俺の因縁、エルフの長の呪い
アバレスタ街を練り歩く俺は、あの大会から更に衆目を集めるようになった。ゴブリンという外見に加え、数ある猛者を蹴散らした実力が見聞に知れ渡り、軽んじる様な視線はめっきり激減している。
そこに正体を露わにした首狩りパルダが横に歩いているのだから、目立たない筈が無い。
でもわざわざ見せびらかす為にパルダを連れ歩いている訳ではない。むしろ逆に俺が彼女に連れ出されたのだ。
お買い物に付き合いながら俺は既に色んな購買した荷物を抱えながら訊ねる。
「で、他に何を買うの」
「さきほど手鏡と櫛はお買い上げしましたので、あとは石鹸にフライパンとお鍋、あとお塩を……」
「荷物持ちも勘弁してくれよ。お前の方が力あるだろ」
「も、申し訳ございませぬ。でも、あまり周囲に目立ちたくなくて、その、そういう芸当はちょっと」
「おーい猫被んなチャンピオン」
チラチラと周囲の視線を伺いながら、縮こまるようにしてパルダは隣を歩いていた。
自分で素性を暴露しておいて、迷惑な話だ。もう周知の事実になっているのに今更こそこそしたって遅いだろ。
「まぁ、俺もこの街に用事があるから構わねぇけどさ」
「御用事でございまするか?」
「エルフって亜人とちょっと接点があってな。同盟の話が上がっているんだ。で、此処で頭領達と落ち合う約束しているから少し時間くれよ」
「構いませぬが。どういった方々なので?」
「……あー」
回答に困った。特にクレーピオとプリムの特殊性癖兄妹の事を何て言おう? 村で受け入れたらしょうもないトラブルが起きるのは目に浮かぶ。
「ちょっとね、ちょっと変わっているけど悪い連中じゃあないよ。……多分」
でも、エルフ精鋭を勢力としては是非引き入れて置きたいし、背に腹は代えられない。
予定の時間にはまだ早いのでもう少し買い物に付き合おうと街の路地を歩いていると、
「あー! アンタァ!」
背後から矢の怒声。ヒステリックさが含有された女性の呼び掛けは俺に向けての物だとはすぐに分かった。
エルフだった。しかし俺が待っていた相手ではない。たまたま同じ人種であっただけの他人。
でもその人物の事は知っている。勇者の金魚の糞--言い方が悪かった。勇者の取り巻きだったクレーマーエルフ。あ、元勇者だったな。
草原の色をした軽装の服。細身で出るとこは出た女体とエルフ特有の高水準な容姿の年齢不詳の少女は目を三角にして俺に詰め寄る。
荷物を置いて俺は対応した。以前のように風魔法でも急に飛ばされては困るからだ。
「えーとミィルフィアだっけ」
「気安く名前を呼ぶんじゃないわよ。汚いわねぇ」
辛辣どころか侮蔑一色の言葉をぶつける。その会話を聞いていたパルダは顔を曇らせながらも、横槍を控えていた。
「アンタ、ウチの勇者をよくも使えなくしてくれたわね。あの試合もどうせイカサマでしょ? でなきゃゴブリンなんかに負ける筈無いんだから。卑怯な手を使ってカイルを貶めるなんて、どうしてくれんのよ、そのせいで資金がもう殆ど無いのよ。余計な事しなければ今もお金に困らなくて済んだというのに!」
「はぁ」
「はぁじゃないわ! こちとら大きな損失を被ってるって言ってんの! 責任取りなさいよせ・き・に・ん!」
何をとんちんかんな事を言っているのか。俺は火の粉を振り払ったまでで、責任なんて押し付けられても困る。
もう勇者という威を借りられない以上、立場的にも好き勝手出来ないんだがな。
「知らんよ。寄生していた宿主が駄目になったからって俺には関係ない」
「うるさい慰謝料払え! --このっ」
問答無用に平手をかまそうとするエルフの手を、反射的に受け止める。おっと、人が繰り出せる最速の接触攻撃にも対応できるとは相当鍛えられていると実感するな。
俺が手首を掴んだ部位が火傷でもしたように過剰な反応を示して、ミィルフィアは振り払う。
「ちょっと何勝手に人に触ってんのよ気持ち悪いわ!」
「いやはたかれろと?」
「みんなー! 痴漢よぉ! 助けてェ! このゴブリンが私にいやらしい事しようとしてる!」
大喚きをして騒動を起こすエルフに、勿論通行人にも目が行く。
しかし、こんな勝手にギャーギャー騒ぐヒステリックな女性を見て被害者と捉える者は少ないだろう。
「おいおい、ねーちゃん。大丈夫か?」
と、思っていた物だが案外いるようだ。
荒くれ者が集う街アバレスタ特有の素行の悪い男が数人、この騒ぎに入り混じる。
「すげぇ! こんな街中にゴブリンか」
「エルフの綺麗なねーちゃんどうした。コイツに何かされたか」
「へっへっへっ。弱い物いじめはよくねーなゴブリンくんよぉ。何処の森から迷い出たんだ?」
世間を切った連中は風土や見聞に疎いせいか、俺が何者かも知らないらしい。
面倒ごとはこれ以上勘弁してくれ、という俺の胸中をよそに、ミィルフィアは追い風とばかりにこれ見よがしに俺を指差し言い放つ。
「コイツ! 私の将来を滅茶苦茶にしたの。なのに自分は無関係だって白を切るのよ!」
「そいつぁいけねぇな。ちょっと懲らしめてやらないと」
喧嘩だ喧嘩だと、周囲が囲いを作る様に引いた。クレーマーエルフとその傘下と化した男数名が残り、拳を鳴らして俺に迫る。
「……全くしょうがねぇな」
「いえ旦那様、お手を煩わせなくて大丈夫でございます」
進もうとした俺に代わり、パルダが前に出た。彼女の発言を耳に、男は細い目を点にする。
「旦那様ぁ? うっそだろ! まさか女持ちかよゴブリン!」
「マジでぇ! うひゃひゃひゃっ。信じらんねー!」
どっと笑う柄の悪い男達。これまでこの手の連中と何人遭遇して俺はこの嘲笑を受けてきた事やら。つーか、どれだけいるんだ小悪党共。
「ゴブリンに吊り合う相手って一体どんな奴だよ?」
「オークじゃね? メスオーク?」
「ブッヒッヒィ愛してるぜブヒー」
「ギャハハハッハ」
爆笑する連中と、数の利を得て後続で勝ち誇った笑みを称えるミィルフィア。
パルダは、一瞬呼気を止めた。すぅと、普段の奥ゆかしい穏やかな雰囲気が切り替わる。
片袖を軽く捲り、更に前に進み出る。
「おおっと何だお嬢ちゃん。怪我するから離れた方が良いぜ? それとも一緒に楽しい事するか?」
「決闘を望みまする」
「は? やめとけやめとけ、そんな細い腕でなーにが--」
お前がやめとけ。と言うより早く、
ざくっ、という音。両者の間で、地面に線が刻まれる。白煙を上げたパルダの斬撃の跡。
「闘う者は此処から先の線に進み出なさい。一人でなくてもよろしい。全員でかかっても構いませぬ」
「……」
男たちは色味を失った。いつの間にこの線が引かれたのか、どうやって離れた地点から地面を刻む事が出来るのかと、追いつかない想像が恐怖を引き立てる。
「お……おい、今、何しやがった」
「見え、なかった」
「遠過ぎましたか? ならばもっと」
再び地面を抉る生々しい音と共に、幅の長い線が引かれた。目を離してもいないのに、男たちの目には何が起きたのか分からない。ただ、その線は確実に男達の方へと近づいていく。
「縮めましょう。さぁ、いつでもよろしいですよ? 血の気のあるようですし、お早く。…………どうなされましたか? 皆様方のお好きな荒事に沿う様にしているのですが。失礼、まだダメでしたか」
「あ、いや、その」
「ではもっと『線』を引きまする。あなた方がより踏み込みやすいように。さぁ、さぁ、さぁ」
一本、また一本とパルダが地面を切り裂く。そのまま悠々と近づいていくと、連中は後退りする。
「ひ、ひぃ」
「このパルダ……首狩りパルダに挑みたい者はおられませぬか? 主君を愚弄しただけの先ほどの気概、お早くお見せ下さい」
「首狩り……!? こんな女が……?」
「来なさい」
大振りになった事で、微かに見えた彼女の素手の一振り。一際大きな大地の裂傷と共に、男達が蜘蛛の子を散らすようにして逃亡した。
取り残されたミィルフィアが唖然と、その一部始終を見ていた。コイツ王座防衛戦見て無かったな。だからパルダの事を知らなかった。
「今のもしかしてカイルの空牙か?」
「はい。見様見真似ながら手刀で模倣させていただきました」
「本家以上だよ。殆ど見えないぜ。やっぱすげぇな闘技を見ただけで体得するなんて」
さて、と気を取り直してミィルフィアの方に意識を向ける。すると、自分が危うい事にようやく理解したクレーマーエルフは慌てた様子で口を開く。
「わ、私に何かあったらエルフの皆が黙っていないわよ! 報復されるんだから!」
「へぇ、そりゃ一族総出でか?」
「そ、そうよ。今回はこのくらいで勘弁してあげる! 手を出そう物なら分かってるんでしょうね!」
「いや分かんねぇ。このまま見逃したら絡まれ損だもの」
「--ああ! グレン様! グレン様ではありませんか」
脅威に晒され、ハッタリを無視され、追い詰められた所で拍車がかかる様に乱入者がいた。
ミィルフィア以上にグラマラスな美女--痴女エルフが事態を更に混沌と導く。
エルフの長の兄もまた続いてやって来る。
「グレン、約束より早いな」
「おおプリム、クレーピオも。ちょっと取り込み中だ」
「アンタ達……! どうしてこんな所に!」
「おや? グレン様、こちらまさかミィルフィアでありませんか」
驚愕するミィルフィアとプリムの見知った様子からして、このクレーマーエルフも同じ一族の出だと推察する。ハッタリも一応嘘では無かったのか。
「グレン、もしかしてこのミィルフィアが迷惑を掛けたりしているのか」
「おおご明察」
「よ、余計な事言うなゴブリン!」
「ミィルフィア、我等一族を勘当されてどうしているかと思えば、我等の同盟の邪魔をするとは」
「だから知らないわよ! 変態女との関係なんてまっぴら」
へぇ、何となく察したぞ。このクレーマーエルフ、一族から追い出された身なのか。
俺はいきさつを話す。逃げ出そうとしたミィルフィアは、エルフの男達によって差し止められる。
路地裏に移動し、魔法を扱う彼女を警戒して取り抑えた。
「分かりました。放逐だけでは済ませられない問題ですね……お兄様」
「ああプリム、長であるお前にこそその処罰が下せる。任せたぞ」
「え? 長ってクレーピオじゃなかったの」
「はい。私の方がエロ……偉いんです」
「間違ってないけど間違えたな」
ゆったりとした足取りで詰め寄る痴女エルフはミィルフィアに処分を言い渡す。
「貴女は少々、その我々特有の優れた容姿を悪用し過ぎました。このままではエルフの一族として風評が著しく損なわれる可能性があります」
「ふん、だから何よ。そんなの関係ないわ。私の顔は産まれる時に世界がそう決めたのよ。ゴブリン! 気持ち悪いアンタも恨むなら世界を恨みなさい」
責任も無く、悪びれもせず、多くの綺麗な顔に恵まれなかった者に対して怒り買う言葉を平然と吐く。俺にとっても耳に障る言い分だった。
「一理ありますねミィルフィア。そういう星の下で産まれた事は仕方ありません」
「それで何よ。まさか私を殺すの? エルフっていつからそんなに野蛮になったのかしら」
「いいえ。我々は自然な流れと共生する者。必要不可欠でなければ同胞への危害を許されません。だからこそ、貴女を放逐したのです」
それを元から知っているからこそ、ミィルフィアの態度は強気だった。しかし、エルフの長プリムは続ける。
「だからこそ、相応の罰を別のやり方で与えます」
ミィルフィアの顔に手をかざす。細い5本の指先から禍々しい靄が溢れた。不穏な空気が流れる。
「な、何を」
「その自信のある容貌を剥奪致します。貴女の内面に相応しい顔に変える呪いですわ」
エルフの長だけが扱えるという、闇の魔力。後日聞いたのだが、プリムもちょっとした呪いが掛けられるらしい。俺の呪いは解ける程ではないが。
闇は光の属性とは対極に位置しながらも、邪悪な要素とはまた別離な物であり、術者の精神に依存する。彼女の闇属性の精神的な根源は……想像に任せるとしよう。
「いや、やめ、やめなさ--ぎぃやぁああああああああああああああああああああ!」
抵抗するミィルフィアの顔へ焼きごてのようにそれを押し付けると、耳をつんざくほどの奇声をあげた。数秒を要し、プリムは手を離す。
「大袈裟に喚いていますが痛みはありません。肉体的には」
「あ……ああ」
「グレン様、そちらの手鏡をお借りします。さぁミィルフィア御覧なさい」
拘束を解かれて顔を抑えたクレーマーエルフの前に、自分を映す鏡を出した。恐る恐るゆっくりと、手を離す。
「うわ、ブサイクだなー」
俺が思わず口に出す。皮膚は土気色にたるみ、肌は染みとそばかすに塗れ、垂れた目に潰れた鼻。さっきまでの美少女の顔立ちとは見る影もない容姿に変貌した。
もはや、プリム達とは同じエルフとは思えない。ゴブリンやオークより酷いな。
「こ、これが私ィ?!」
「その呪いは一族代々の秘術である為、人間の信仰者の御力では解く事は出来ないでしょう。解くのなら――」
「い、いやぁああ……いやぁああああ」
脇目も振らず、醜くなったミィルフィアはその場から逃げ出した。悲鳴が遠くに消えていく。もう、男を容姿でかどわすことも寄生する事も出来ないだろう。えげつないわ。
「解き方も聞かずに去られましたわ」
「……うむ」
「ま、自分で蒔いた種だ。迷惑被られた俺としては助ける義理もねぇ。頑張って貰うしかないね」
「うむ」
「これくらいでお許しいただけますかグレン様? 一族を抜けたとはいえ同じエルフとしてご迷惑をお掛けした事」
「うむっ」
「俺は別に良いけどさぁ」
「うむ」
「さっきから何相槌打ってんのクレーピオ」
傍らにいたプリムの兄は、未だにミィルフィア逃げて行った方角を見ていた。彼の細い鼻が膨んでいる。
「いや、大したことはない。ただ」
「ただ?」
「ああいう容姿に自信のある女性があの様な顔になって泣いているのを見ると、酷い乱暴でボコボコにされた後の様で、その、興奮する」
「……」
こうしてエルフとの同盟も滞りなく締結の合意に至る。ただ、この二人はアブノーマル過ぎてある意味警戒対象になった。
次回更新予定日、1/8(日) 10:00




