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俺の絶望、チャンピオン登場

 カイルの没収した荷物の中を確認させて貰い、俺は紙の類の物を中心に漁る。

 その中には見覚えのある物を見掛けた。ふと手に取り、縛られた紐を解く。

 それは転生者が所有する巻かれた羊皮紙--スクロールだった。本来の持ち主のステータスを、同じ転生者だけが確認できるアイテムだ。


 やはり奴の物であるらしく、現在の奴のステータスが数値化されていた。


 カイル:LV1

 職業:剣士 属性:風 HP:9/35 MP:2/4

 武器 なし 防具 なし 装飾 なし

 体力:35 腕力:8 頑丈:9 敏捷:14 知力:10

 攻撃力:8 防御力:9


 元々どれだけレベルを上げていたのか分からないが、俺と闘いを終えるまではLV1ではなかった事は確かだろう。情報からして明らかに奴のレベルが初期化されている。

 これはどうやら秘跡ミサを受けた後の様だ。ある程度の力のある罪人にはこうして無力化させる事で、脱獄や暴走の危険性を封じる為に迅速に行うらしいし。

 恐らく今のカイルはそれまで培ってきた物を全て失った事を実感し、人生で一番最悪な気分になっているだろう。

 俺もレベルを上げ始めた頃、無理やり秘跡ミサでレベルを1にされた時は凄い憤りを感じたもんだ。


「けど、監獄人生ならいらないよな。悪いねカイル、これは燃やしておく」

 くしゃり、と羊皮紙の束を握り締めて、火の魔力をその手に宿し一気に焼却した。どうせ一般人にとっては読めないタダの紙だ。このまま市場に流れても、奴には二度と自分のステータスを確認出来る機会は無い。もし、別の転生者がこれを読んだりして、混乱しない様に此処で処分する。


 それより俺は別の物を探している。所持したままのなら、この中にある筈だ。

 王国に経費として出して貰う為の請求書ばかりの中に、ようやく見つけた。

 ロギアナをゆする為にずっと奴の手の内にあった、彼女の両親が経営する商店の権利書。これの為に荷物を物色していたのだ。



 国王にこれを金を払っても良いから貰えないかと頼むと、二つ返事で俺に無償で譲ってくれた。スクロールの処分もペテルギウスでは全く価値を見出さないと思われてスルーされた。


「じゃ、試合前に渡してくる」

「うむ。儂はおぬしの晴れ舞台をまた見るとしよう。ああ、そうじゃ。せっかくであるし賭けをせぬか?」

「賭け?」

「次おぬしが負けたら炊事洗濯その他諸々、家の仕事を1日ハンナや儂ら抜きでやってもらうとか。中々大掛かりな掃除が出来ずにおるからのう」

「うへぇ」

「で、おぬしが勝てば」


 艶やかな仕草で口に指を当てる。これは内緒で、というニュアンス。

「丸1日、何でも言うことを聞くとかどうかの?」

「え!? 今何でも言った!?」

「フフ」

 ニコリと微笑むからして肯定の意味だ。マジか。俺を信頼してるからとはいえ、何でも良いのか。


「じゃ、じゃあさ、俺の頼んだ格好で1日過ごすとかでもあり!?」

「ぬしがそう言うならそうだのう、望む服装に召し替えよう。変化でちょちょいとな」

「ええ! チャイナドレスとかナース服とかバニースーツとか着てくれんのよっしゃあ! めっちゃヤル気出た約束だぞ!」

「? よくわからぬが、負けない様に頑張るんじゃぞい」


 それから空き時間の間に、ロギアナと合流する。


「ほらよ」

 ポンと、手軽に彼女を縛り付けていた物を手渡す。魔導士の少女は、ぽかんと手に収まった権利書を信じられない目で見ていた。


「……これ、本物よね」

「それはおたくの物を見る目に任せるよ」

「ううん、分かってる。アンタがわざわざ嫌がらせに偽物なんて寄越さないのは。でも本当に取り返すなんて」

「いらないなら返して貰っても良いんだぜ」


 その紙を奪われると思ってか、彼女は胸板に抱き止める。

 紫水晶アメジストの瞳が、潤んでいた。感極まっているが、理性がセーブを掛けている。

 世の中、そんな都合の良い事なんて無いと言い聞かせているのだ。


 ロギアナは邪推した。結局はちらつかせて来る相手が代わっただけだと。

「対価は? 私は何をすればこれを譲ってくれるの?」

「いや、別に無いけど?」

「アンタ、これ自体がいくらすると思ってんの。以前アンタが出した報酬の数倍くらいは馬鹿にならないわよ」

「あーうるせぇうるせぇ。だったらこっちの陣営に来い。そしたらそれをお前にやる」

「……元々、そういう話だったじゃない。これじゃあアンタに何の得も」

「だからー、ついでなのお前の権利書は。どんだけ人を欲張りにしたいの? 納得いかないならありがとうとか言ってくれ。はいそしたらこの件はおしまい! 仲間から搾取なんてしねぇよ」


 俺は耳を傾ける仕草を見せて催促。

 おずおずと、銀髪の魔導士ロギアナは小声でつぶやく。


「っぁ……ありがと」

「おう、それでよし。じゃ、俺はこれから試合あるから。拠点であるコルト村には話しとおすから後で顔出しに来いよー」

「……うん」

 いつになく素直だなコイツ。いつもの寡黙キャラじゃなくなってる。


 俺はその場を後にする--前に一度立ち止まって、


「ゲースゲスゲス! まさか惚れたか? 即堕ちかなー? チョロい子だったかー! でも残念、俺にはもう心に決めた--」

「うるさいそんな訳あるか馬鹿ァ! 見直したと思えば調子に乗んなこのアホゴブリン! とっとと試合に行けそして負けて来い!」


 烈火の如く感情的に怒鳴り散らす少女から俺は口を尖らせながら逃走する。背中から聞こえる声音は、幾分か弾んだ響きが含まれていた気がした。

 そんな事より俺には今大切な用事があるんだぜ! それに比べればこんな譲歩安い安い!

 という思惑から小躍りしている事は、誰にも口にしなかった。


 そろそろ控え室に戻る頃になった時、コロッセオの入場口から物凄い勢いで走る影が大声をあげた。

「兄弟子様ァうおおおおおおおおおおおおおおおッ」

 全速力で俺の元まで飛び出すのは、犬型の獣人。女性だ。うわアイツだ。

 俺の足元まで来ると、ははぁとひれ伏す様に膝を折って座り込む。


「ダックスハントだ!」

「S級、狗斬くざんの!?」

「本物だよ……しかも公衆の前でゴブリンに跪いてるぞ、信じられねぇ」

「ってことはあの噂、マジ?」

「あのダックスハントを降したっていうのもホラじゃなかったのか! 勇者殿も軽く捻っていたからうなずけるが」

 ざわつく周囲の声。俺はいたたまれなくなって、行儀よく自ら上下関係を態度で見せた犬女に声をかける。


「よ、よぉダックスハント。とりあえず顔上げてというか立って目立つから」

 機敏に命令を聞いて立ち上がる。背筋をピンと伸ばしたまま直立不動になった。

 忠犬と言うべきか。駄犬と言うべきか。

「ハイ! このダックスハント、只今ようやく暇を頂きこのリゲルの街に参上致しました! 大会での目覚ましい御活躍お聞きしております!」

「ちなみに何処から此処まで駆け付けて来たんだい?」

「アバレスタのギルド支部の後処理を半日前に終え、真っ先に此処へ!」

 嘘だろオイ。馬車で休まず走らせても二日はかかる距離だぞ。というか仕事明けの真夜中から寝ずにすっ飛んできたのかよ。


「やはり兄弟子様であれば優勝する事に不安などありませんでしたね! 本当におめでとうございます」

「ああ、うん。ありがとね」

「次はいよいよチャンピオン戦ですか。いや楽しみで楽しみで仕方ない! わたしも応援に入ります故!」

 しかし何でこの犬女はこんなにはしゃいでいるんだろう? 試合も次で最後になるのに、今までの分を見逃したのが口惜しいという気配が全く感じられない。

 その意味が分かるのは、それからすぐの事になるのだが。


「では! 観客席にいますので頑張って下され! うぉおおおお! 楽しみだぁああああああ!」

 嵐の様にやって来ては去ったダックスハントに、二の句が継げないまま立っていると俺は試合の呼び出しを受けた。



「いよいよ舞台はクライマックス。皆さま、これが最後の大勝負! 今年度の大会を優勝し、見る者をおおいに驚かせた最強のゴブリン、グレン選手が現チャンピオンに挑みます! 果たして頂点の座を奪う事が出来るのでしょうか!? それとも王者は、チャンピオンとしての威光を保ち続けられるのか! 必見の瞬間がァ遂に訪れるぅうううう!」

 実況に湧く歓声。それは恐らくコロッセオの頂点に立つ者の登場に興奮と期待によるもの。


 これでやっと最後の試合だ。此処まで来れば、目的もほぼ達成したと言っても良い。俺はかなり目立った。衆目は充分集まり、後は如何に上手く宣伝をして亜人なり冒険者なりを募集するかが肝だ。

 そこらへんはアディがやってくれるらしいが、まだ具体的な話は聞いていない。さっきのインタビューの時に言うべきだったかもしれない。でも、とりあえず勝ち進めとしか言われてないしなぁ。


 ともあれ、チャンピオンは一体どんな奴なのやら。カイルとの悶着ばかりに気を取られてマークして無かったが、どれくらいの実力者なのだろう。まぁS級のダックスハントぐらいだったら、俺でも--


「さぁ! かつて頂点に立ったまま沈黙を貫き、前回この闘技場に舞い降りた伝説の選手が我々の前に再び現れる! 現チャンピオンの入場ぉおおおおおおおおおおお!」

 拍手喝采に囲まれ、反対口の暗がりからやって来る線の細い人影。

「へ?」

 全貌は、黒だった。身元を隠す様な黒装束に包まれた者が、左右の籠手剣ジャマダハルを手にゆったりとした足取りで日影から現れる。

 頭巾によって表情も顔も見えない。外見だけでは何もかも正体不明な選手だった。

 その姿は俺も見覚えがある。正体を隠す為に変化した……


「遂に姿を現した! 素性も身元も全てが謎! しかし実力は本物! チャンピオン、首狩りパルダぁあああああああああああああああ!」

 ワーッ! という今大会最高潮の熱気をよそに俺の思考は硬直した。



「……パルダ?」

 恐る恐る呼び掛ける。顔の見えない対戦相手は、わずかにこっくりと頷いた。うん、同名の他人じゃない。通り名も同じだ。


 納得も頷ける。パルダは竜人。S級トップの実力を持った冒険者。チャンピオンになるのも苦では無かっただろう。


 いやちょっと待て。誰がチャンピオンだって? 俺は過去の言葉を反芻させる。

 アレは確か、数日前の大会に参加するかどうかの話の時だった。


『パルダとかどうだよ?』

『私でございまするか?』

『うん。紅一点で実力も折り紙つき、優勝狙えるんじゃないか?』

『いやパルダは反則じゃろ。儂らは優勝が目的ではない。目立って人々の気を引く事じゃ。そういう意味でも領主としてアピール出来るであろ?』


 記憶では間違いなく、パルダは出ないという話になっていた筈だった。反則だってアルマンディーダが言い切ったのだ。

「あ」

 周囲とは対照的に、更に顔を青くして俺は頭を抑える。察した。


 反則って、チャンピオンが一般参加するのはダメだからって事? 誰も試合に出ないとは言っていない?

「申し訳ございませぬ」

 小声で、誰にも聞こえないように彼女は俺に詫びた。それは多分俺にこの事を意図的に教えなかった事に対してだ。主の命でそうしていたとはいえ。


 ちくしょう! してやられた! アディの奴こうなる事見越して隠してやがったなぁああ! 分かってて賭けなんて--おのれぇえええ!

 叫びたかったがどうせ聞こえない。今頃、観客席で相好を崩して俺の翻弄っぷりを笑ってるに違いない。


 詰んだ。すぐにそれは理解できた。これで1日はあの広い屋敷の家事当番確定だ。

 あ、待て! まだ希望を捨てるのは早い。

「なぁ、これって俺が勝つ手筈だったりする?」

「いえ……姫様の言葉により、きちんと闘えと言われておりまする」

 希望は一瞬で折られた。


「パルダ様ァあああああああああああ! うわぁああああああああああ! 久しぶりですダックスハントですぅうううううううう! 兄弟子様も頑張って下されぇええええええ!」

 遠くで犬女の絶叫が聞こえた気がする。しかし俺は既に諦めモードに達していたので、その声援は余計に煽られている以外に効果が無い。

次回更新予定日、12/31(土) 10:00

皆様、良い年末を

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