俺の脅迫、挑戦状
コルト村には以前から定期的に馬車が訪れる。数少ない行商や文が、田舎なアルデバラン領のかけがえのない連絡手段になっている。
竜人達の拠点となっている現在でもその馬車はこのコルト村にやって来ており、アルデバラン王国からの辞令なども経由して届く仕組みだ。
今回もやってくる頃合いを見計らい、俺は城砦の様に厳重なコルト村の門外を出た。検問の手間を省く為だ。
しかも今回は何かと縁のある馬車が訪れていた。見覚えのある馬はアンドロメダ号とマルコポーロ号。いや違うんだろうけど勝手に命名した。
「…………」
「やっほ、久しぶり。いつぶりだっけ」
「……アンタにリゲル国にこき使われて以来だよ」
こき使うだなんて人聞きの悪い。あれはきちんと依頼として対価を払って『同意の上』で移動に利用しただけだ。
しかしこの行商人の渋面の理由は分かっている。つくづくこのおっさんとは遭遇するよな。
一回目は魔物と思われ逃亡。二回目は鉱山に行く時に。三回目はリゲルの港まで。
「悪かったよぉ、この前の事でしょ? 置いてった事を根に持ってるなら謝るからさ」
そうだ。俺達はドラヘル大陸を出てから、予定であったリゲル国の港ではなくアルデバラン近辺の海岸に到着した。つまりその港で待っていた商人は待ちぼうけを食らったという訳だ。
「要らん。仕事に私怨は含めない。ウチらのモットーだ」
「ゴブリンだからって嫌そうな顔してたのに」
「うるさい良いから取れ! おたく宛ての文だ!」
商人は乱暴によれよれの羊皮紙を目の前に突き出した。おいおい、随分雑な紙だな。
「これから城にも回るんだ。もう行くからな」
「あいよ、またよろしく。ところでその馬たちにマンドゴドラあげてもーー」
二頭の馬が走り去るのを見送りながら、俺は受け取った手紙を開く。
「……なんだこれ、んー読めん! 誰だよこんなの送り付けた奴。人様に読んでもらうって考えが抜けてんじゃないの俺ゴブリンだけどさぁ」
みみずがのたくった様な小汚い文字の羅列が何列にも渡って皺のよった紙に記されている。
俺の良く知る文化の文字には見えない。何処か別の場所で使われてる言語か?
名前もそれらしい物が書かれておらず誰からの物かも不明。俺宛なのかも疑わしいレベル。現代とは違ってこのザルさ加減。ちきしょう、あの行商にどういう経緯で届いたか聞いておけばよかった。
どうしたものかと一考して一分。
そうだ。こういう訳の分からない暗号を読み解くのに格好の人材がいる。トリシャの解読眼に頼れば良いんじゃないか。
ただし、彼女は今我が家を留守にしており、普段通っている学校の真っ最中である。
なら仕方ない。帰って来てからトリシャに読み上げて貰うこととするか。
そういう事でこの宛名不明の落書きの様な手紙は居間に置いておいた。
俺は日中のやる事に没頭し、少し経った時には既に手紙の件など忘れ去る。それが悲劇の始まりだったとは思いもよらなかった。
騎士達の稽古に付き合い、先日来訪した竜人達の諸処理の手伝いに追われて日が暮れた頃、馬車の手綱を握ったパルダと共にトリシャが帰って来た。
何故か荷台には金髪ナイスバディな痴女エルフが積まれていた。もはや慣れたパルダに捕まったのか縄で縛られて転がっている。エルフを同盟として引き入れてからコイツもこの村に滞在する様になっていたが、たまに抜け出してるんだよなぁ。
「ただいまー」
「おかえりトリシャ。今日はどうだった」
「いつもとおんなじ。あと、アバレスタの近くでまたプリム拾ったよ」
「ああ! いけませんいけません。あの街には魔性な世界が渦巻いているというのに引き戻さないでくださいませ!」
「……お前何やってんだよいや言わんで良いどうせロクな事じゃないから」
コイツアレイクとの婚約話を進めながらしれっとハーレム案件を画策してやがる。ウチの家族にとってはどうでも良いんだが一応痴女エルフの兄クレーピオがこうやって連れ戻せって頼んでくるのだから仕方なく回収している。
「ところでパパ。今夜時間ある? たまにはトリシャと遊んで」
「おう別に構わないぜ? ままごとか? 絵本の読み聞かせでもする?」
「んーと、ね」
何か言葉を思い出す様な仕草をして、捻出した単語を口に出す。
「お医者さんごっこか、女王様ごっことか。お家に鞭ってあるパパ?」
「……そのチョイス、どうした」
「パパも楽しめるって聞いたの」
一瞬間を置いて、至極平坦さに努めて俺は尋ねた。
「わぁ! すごいなトリシャ! パパの事考えてくれたんだな嬉しいよ!」
「ほんとっ?」
「誰に教えて貰ったんだい? 一人じゃ知らなかっただろう? 学校の人かなー!」
「それは--」
ちらっと、降りた荷台の方を幼い少女は横目に見た。その荷台からは縄から縛られながらも、芋虫の様に這って逃げようとする痴女エルフがいた。
俺は無言のまま、ずかずかとプリムの元に向かう。なるほど納得のいく発想だ。
「ああ! いけません! 私には心に決めた殿方が!」
「ほざいてろやこの1000年独身の耳年増が!」
「ごうっ?! ひどいですわグレンさ……って何故頭を両手で掴むのですか? まさかこのおくち--うごごごごごごぁ!」
「ウチの娘に何変な事吹き込んでんだコラ。お前の変態を周囲に移すなや。その頭削りとってやる」
「旦那様っ。落ち着きませう旦那様! そんな野蛮な折檻をトリシャちゃんの前で! お医者様と女王様を真似ることくらい良いではありませぬか!?」
「ピュアってんじゃねーよオメーも! どうせ意味分かったら赤面する癖に!」
握り拳によるプリムの頭蓋圧迫をパルダが制止しようとし、傍らで『おおー』と技のかけっぷりに感嘆の声をあげるトリシャ。
帰って来た所で居間に置いてあった手紙をトリシャに手渡した。
「早速でなんだがこれ読んでもらえないかな。どうやっても読めなくてな」
「いいよ。すぐに読んであげる」
幼い少女は謎の暗号の様な紙の文面をつらつらと目を通す。要した時間は1分にも満たなかった。
普段のぼんやりとした面持ちが、徐々に強張っていくのを見て怪訝に思っていると、
「パパ、これ……」
「どうした? 俺の中傷でも書かれていたか?」
しまったな。この子にあんまり見せない方が良い手紙である線を考慮してなかった。
しかしそうだとすれば汚い奴だな。竜人達がいて直接面と向かって言えないからって、こんなやり方で嫌がらせするだなんて。
もし気分が悪くなるなら解読を中断させよう。取り上げようと手を伸ばす。
「大した内容じゃないならもう良いぞ。誰かの悪戯だな」
「違うパパ! 大変!」
慌てた様子で広げた手紙を俺に突き出した。
「脅迫! これ脅迫ってやつだよ!」
「脅迫だ?」
トリシャが文章を読み上げる。
『ゴブリンのグレンへ。
俺はお前が探し求めた男だ。意味はよく考えろ。そして俺もお前を探し求めていた。
俺と闘え。しがらみを捨てて命を賭す準備をしておけ。
逃げられないのは分かっているだろう? いずれはこうなる事は分かっていた筈だ。いつまでもその村にいると思うな。
この手紙が届いてから明日の昼、アバレスタから南西の森の前で待っている。一対一での対決を望んでいる。
来なければこちらから出向く。村ごと潰すのは造作も無い事だ』
文面にも名前は載っていなかった。だがトリシャの言う通りこれは脅迫であり、挑戦状だった。
「探し求めていたってどういう事? パパこの手紙の人知ってるの?」
「……いや、心当たり無いな。でも何となく分かるぞ」
俺が探し求めている奴というのは、この同盟を組むきっかけになった相手に他ならない。
反逆者。それぐらいしか考えられない。こんな形で向こうからアクションを仕掛けて来るとは。
確かに奴等から闘う事は逃げられないのは分かっていた。俺とトリシャの呪いを解く条件が、反逆者を倒す事だからだ。
「トリシャ、お前の呪いを解く日が来た」
次回更新予定日、1/11(水) 7:00




