俺の会議、猥談と整理
「私からも、よろしいでしょうか?」
「……なんじゃエルフの長プリム」
挙手する彼女によって再び水を差され、渋面を広げるアディ。
後ろに置いてあった木箱を取り出しながら、
「この度悲劇に遭われたグレン様に慰撫の御品です。エルフは大々的に不幸が舞い降りた親交のある者に、こういった物を贈る文化がございます」
「そういうのは後にせよ、もう。グレン、貰ってやれ」
「さぁさぁ、我が一族の秘蔵の一品とくと拝見ください」
何だろう、嫌な予感がする。
蓋を開けると、入っていたのは角の様な長い物体だった。何かの魔物の一部だろうか?
「骨董品か?」
「飾るだけのような非実用的なお品ではありませんよ。ほら、こちらにちゃんと穴が空いているでしょう?」
手に取りしげしげと眺める。確かに親指が平気で入るくらいの穴が根本側にぽっかりと。
どうやら乾燥した細い植物をくり貫いた物らしい。首に掛ける為なのか紐もついている。
「実用的って何に使うんだ? もしかして角笛? にしては逆の先端側には穴なんて--」
「いいえコテカです」
左右の手に思わず力が入る。そのふしだらな道具を真っ二つに折りそうになった。
「……コテカって男のアレの装身具じゃねぇか! なんつうもん持ち込んでんだ!?」
「グレンさんもグレンさんでどうして知ってるんですか……」
傍目で荒ぶる俺にアレイクがツッコミを入れた。だが俺はそれどころじゃない。
「秘蔵の一品を密かに持ち出すのは当たり前のことですわ」
「そういう事聞いてんじゃないよ!? こんな場所に似つかわしくないそんな卑猥な物を出した神経について物申してんの! ほんと何だよこれ!」
「そう申されましても」
「貰っても使わねぇんだけど!? 需要無いでしょコレ!」
「プリム、グレンが装着するのにそのコテカは少々サイズが足りない可能性がある。だから不満たらたらなのだ」」
「まぁ! それは大変! 小物のゴブリンに贈るという事まで視野に入れてはおりませんでした」
「小物言うなや!」
でしたら、とプリムはまたもや別の木箱を取り出す。
「いやだからサイズ変えれば良いって問題じゃなくてだな!」
「コテカじゃありません。今度は」
箱の中には皮の巾着が入っていた。それもいくつも。
「特殊なハーブで出来た漢方ですわ。男女両用にご利用できます」
「……一応聞くけど用途は?」
「精力剤として! ああ! これならどんな不能な方でも--」
「出てけや脳内ショッキングピンク共がぁああああ!」
腕ずくで下品なエルフ達を追い出そうとするも、皆に制止させられた。
「待て待て。せっかくぬしの為に用意してくれたんじゃ。受け取っておけば--」
「ねぇアンタが待ってアルマンディーダさん。ちょっと、何でさりげなくそのいかがわしい粉を懐にしまってんの? 何に使うの?」
「い、いや」
目を逸らしながら、こそこそと薬物を隠す竜姫さん。
「……りゅ、竜人は中々子供が出来んのでのう。ましてや儂とおぬしのように種族が違えば確率も更に低くなろう。じゃからコレで--」
「はい! はい分かったやめやめ! そういう話は家でやりましょう!」
「喜んで頂けて何より。ああ! 私ったらなんて罪な女! これをきっかけに二人はこれまで以上に情熱的な--」
「テメェはこれ以上話を拗らせんなやぁああああ!」
エルフを元凶とした混沌の会議室で、俺は翻弄される。何だこの大学生の猥談みたいな状況は。
「いい加減にしろ貴様ら」
「レグルス!」
「場という物を考えろ。此処には皆もいるのだぞ」
腕を組み、憮然とした態度で唸る獅子男。そうだそうだ、俺は大いに同意した。
亜人っていうのはどいつもこいつも……なんて偏見を払拭してくれそうな安心感。初めて俺はコイツが来てくれて良かったと思えた。
だが、やがて、その険しい顔がみっともなくにやけていく。
「ちゃんと全員に配れる様に用意していないと不公平だ。俺も欲しい」
「勿論ですわ! たっぷりありますからどうぞ!」
「よっしゃァ貰ったッ!」
「お前もかぁああああああああああああああああああい!」
何だコレ。色物枠の筈の俺がツッコミ役に回っている。他の皆は、ドン引きしていたり呆れていたりで会議があらぬ方向性に向かって行った。いや、それだけだったらまだ良い。
「こ、これなら……! パルダ様ァ! 夜の稽古を是非--」
「ダメに決まっておりまするぅ! そもそもダックスハント! 貴女は女性でしょう?!」
「種族の壁を越えた兄弟子様を考えれば性別の壁など関係ありませんッ。さぁさぁさぁ!」
「うわぁぁ来ないでくださいましィ!」
「暴れるな未熟者! そこの犬っころも何を発情す--何処へ行く貴様ら! 竜姫の御前であろうが!」
「そうじゃぞパルダ。……それはそうと、竜人は並の毒が効かんのでのう。効き目が心配じゃからもう少し、もう少し貰って……」
「プリム何してるんだよぉ、こんな大事な会議を台無しにするなんて……」
「ああ! アレイク様、この勢いに任せて私達もこれを使って--」
「いらないよっ!」
「あわわわ! 亜人が暴れとる! 亜人達が我が城でぇ!」
「陛下お気を確かに! おいグレン! 何とかしろ!」
「放って置きなさいレイシア。いつもの亜人恐怖症でしょう。今の父上は何を言っても無駄でしょうから」
拍車がかかり、阿鼻叫喚が広がる。もうやだこいつら。
「良かったじゃない」
「おわっ! ロギアナっ。お前いたのか!?」
「まるで影が薄いキャラ付けするなんていい度胸ね? コラ」
背後で肩に手を置いて来た銀髪の魔導士は、驚いた俺が振り返ると青筋を立てていた。
「アンタ、普段より鈍いんじゃない? 皆なりにもてなしてる事に気付いたら?」
「もはや弄ばれてるんですけど」
凄くいい話にしようとしてるけど、当人的には酷いぜ? これ。
「これは知る由も無いでしょうから言うけどね、ティエラ王女が帰ってくる前にアルデバランの民衆に演説したのよ」
「演説?」
「そう。自分達はアンタに借りがあり、その恩人が今危うい立場に立たされている、って。なのに何もしないで突き出して良いのか疑問を投げ掛けてたわね。そして今回、既にアンタが独り自責の念から自らの首を差し出そうとしていた事も広めた。同情もちったぁ獲得出来たんじゃない?」
騒動を遠目から見て苦笑いをしている病弱な少女を見る。
「そして人間達としての尊厳を説いたわ。ゴブリンであるアンタがそうもしているのに、自分達は保身しか考えずに都合良く使い潰すだけで良いのか、と。それでは自分達が誇れるのは人間として産まれた事だけだ、だってさ。どれだけ効果があったかは知らない。やっぱり一部ではアンタを吊るし上げる運動が起ころうとしてたけど、その演説が効いたのか一旦収まったみたいね」
「……」
「だから感謝しておきなさい。不利な立場になってもこうして皆も味方になってくれるんだから。周囲に恵まれてるって良い事ね」
「お前も、残るのか」
「ええ」
澄ました表情で肯定する。
「経験からして都合が悪くなったら手を切る連中が大嫌いだから、私はそいつらとおんなじ真似をしたくないだけよ。アンタに対しての借りの返済が済んでないし。だから教えてるのもその一部よ」
周りにも飛び火しつつある騒ぎの隙に、ロギアナは裏の事情を伝えるだけ伝えて離れていく。
エルフの二人は本当に俺を心配して--やり方はアレだが、元気付けようと考えた上で行動を起こした。
獣人達は国を相手取る事になると聞いてもむしろやる気を出し、一度結んだ同盟を裏切らないと言い切ったそうだ。
皆、俺といれば強大なペテルギウスと闘う羽目に遭うと聞きながらも、それでも縁を切ろうとはしなかった。
案外、良い話だったかも。あーでも、トリシャがこの場にいなくて良かった。教育に悪すぎる。
「皆さーん。ようやくー準備が出来ましたよー……てー、何ですかこれー」
間延びした口調と共に入って来たのは、栗色三つ編みと瓶底眼鏡に白衣が特徴のシレーヌ研究士だった。この状況を見てやはり、包装紙を抱えながら戸惑う様子を見せる。
「おやおや、中々面白い事になっておりますねぇ」
更にもう一人。微笑を貼り付けた聖騎士長ハウゼンも現れた。
「グレンくんも良かった良かった。きちんと戻って来れた様で」
「心配ーしましたー。あんまり無茶しないでーくださいよねー」
「それはおいおいと。ところで準備って何だ?」
「あーお待ちくださーい」
巻き束ねられた幾つもの羊皮紙を卓上に置いて左右に広げる。目に映るのは地図やアルデバランにおける様々な情報の集積。そして、ペテルギウスの動向が色々な出元から挙がってきている。
大方の情報を把握しているハウゼンが説明する。遅れたのはその為か。
「偵察から戻られたパルダ殿の報告によれば、既にペテルギウスは交渉決裂という体で宣言通りに動いている様です。現在此処から東、こちらに向けて総勢1万5000の兵力が丘陵、沿岸、山林の三方向から進軍を開始しております。現在の相手国からの進軍距離を逆算すれば、動きの早さからして丁度グレン様が発たれてから間もなくのことかと」
「まるで、元より攻め入る事を前提としているようじゃのう。やはりどちらにせよ侵略の意思が感じられるぞい」
「兄弟子様、このダックスハントからも報告が。ギルドは基本的に不干渉の姿勢でおられますが、当然『引き抜き』も看過されております。金で雇える傭兵は向こうに流れたか、我々の様に一度赴いた事で、こちらの懐事情を知っている輩は手を引いていると考えた方がよろしいかと」
血染めのディグルを始め、S級を筆頭とした名うての冒険者達が雇われた事を犬女は告示した。
「大丈夫なのか? ギルド内の情報を公表したり、俺達側に立ったりして。このままじゃ同業者と争う形になるが」
「言った筈です! 今回の件には不干渉で国の陣営に付く事は見過されていると。私がどちらに立とう咎められる謂われはありませんし、何よりあちらもあちらでパルダ様と私がアルデバランにいる事は明かされていると見て良いでしょう」
フン、と鼻を鳴らしてダックスハントは誇らしげに言った。
「自軍の兵だけでなく傭兵まで雇っている手の早さからして、先手を打たれていたって訳か」
「ちなみに我が騎士の兵は総勢6000人。税を半分減らすなどの条件で民の徴兵を出来うるのが1000人。それから亜人の総数。エルフが80人、獣人が20人、そして竜人が400人。合計で約7500人といったところでしょう」
「数の差はおおよそ倍、恐らく進軍して来ているのは兵力の全体の半分といったところ。にも関わらずペテルギウスのが断然有利ですわね」
「しかし、質はどうかのう? 儂ら火の国の誇る竜人の兵は一人一人が並み入る魔物を容易く蹴散らす程の戦力を持っておる。精鋭を厳選しておるという獣人もそうであろう? して、エルフは……」
「エルフの者は皆様のように秀でた戦闘力はありません。強いて言えば、森の中でならどんな相手とも渡り合える自信がありますわ」
「つまりプリム達は森による攪乱--遊撃に向いているんだな」
良いね。戦局にも光明が見えて来た。
「シレーヌ。地理の情報をくまなく羅列してくれ。こちらに仕掛けてくるって状況を利用したい」
「はーい。長くなりますがー」
「やる気になった様だのう」
俺は少ない期限の内に最善策を提案できるよう、このちっぽけな思考をフルに回転させる。俺は軍を指揮する経験はからっきしだが、状況を搔き乱すことに関しては誰にも負ける気がしない。
ゴブリンの浅知恵、何処まで通用するかね。
次回更新予定日、2/4(土) 10:00




