拒絶に、パルダはわずかに苦々しい顔を見せる。それは主君らへの侮辱に反感を覚えたからだろうが、そんな事は余には関係ない。


「貴方様に拒否権はございませぬ。それともすぐに牢にお戻りになられまするか? お気をつけを。今は兵の方々が大人しくなされていますが、貴方様は少々アルデバランの方々に恨みを買い過ぎている」

 心当たりはあった。道行く兵達から、少しすれ違っただけで視線で射殺さんとばかりの敵意が窺えた事が何度か経験した。彼等にとっては--ゴブリンにこそその憎悪を向けるべきであるというのに--被害の元凶だ。要人であるとはいえ、人質としての免罪符がいつ瓦解するかも知れた物では無い。


「……屋敷というからには、まともな場所なのであろうな?」

「王族の御方も満足するかまでは保証致しませぬ」

 そこに住まうこの下女も身なりはまともだ。アルマンディーダが恐ろしいが、受け入れると言った手前酷い待遇は無いと見て良いだろう。そこが牢に入れられるよりは大分人らしい生活を送れるのなら。

 だが、抜け出す機会に欲張った方が良いかもしれんな。


「フン、ならばそこに案内せよ」

「城門に馬車を御用意致しておりまする。お乗りください」

 何? 馬車を使う程の距離か。ならば、絶好の機会ではないか。

 兵達の剣のような視線を感じながら、余はパルダと馬車に乗った。品を欠かさぬ王族たる者、かよわき女子を襲って人質をとるような卑劣な真似はしない。


 アルデバランを離れ、豊かな緑地を馬車が走った。荷台から飛び降りて逃げ出すには難がありそうな速度が出ている。

 物珍しい馬が馬車を引いている。ドラゴンのような魔物の頭部を持った馬、パルダは馬竜ドラホースという異国の馬であると言っていた。この機動力は目を見張るものがある。アルデバランは戦争にこんな性能のある生き物を利用して有利に立ったのか。



 森林の中へ差し掛かった辺りで良い頃合いだと余は考えた。もう少し付き合っても良かったが、これを逃すのは惜しい。

「おい、女。馬車を停めよ。非常事態だ」

「は、はぁ」

 馬竜達の手綱を引くパルダに、余は荷台から訴える。すぐには飛び出さない。捕まる危険性がある以上、まだ逃亡の気配をおくびにも出してはならないからだ。


「少し離れるぞ。構わんな? すぐ戻る」

「勝手な行動は許されませぬよ?」

「小用だ小用。それとも余のあられもない姿を見るか?」


 馬車から降り、草木を掻き分ける余をパルダがついてくるも、生理現象であることを強調すると引き下がった。

「あ、あまり遠くへは」

「分かっている。こんな場所で道から外れたら迷ってしまうからな」

 馬鹿め。そこまで余は軟弱な男ではない。森を脱出する術ぐらい、自国での猟で学んでいるわ。


「まだでございまするか?」

「まだだ。最中に音が聞こえるではないか」

「……ここら辺では魔物も出ます。その時はお知らせを」

「いちいちうるさいぞ」

「……まだでございまするかー」

「…………よし」


 余は途中で返事を止め音を潜め、タイミングを見計らって勢いよく馬車から離れていく。

 十数分の間は全速力で木々を駆け抜ける。もう、パルダの呼び掛けも届かない。かなり引き離したと思っても良い。


 見失った女であるパルダの足ではもはや追って来れまい。せめて兵を一人でも監視を置くべきであったな。これで余は自由の身だ。息をきらし喉は枯れ口の中では鉄の味がしながらも、その達成感に晴れやかな気持ちになる。

「さて」

 鬱蒼とする大森林の真っ只中、余は外へと向かう事を考えた。ペテルギウスへの方角を迷わずに見出してどうにか戻らねば。


「--此処におられましたか」

 草木が周囲で揺れたり地面を踏みしめる音といった予兆は一切なかった。まるで幽鬼のように背後に突如現れた女子の声に、余は身を竦ませる。

「んなっ?!」

 パルダは、悠々とした面持ちで余をしっかりと追跡していた。こんなにすぐ追いつけていたのなら、近くにいた事が分かった筈だ。


「少し道から離れ過ぎかと。迷っては危険ですから……」

「ど、どうやって余を見つけた!?」

「木々を飛んで上から」

「木々を?!」

 軽業師の芸当を持っているのかこの女は。おのれ。


「さぁ、御用が済んだのなら戻りましょう」

「来るな!」

 余は近くにあった太い枝を拾う。か弱い淑女に手を挙げるような荒事はやぶさかであるが、力ずくで突破するしかないのだ。


「貴様如きなら余であっても倒せる! 怪我をしたくなくば引け! 此処では助けなど来ないのだからな!」

「申し訳ありませぬが、出来ない相談です」

「チィ! 余を舐めておるなァ!」

 何の怯えもおくびに出さない女に、牽制の一撃を振るう。当てはしない。脅すだけだ。

 そして余が持った木の棒は空振った。パルダは瞬き一つしなかった。


 ギリギリ鼻先を掠めるか否かの間合いだった木の棒が、何故か全く届かない程短くなっている。

 遅れて、あらぬ方向からガサッと物音がした。それも木の棒であった。枝の形状からして、先端の部位であった。

「……え?」

 余の即興の武器は、半分ほどが綺麗な断面を残して失っていた。まるでとてつもない切れ味を持つ刃に負けたようであった。

 パルダは丸腰だ。得物など持っていない。では、何故?


「ヴァイツェン殿下、お止めになった方がよろしいかと存じまする」

「な、何をした!」

「このように」

 横合いにあった樹木を、パルダは掌で一振りした。すると、幹がズレた。

 パルダの真後ろに盛大な音を立てて倒壊する木を目の当たりにし、余は唖然とする他なかった。

 見るからにか弱いこの女子があんな太い木を素手で斬ったというのか!?


「おま、えは一体……」

「首狩りパルダ、という名はご存知ありませぬか?」

「首狩り……ッ! まさかギルドでS級の!?」

「そして、白の一族の竜人にございまする」

 人ならざる証として一本角が、眉間から伸びた。


 聞き覚えがある筈だった。以前から父上が我が国でも喉から手が出る程欲しがった実力者の呼び名がそんな感じであった。まさか、このような女子おなごが……?

 そして、竜人で思い出したぞ。あのゴブリンがこの者の名を口にしていた。


 そう! アイツが乗っていた白竜を、確かにそう呼んでいた! まさか、あのドラゴンが今目の前の--

「余を、騙していたのか」

「それは思い込みという物でしょう」


 S級一位にして、正体は竜。通りで一人いれば事足りると判断された訳だ。

 最初から嵌められていた。怒りに木枝を地に投げ捨てた。

 そんな相手では敵わないと悟って苦し紛れになじる余を、パルダは毅然と切り返す。

「私は自らをか弱いとも、闘えぬとも申し上げてはございません。騙すというのは嘘を並べ立てる事を言うのでする」

「しかし欺いていたではないか!? その真実を隠す事そのものが騙すという意思に繋がる!」

「では貴方様は最初から私が身の元を仰ったところで信じてくださいましたでしょうか? 実力も見せずに、S級冒険者であることを名乗り上げても嘘であると頑なに認めない事を否定できましたか? それとも納得するまで相手に傾倒をせよと?」

 ぐっ、それもそうだ。この女の実力を言葉だけで信じる事は到底出来なかっただろう。


 これまで余に対して接してきた女子おなごは、平伏か媚びへつらう者しかいなかった。誰もが余のご機嫌を伺い、あわよくばと甘い汁を吸おうとする輩ばかり。

「失礼ながら諫言すると貴方様は一方的な判断で他人を決めつけ、理解しようともしない。それは私だけでなく、旦那様--グレン様に対しても同じです」

「グレンというのは、もしやゴブリンのことか?」

「はい」

「あんな魔物に目をかけるとは馬鹿馬鹿しい! お前ほどの優秀な輩がどうしてペテルギウスにつかずゴブリンの許にいる!?」

 碧い瞳は冷ややかにこちらを見た。

「理解など出来る筈もない。何故ならあの御方に名前がある事すら、貴方様は意識されておられなかったでしょう。どういった知性を持ち、何を悩んでおられるかなど想像にもしておられない筈。ゴブリンという種族である点以外をまるで見ようともしない。理解などする由もない」

 かえって、余を咎める女子おなごなど初めてであった。パルダは怒っている。何故だ? 余は当然のことを口にしてきただけなのに。


「ヴァイツェン殿下、それほど人とは偉い存在なのでございましょうか? 貴方様には地位がある。何者にも無条件で蔑まれる不条理も無い。ですが、殿下が我が国にいらっしゃれば如何に王族であろうとたちまち差別を受けるでしょう。竜人の中には、人間であるだけで見下す者もおりまする。私達の様な親人派だけではないからです」

「人間が差別される、だと」

 考えた事など無かった。人間とは生き物の中でも知識や技術で文明を生み出す高尚な存在。その中でも生まれながらにして頂点に立つ事が決まっている余には、格下に扱われる事など想像だに出来ない。


「竜は人より長く生き、御覧の通り圧倒的な力を持っておられます。一部はその自負から人間を矮小な癖に自らを一番偉いと思い込む愚かな生き物と蔑むのを幾度も私は耳にしました。貴方様は彼等に何も出来ないでしょう」

「……」

「私はどちらもくだらないと思いまする。理解もなく他人を見下すなど、ただの驕りでしか無いと。考えを偏らせて他者を一方的に決めつける者をどんな種族であれ、私は軽蔑いたします」

 恐怖も無いのに心臓が委縮した。怒鳴られた訳でもない。脅された訳でもないのに。ただ、いたたまれなくて仕方がない。

 分からない。最後の言葉に余が当てはまるのは理解できたが、思想を覆すパルダの言い分が理解出来ぬ。


 余が至極当たり前だと思っていた差別に対して関係も無いのに怒れる程、あのゴブリンは称えられるような存在だとでもいうのだろうか。

 やがて角を引っ込めたパルダは頭を下げる。彼女が恐ろしく感じないのは、傍若無人さの無い理知を目にしているからか。

「言葉が過ぎました。ご無礼をお詫び申し上げまする。さぁ戻りましょう、たとえ拒否されても連れてゆきます」

「……フン」


 余は、パルダに連れ戻され馬車に戻った。

次回更新予定日、3/15(水) 7:00

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