俺の共謀、勇者への反撃
頭に万力が締め上げる様な痛みが走り、俺は目を開けた。
宿の寝室だった。窓からは既に陽光が射している。
おぼろげな記憶が頭痛と共に駆け巡り、昨日の出来事を再生させる。
路地で崩れた俺をせせら笑う勇者。店内に残して来た女性の後ろ姿。
「アル--ぐぅう!」
慌てて身体を起こしてベッドから立ち上がるも、倦怠感が身体の芯を貫き、うずくまる。
ハッキリ思い出したぞ、昨日何があったか。何を、されたのか。あれから朝まで、俺は……
「--カぁぁイルぅううううう……!」
自分でも今まで出した事が無い様な低く押し殺した唸りが漏れる。二日酔いを無視して、気力で立ち上がる。
寝所に立てかけてあったハチェットを手に、大股で部屋を出た。服は昨晩のままだ。すぐ出かけよう。もう一度、あの店に。
「旦那様!」
ドアを蹴飛ばす様に開くとパルダが寄って来た。
「すぐ戻る! あのクソ勇者にお礼参りだ! 大会よりそっちが優先だそうだそうに決まってるこのまま黙って泣き寝入り? あり得ねぇ野郎ぜってぇ許さねぇ」
「お待ちください、お気持ちは分かりますがそれだけはいけません!」
羽交い絞めにするようにして引き止める侍女。だが俺も譲らなかった。彼女を引きずってでも外に出ようとした。
「パルダどいてアイツ殺せない」
「勇者を殺めたら国際問題ですよ!?」
知るかそんな事。あの野郎は、俺の大切な物を奪った。今もアディがあの部屋にいる事を考えただけではらわたが煮えくり返るのを通り越して突沸を起こしそうだ。
嘲笑って罵声を飛ばされるぐらいならまだ全然我慢できた。でも此処までされて黙っちゃいない。
アルマンディーダを寝取ろうだ? 良い加減にしろ。何処まで俺から奪うつもりだ。
激昂する俺とパルダの悶着を見て茫然とするトリシャ。この子にはまだ理解できない筈だ。だから話して聞かせる余裕は無いし、今は荒ぶる自分の姿を見つめ直す余裕など無かった。
「落ち着かんかグレン。今勇者の元へカチコミに行ったらこっちが不利になるじゃろ」
「でもあの野郎はお前をっ。……あれ?」
コップの中に湯気をくゆらせた飲み物を持ってアルマンディーダがひょっこり現れる。
何事も無かった様子で、俺にホットミルクを手渡し再度なだめる。
硬直した俺を見て、パルダも離れた。俺の中の駆り立てる怒りが消失していくのを悟ったらしい。
「儂は無事じゃよ? だから、一拍息を整えてはどうじゃ。トリシャも驚いておろう」
「……あ、え? あの、えと」
「ほれ、それをぐいっと。二日酔いも少しはマシになろう。蜂蜜も入っとる」
彼女の顔とミルクを交互に視線を動かし、一気に飲み干した。火傷を考慮された温かさ。ふぅっと息を吐いた後、
「大丈夫なのか!? アイツに何かされなかったか!? 俺は酔い潰されたが、お前は何ともないの!? 何も無かったよな? 安心して良いのかな!」
「うむ、何も無かった。証明にパルダが見張っておった。のう?」
「はい。旦那様、実は影ながら私はお二人を見ておりました。都市部はあのような店や輩も珍しくありませんから。このパルダが保証して、姫様の貞操は侵害されておりませぬと断言致しまする」
「だから酔い潰されたおぬしより全然マシだと考えて貰って構わん。生憎、酒でも毒でも薬でも儂は酔い倒されたりせぬよ。知っておろう? 本気の儂がどれだけ飲むのか」
そういえば、コイツ酒樽がコップ一杯のノリだった。超うわばみだった。竜だけど。
彼女達竜人にとって、人間が扱う毒は大した効果を持たない。
「そっか。そうかぁ、ほんとに、良かった……」
へなへなと、力が抜ける。
「冷静になれたかの? 後でレイシア達にも礼を言って置け。夜ジョギングしておった二人が、宿の前で倒れているおぬしを見つけておらんかったら風邪をひいておったところだったんじゃからな」
「うん。悪かったパルダ、トリシャ。もう騒がない、迷惑かけた」
「パパ……お酒のせいで大変だったの? そんなに飲んじゃったから?」
素直に詫び、俺はトリシャの疑問に同調する。
「ああそこなんだよ。俺も腑に落ちないんだが、どうしてチビチビ飲んでるだけであんなに酔い潰れたのか自分でも分からない。しかも突然だ」
「それは恐らくあの料理が原因でしょう」
パルダが横から口を挟む、彼女も見ていたという事はキノコ料理を出されたのを知っているのだろう。
「あの茸類の中にはノクタダケが入っていたのでおりまする。普通に食用とするだけでは何の害ももたらさないのですが、アルコールと一緒にすると酷い中毒を引き起こしてしまわれるキノコです」
それで急に酔いが回って来たのか。確かに飲んでる途中で来れば、一緒になって食べてしまうだろう。
「料理店では扱いに資格のいる食材なのですが、何分似たキノコが多くて見分けがつきにくく、誤って使用されてしまうケースもあります。そこを悪用する輩がおり、意図的に標的を酔い潰す為に使われます。勿論、女性を毒牙にかける時にも……。これの厄介な所は毒や薬と違ってもし事件沙汰とされようと、そんな食べ合わせの弊害があるとは知らなかった、ノクタダケだとは思っていなかった、といくらでも白を切れる所なのでする」
「……なるほど、そういう罠もあるのか。でも何で野郎はその同じ料理に手をつけて平気だったんだ? 酒に激強いアディは分かるとしても、カイルもそれにやられる筈だ」
「ノクタダケと分かる具材を判別して手を付けてなかったのでしょう。調理法も恐らく、複数のキノコと別途に火を通して最後に混ぜたのかと。そうすれば、ノクタダケのエキスは他のキノコに染み込みませんから」
極めて巧妙な手口だったのだ。改めて都市部の方は闇が深いと思い知らされる。
俺も、今後はこんな事が無い様に学ばないと。
「おぬしがあの店に戻って来なくてどうしたものかと心配したぞ? それに構わず勇者殿が儂と二人っきりで口説いてきおってな、ほとほと困り果てたよ。有事で無ければ店内でパルダを呼ぶわけにもいかぬしな。儂には添い遂げる相手がおるというのに、色んな言葉で迫って来おって勝手な男じゃ」
色んな事を言われたらしい。君は騙されている、もっと相手を見て相応しい人を探した方が良い、あんな奴と一緒にいれば不幸になるだけだ、自分ならあらゆる物から守ってやれる、などなど。
笑い飛ばしながらにべもなく誘いを断り、その場で辛抱強く俺を帰って来ないと悟るまで待っていたそうだ。
いたたまれない気持ちと共に、胸が熱くなる。
「俺も色々言われた。こうして一緒にいる事がただの運に過ぎないとか、たとえ俺でなくてもその時の立ち位置の男にお前は惚れていたとか」
「勝手だのう。儂を軽く見過ぎじゃ。いや、あやつは女という物を見下しておるな」
そんな輩に誰が好くか、と彼女も良い感情を抱いていないご様子。
「それで仕方ないのでその場をどうにか切り抜ける為に一計を案じたよ。勝負を持ちかけた。勝った方が相手の言う事を一つ聞くという条件を提示した途端、餌を前にした犬の様に乗って来たのう」
「どういう勝負を?」
「そりゃ酒場と言えば、飲み比べじゃよ。竜人の儂とな」
にかっと歯を見せて笑う。そりゃあもうチーターが徒競走を提案するような物だ。結果は此処への勝利の帰還が証明されている。
「勇者殿は飲み放題で酒を頼んでおった様だから、元以上をぶんだくられて店も相当赤字だったろうな。まぁあの酒場もグルだった様じゃから、自業自得よ。それと、儂はあやつをダウンさせて一つ約束をこじつけさせたぞ。あ、おかわりするか?」
「いや、大丈夫。さっきより楽になった。それで何を取り付けたんだ? あんな奴に要求する事なんて……」
「そうだのう。おぬしも二度と関わりたく無いだろうのう。しかし、このまま何事も無かった事にされるのも癪じゃろ?」
当然だ。あの勇者の一方的にやりたい放題されてはこちらが損して終わるだけだ。
頷くと、彼女は顔を俺に近づけて囁く。
「大いに利用させて貰おうではないか。どうせ今後も因縁を付けられるんじゃ。ここらで引導渡して置くに越したことはない。あやつそのものに価値など断言して微塵もないが、その背後には十二分にある。むしろ今後避けては通れぬと言っても良いじゃろう」
奴の英名が保証されているのは、強国ペテルギウスの推しの側面がある為だ。だからA級難度の依頼をこなすだけでも称えられ、我が物顔で権威を振りかざす事が出来る。
「儂は今一度勇者に会おうと考えておる」
「何!? 冗談だろ!」
「最後まで聞け、別に惹かれたりせぬよ。意図的に勇者の縁故として--つまりお近付きになるかもしれないという口実でじゃな--ペテルギウス側に接触しようと思っておる。ちょうど大会終盤に、国王が観戦する予定じゃ。儂の見立てでは--」
アルマンディーダは俺に策謀を持ちかけた。それは、本当に上手くいくのかといささか疑問が残る様な提案である。
「……言いたい事が色々あるが、たとえ全部上手くいったとしても大丈夫か? 下手すれば国を敵に回す事になるかもしれないぞ」
「それを言うならこのまま何もせず試合を勝ち進めれば同じじゃよ。まぁおぬしがあやつに勝つ自信がないのなら、心配はいらんかもしれんが」
そう煽るか。言ってくれるな。
「そんなつもりさらさらないね。逆に聞くけどお前はどう思う? 俺では、アイツに勝てない様に見えるか?」
「そんなの決まっておろう。儂は、単に試合を流し見しておっただけではないぞ」
挑発的な視線。そんなアディの人を見る目を俺は信頼している。
「ぬしが本気なら、殆どの相手に間違いなく勝てる。これまでの修羅場をくぐったグレンの敵ではないよ。3回戦を経て試合のレベルを確認した儂が太鼓判を押す。ただ、先も言った通り手順を踏んでおかねばならぬのう。ロギアナには要注意じゃのう。そしてこれからの事を考えればな」
「オーケー分かった、乗った。聞いてる話によると、それで俺達本来の目的を満たせるんだから反対しない。お前を信じるよ」
それに、俺には火が付いた。これまでの試合はやむなく義務感に似た形でやっていた。
でも、今は違う。俺は純粋に勝ちたい。あの勇者を打ち倒す為に喜んで試合に出る。
「それまでヘマするでないぞ」
「上等、反撃の始まりだぜ。ゲースゲスゲス」
「これこれ、あくまでこれは火の粉を振り払う為じゃよ? フッフッフッ」
「パパもバーバも、悪い顔してる」
おっと、子供に見せちゃいけない所を見せてしまった。
俺達は即座に澄ました態度を繕って支度を始める。
不思議なことに、あれだけ俺を苛めていた二日酔いは消え失せていた。
次回更新予定日、12/11(日) 10:00




