俺の決闘、不死のレグルス
眼下で緑の大地が流れる。俺は飛翔する一頭の黒き巨竜の腕の中にいた。
完全な竜化を遂げたオブシドと共に目的地に赴いている。
反逆者と思わしき相手からの挑戦状。一対一の真剣勝負を求められた。俺は否応なく応えなくてはならない。
約束を反故にすれば何を仕掛けてくるか分からないというのもある。死のヴァジャハは一日で一国を落とし掛け、飢餓のシャーデンフロイデは森山を容易く食らう。反逆者とは、そういう危険な存在だ。
後続では竜化したパルダと仲間達が地上を疾駆し、万が一に備えて控えている。しかしなるべく手を出さないで欲しいと釘を刺した。それは奴の意にそぐわない最終手段だからだ。
「もうじき、指定した地点に辿り着きます」
「ギリギリまで地表に行ってくれ。そしたら降りる」
御意と、頭上で唸る竜人。俺の視界に森が広がる。
その手前で、人が点となって見えた。待ちかねていた手紙の差し出し主に違いない。
オブシドはそちらに向かって羽ばたき、ぐんぐん近づく。
「ご武運を」
俺はある程度の高さまで降下した所で飛び降りる。草地に着地した。
「フン、例の竜人か。一人で来られなかったのか」
「それだと馬だって連れて来られなくなるだろ」
「ハッ」
待っていたのは、獣人に酷似した男だった。
たてがみのある獅子の顔。帷子をまとい、何の得物を持たない。太い声が、俺の安い返事に笑う様に鳴った。
「あの黒き竜を馬と称すか。面白い小鬼だ」
「アンタが、手紙の差出人って事で間違いないな」
「如何にも。俺はレグルス。不死のレグルス」
斑点のある毛に覆われた太い腕を組み、仁王立ちで肯定し名乗り上げる。不死とはこれはまた大抑な通名だ。つまり、言葉通り奴は不死身の相手だと受け取って良いだろう。
厄介だな。俺は物理的に闘うしか出来る事が無い。殺して死なないとなると、奴の有利な土俵だ。
「他にもいくつかの質問があるが、呼びつけたからにはそれくらい良いよな?」
「構わん。猶予はいくらでもある」
「まず、おたくは反逆者って認識で合っているか」
「そう呼ぶ輩も過去にいたな」
「で、俺を呼びつけた理由は何だ? 目的は」
「愚問だ」
俺とレグルスの会話が続く。会敵は避けられない事は分かり切っている。だが、状況を把握しておくことに越した事は無い。奴の動向を探り、勝利に繋がる何かの糸口をつかむきっかけになるかもしれない。
「俺は闘争を求めている。武器や魔導による飛び道具などの小細工に頼らぬ、肉体そのものが強き者との闘いを。己に備わった牙や爪、そして力で相手と交わる時こそが俺の生を実感できるのだからな」
「戦闘狂か」
「何とでも言え。俺はお前の様な相手を待っていた。無手でこそ力を発揮する強者を。心の底ではお前も求めていたのだろう? 武器ではなく同じ拳を交えられる強敵を」
「いや別に? ありがた迷惑な話だな」
「そうか。だが、始めてみれば気も変わろう」
俺は負けるわけにはいかない。俺自身の呪いが最終的に解けなかったにしろ、トリシャの分だけでも呪いをシャーデンフロイデに食って貰わねばならない。その為に反逆者の討伐が条件なのだから。
「質問はそれくらいか小鬼よ」
「そうだな、それだけ聞ければ充分だ。どうせ、話し合いじゃ済まないんだ。そっちの望み通りに受けて立つ」
「良い覚悟だ。待っていた甲斐がある」
獅子男は太い牙を剥き出しに開いた。哄笑だった。
やるか。俺も既に覚悟を決めており、不死のレグルスの前で身構える。
レグルスの構えも独特だった。太い腕を左右に広げ、手にある爪がカッと伸びる。
ジリジリと詰め寄る獅子男。俺も臆することなく歩む。
「さぁ、始めるぞ。血沸き踊る……この闘いを!」
不死のレグルスは右腕を振り上げて躍りかかった。素早く、風の唸る一撃。
熊よりも重さが伺える奴の一振りを俺は同じ右腕で守った。
「部分硬御!」
確かにそれなりの威力が伴っていた。この接触で分かる。武術家らしいキレのある動きだ。
「ハハ、これを真っ向から受け止める者がいるとは! 面白い! ならば――」
拮抗させる間に、左腕が動く。爪が飛び出した。この間合いで片手間じゃ無理か。
「乱爪舞撃!」
「硬御!」
全身を硬化した次の瞬間、嵐の様な斬撃が俺に浴びせられる。目にも止まらぬ激しい獅子の引っ搔きの体術闘技。常人ならば皮膚は裂かれ、肉も断たれる。
「ハァ! ラァッ! フルァ!」
俺の防御を貫通する程の破壊力は無かった事が救いだ。だだ、ジリ貧だ。動きが封じられた。
カイルの様な無駄で隙だらけな攻撃ではない。一瞬でも防御を解いたらやられる。
「せェいやァ!」
腰を捻った回し蹴りが、胴体に目掛けて打ち込まれる。硬御の維持で硬直した状態の俺は後方に吹き飛ばされた。その最中でも思う、好都合だと。
そこで硬化を解き、受け身を取って立ち上がる。奴は止まらない。
あの蹴り、どこかで見た事が……
「駆脚!」
大柄なレグルスの身体が、加速した。マジか、あの巨体で素早いのか。思わず俺は硬御を再開する。
しかし奴は正面から側面に跳び、視界から消える。フェイントだ。
俺の周囲を縦横無尽に駆け巡り、翻弄する。付近の地面が割れ、爪痕に削れ、包囲陣が狭まっていく。
爪撃が四方八方から襲い掛かった。全身の硬御越しに鋭利な連打が叩き込まれていくのを実感する。
「これも耐えるか! 良いぞ! まだ終わるなよ! そっちからも来い!」
「ああ、分かったよ」
俺の方も温まって来た。拳を握り、意を決して硬直を解く。横合いに向かって腕を振るう。
視覚と聴覚と、動く気配を頼りに奴の接近に合わせる。覆い被さる様な構えで襲って来るレグルスの影を捉えた。速度はパルダほどじゃない。先読みでの一撃。
「崩拳!」
必殺の拳の一撃を獅子男のど真ん中に放った。殆ど加減の無い闘技。
「ゴホッ?!」
今度は俺の身の丈より大きな奴の巨躯が後ろに下がる番だった。しかし奴は足で踏ん張り、草地を削る。耐えるか。
「……ハハァ、大した威力だ。良いぞ、良いぞ良いぞ!」
「一発だけじゃねぇよ」
俺は次いで追い打ちをかけた。既に、目の前で拳を引く。
「多連崩拳!」
「ガハぁ! グフッ。アグァ!?」
奴の全身に、叩き込まれる必殺の連撃。手ごたえはあり、さしものレグルスも地面を転がった。
だが、獅子男はゆっくりと起き上がり、吐血しながらも笑っていた。
「フフ、ハハ。何と愉悦な。これほどの力を……」
奴の感嘆に付き合う気も無いので更に接近。
「多連崩拳!」
「グェ! ギャァ! ゴワワワ!?」
レグルスの身体が浮き上がり、その間に十数発にも至る崩拳が牙を剥く。この一発一発は岩石を砕き、人に行えば既に絶命のレベル。
バタバタと、手を乱しながら薙ぎ倒される不死のレグルス。だが、少しの間をおいて地に手をついて立ち上がろうとする。異名は伊達ではない。かなりの崩拳を、此処まで受けてまだ闘う気でいるのだ。
だが、これまでの反逆者に比べれば行ける。確信めいた物を俺は感じた。
「流石不死というだけあるな。これだけ受けても動くか。なら」
畳みかける。これは真剣勝負だ。向こうの怯みに待ってやる義理は無い。
死なないなら、死ぬまで殺す。不死ならば何かのきっかけで超回復でもするのかもしれない。そうなる前に、
「身体付与、紅蓮甲!」
両手に灯る、深紅の業火。先ほど以上の比類なき威力を秘めた一撃で一気に決める。
シャーデンフロイデを俺の炎で倒せたのは、奴等反逆者の限られた対抗打の一つだからだ。その炎を受けた当事者であるシャーデルが言っていたのだが、反逆者を倒せる存在は大別して三つ。
対局に位置する転生者あるいは同じ反逆者か、女神エルマレフの魔力を持った者--つまりレイシアらエルの血統のどれか。もしかしたら、奴の不死を破る可能性がある。
奴の目にもそれが映ったのか、迫る俺を見て畏怖が色濃く見えていた。
「うぉおおおおおお! これでェ--」
「ま、待て! ちょっと待ってくれェ!」
息も絶え絶えに手を前に出すレグルス。紅蓮・多連崩拳を仕掛けようとする直前で、奴は弱気を見せた。
「それでは流石に死んでしまう! そこまでするだなんて聞いてなかったんだ! もう充分だ! お前の実力は良く分かった!」
「……へ?」
「不死とは言ったが……それは周りが俺のあまりのタフさに名付けた通り名であって、別に死なないという訳ではない! さすがにこれ以上は! これ以上は死ぬぅ!」
「は?」
口や頭から血を流す獅子は、必死に降参を訴えた。何だか、反逆者にしては何というか、脆い。あっけない。
振り上げた拳を降ろそうか迷いながら、止めた姿勢のまま俺は尋ねる。
「お前、転生者の俺を狙ってきたんだよな」
「て、テンセイシャ? 何だそれは」
「だってお前反逆者って事は元は転生者で、前世があって」
「え?」
「え?」
噛み合っていなかった。だが、ひとつの疑問が浮上する。
コイツ、もしかして、一般人? つまりはただの獣人?
「俺はただ、お前の実力を知りたくて拳を交える為に此処に呼んだだけだ。あの手紙も、竜人が『そんな目的では呼び出せないと』言うからやむなく出した。非礼は詫びよう」
「待て待て待て、じゃああそこに書かれてた『俺はお前が求めていた者だ』って何なの!?」
「言わずともわかるだろ?」
ニヤリと、ボロボロの大きな顔で笑う。
「素手で闘える者同士は惹かれ合うモノ。同じ条件で闘えぬ事にお前も苛立ちを感じていた筈だ」
「お前の価値観押し付けんなよ! 反逆者かって質問の肯定は何だ!?」
「獣人は皆、人間と同じ様に武器を扱って力を得ていてな。そりが合わずに故郷を出た。一族の家督を不意にした俺を裏切り者と罵った輩もいた。だが俺も認めよう、俺は獣人の一族の反逆者だ」
「まっぎらわっしぃんだよォ!」
緊張感が抜ける。どっしりとレグルスは腰を据える。
「噂にたがわぬ力、拝見させてもらった。あの大会を優勝するだけのことはある」
「いやなに拳を交わして親睦を深めたみたいになってんの。脅迫状送りつけて闘わせて侘びで終わらすな、俺ゴブリンだけど」
「ガッハッハッ面目ない」
此処までお膳立てさせておいて肩透かしにも程がある。少しキレそう。
「--うおおおおおお遅かったかぁああああああ!」
地の果てから土煙を引き連れ、聞き覚えのある大声がやって来た。
S級冒険者、犬の獣人ダックスハント。見ないと思ったら、また遠くから駆け付けたのか。
「申し訳ありませぇえん兄弟子様ぁあああ! この度は我が同胞が余計な真似をしでかしましてェえええ!」
「分かった、分かったからすぐ地面に額擦るのやめてダックスハント。俺が悪いみたいだから」
辿り着くなり即座に這いつくばる犬女。挨拶抜きの謝罪は今回の発端がダックスハントであったことを意味した。というか、やっぱり人を勝手に兄弟子扱いしてくる。
「この男は私の話を伝手に兄弟子様へと無謀にも挑む事を企てていた様なのです! ギルドの者から今日確認出来た故に走って来た次第で!」
「あー、それってつまり同盟の件で」
「はいそれはもう、獣人達を勧誘しようとして結果的に件の騒ぎに至りました。大変ご無礼を! ほら! お前も謝れ! この御方にご迷惑をお掛けしたことを海よりも深く反省して謝れ!」
「ぬ、ぬぅ。すまなかった」
獅子男はダックスハントに頭を押しやられ、おずおずと下げる。知り合いだったのかよ。
詳しい経緯を聞くと、彼女はアルマンディーダの宣伝を受けて自分のコネクトで貢献しようと、同胞達に話を持ち掛けて回っていたそうだ。そして、同じくフリーの冒険者である不死のレグルスにもその話を振ったのだと。
しかし、レグルスは当初その勧誘に興味を示さなかった。勢力争いに加担する気は毛頭ないと一蹴し、拒む姿勢だったらしい。
そこで、俺の活躍を餌に釣ろうとした事で、返事が来るまで待機させていたのに独断で俺への接触を図ったという流れに至った。
「それで兄弟子様、これから竜人達の同盟に我等獣人も加えさせていただけないか? 人に協力的な20人程度の少数の猛者ですが、前チャンピオンのジャガーノートもその中に」
「粒は期待して良いんだな」
俺としても味方が増えるのは歓迎だ。これでアルデバランの騎士にトゥバンの竜人、エルフと獣人か。
ダックスハントもギルド側に色々融通を利かせてくれるだろう。良い感じで戦力が揃って来た。
「おいレグルス。お前も兄弟子様の軍門に降る事に異論は無いな?」
「勿論、この不死のレグルスも力になろう。あまり世俗に関心は無いが、小鬼とは良いライバルになれそうだ」
「兄弟子様! 御尽力致しますので是非にこのダックスハントめをお供に!」
やかましいのが、増えそうだな。
奥から、他の皆が様子がおかしいとやって来る。説明の億劫さを予感しながら俺は合流した。
次回更新予定日、1/14(土) 10:00




