俺の来客、狗斬と首狩り
選抜から数日後、俺はコルト村で竜人達の経過報告及び今後の話し合いをしていた。
外に置いた卓上に、2メートルはあろう背丈を持つ黒竜のオブシドが巻紙を広げて報告する。
「現在、竜人達の移送が完了したのは百と数名。この数か月はアルデバランへの献上品と資材の運び出しが主になっておりました。あまり大規模での移動は世間に悪目立ちする可能性がありますから。進捗は半分といったところでしょう」
「やっぱりもっと大掛かりに動きたいよなぁ、飛べば早いんだろうけど。そしたら厄災だー! で騒がれるし、効率悪いのは分かってるが面倒だ」
「我々が人を害する意図が無い事を人々に認識させることがどちらにせよ必要となっていくかと」
「何だよ、お前まで大会で広報の為に目立てと俺をせっつくか」
「滅相もございません。私はこちらで応援しておりますよ」
オブシデアドゥーガとは、一度だけ敵対した過去がある。クーデターを起こしたスペサルテッド殿下に強制的に付き従わされていたからという事情もあってだが、どうもその事に負い目がある様で俺達に対してはそれまで以上に畏まった態度でいる。
これでも俺の師事をしているパルダの師であるので、師匠の師匠は師も同然というが、彼は俺に対してもアディの様な主君と同等の接し方をすると固辞した。
「姫様の切り出しは時期としても頃合いだったのもありますゆえ、グレン殿の手を煩わせる事になるかと思いますが」
「フォローしなくても大丈夫だよ。ちゃんと分かってる。アイツは意味もなく俺を振り回さないって事くらい」
「失礼。出しゃばりましたな」
このように腰がすこぶる低い竜人だが、彼は部下や弟子には非常に厳しい。叱る時はもう拠点中に響くくらい怒鳴るもんだから、村の子供達がビビるビビる。愛想良くしようぜ、とアドバイスするも上手くいかないものだ。
「それにしても、先日はすごぶるご快勝だったようで。そのS級冒険者とやらは、こちらの大陸の中でも精鋭であるそうではないですか。そんな相手を倒すとなれば、グレン殿の実力も相応に高いという物。パルダの奴のご指導がお役に立てたのならば何よりです」
「まぁ、アレは運がよかったんだよ。幸運な化け物さ。殆ど不意打ちだったし、向こうも実力を出し切る前に負けた感じだから、別段俺が強いとは思ってない。アンタやパルダには全然勝てないしな」
「はぁ、ラッキークリーチャー、ですか」
もしかすればという話になるが、ドラヘル大陸での強さとルメイド大陸での強さの基準が異なり、俺はドラヘルの次元に浸っていたが為にこちらでの次元にいてはぬるま湯も同然なのではないかと考えた。
いや、それは流石に思い上がり過ぎだな。俺の敵はどちらの大陸の輩でもない。反逆者が相手なのだ。
そんな事を気にしている場合じゃない。俺はただ、前を見てればいい。そして先にいる格上の背中だけを。
「オブシデアドゥーガ様。ああ、グレン殿も丁度よかった」
遠くから駆け寄って来るのは人の姿をした入り口の憲兵だった。俺達の元に来る間に、竜人の外見に切り替わる。拠点の事情を知らない余所者が来ても困らない様に、見張りには人間の変化をさせていた。
「今外からグレン殿へのお客人が。御一人です」
「誰? 俺の知ってる奴?」
「それが女の獣人で、選別の件でお話があるとか。どうなさいますか? 追い払いますか?」
「……あー、心当たりがある。オブシド、竜人達を奥に。後はウチでやるから」
「承知」
村にしては大仰な木材の防壁。この拠点に許可なく侵入したり内部を見られたりしない様にする為に積み上げられたそれにより、入り口は一つしかない。その外では一人、冒険者が立っていた。
「や、やぁ。先日は何かごめんね?」
「本当に此処で暮らしているのか」
「でなきゃ中から出てくること無いでしょ」
来客は推察通り、先日の選抜役を請け負ったギルドの回し者。確か、狗斬ダックスハントだっけ。
犬女は、俺を一睨みした後に周囲を見渡して鼻を鳴らす。
「しかし、何だこの砦みたいに張り巡らされた防壁は。こんな辺鄙な土地にそれほど強力な魔物がいるとは聞かないが」
「俺はこの成りながらビビりなタチなのよ。こうでもしないと夜は安心して眠れないんだ。枕も一緒じゃないとね」
嗅ぎまわられると困るからあまり入れたくないんだけど、頑として拒めば違和感を持ち帰られそうだし、とりあえず我が家に入れて用件を済ませてもらうとしよう。
「話なら俺の家で良ければどうぞ」
「……ゴブリンの住処というの暗くてジメジメした所だと聞く。どんなとこに連れてく気か? まさか、馬小屋とか? 私は獣人だから、あまり臭い所だとそこにいるだけで拷問なんだが」
「失礼な」
家である元ペンドラゴン邸のお屋敷を案内し、俺とキョロキョロしているダックスハントが入る。
玄関ではメイドのハンナさんと侍女パルダが出迎えた。扉を開けるなり、並んで深々とお辞儀した。そういや、身内以外での初めての来客だ。
「いらっしゃいませ」
「外套とお荷物があればお預かり致し……ま!?」
パルダが犬女に近付くなり、身を強張らせて硬直した。
「どうした?」
「いえいえいえいえ! 何でもございませぬ。ささっ、外套を」
初めての事でテンパったのか? 彼女は城でこういう事した経験があると思っていたもんだが。
「応接室にお連れしますがよろしいですね?」
「お、使われなかった所がようやく活用されるじゃん。お茶よろしく」
予想以上に小綺麗な内装に驚いているのか、家の中の様子を一巡すると、
「貴様、本当に此処で暮らしてるのか?」
「不相応とか言うなよ」
「確か冒険者にも登録している名ばかり貴族だよな? 誰かの有力者に頼み込んでこの建物を借り、見栄を張ってるとか」
「仮にそうならいつ来るか分からないのにそこまでする理由がないだろ」
ほんとに失礼だな! 中々信じられないのは仕方ないとはいえ。
部屋に入った所で紅茶を淹れてもらい、ダックスハントと俺は向かいの席に座る。
ティーカップを手に、そこに注がれた湯気の立つ液体をクンクンと鼻を鳴らし恐る恐る彼女は口をつける。
あ、マズル長くても人と同じように飲めるんだ……。
「さて、今日はどういったご用件で」
「選抜の件だ。あの日、わたしの戦闘不能になったことで受けられたのは貴様だけだったからな」
声の響きからしてやはりあのことを根に持ってるのだろう。
「後日執り行った連中は全員わたしがのしてやった。B級以下は粒が小さい」
「てことはつまり」
「ああ、貴様が出場権を手にしたというわけだな」
「なるほどそりゃ良かった。でもダックスハント殿は、もしかしてそれだけ言う為に来たの? わざわざそんなご足労しなくても、書類送り付けてもらうだけで構わなかったのに」
ソーサーに音を立ててカップを戻す犬女。
「事態の深刻さが分かっていない様だな」
「え? 何か悪い事した?」
「良い悪いの話ではない。貴様分かっているのか? 認めたくもないが、S級にサシで打ち勝ったのだぞ?」
「うん、それで?」
「それで、じゃない! ゴブリンがそんな事をしでかしたという時点で前代未聞な事実にこっちは大騒ぎ! 挙句負けたわたしは……署員に恥をかきながら色々話を根掘り葉掘り聞かれたんだ! この数日、どんだけ辛酸を舐めさせられたことか……!」
「うわぁ、なんというか、ご愁傷様で」
「キサ……! ……まぁそれはいい。そんな恨み言を言いに来たわけじゃない。とにかく、それで貴様の階級の格上げが議題としてあがっている。そして、審査によっては貴様がギルドに危険生物としての判断もされかねない」
なるほど、つまり俺の下見も兼ねている訳だ。そしてダックスハントが来たのは最悪尻拭いは自分でしろ、という理由もあって単身訪れて来たのだろう。
「できれば悪い方の話は勘弁してもらいたい。確かにゴブリンだが、ちゃんと亜人としての人権を証明する物はあるし、貴族としてアルデバランに受け入れられてる身なんで、問答無用に敵対されても多分そっちが大変だぜ?」
「そこに心配の必要はあるまい。ギルドの登録者として実績もあるからな。このままいけばわたしに勝る実力を認め、貴様もS級入りで狗斬の次の格付けに当てはまる事も可能だろう。わたしが6に下がり、5番目としてそこに差し込まれる形でな」
なるほど、順位があるのか。しかも上位陣の仲間入り出来るだなんて、やったね。でも、
「ま、ありがたい話だがそれよりやらないとならない事があるんでね。そっち側には下っ端のままの方が動きやすいからさ。申し出には悪いけど」
「……初めて見たぞ、この推薦を断る奴がいるなんて。どれだけ光栄なことか分かってるのか?」
「使い走られるのは騎士団だけで十分だ」
フゥーッという、微かな鼻息がダックスハントから出た。若干安堵した感情や納得の行かなさの入り混じった物が内包されている。
パルダが茶のお替わりを用意しに入って来る。
「そこまで意思が固いなら仕方ない。わたしの方からそこは話をつけておく。もう一つ、聞かせてくれ」
「答えられる範囲でならね」
「お前のその強さは一体何だ? ゴブリンからは大いに逸脱している。どうやってそこまでの力をつけた?」
「色々あるけど、多分師匠のおかげだと思う」
「師匠?」
「そうパルダって言ってそこ--」
部屋の一同の反応は過剰だった。パルダは注ぐ途中でティーポットとカップを盛大にぶつけて大きな音を立てる。影響でテーブルに零れた紅茶に気にも留めず、ダックスハントは席を立った。
「パルダァ?! あの首狩りパルダか!? 貴様はあの御方の弟子だと言うのか!」
「え? ああ……おい急になんだこっちに来るな」
俺の両肩をがっつり掴んで迫って来たダックスハントの背後では、片付けながらパルダが必死な顔で首を左右に振っている。
どうやら彼女は自分の身元をこの犬女に知られたくないそうだ。そうか、首狩りパルダという冒険者は黒ずくめの姿でしか見せていない。だから、今この場にいる侍女がそのパルダだと気付いてない。
「今どちらにいられるのか? どおりでそれだけの実力を持っている訳だ! なるほどなるほど! 件の大会の出場もパルダ様のご修行であったのだな!? 先日の浅はかな断定失礼した! 是非わたしもあの御方の弟子にしてもらいたい! 兄弟子と呼ばせてください!」
「えっと、あの」
どうしよう? と後ろを見ても、ブンブンと首を更に大きく振る御本人。
「あー、多分あの人の事よく知ってるみたいだから分かると思うけど、見た通り寡黙な人でさぁ、俺にも何処にいるのかとか他人に教えちゃダメらしいんだよ。だから弟子をとるとか、本人の許可なく決められないなぁ」
此処にいるのか、とは言われて無いしこのままはぐらかす。
「……そう、か。確かにその通りだ。勝手に弟子が決めて良い物ではない、か」
意気消沈するダックスハント。そういや、首狩りパルダってその順位というやつで何番目なんだろ。
出口まで見送り、別れ際に俺は言った。
「一応、今度会ったら弟子入りの話、聞いてみるよ」
「はい! 是非お願いしたい。それと今更ながら、これまでの無礼をお詫びする」
最初と比べれば俺へと敬う姿勢すら見せる犬女。つまり、獣人。
あ、そうだ。せっかくだ。
「代わりと言っては何だけどさ、アンタ獣人達との繋がりとかあったりする? 今後、もしかしたら協力が必要になる時があるかもしれない。多分いずれ分かると思う。その時に良ければ」
「分かりました! このダックスハント、尽力を求められれば参上することを誓う! 兄弟子様!」
「まだ決まってないよそれ」
嬉々として走り去る彼女の後ろ姿を、俺は見送る。あの勢い、また来そうだな……
次回更新予定日、11/23(水) 7:00




