俺の騒動、酒場にて
現状、必要になっているのは1にお金。2に日銭。3と4に通貨でつまり金策だ。
あの森での自給自足サバイバルを活かそうにも、この平原になっている地域では食べられる物が殆ど無い。緑は綺麗だがサバンナ同然だ。
加えて街に出入りをするようになってから食糧は勿論、石鹸や傷薬、包帯、小刀、地図、バッグといった物を買うようになった以上、お金が無くても平気だったあの頃には帰れない。
そして俺自身のレベルを更なる上へと飛躍させる為に必須となった秘跡にだってお金がかかる。たとえその施設が慈善事業を目的にしていても、何でも無償ではやってはいけないんだ。
それと聖騎士長とのコネクトを持っているとはいえ、騎士は俺の後援者という訳ではないのでお金は自分の力で稼がなくてはならない。
魔物は倒すとお金を落とす、何て都合の良い出来事もないのでたとえ冒険者であろうと働くのだ。
だから俺は出稼ぎをする為、隣街へと出発する。目的はその街にある委託連合の斡旋所。
そこは誰にでも依頼を斡旋する……言ってしまえばギルドのような場所だ。根無し草で定職を持たない余所者でも、そこの仕事を完遂する事で手っ取り早くお金が手に入る。各地を回る冒険者ならではの稼ぎ方だ。
俺が滞在していたアルデバランには、騎士という組織の存在上そのギルドという概念が存在しない。国に関わる事は彼らが解決してしまうからだ。
とは言っても、騎士団はあくまで自国の城に関与する問題を取り払う事が最優先されるので、周辺まではさておき隣町や村にまで干渉しきれていないのが現状である。そこで各地では、傭兵なり冒険者なりの戦力で魔物退治などを主とした業務を任せる仕組みを作り上げたという訳だ。
そこで俺も何度か依頼を受けさせてもらった。最初はそうするまでに一悶着あったが、登録が済めば後はすんなり。どうやら亜人がそういった依頼の受託をしに来るのは珍しい事ではないらしい。
まず請け負ったのは解毒剤を作るのに、材料となるマンドゴドラの売買取引だった。理由は当然、たまたま持ち合わせていたから。
その時の俺は首を傾げた。マンドゴドラの根には元々解毒作用がある。何故わざわざ調合するという二度手間を行うのだろう? と。
理由は後々分かったのだが、要するにギルド側や商人が無知という訳ではなかった。それは彼等の商売の収益を守る為。
マンドゴドラ自身を解毒用に出来る事を知る冒険者はあまりいない。加えてそれを広めるような親切な連中でもない。調合する事で薬になると思いこんでいるにわかには、それを材料にした解毒剤という事で売るのだ。此処まで言えば分かるだろう、えげつないのだ。
そういった依頼で日銭を稼いで人並の事は色々出来るようになった。宿には泊まらない。基本的には野営。ゴブリンは睡眠時間が少ないので、人より長く活動していられるので夜営だと都合が良い。
本日も同じように外出する俺だったが、その前になけなしのお金を払って秘跡を行っていた。つまりレベルリセットだ。道中で魔物と闘い、経験値をためる。
この辺りではモグラの混じった齧歯類。モグラットという魔物が頻繁に現れる。40センチもあるネズミだ。
奴等はすばしっこくて執拗に襲って来る割に、敵わないと見るやすぐに逃げ出すという面倒な奴等だった。群れの場合は、一匹を倒してる内に蜘蛛の子を散らすように姿を消す。
初期状態では殴る斬るでは簡単には仕留められない。なので最初こそ俺は闘技:崩拳で倒すスタンスでいる。その間はMP消費もいとわず、通常攻撃だけで容易く倒せるようになってから回復を兼ねて出し惜しみをするという形だ。
だが防御も相当落ちている以上、ちょっとの攻撃や囲まれると俺は危機に晒される。群れの戦闘を避け、一対一に持ち込みながら先手で倒す事を心掛けている。
成長が超が付くほど早熟傾向な俺は、もはやファンファーレも聞き慣れ、一々懐から羊皮紙のスクロールを開いて自分のステータスの変化に目を通す事も減って行った。どうせ新しい闘技の習得や特殊能力を身に着ける事もなく淡々と数値が伸びていくだけなのだから。
徒歩で街を出、休息と戦闘をやりくりしながらの移動で1日と数時間。何度か足を運んだ隣街アバレスタの看板をくぐり、一応スクロールで自分のレベルの現状を確認。討伐依頼の時に実力を把握しないとならないからな。
グレン:LV8(+4)
職業:戦士 属性:土 HP:42/43 MP:16/18
武器 黒鉄の長剣 防具 狼皮の革胴着 装飾 聖ロザリオ
体力:43 腕力:27 頑丈:24 敏捷:34 知力:19
攻撃力:36 防御力:32
うん。前回の到達時点の能力値にかなり近づいている。やはり補正は美味しいな。これで人間の近い範囲でのレベルのステータス基準と比べられれば、どれくらい改善されるか分かるんだけどな。スクロールは相手の力量を計測するまで便利な道具でも無い。
確認が終わったところで俺は街中を歩き、斡旋所へ向かう。人々の好奇の目、不審の目が時折向かうが無視を決め込んだ。入口の警備にはもう引き止められるような事も起きていない。
それと、俺は自分のコンプレックスたる容姿によって視線に敏感になっている。こう言うと変なのだが、どうも勘が良い。同じ人物からの同じ視線を感じる。
こりゃ、つけられているな。出店に寄ったりしがてら、わざと寄り道をしながらそう判断した。
だが俺も亜人である以上、人権のある立場。こんな公の場で俺を襲えば、ソイツは犯罪者だ。人混みではうかつに襲えまい。
とにかく斡旋所へと俺はささっと進入。だけど、依頼の受託は後回しだ。
連合斡旋所は業務委託の卓だけでなく、酒場も設けられてアルコールを含んだ空気で賑わせていた。
ならず者、お尋ね者、商人、冒険者、稀に亜人がごっちゃになり、そして皆入り口の俺の姿に目を向ける。が我関せずの体を繕うように、すぐに自分達の時間に戻った。広い外の世界を知る彼らにとって、ゴブリン程度では騒ぐに値しない。多少の乱闘が起きても笑い飛ばす連中だ。
「蜂蜜水ひとつね」
カウンター席に硬貨一枚を置いて座る。バーテンダーは職業意識か嫌な顔ひとつせず、軽くうなずいて裏手に回った。
俺にとっても少しは居心地の良いと思える場所。誰も味方になる訳ではないが、露骨な敵もいないのだ。
と思っていたところに、
「おう! 何とか言えや!」
花瓶の割れる音が一同を打つ。しん、と今度は長くがやの談笑が静まり返った。
俺の座ったカウンター席の奥、火を見るよりも明らかな様子で男女が揉め事を起こしている。というより、男の方が女性に絡んでいた。
「アイツ、剛腕のワイルだ」
「力が自慢の、冒険者か」
「確かLV16って言ってたな」
周囲のヒソヒソ話でいち早い情報が広まる。見た目があれなら通り名もあれか。
ワイルという名の男はスキンヘッドの巨漢で、でっぷりした体格に両腕の筋肉が盛り上がっている。上半身は胸当て以外は裸で、世紀末の世界に出てくる登場人物でも違和感が無い。
状況から見るに、経緯から見なくてもナンパだった。女の方は業を煮やしたワイルを相手にせず、昼間から葡萄酒を口にしていた。
女も女で恰好が不思議だ。異国の物と思わしき外套を羽織り、振袖に襟を帯で絞められた金刺繍の赤い漢服、満州の貴婦人みたいだ。
赤い団子状に巻かれた髪には櫛がさされ、俺は映像で見た中国の大河ドラマの女性とその姿を重ねる。
世紀末の大男と、中国の美女。そんな吊り合わない組み合わせが目の前でトラブルになっている。
「すかしてんじゃねぇぞこのアマぁ! こっちがいつまでも大人しくしてると思ってたら大間違いだぞ!?」
素知らぬ顔をしている彼女に、今にもその剛腕で掴みかかろうとワイルは息巻く。
「ヒューヒュー。暑苦しいねぇ」
利用しよう。俺はそう思って遠巻きの野次になった。
が、馬鹿にされたと分かったのだろう。こちらにギロリと強面を動かし、怒り肩に迫ってきた。
「何だぁ、お前は」
「え? あ、俺? いや、お前さんのお仲間のゴブリン、だけど?」
「アァ?」
焦り、どもった俺の返答にワイルは再度聞き直そうと声を荒げる。
「ん? あれ違った? いやーすまんすまん。てっきりオークだと思った。その三段腹」
予想だにしない指摘を受け、世紀末の男は硬直する。見守っていた周囲もおいおいアイツ死ぬわ、みたいな顔をして後ろに下がる。危険察知はお手の物か。
「俺の知り合いにそっくりなのよー。そう、オークなんだけど。という事は人間だったの、うっそマジでー? あっもしかして、アンタがオークに似ているというよりオークがアンタに似てたのか?」
「……て」
ぶるぶるとわななく様子を見て、俺はタイミングを見計らう。
「良いじゃないの美女と野獣。って思って応援しようと思ったんだけど、ごっめーん。まさかただのデブ」
「テメェエああああああああああああああああああ!」
俺が言い切る前に剛腕のワイルは爆発した。ゴブリンに虚仮にされるなんて経験、そりゃないよな。
当然、襲い掛かってくるのを見越して俺は飛び退いた。こんな野郎に後れを取る俺ではない。此処で鮮やかに、
「いやーん。この人こわーい。おうちに帰ってママとお部屋で寝るぅ」
逃げた。人の中を駆け抜け外に出て、全力疾走で街を走る。次いでワイルの怒声が背中から追ってきた。良いぜ。一緒にダイエットでもしようぜ。
彼からの逃走劇の最中、酒場にまで付いてきていた視線はようやく感じなくなった。