表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/207

俺の対話、白昼夢

 俺は一人、竜の馬を走らせた。夜から昼間になっても移動を続けた。ドラゴンの端くれでもあって、凄いタフだ。これなら向こうの国に所有が渡っても重宝されるだろう。

 アルデバラン領を抜けた辺りからペースを落とし、定期的に休憩を取り、幾度となく魔物と遭遇して戦闘――ドラヘル大陸と比べれば敵にもならなかったが――しながら俺は国を渡った。地図を参考にすると、二日目の昼にはペテルギウスの領土の目前にまで辿り着いていた。


 昔、今の俺と似た物語を読んだっけ。処刑される為、身代わりになる友人の為に走るお話だった。

 身代わりなんて無い、ゴールしても恩赦など考えられない結末だろうけど。


 その夜。さすがに此処までは追って来れないと思い、山の中で一人野営を行う。焚き木を前に座り込み、竜馬の餌やりと持ってきたなけなしの食糧で食事をとる。文字通り最後の晩餐だな。


 しかしいつぶりだろう。こうして孤独に野宿をしたのは。

 当時はこの見た目で宿を断られ、行くあても無く、路地で寝ていては物盗りや悪漢に狙われる事を危惧し、下級の魔物しかいない地域でなら街の外の方が安心だと平気で地面で寝ていた頃が懐かしい。


 

 一昨日までは当たり前だった温かな食卓。アルマンディーダとトリシャにパルダ、ハンナさん……ついでにシャーデンフロイデ達と囲って毎日の様に他愛無くしていた会話は、今も思い返すだけで浮かび上がって来る。そう考えると、虚しい。そこにはもう戻れない。


 今頃、帰宅したアディ達は気付いてアルデバランを探し回っているだろうか。徹夜して遠出なんて出来やしないだろう。となると、城で行き違いになったかアバレスタの街に行ってないかと草の根を掻き分けてでも見つけようとしているに違いない。

 しばらく辛い想いをさせちまうな。でも、これで良い。皆は強いから、きっと立ち直ってくれる。


 三日目……すなわち明日の昼までには辿り着きたい。でないと俺が此処まで訪れた意味がなくなる。

 まぁ、その心配はいらない。今いる俺の山の傾斜から見降ろした先に、警戒網と思わしき軍勢と見張りの灯が見えたからだ。


 あちら側の検問だろう。日が昇ったらあそこに向こう。そこに行けば、後はなるようになるだけだ。

 不思議な話だ。たった一人のゴブリンが、国の命運を左右する程に影響を及ぼす事になるとは。何て罪深いヤローだ、自分で言うのも何だけど。

 だから尻拭いは自分でしないとな。向こうだって無茶苦茶だが国の面子なりで引くに引けないんだろう。俺一人の命で、全てが収まるなら安いもんだ。


 後は自分が死んだ時、女神がどういう判定を降すのか心配だ。これは自殺ではなく、身代わりだと俺は考えている。今までの事も悪行とは言えないし、今回はいわば運が悪かっただけだと思う。それをひっくるめても地獄へ行けとは言われる事は無いと信じたい。


 ぼんやりと考えながら、薪を燃やしている火を見つめた。周囲も特に危険な様子は無く、もう僅かしかないゆったりとした一時が流れていた。

 思考も鈍くなっていき、身体は起きていながらも意識がまどろむという器用な休息を取り始める。外の野営でも良くやった、有事にはいち早く反応して覚醒する態勢だった。



 火が生ずる視界と、夢うつつの光景が重なる。白昼夢というやつか。

 俺は暗闇の中にいて、誰かと対面していた。その誰かはシルエットだけで、鎧を着ていて短い髪の背の高い男であることぐらいしか分からない。


「潔いとか思ってるのか? 逃げてるだけじゃねーか」

「……誰が逃げているって?」

「決まってるだろ。お前だお前」

「勝手な事を言うな偉そうに。てゆーか誰だよお前は」


 誰かと俺は口論になっていた。全く心当たりの無い、モチーフも分からない無意識の産物がなじって来るのだから言い返す。


「俺が誰かって? その質問自体がナンセンスだな。何で人は歩けるの? って尋ねるくらい間抜けだ。それは足があるからだと、わざわざ言うのも煩わしいだろ?」

「答えになってねーよ。どっちにしろいきなり外野からのお説教なんてありがた迷惑な話だがね」

「はん。そんなんだからお前は繰り返すんだよ、過ちを」

「過ちだ?」

「ああそうだ過ちだ。後悔しかしねぇと分かりきってるのに、また同じことを繰り返す。過ちと言わずなんて言うんだ? うん?」


 この歯に衣着せぬ物言いは何か腹立つな。同族嫌悪というか、俺も同じ様な言い方をするから尚更気に障る。


「今回は自分が持ってきたトラブルで周囲に迷惑が掛かると感じ、責任をとろうとむざむざ処刑されに行きますよって具合だが」

「もっとマシな言い方ってもんが無いのか」

「お前自身のボキャブラリーを恨め。どうせ、俺はお前の前世から今に至るまでの知識や記憶の絞りカスなんだから」

「おおっと。ぶっちゃけたな」

「どうせ同じ俺なんだ。省くからな。で、さっきの話だが」


 シルエットは俺に指差した。誰がモデルなんだよ、この長身の男は。

「結局お前の行為はただの逃避なんだよ。お前は別に、誰かの為だとか被害を食い止めようとかそんなつもりで動いている訳じゃあない。所詮は建前さ」

「そんな事は……」

「自分に嘘は吐けねーよ? ほんっと、現代の時から変わってねーなお前いや俺。綺麗言を並べつつ、自己保身が最優先。だから目を逸らしたい出来事には素通りして来た。これは覚えてるだろ、コンビニの捨て猫。アレだって周りをひでーと思いながら、何もしなかったよなぁ」

「今は、違うだろ」

「ああ、そこは違うね。トリシャを救けてその呪いを解く分を増やすというリスクも甘んじて請け負った。下心はこの際置くとして」


 誰かは続ける。俺の組み上げて来た物を勝手に採点する様に。

「本質を見つめ直そうや。今回、お前が何よりも避けたかった事が一体何なのか、それを言い当ててやろう」

「決まってるだろ。国同士の戦争で多くの人々が--」

「ああハイハイ。もう良いんでそういう御託は」

「だったら何だってんだよテメーはさっきから腹立つなぁ!」


 耳をほじくるような仕草に苛立った。居眠りの中での出来事で、安らかな状態なのに精神が不安定になるというのも変な話だが。


「だから言い当ててやる、と言ったんだ。良いか。今回の問題、お前は一番お前自身を優先させて動いている。まぁそこは良い。誰だって自分が可愛いさ。むしろお前はマシな部類。手前さえ良ければそれで良い、って段階じゃなく紛れもなく他人の事も考えているさ。ただ、優先順位が違う。その戦争になれば関係無いのに巻き込まれる犠牲者とやらは二の次ってとこだ」

「……」

「気付いてないだけかもしれないが、お前は結局我が身可愛さで今回動いたんだぜ?」

「だったら、何でわざわざ敵国に向かって行く様な真似をするんだよ。矛盾してるよお前。自分の事を優先するって言うなら、首を差し出す必要が無い」

「そうだな。本当に命が大事ならな。お前が大事なのは、そこじゃない」


 心臓が跳ねた。


「ゴブリンになったお前が一番怖いと思っているのは、痛く苦しい事なんかじゃあない。親しい者が自分への評価を著しく落としていく事が怖いのさ。このまま戦争になりゃ、お前の知り合いも確実に巻き込まれていく。決してお前のせいだ、と思わない奴はいないと考えた。掌を返すかも、こんな自分でも好感を寄せてくれた相手から憎まれるかも……。だから、お前は評価の高いまま死ねるなら……と思った。そうだよなぁ、国の為に命を捧げるゴブリン。ヒューッ! 健気だと思って貰いたいんだねぇ。こういう死に方なら女神からの評価も高くしてくれるかも、なんて強かに計算しながらな」

「評価が……怖い?」

「赤の他人にはどんなに馬鹿にされようと痛くも痒くも無いだろうさ。でも、一度信頼を寄せられた者達から恨まれたり責められたりするのが如何様にも耐えられない。それが、たとえ生き延びる為に必要な事だったとしても。それくらいなら死んだ方がマシだって思うくらいね。お前さんは死後の世界を知ってるんだ。そりゃあ余計死ぬ方が楽に感じるさ」


 だから逃げだ、と俺を断定する。返せなかった。色々繕おうとして、それが通じないと悟ってしまった。

「死ぬのも勝手だ。けど、それで向き合ったと思うなよ。傷付くのが怖くて、格好つけて勝手に動いただけだ。ロクに話し合いもせず……アディ達とも相談せずに此処まで来たんだからな」

「……」

「繰り返すのもいい加減にしてくれ。以前もそうだった。そうやって切り捨てて忘れて、何も無かったようにする。お叱り受けて聞いた姿勢は取っても、学習する気の無い新人君みたいなことをいつまで--」


 うるせぇよ、覚醒した思考で毒づきながら俺はもうこれ以上の対話を遮断した。

 もう決意は固まっている。誰も不幸にならないならそれで良いだろう。意思を変える気は無い。


次回更新予定日、1/23(月) 7:00

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ