俺の飲酒、穴場の酒場
1日目はそうして、3回戦が過ぎた所で終了となった。2日目からが決勝戦及び王座防衛戦までを締め括る。だから明日に備えて休もうとしたかったが、
「待てやゴラァ!」
「ピノちゃんの仇だぁあああ! ふくろにしたる!」
「逆恨みだろ知らんわぁ!」
コロッセオからは冗談抜きで何人かのあの魔女っ娘のファンに追いかけられたので逃げ回った。試合出れなくさせる気かよ全く。
その話をするとアディは大いに受けていた。本人である俺からしては笑い事じゃないんだが。
「まぁ、気を取り直して外食じゃのう。何、パルダが影で護衛しとるから安心せい」
「この宿食事付きじゃないのがネックだよなぁ」
夜に戻って来た所で、部屋で俺は家族とリゲルの街の中に店を回ろうとしたのだが、
「ぐぷ。パパ、ごめん。待てなかった」
大きくゲップしながら、既に肉串などを堪能していた事を白状したトリシャ。皆夕飯を既に済ましていた様だ。
くそう。街中を追い回されて日が暮れたせいだ。そのがてら、良さそうな店を色々見れたけど。
「いいよ。ただ、レディなんだから控えようねゲップは」
「あい」
口を両手で抑える仕草を見せた幼女。それじゃあ一人飯か。
「大丈夫じゃよ。皆には先に食べる様に言ったが、儂は待っとった。たまには二人でディナーと行こうかえ」
嗚呼、なんて甲斐甲斐しいんだアルマンディーダ。嬉しくて涙が出そうだぜ。
不服そうながらも既に満腹なトリシャは大人しく宿に残る事にした様だ。
田舎では日が落ち始めると早めに食事をして就寝するのが慣例だ。灯りが少ないためである。
しかしこういった都市部になると、深夜になっても外の至る所が明るく眠らない。大人の時間というやつだ。
昼間よりも人だかりは減り、悠々と街中を歩くことが出来る。傍にはアディがいて、何処の店に入ろうか? なんて他愛ない話を交わす。
やはり此処でも周囲には浮いた。しかしもう、気にしないことにした。アディがそうしているなら俺もそうしようと、開き直っている。
「おおい! やっぱりお前達か。仲良く街巡りでもしてるのかよ」
なんて、俺達の時間に水を差す妙に馴れ馴れしい男の声。苦い顔を隠しきれなかった。
聞き覚えのある声。振り返ると案の定、奴だった。
「……ああ、勇者殿か」
「ゴブリンにリューヒィ、相も変わらず仲睦まじそうで」
カイルとその一行である。エルフの少女--確かミィルフィアだっけ?--がヒステリック気味に声をあげた。
「ええー!? 何ィ? あのゴブリンん? もしかして女連れェ!? あり得ないんだけど!」
そっちも相変わらず女ばかりはべらせているカイル。しかしロギアナの姿は無い。代わりに妖艶な魔女がいてクスクスと笑っている。後日聞いたが紅花フレデリカという人物で、本日カイルとの勝負で負けた相手だったらしい。そして予測だが、その後勇者の御眼鏡に適ってパーティー契約したと。
それと、本日俺と闘った黒髪長身の女戦士ステラが険しい顔で俺を睨む。
「……ゴブリン!」
「ウチのステラが世話になったみたいだな。ちょこまか動いて翻弄したんだって? 大したもんだねぇ」
「まぁ真剣勝負でしょ? 実戦なら命は無かったけど」
「おのれ言わせておけば!」
「待て待て」
今にも飛び掛かりそうなステラを手で制し、カイルは余裕を保ちながら言った。
「別に嫌みを言いたいんじゃない。確かに勝負は勝負。恨みっこなしだ。今回は賛辞を贈るよ、不意打ちとはいえ良く彼女に勝てたな」
なとど俺を侮蔑して来た態度から転向させて、勇者が称えてくる。どういう風の吹き回しだ?
「グレン」
「あ、うん。すまない勇者殿。これから用事があるので俺達はこれで」
「ん? 夜の街で用事というのは、食事かな?」
「ええ、まあ」
アディに促されてその場を後にしようとするも、奴は食い下がって来た。
「せっかくだ。ステラを打ち負かした褒美に良い店を紹介してやろうか」
「それは、対戦相手に塩を送るという事でよろしいかな?」
「まさか。ゴブリン、お前に対するこれまで無礼の詫びも含まれてるんだ。滅多に無いぜ? この勇者に奢ってもらえることなんてな」
何だコイツ。本当に何考えてやがる? いきなり俺を労おうだなんて。
「カイル様! ダメです! こんな奴を誘うだなんて」
「そうよー! せっかく私達がいるのに!」
引き留めようとする女性陣。つまりはカイルの独断という事だ。
「また今度だ皆。今日は宿に戻ってくれ。もしかすれば俺は明日、このゴブリンと当たるかもしれないんだ。今の内に悔恨を捨てて正々堂々の真っ当な勝負が出来る様にした方が良いだろ? だから今夜は我慢してくれよ」
「しかしカイル様……」
「良いかステラ。俺が、そう言ってるんだ」
彼が語尾を強めると、女戦士は渋々と従う様に下がった。
「てなわけで、勇者のご招待だ。御受けするに越した事ないぜ?」
結論から言えば、断る気持ちが強かった。関わってもロクな事が無いのが分かり切っている。
しかし、それで後からどういう意趣返しが飛んでくるのかも読めない。波風を立てたくないな。
どうする、俺はアディと目を合わせた。
「御受けしようか。せっかくのご厚意じゃ。断れば失礼に当たろう」
「そうだな『リューヒィ』。勇者殿、お相伴に預からせて頂きます」
路地の裏にひっそりと建つ、穴場の様な酒場。『狼亭。デリバリーも可』という簡素な看板にランタンの垂れたこじんまりした店だった。
「おや勇者様、ようこそおいでくださいました。毎度ごひいきに」
ちょび髭な酒場の主がカウンターの向こうで食器を磨いている。客は、少ない。
質素で小綺麗な内装からして、賑わいとは縁の無さそうだ。
「本日はお仲間の方々を、お連れした様には見えませんが。ゴブリンの客人とはいやはや珍しい」
「大会のライバルだが今夜は飲み友達だ。友好を深める為、この店の料理を振る舞って貰おうと思ってな」
「おやおや、それで当店をご利用いただけるとは光栄です」
「いつものあの料理を頼むぞ」
「ああ、アレですね。かしこまりました。さぁこちらへ」
人の好さそうな微笑みで、店主が席の案内をする。
「好きなだけ飲んでけよ。此処の支払いはこの勇者カイルが受け持とう」
酒瓶がごっそりとテーブルに置かれ、俺は困惑する。
「あのー、勇者殿。明日も試合に出るんで酒もある程度でないと」
「心配いらねぇよ。今の時間にやれば昼間には抜けきるからな。リューヒィはイケる口か?」
「嗜む程度にはのう」
奇妙な状況だった。敵対に近い距離だった相手から、もてなされているという事態に俺は戸惑いを隠せない。
十中八九、善意の施しとは考えにくい。何を企んでこんな真似を?
出された酒も、店からの仕入れである以上毒や薬も仕組めないだろう。となれば、二日酔いにでもさせて明日を出れなくさせる気か?
もしもの時の支払いは大丈夫。宿に一月泊まれるくらいの金は用意してるから、ぼったくりの酒場に一晩いようと問題はない。
勇者自身も自ら進んで酒に手をつけている。ぐびぐびと呷りながら、自分の身の上や武勇を上機嫌に話していた。
以前俺も聞いた魔物達を討伐した時のいきさつ、どんな立ち回りをして如何に活躍したかを細かく語らう。
多分3人の中で一番酒に口をつけているアディなのだが、全くの素面のまま穏やかに武勇伝に合いの手を打った。
「お待たせしました」
此処は給仕を雇ってはいない様で店主自らが皿を運んできた。
「茸各種のバターソテーになります」
エリンギを縦切りにした様な物から小さな物まで、様々なキノコを焼いて盛り合わせた物が目の前に置かれる。バターの香ばしい香りが鼻をついた。
「この店のオススメだよ。これ目当てに物好きは来店するくらいだ」
勇者は躊躇いなく手をつけ、俺達にも薦めた。置かれたフォークを取り、俺も手をつけてみる。悪くない。店で出すからには毒の無い普通に食べれるキノコだろう。
「おお、これまた美味だのう」
アルマンディーダも、中々気に入った様子。カイルはそれから好みの料理を注文していた。
「おいおいゴブリン。酒の進みが悪いな。まだ一杯分しか口つけてないだろ」
「チビチビしか飲めないんですよ。彼女と違って」
現代だったらアルハラも良いところだ。コイツ確か転生者で前世がホストだと暴露したとかロギアナが言ってたな。
「そろそろそっちの話も聞きたいな。二人の馴れ初めはどんな様子だった」
「アバレスタの街だったかのう? グレンとの最初の出会いは」
「暴漢に絡まれてた所を助ける形になってから、俺達知り合いになったんだよ。それから……」
余計な情報は漏らさず、曖昧にしながら答える。
上辺では他愛無い雑談ながら、腹の底では不利になる情報を気取られぬ様に張り詰めた時間だった。
酒気で緩みそうになるのを懸命に我慢しながら、俺は口にしても問題ない出来事だけを並べる。
警戒して同じ酒同じ皿の料理を手に付ける。これなら食器に何も仕込めない。何か入れてこないか動向を探る。
それにしても、おかしい。変なのは勇者の態度以上に、俺自身だった。
酒を飲みながら人と話すのは、竜王との露天風呂以来だが、その時よりも酒の量は少ないのに酔う感覚が大きかった。アルコールが強いのか。でも、それでも……
「あぁ、うぅん……」
「グレン? 大丈夫かえ?」
「おや。おやおや、どうかしたかゴブリン? ギブアップするの早いな」
一時間程度の席で、俺は酩酊感に悩まされる。思考がまとまらなくなってきた。
「や、べぇ。なん、か……酔った」
「明日の試合で緊張して悪く酔ってるんじゃないか。しょうがねぇな。おい、酔いを醒ますなら外に行くぞ」
俺はカイルに席を立たされ、フラフラと歩く。
「リューヒィ。旦那を少し気分転換させて来るぞ」
「ああ勇者殿、それなら儂が」
「いやいや今夜は俺がもてなしてるんだ。そのまま席にいろよ」
そうして彼女を残し、勇者に介抱されながら入り口前の路地まで来た。
薄暗く人気はない。そこで、一人で立つことも出来ず俺は地面に崩れる。
「まったく、ゴブリンと肩を持つなんて金輪際ない事を祈るぜ」
頭上で勇者の声。彼は、俺を支えようとはしなかった。
考えが、ハッキリしない。頭に靄がかかる。
「なぁ、今酷い気分だろ」
「……うぅ、おま……何、を……」
「勘違いすんなよ、俺は何も盛っちゃいねぇよ。ましてや毒なんてな。お前はただ、一人で酔い潰れたのさ」
ちょいと『仕組んだ』けど、と冷笑を俺の頭上で零す勇者。俺は、ハメられた? どうやって?
「よーしお前ら、コイツは宿の前にでも置いておけ」
潜んでいたと思われる男達が、俺の両腕を持って引っ張りあげた。
うだつのあがらない思考ながら、この男達は店の中にいた奴等だと気付く。客を装っていたのか。
まさか、店ぐるみで……?
「安心しろ、殺しはしねぇ。優しいだろ? タダ飯食わせてやって宿に連れてってやるんだ。ま、婚約者はもう少しこっちにいてもらおうかな。借りるぜ?」
「テ、メ……」
「あの女にも悪い様にはしねぇよ。たださ、良いこと教えてやろう。あの酒場の奥には隠し部屋があって、高級な天蓋付きのベットが用意されてるんだぜ? 予約制だけどもう済んでる」
呼吸が一瞬、止まった。
「このまま酒でもてなして、酔ったアイツを上手く口説いてその部屋にご招待するのさ。むしろお前といるより良いかもしれないぜ? まだ婚約者なんだ、別の男といるのも犯罪じゃあないだろ?」
言葉の全てをいまいち理解しきれないが、アディを手籠めにしようとする気でいるのだけは分かった。
「忘れさせてやるさ。緑の小汚ねぇ野郎との過去を。ルックスもスペックも明らかに上な俺となら、すぐに上書き出来るだろうな、そしたら晴れて俺の女の仲間入りフハハ」
熱が上がるが、抵抗しようにも力が湧かない。ダメだ、俺の身体が俺の物ではなくなっている。
「あ、さっき話してたけどよお前、アイツのピンチを助けたから付き合えたんだろ。良くある話だよ。恩人への感謝の気持ちが進展して恋になるって話は。ラッキーだったな、ゴブリンの立場であんな美人に好いてもらって。さぞや幸せだったろ? うん? でも、そんな身の丈に合わない事してるからこうなるんだよなぁ、悲しいなぁ」
カイルは、ぐったりした俺の前で持論を広げる。
「逆に言えばさ、助けたのであれば誰でも良かったんだ。タイミングを掴めるか掴めないか、それの差なんだよなぁそういう『惚れる』って感情は。そして、案外脆いんだぜ? 勿体無いよ、お前には。俺が頂く。良いよな? 勇者に抱かれた方が光栄だろ?」
ロクに動く事も出来ずにずるずると路地を引き摺られ、遠のく勇者は俺に最後に言い加えた。
「それじゃあ独りの良い夜を、ゴブリンサン」
奴への激しい憎悪は、混濁する意識の奥に押し込められた。
余談
狼亭。(男性の)デリバリー可→送り狼の意。
次回更新予定日、12/8(木) 7:00




