俺の王手、竜の威を借る小鬼
端的に言って失敗だった。あれだけの量の業火を放出して維持しながら闘うというのは困難極まるというのを痛感した。
進化した付与が、数秒の内に制御が利かなくなり周囲を巻き添えにした暴発が始まったのだ。
結果、半径十数メートルの攻撃範囲となる炎熱に晒された敵はたちまち戦闘不能--辛うじて全員生きてはいるみたいだ--に出来たのは幸い。何せ今の俺は、
「……くっそぉ。まだ小出ししないと無理か」
焦土にならなかった僅かな地面でうずくまっている。膨大な魔力量を一気に使いきってしまった反動で少しの間は満足に身体を動かす事が出来てない。
横目では、その光景を目の当たりにした竜馬がよたよたと近寄って来た。焼き殺されてもおかしくはなかったあの状況で、焦げひとつなく先程まで鎮座していた。鉄鋼のガルガの一撃で死んだと思ってたが気絶していただけで生きていたのか。
よし、最低限のラインは守った。無事だった事で敵と味方の区別が出来たのを確認。後は徐々に慣らしていかないと。
敵影は遠のいた。俺の無理のおかげで怖れをなして逃げてってくれたか。まぁ、すぐに別の奴等がすぐにやって来る。復帰を急がないと。
キュウキュウと鳴いて俺を労わる竜馬。少しの時間を置いて俺が立ち上がると、フラフラながらに背を向けた。もう一度乗れ、という意思表示に見えた。
「いや、もういい。その動きからして脚折れてて走れないだろ」
押しやると、コイツはまだやれると食い下がる。
「駄目だ、お前は役に立たないんだ。まだ自分で歩けるならアルデバランに引き返せ」
突き放すように言った。優しい言葉を掛けるよりも、こうして冷たくした方が諦めてくれる。
「なぁ、お前もドラゴンの端くれ、知能が高いなら俺が何を言っているのか分かる筈だ。走れない馬は、戦場にいても何の意味も無い。悪いがお前を庇える余裕は無い。むしろ、邪魔になる」
馬竜は一歩後退。間があって、頷く動作を見せた。
「なら、行け。此処から先は俺だけでも大丈夫。お前も充分よくやった。森の方へ逃げれば、それほど敵に狙われない筈だ」
やがて、迷いを見せながらも木々の中に竜馬は踵を返していく。
さて、これからどうするか。魔力はそれほど残っていない。連戦になればすぐに枯渇するのが自分でも分かる。
俺の持ち札は片手斧と籠手に仕込まれた弩に短矢が残り9本。これに数少ない魔力で闘技と付与をやり繰りして駆使しないと。
「ハハ、やるじゃあないか、グレン」
むくりと、俺以外にも立ち上がる者がいた。まだ、戦意を失っていない相手がいる。
鉄鋼のガルガ。相当なダメージを受けているも五体満足な彼は、身の丈にも勝る己の大剣を拾った。倒しきれなかった、か。物事は思った通りに上手くいかないもんだ。
「まだ闘うのかよ、よくもまぁあんな目に遭っても心折れないのか」
「あんな物を見れば確かにビビるよ。でも、だからこそ」
脚を引きずり、剣を引きずり、こちらへやって来る。
「此処でやり合うのが漢だろ?」
「しつこい男は嫌われるんだぜ?」
だが俺にとっては願わしい事に、奴の望む第二ラウンドは叶う事は無かった。
離れた森林から突如として飛び出した白い怪物が、とてつもない速度で此処まで駆けガルガの前に立ちはだかった。
それは竜だった。それは味方だった。
「何、どわぁ!?」
ガルガは乱入した白竜の丸太のような尾に薙ぎ払われた。不意打ちを受け、防御出来ずに再び地面を転がる。
「御無事で御座いまするか? 旦那様」
「パルダ! そっちは大丈夫なのか?」
「はい。あちらはもう制圧……無力化したも同然。遠くで旦那様の炎がお見えしたので応援に参りました」
何とタイミングのいい。彼女がいれば千人力だ。
「馬を失くされたのなら、私に」
「助かる。お前の背に乗るのも久しぶりだな」
「ではあの作戦を決行するのでございまするか」
白竜に跨った俺は、ただでさえ馬より早い馬竜を更に上回る最高の機動力を得た。
「ま、待て……ごぉわっ?!」
「空牙」
しつこく立ち上がろうとするガルガに、パルダは前腕を振るって飛ぶ斬撃を放つ。
またもや吹き飛ばされた彼に目もくれず、大地を自由に吹き抜ける風の如く戦場を駆け巡る。
これなら、俺の一番の標的を狙えるかもしれない。いや、必ず探し出してみせる。この闘争をいち早く治める為に。
「アレは何だぁ!?」
「見た事ないドラゴ--背中にいるのはゴブリンじゃ--」
「アイツを狙え--って速--」
新緑の丘が広がる各所で突如現れては置き去りにする俺達は、敵からすれば各所に出没する珍獣みたいだっただろう。
「旦那様! 一通り回ってはおりますが」
「いや、確実にいる。主戦場に不在の筈が無い」
その速度と相応に吹き付ける突風は、パルダの防風魔法によって遮断されている。だから会話も普通に出来た。
「戦力が充実してる所にいないなら、少数で一塊になっている地点を虱潰しに探すだけだ。戦局によって分離してる可能性だってあるんだ。でも、最低限の護衛は削げないからな」
あくまで定石の話だが、今はそういう堅実な所を宛にする他ない。
「もしかすれば、あそこは--」
彼女が示唆した先では、こちら側の陣地から特に遠くかけ離れた一際見晴らしの良い丘で不自然な兵の密集があった。揺るぎない確信を得た。
「パルダ! 飛ばせ!」
「承知--」
目標を定め、迅速な移動を始める。その裏付けと言わん気に、兵達の防衛線の波が待ち構える。それを持ち前の機動力ですり抜け、無理やり突破していく。
そして、標的は間近にまで辿り着いていた。
「襲撃! 襲撃ィ!」
守るべき対象があるように、パルダの竜の姿がやって来るのを目にしても退避することなく、槍を向ける敵兵。彼女にとってそんな物は、子供が構える木の枝よりも頼りなく見えただろう。
虫を払う所作でそれらを吹き飛ばし、そして俺達は対面した。
「よう大将。元気にしてたか? 高みの見物で暇そうだったから、直々に会いに来てやったぜ」
「な、何だァこの魔物はァ! それに、その背にいるのは貴様ッ、まさかゴブリン!?」
来訪に戦くのは、馬に乗った敵将。見るからに高貴な者を示す鎧、浅黒い肌をしたまだ年端もいかない--十代前半くらいか--少年だった。しんがりの方とは言え、こんな子供も戦場にいるとはな。
「す、推参者め! よ、よよ、余を誰と心得る!? 余はペテルギウス王の実子にして第一王子、ヴァイツェン・ドー・ペテルギウスであるぞ!?」
「パルダ、よろしく」
口上を名乗り上げてくれたおかげで、この襲撃の締めくくりに躊躇いなく掛かることが出来た。
俺の下で白竜は甲高い咆哮を放った。大気が震え、戦線に出た敵国の王子は気迫をモロに当てられる。
「ヒィィ! --うわぁああ!?」
どうにか抵抗して剣を抜こうとしている間に、怯え切った馬が前脚をあげた。バランスを乱した王子が落馬によって草地に倒れ、逃げた馬の手綱を彼はもう掴むことが出来なくなった。
俺もパルダから降り、ヴァイツェンを名乗ったコイツに歩み寄る。俺がこの戦で第一に狙っていたのは戦線で士気に関わる敵将。遊撃しながら抑える事が俺の役目。
しかも鴨が葱を背負って来るように、ペテルギウスの国王の息子が戦線に立っていた。相手にとって重要な人物を狙えるのは大きい。王子自らの参戦による士気向上の為とは言え、よほど勝ち戦のつもりで送り込んだんだな。
「……お、おのれぇ。知っているんだぞ。貴様が我が国を愚弄したのは、知っている。こうなれば、余が引導を渡してやる!」
「へぇ、やってみなよ」
王子は自棄になったのか、それともゴブリンなら勝てると思ったのか、ようやく剣を抜いて俺に躍りかかる。
「余を舐めるなァああああああああ!」
遮二無二に振り回す刃を紙一重で避け、見計らって籠手で剣を跳ね飛ばした。生半可な腕での剣術。戦場のマスコットでしかなかったか。
「--あっ」
「水衝甲」
右手に水属性の付与を纏い、少年の眉間にゴツッと音が出るくらいの力加減で打った。殺さない。彼は大事な人質だ。
特性の鎮静を頭部に受け、糸が切れたように意識を手放す王子を俺は掴んだ。この戦場の実質の王手である。
だが、盤上遊戯とは異なり戦はそれだけでは終わらない。各々の駒にもその事実を知らしめる必要があった。
気絶している王子には酷だが、そのまま彼と共にパルダの背に乗って再度各所を駆けた。縛り上げた王子を御旗に俺は喧伝する。取り返そうにも、巨大な白竜へ挑もうとする者は殆どいなかった。
「ペテルギウスの王子は捕らえた! ただちに戦を止めなければこの王子を殺す! それが嫌ならば退けェ! これよりヴァイツェン・ドー・ペテルギウスは人質になった! 繰り返す--」
そうして、ペテルギウスの兵は撤退を余儀なくされた。こちらも深追いはするなと命令を広げ、確実に敵軍の退陣を促していく。
「貴様ァ卑怯なァ! 汚いその手から殿下を解放しろ!」
「やなこった! 手放したらまた襲って来るんだろぉ!?」
「ぬぅ……!」
「てゆーか言葉に気を付けろよ、俺が凶暴なゴブリンだったらどうするんだよオイ! お前のその態度で王子様はいつ殺されてもおかしくねーんだぜぇ」
「よ、よせ! それだけはやめろ!」
「ゲースゲスゲスゲス! やーいやーいバーカバーカ! お前の前世コチニールカイガラムシー!」
「……旦那様、それではただの小悪党でする」
人質とパルダがいればどんなに挑発しても手は出せない。俺は竜の威を借りた小鬼になって、敵対する者の刃を無理やり納めさせた。
これで、ようやく武力衝突以外での解決に兆しが見えた。如何にこの王子を利用して、ペテルギウス側と交渉していくかが今後の肝になるだろう--
--と、それで事が済めばどんなに良かったことやら。
空が唸るのを耳にする。何だ? という疑問は埋没することなく、
「……マジか。ニュートンも、これ見たら真っ青だろうな……」
静かになりつつあった戦場跡地で、ふと見上げた俺は呟く。先ほどまでの争乱なんて知らないと言わんばかりに、大小さまざまな雲が優雅に流れていた。
その中で、一際奇妙な動きを見せている雲が目に留まったのだ。それは飛行機が通過する時のような、糸を引いた雲が発生していた。発生源は大きく瞬いていたのだ。
その光は真昼をより白く照らし、徐々に迫っている。
地表とは遥かに離れた遠くの来訪でもハッキリ分かる規模の大きな火球。正体は恐らく、現代の地球でもごく稀に観測される物だった。
「アレは、何でございまするか……?」
「隕石だと思う。俺も初めて見た」
あろうことか、それはアルデバランの方角へと飛んでいるのが見えた。戦争の最中でそんな偶然が起こりうるなどとは到底信じられない。
だが、ロギアナだって似たような事をしていた。大陸規模の岩を浮遊させ、標的にぶつけたような魔法だってある。
ペテルギウスなら彼女程ではないが、腕の立つ宮廷魔術師を抱えている筈だ。この世界もきっと宇宙があって、その大気圏外にある小惑星を引っ張る魔法を集団がかりで起こしたという線が一番考えられる。
なら、山林地帯で遅延した魔導士達がやったのか。現地への支援に間に合わない代わりに、第2のプランで城を直接叩く方に鞍替えしたんだろうか。つまり停戦の連絡が届くには一足遅かったという事だ。
もしこれも織り込み済みの作戦だとするなら、向こうがどこまで本気でこちらを潰す気だったのかが伺える。
「……もしや、あれもペテルギウスの攻撃でございまするか」
「考えたくねぇが、そうなるだろうな。にしても、隕石を落下させる魔法もあるんだなぁ。城に直撃したら多分、国土が全部無くなるかも」
「そんな呑気な事を言ってる場合では!」
危惧していなかった訳ではない。戦場に魔導士が少ないのは白兵戦には向いていないのと貴重である為。しかもこうして超遠距離から城を叩くのは理にかなっている。戦争外交を切り捨てる前提での話だが。
だが、こちらもそんな万が一に備えている。俺は、アルデバランへの帰還を急ぎながら頼みの綱へ願った。
「此処を凌げばようやく一段落なんだ。頼むぞ、二人とも」
ただ一人で天上級を扱う転生者と、神の炎を持つ竜姫にアルデバランの運命を託した。
次回更新予定日、2/28(火) 7:00




