俺の移動、馬車
ロックリザード。
鉱食の爬虫綱有鱗目岩皮トカゲ亜目に分類される魔物。洞窟や鉱山に住み着き、徒党を組んでそこの銀鉱等の鉱物資源を主食とする堅い大きなトカゲらしい。
アルデバラン領の山にて採石場の開拓中に、中から出現した奴等がそこを縄張りとして占めている為、冒険者達を集って近い内に殲滅する大規模な作戦が行われるとの事。
報酬は歩合制。倒した数によって取り分が増えていくという国家公認のゴールドラッシュとなっている。
参加には一定数のレベルを超えた者であることが条件付けられているが、それはロックリザードを討伐出来る目安であるので差し支えなく倒せる実力者であれば問題ないという訳だ。水準はLV10以上。俺でも手が出せる案件だった。
金策話という事で記載された内容を吟味してみたが、収入の不安定な冒険者という立場からしてみれば狩れば狩るほど報酬が増えるというのは、破格の内容だ。
何より単独での魔物討伐で一番危惧される、負傷や集団に囲まれる事態と言った万が一の出来事に対し、手助けは期待できずとも何かしらの助け舟があるというのはありがたい話である。要するに安全に且つ高額の依頼は冒険業でのオアシスと言っても過言でもないだろう。
現在、俺の所持金はそこまで貧困に窮している状態ではなかった。命を狙って来た魔物狩りのゴラエスから巻き上げたそこそこの金銭で懐が潤っている為だ。
とは言え、当分働かなくて済むという程度の話であって、もしかすればしばらくは小金を手に入れられなくなる期間があると厳しくなるという点もある。依頼は定期的なものではなく、その時に起きた問題をその時に必要な人材が補償する事で成り立っているものだ。金が必要になってから動いた時に、閑古鳥が鳴いては笑えもしない。
であれば現在困っていなくても、稼げるときに稼いでいた方が得策だろうか? 低リスクハイリターンである程度の金銭を確保しておくのは悪い話ではないし。
悩んだ。別に追い詰められるような話でもないんだが、一番俺の判断を悩まされる要因は他ならぬこれを勧めたあの美女の事だ。
意味深長な話や真意の分からない親切はまだ良い。だが、此処への参加に誘導させる事にどことなく操られている気分になる。こうすれば一番だよ。だからそうさせよう、とばかりに。
俺のそんな様子もきっと予測してあのリューヒィは何処かでほっこりとしていると考えると何か悔しい気がした。結局酒だって俺が払ったし!
徐々にこんがらがっていく思考に埒があかないと結論が出た。
損得だけで単純にするか。容易に大金が手に入ればそれで良い。何のデメリットもない。ただのボーナスステージだ。
連合斡旋所の受付で、俺は募集書を出した。申し込むと言い出すと、眼鏡をかけた不愛想な少女が俺の姿を一瞥する。若いな。
「亜人はダメです、とは流石に言わないよな」
「参加資格には問題なし。条件も通ってる」
ちなみに、冒険者は依頼の受託時に逐一現在のレベルを口頭で申請をしたりしない。名簿に載っているのは名前と実績、そして職業程度だ。
では今回のように、レベルの制限があるクエストを基準未満の奴が参加を申し込んでもバレはしないのか? と、当然疑問が上がる。
実はそういった手続きを行う職員には、クエスト申請に対するレベル採算やブラックリストになった冒険者の再登録の為の偽証も通じない。
彼女のように受付をする人間は選ばれるだけの能力がある。俺は有していないので分からないが、鑑定眼という力があるそうだ。
具体的に言うと、対象者の外見だけでは分からないような情報……レベルやステータスは勿論、冒険者としての登録などの仔細を見ただけで識別するという。
俺が連行された教会の修道女が秘跡を行うときに一目で俺のレベルを看破したように、至る所でも重宝されている特殊能力だそうだ。
俺の募集書は現場での参加表明にもなっているようで、斡旋所公認とデカい判子をべんっと押されて突っ返される。
「契約金と報酬は現場。日程は明後日。徒歩なら急いだ方が良い」
「馬車で行くよ。大金が手に入るしな」
指摘の割に淡々と、受付の少女職員は既に興味を失くしたように視線を自分の書き掛けの書類に戻した。仕事はしっかりしてるんだからスマイル0円もやった方が良いだろうに。チップが来るかもよ。
そして俺はアバレスタ入り口にやって来る馬車の定期便に乗る事にした。リューヒィも言っていたがこの時代の乗り込み馬車は一日の本数が少ない。ど田舎の峠バスくらいの頻度だ。
次の定期便が出るまでの間、足りなそうな最低限の道具や食糧を買い込み、数日間に渡るであろう大規模な狩猟に備えた。
加えて、俺は一度レベルのリセットをすることにした。参加資格がなくなるではないか? という懸念だが日程までにもう一度レベルを参加基準のラインに戻せばいい。依頼までの間は経験値が手に入らないのは勿体ない。
アバレスタの街にも教会は設立されている。アルデバラン王国領の大がかりな街には基本的に、民衆の信仰の支持を得るように税金で建てられているようで、孤児の福祉支援を行っているようだ。
その入り口で遊んでいると思わしき子供達が、俺の姿を見るなり教会の建物に魚のように一斉に逃げた。失敬な。俺は取り立て屋か何かかい。
この協会支部は初めてだがとりあえず中に入る。
「たのもー」
「なんとゴブリン! 面妖な!」
「なんと面妖な!」
「神よ! amen!」
と、御用だ御用だと言わんばかりに、修道服を着た教会の男達が俺をこの先に行かせないように囲う。効くのか分からないが十字架を突き出す者もいれば、モップを持ち構えている者もいる。
まー、確かに俺の見た目は教会でお祈りするには似つかわしくないだろう。でも此処まで過剰反応されるのは久しぶりだ。虎の子の首に掛けたロザリオを俺は掲げる。
「はいはい、信仰信仰」
「なんと十字架を持つ者! 信仰者!」
「なんと信仰者! かような亜人も信仰を持つ同志だとは!」
「神よ! amen!」
めんどくさい奴等だな。そういう感想はおくびにも出さず、俺は秘跡を頼んだ。
「なんと秘跡! 自ら業を拭い去るとは殊勝な!」
「なんと殊勝な!」
「神よ! amen!」
「そういうの良いから早くやってくんない? アーメン言いたいだけだろ、最後」
なんとなんとうるせえ。水鳥拳か。スパッと斬れんのか。
そんなこんなでLv1の冒険者に戻った俺は、待ちかねた馬車の定期便に乗る。目的地は鉱山地の目と鼻の先にある集落。そこでなら、レベルを上げつつ狩猟を待てる。
そこはやはり人の少ない場所らしく、こちら側の街に来る為に乗り合わせた客は降りていったが、乗ろうとする乗客は俺だけだった。
キャラバン用のアーチテント付きの馬車の運転手に顔合わせをしようとしたが、それは予想外の人物であった。
「あ!」
「ああ!?」
ピッタリと、同時に声を上げる。俺も見覚えがある。確か俺がこの世界で目が覚めた時、初めて俺が遭遇した人間。馬車に乗って道を通りすがったあの行商人だった。
向こうも記憶にあったようで、こんなに人のいる街中で俺の姿を見るとは思わなかった様子だ。偶然とは凄い。
「な、な、なんで、ゴブリンがこんな所に」
「何でって決まってんだろ俺が客だからだろ」
「客ゥ!?」
「亜人だもん」
「フォゥ!?」
素っ頓狂な声だ。そうだった。よーく思い出した。俺を見るなり全速力で逃げてったんだ。
「ほ、他を当たってくれ! 俺の馬車にはゴブリンは乗せられねぇ!」
「はー? 何だって?」
ワザとらしく、俺は耳に手を当ててもう一度聞きただす。
「だから! 他の客の迷惑になるから! 悪いがアンタは乗せる訳には行かないって言ってんだ!」
「いないじゃん、乗客」
指摘に言葉を詰まらせる。そりゃあ鉱山に行こうとする一般客はいないよなぁ。コイツ、俺とふたりっきりの馬車デートが嫌なだけだろ?
「そうは言ってもな……ウチは斡旋所御用達に依頼されてるから、受託者を乗せる手筈になってるし……」
「じゃあ都合が良いな。鉱山の依頼を受けるのに、乗るつもりだからよ」
向こうには言い逃れようとする度に、どんどん都合が悪くなっていく。
「……」
「えー? まさか亜人だといけないのー? わーるいんだわーるいんだ。じーんしゅさーべーつ。受付さんに言ってこよっ」
「あ! ちょ! 待って、待ってってば!」
背を向けた俺に手で待ったをかける。振り返ると、商人の男のふっくら顔が真っ青ながら汗に滲んている。
「……分かった、分かったよ。乗せるよ。……頼むから荷台を汚さないでよ」
「ペット連れの客か俺は」
突っ込みながらも俺は商人に貨幣を渡して乗り込んだ。
「え……お客さん」
「ん? 足りなかったか」
移動代はディル銅貨3枚もしくは銀貨1枚と銅貨1枚ずつの150ディル程度。
「払う分は銀3枚じゃない。これじゃ倍だ、多いよ」
「へっ、旦那……これで嫁さんに美味いもんでも食わせてやんな」
「いや、俺、独り身なんだけど」
「……ごめん」
というやり取りを経て、俺は無事に馬車での移動をすることになった。