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俺の相席、絡み酒

 アバレスタに戻り、依頼斡旋所の受付で俺は今回の出来事を報告しておいた。ゴラエスの荷物に入っていた登録証を渡し、街中で剛腕のワイルを爆破した犯人としての関与についても示唆する。


 あの男もよもや返り討ちにあるとも思っても見なかったからか、律儀に俺に名乗り上げたのが運のつきだったな。 

 俺がゴブリンである分話を信じてもらえるかと心配もあったが、どうやら奴は以前から度々そういう問題を抱えた人物であった事で信じてもらえた。今回で決め手となった。


 結果として、奴はこの業種の名簿から除籍。公認のお尋ね者として、この街やアルデバランのような大きな街の審査には通れなくなる。自業自得だぜ!

 水や食糧品と何よりの金貨の入った袋。街中でも安全にいられて且つ収入も手に入り一石二鳥。


 この世界での人間が扱う通貨はディル単価。レートは多分日本で10円くらい。

 白金貨が1000ディル、金貨500ディル、銀貨で100ディル、銅貨は50ディル。それ以下は真鍮しんちゅう貨で数えられる。


 ゴラエスが持っていた金銭はディル白金貨6枚にディル金貨1枚とディル銀貨4枚、以下はディル真鍮貨だった。安い依頼三つくらいの報酬分はある。

 これをけちけち使っていけば二か月は過ごせそうだ。明日の心配をする日々から少しの間は脱却出来る。


 さてこれで必要になる物は何か考えよう。そう思いながら酒場に席に座る。


「蜂蜜水です」

 と、バーテンの人が何かを頼む前に飲み物を差し出した。ああそうだった。前回頼んで金だけ置いて店を出たんだった。


 その件で店を騒がせた事を咎める様子もなく、澄ました顔で元の作業に戻る。さすが荒くれ者の集う場で働いているだけあるな。

 久しぶりの甘味を味わいながら、森に自生していたあの果樹の事を思い出す。あれは今になって名称が分かったがピープルという果物らしい。栽培が確立されていない植物で、田舎でしか採れないそうだ。今や懐かしい。


「隣、座らせてもらっても良いかのう?」

 そう言いながらも、既にカウンター席に腰掛けた女が声を掛けてきた。古風な口調だ。

 その成りには見覚えがある。先日剛腕のワイルに絡まれていた美女本人だったからだ。


「なかなか面白い余興じゃったな。まさか儂をダシに使ってそこまでするとは」

「ん? 何の話だか」

「隠さんでもよい。得の勘定込みでも助けに入ったのは事実じゃ。あの大男の気を引いてくれたおかげで、儂も無用な真似をせずに済んだ」


 この女、何処まで俺の一連の動きを見ていたんだ? 街の外にもいたんだぞ。

「解せぬかえ? 簡単な話さ」

 つばの反り広がった帽子をカウンター机に置き、鮮烈な紅い髪が現れる。


 ルビーと見まごう双眸そうぼう。そして白い肌は日に焼ける冒険者達の中で一層目立つ。

「見てくれの通り、儂は遠い異国から参った者でのう。ああ、目的は観光と言ったところかのう。その移動手段じゃが、なんと儂は空を飛び海をもまたぐ」

「空から、俺を見ていた?」

「ぬしは信じられるかえ? 空飛ぶ天女じゃ。かっかっか」


 からかうように異国の赤き美女は言った。酔っぱらいの与太話のように。魔法使いにしては杖も何も持っていない。丸腰だ。そもそも冒険者というより、貴族の令嬢を思わせる。

「まぁ本当はこの大陸まで船を使って渡ってきたのじゃが。ここらは馬車も少なくて骨が折れたわい」

「アンタ、何者? 俺に声を掛ける理由は?」


 ゴブリンという種族に、わざわざ好き好んで自ら関わろうとする変人は早々いない。恰好も浮いているが、俺へのコンタクトを持ちかけるとは相当この女も変わっている。

「儂か? 儂はのう……リューヒィ、とでも名乗っておこうか」

「偽名かい」

またの名とも言う」

 赤髪のリューヒィはそのまま前回も飲んでいた葡萄酒を注文した。


「代はぬしに出してもらおうか」

「はー? 何で」

「儂程の美女を利用した事と、こうして絡み代としてなら十分じゃろ。懐も、潤ったばかりでそう困るまい?」


 自分で言うのかこの女。だが俺の視点からして、客観的にもリューヒィには皆が首を縦に振るくらいの美貌を持っている。周りの視線も惹きつけているのが何より説得力を増す。

「さて、どこまで話したのやら。ああ、そうじゃ。儂がぬしに声をかけた理由についてだったの」


 届いた酒を注ぎ、一杯を物静かにあおってから彼女は続ける。端的な答えだった。

「興味、好奇心じゃ」

「面白半分に此処の奴等に声を掛けるもんじゃないぜ。すねに傷あるのばっかりだからな」

「勿論、そういうのは相手をきちんと見極めての事。儂は人を見る眼に自信があっての、価値が無ければあの大男と同じで口などきかんよ」

「はー、人を見る目ねぇ」


 そうだったな。ワイルもリューヒィが全く相手にしない体でいた事で最初に業を煮やしたんだったな。多分、この酒場でもこの美女に何人もの男がそうして声を掛けて振られたわけだ。


「そんで? どういう評価で、俺に?」

「ゴブリンに似つかわぬ、潜在能力を見抜いたからで納得いくかのう?」

「実力の話か?」


 もし、このリューヒィが俺とゴラエスの一戦を何処かで見ていたとしよう。だとしても、俺はハッキリ言って闘いと呼べるような事をしていない。俺が何処まで強いのかなんて、あれで分かるものなのだろうか?


「いいや違う。悪く謂えば小賢しさ、良くも言えば軍師の才。知識はなくとも知恵はある。知識はあっても知恵がなくては鞘の抜けぬ刀も同然。知識とは使えてこそ意味がある。賢者とは、ただるだけではそう呼べんよ」

「俺のやり口をお褒め頂き功栄だね。そうでもしなけりゃ、ゴブリンの俺は生きていけないんで」

「そうじゃろうそうじゃろう。儂に誉められるのは名誉じゃ」


 何だか飲みだす前から悪酔いで絡まれているような気がして来た。胡散臭い。


「ではそろそろ本題と行こう。酒も奢ってもらった事だし、それでは儂の立場が悪い」

 了承した覚えはないんだけどな。そんな俺の抱いた感想も露知らず、リューヒィは俺の顔に近付いた。よせやい照れる。これじゃ本当に美女と野獣だ。


「良い見物と安酒の礼じゃ。受け取れ」

 そう言いながら薄い爪紅の指を俺の額で軽く突いた。何だこれ。そう戸惑っている内に、彼女の手は袖の中に隠れた。


「この先それでは生き残れん。この世はそれだけ残酷じゃ。故に、生き残る術をぬしはもっと得ておくべきだからのう」

「何を、した?」

まじない……いいやおまじないをしたとでもそう受け取っておくれ」


 これが目的だったのか? リューヒィは席を立つ。気付けば、葡萄酒の瓶は既に空になっていた。


「案ずるな。深い意味もない。ぬしをどうこうするつもりもないぞい。今後の行く先でどうするのかもぬし自身で考え、行動せい。まぁせっかくじゃ、もう一つ面白い話をしてやろう。これはさっきまでとは違い具体的じゃぞ」


 懐から、俺に紙を出した。

「これは?」

「丁度いい金策話じゃ。儂は先も言うた通り、鑑定が得意でそれを食い扶持にしておるのだ。これはぬしと儂にとって互いの相互利益になる依頼があるんで、勧めておる」


 それはアルデバラン王国から、少し離れた大規模な魔物の討伐の募集書だった。何人もの冒険者達が多額な報酬を餌に鉱山に巣食う魔物の駆除を行うらしい。


「もう分かるじゃろ」

「受けるとは、まだ言ってないぜ?」

「だから好きにせいと言っておる。儂はただ、礼に耳寄りな話を持ち掛けただけじゃからの」


 ではごきげんよう。そう言って、彼女は酒場から出て行った。

「また、会えるといな。ぬしはのたれ死ぬには惜しい人材になりそうじゃからのう。原石は磨かねば」


 言い残した言葉を訝しげに思い、俺はすかさず羊皮紙のスクロールを取り出した。ステータスの確認。

 しかし、俺の数値は成長限界の時と何ら変化を催してはいなかった。

 他にもゴブリンの固有能力にも動きがあるか見てみたが何も無い。本当にあの女性のまじないは、精神的なものだったのだろうか。


 リューヒィに渡された募集の紙に目を通す。ロックリザードという魔物が原因で、鉱山の開拓やその山路が通れなくて困った事になったので大がかりな掃討をするという内容だった。

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