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俺の奇策、山林地帯

※視点が変わります


 総勢、2000名にも及ぶ鎧達の大侵攻が始まっていた。普段は物静かな山脈のあぜ道を、正義の執行の為に徒歩で突き進む。

 私たちは数日を要し、ようやくアルデバランの領土にまで辿り着く。昨日さくじつの突如の雷雨の様なトラブルもあり、予定にも遅れが生じている。主戦場に赴いた本隊への応援を考えるに迅速な合流が必要だというのに、なんという失態か。


 本来ならば今頃、後続の魔導砲術隊が所定の位置につき、戦局を優位に働かせていた筈だ。露払いも兼ねて間に合わせなければ。


 全ては、ペテルギウスの王の為。我らが希望……勇者カイルを陥落し、主君の顔に泥を塗った下賤なゴブリンを誅する為の戦争。無様を見せてはいられない。


 

「隊長! オクトー隊長! 報告でェすッ……!」

 山林地帯に進軍を開始していた部下の一人から声が掛かる。悲鳴に近かった。

 私達は三つの陣営で進んでおり、先駆している第一陣の一人が、報告に舞い戻って来たのだ。


 彼を見ると鎧には泥や落ち葉が張り付いており、息も絶え絶えな様子と相まって何かの被害に見舞われたのが伺える。

「どうした。敵が待ち構えていたのか」

 そんな展開は既に戦況に起こりうる予測の範疇である。自国を発つ前に一小隊を任された身としてありとあらゆる事態に対応できる様に、戦術から兵糧のイロハまで頭に叩き込んでいる。


「いえ……ですが!」

「では何を狼狽えている。魔物との遭遇か? 応援の要る様な危険度のある存在は確認されていない筈だが」

「……いえ……ですがっ!」

「何だ。一陣は500名にまとまって進んでいる。一刻も早く本隊と--」

「壊滅です!」


 一言で、私の中の呼気が崩れた。思わず聞き返す。

「壊滅だと?」

 つまりは、過半数が既に行動不能に至ったということだ。

「至急救援をお願い申し上げます! 皆、土の下に埋もれて--」

「土の下に?!」

 これまで想定していた内容では、まるで追いつかない単語が耳に届く。何だ? 土魔法に長けた魔導士でも向こう側にいるのか? だが、数百名に及ぶ集団をどうやって生き埋めに出来る?


「どんな風にやられたのだ!? ええ!?」

 胸倉を掴み、締め上げる様にして問いただすと、報告の兵がくぐもった呻きをあげる。

「う、ぐぐ……。ど、土砂が上から崩れて来たのですゥ! 慌てて這い出ましたが、まだ幾人も救助に時間を要しておりまして……!」

 これまで危惧していた事態より、遥か斜め下の返答だった。まさかの土砂崩れだと? 自然災害によって先陣が壊滅? そんな馬鹿な。


「クソっ……! 初歩的な不用心を! 土砂を危惧できる進路の確認を怠るなど何をしているッ!」

「土地勘の無い我々に他国の起こりうるすべての自然災害を、事前に注意喚起などできません……! あの時の豪雨がいけないのです! そんな不測の悪天候に足元を掬われるなどと、誰も思いも寄りませんよ!」


 彼が訴える事ももっともだ。こちらの地形についても当然情報を網羅していた。昨日の天気もこの地域の気候としては、明らかに異例な雷雨。地質が脆かったとしても、普段は山の傾斜が崩れる程の降雨などごく稀な事象といっても過言ではない。

「これはもう、あちらの天運であるとしか……」

 天運? 下劣な畜生を匿う不届きな国家に天が味方をしているというのか? 私の頭に血が昇った。


「何をたわけた事をぬかすかっ。もういい! 貴様では話にもならんっ、先へ急ぐぞ」

 そのまま兵を地に落とし、周りに手当を命じながら様子を見るべくして前へと進む様令を放つ。

 王の期待を裏切るわけにはいかないというのに、この戦力の半減は致命的な失態だ。少しでも後れを取り戻す為には、自分達が先陣に立たねばならない。必然的に急がねば。


 アルデバランの小さな山脈が連なる行く手の先--いよいよ平地を越える最後の緑の豊かな山の中腹で、山肌が剥げている箇所が見えた。

 土砂の堆積した現場では、兵達が巻き込まれた仲間を救おうと土を掘り起こして奮闘している。

 増援に助けを乞う凄惨な光景を目の当たりにし、知らず知らずの内に握り締めた拳がわななく。


「何をやっているか貴様らァああああああ!」

 がなり立て、無意味と分かっていようと私は先駆していた隊をなじる。二択を迫られていた。

 救援に手を貸し、遅れを更に引き延ばすか。それとも挽回するが為に無事な連中だけを連れ、今も埋もれた者達を置き去りにするか。


「隊長ォ、助けてください! 仲間達をォ!」

「ええい離れろ! 足を引っ張りおって! 貴様らがしっかりしていればこんな面倒な事態にはならなかったというのに!」

 泥まみれで脚にすがりつく部下を引きはがし、苦渋の決断を降す事にした。


「先に進む! こんな所で拘泥している場合ではないッ! 動ける者はついて来い! それとも日が暮れるまで此処にいるかァ!?」

 戦争に負ければ、我々は不幸に見舞われた部下達の命以上に多くの物を失う。此処での救助で発生する遅延が敗因になるなどとは、けしてあってはならない。如何に我々とアルデバランの戦力に大きな差があろうと、悠長に余力を回すという選択肢はありえん。


 それでも少数ながら、掘り起こす面子を置いていき、後続にやって来る第3陣と共同で何とかして貰う事にした。最優先は、この隊を本陣に加勢させる事だ。



「敵襲! 敵襲!」

 やはり迎え撃つのに戦力を差し向けていたか。つくづく土砂崩れの現場に居座らない判断は正解だと痛感する。逆の立場で考えれば、まごうごとなき絶好の好機。あの場で襲撃されてしまえば生き埋めの仲間を庇いながらの戦闘になり、圧倒的にこちらが劣勢だった。

 偵察兵の掛け声に、兵達は密集させて陣を形成。予測であれば敵兵はせいぜい数百程度。数ならばいまだに数倍こちらが上だ。


 開けた麓。山林の入り口から降り注ぐのは、矢の雨。白兵戦では分が悪いのは向こうも承知の上での戦法か。

「前陣! 盾を展開! 矢を防いで突き進めェ!」

 ならば鎧で身を固めている兵達ならほとんど致命傷にならない。そのまま歩兵を進め、じりじりと後方へ追い詰める流れを取る。

 そうすればいずれは突破出来よう。木々の中に入れば矢も鈍る。此処が正念場だ。


「怯むなァ! 突き進めェ!」

 号令の中、無情なるやじりが金属を弾く音が木霊する。時折呻きが聞こえるが被害は最小限、数の暴力を緩めなければいずれは--


「う、うおぉぉ……」

「どうした、掠り傷だ! 何をたじろいている」

 隣で腕の鎧の隙間から矢を受けた兵の一人が立ち止まり、痙攣し始めた。妙に不調を乱している。

 まさか、毒矢?

「うおおおおおオクトー隊長ぉおおおおおお!」

 虚ろな表情で、こちらを見ると突然私に向けて覆い被さって来た。私の武装に手を掛ける。


「なっ何をするぅ?!」

「隊長ォ! 隊長ォ!」

 正気を失っているのが明らかな奇行であるが、力も弱り切った物でもなく健在。毒じゃない? まるでアンデッドの様に仲間を襲うなど何が起きている?


「うわぁああああ!」

「何するんだぁ! よせ! やめろぉお!」

 変化があったのは一人だけではない。次々と、兵達の中で身内同士での内乱が起こっていた。

 戸惑いながらも事態を観察していると、その異常をきたしたのは共通して矢の負傷を受けた兵である事が伺える。やはり、矢が原因か?

 などと抵抗の手を緩めていると、襲い掛かっていた兵が私の衣服に手を掛けた。同性からの接触に嫌悪感を覚えた。


「き、貴様ァ! 男のくせに何をしているゥ! マジで気持ち悪いから離れろォおおおお!?」

「うへへへへィ隊長ォ!」

 盛っていた。まるで野獣の様に荒い呼吸で張り付いて来る。何だコイツ。ほんと何だコイツら!?


「どうした!? 何脱ぎだしてんだ!?」

「暴れんなよ、暴れんなよ!」

「おいやめろ俺そっちの気ねぇよ!」

「熱い! 熱いから! 鎮めさせてくれェ!」

「良いケツしてんじゃあねぇかぁ!」

「おげえええええ!?」

 これが戦場の最中で起きている事態だとは思えなかった。前には敵が迫っている最中で、自分達は正気を失った兵とくんずほぐれつで揉めているなど狂気としか言い様が無かった。自軍が、徐々に危険な花園に染まっていく。



 まさか。矢に塗られていたのは毒というより薬の類? --そう、一種の精力剤の様な……

 更に上空から矢に括りつけられていたと思われる白い粉塵が散布された。濛々と立ち込める白煙と相まって、男の様々な色の声に拍車がかかった。

 そして興奮した部下の魔手が、油断した隙に私を襲う。周囲の兵も私を取り囲む。

「たぁいちょぉおおおおおおおおおお」

「や、やめんかぁああああああああああああ--」

 崩れた陣形と男達の狂宴。後続の第3陣が来る前に、主戦場への応援へ向かう事は叶わなかった。




「酷い有り様だ」

「心外ですわクライト様。素敵な光景ではありませんか」

 思わず感想を口に出すと、隣でこの策を提案した痴女エルフが抗議した。


 弓兵隊にエルフ一族秘伝の媚薬を活用させて相手の戦局を掻き乱す。グレン殿からの指示には耳を疑ったが、面白いくらいに効果があった。

 今、敵国の兵はこちらではなく身内と戦っている。遠くからでも見るに耐えない有り様だった。

 俺の矢の闘技(とうぎ)によって脆くなった土壌を崩した策と相まって、あちらの戦力は大いに減衰した。やがて、敵の集団は戦闘どころではなくなったのか、じりじりと一時撤退の動きを見せ始める。増援が来るまでにも時間を要するだろう。


 状況視察をしていると、プリム殿は指を加えてもじもじしている。ああ、危惧していた事が始まった。

「退いていきますわね……あんなに目と鼻の先にいるというのに、ただ見ているだけだなんて……! ああ!我慢できない! こうなれば私も一肌--ぐえー」

「させん」


 背後から獣人、ダックスハント殿がプリム殿の首をホールドした。

「ち、ちょっと、何を……」

「兄弟子様からの厳命だ。貴公が妙な動きをしたら力ずくでも止めろと」

「ま、さかの、伏兵……」


 突っ込んだら、負けだな。

 締め落とされた痴女エルフを引きずりながらダックスハント殿は言った。

「このまま一気に攻め落とした方が良いと思わないか?」

「いや、退こう。戦力は俄然向こうの方が上だ。残りの戦力を森に惹き付け、罠にかける。我等の目的は時間稼ぎ。まず第2波まではこれで充分」


 そもそも、殲滅ではなく侵攻を長引かせる事が肝だと念を押された。深入りすれば数の差で劣る我等は意図も容易く逆転されかねない。足止めが最優先。勝てそう、という慢心は滅びに繋がる。


「グレン殿達を信じてやるべきことをやる。それに異論は?」

「無いに決まっているだろ。私は兄弟子様の策に全幅の信頼を置いている」

 こちらの兵を山林に引かせる事を命じ、獣人とエルフという自然に強い者達を森の中で控えさせた。

次回更新予定日、2/10(金) 7:00

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