俺の稽古、竜人の師
早朝、柔らかな陽光が差した寝室。昨日干したばかりのシーツは未だにふかふか。本来ならばゴブリン如きが占領するのも冒涜と言わんばかりの手入れのされた毛布を押しのける。
腕を組んで関節を曲げる。
「朝だぞアディ。トリシャ。起きろ」
川の字で寝ていた二人にも連動して、捲り上げた布団が奪われた。
「……ぬ、う。あと、十分。十分で、体温がもう少しー……」
変温動物じゃないんだから、いや竜人だから気温に左右されるのか。
傍らにいた少女はむくりと起き上がった。
「……ふわぁ。おはよパパ」
「お前はママと違って早いな」
「まだ婚約者なんでしょ! まだ!」
「おい、娘が先に起きたぞ。支度しないと遅刻だぞ?」
「…………あと、二十分」
「伸びてるじゃねぇか」
駄目だこりゃ。意固地な我が娘の切り替えは上々なのにな。毎朝のことながら、アディを起こすのは骨だ。
朝食を済まして外に出てると、中庭ではパルダが陽射しが強くならない内に除草作業をしていた。
おい、竜人はこっちの大陸の気温が低いのに影響されて活動が鈍るとか宣って今も寝てる奴がいるが、こっちは普通にせっせと働いてるぞ。
「おはようございまする」
「お前の主君どうにかしてくれ。いつか冬眠するんじゃないか」
「それは旦那様のお仕事ですよ」
「おや冷たい」
「だから温めるのでする。もう少しで終わりますので、それからいつものでよろしいですね?」
「それまでは筋トレしてるよ」
俺のレベルは今ようやく30代に入ったところだ。著しい成長はこちらの土地での下級魔物では微増が関の山だった。
だから、今はレベルの上昇より土台の強化に勤しんでいる。何せ俺の従来のレベルを越えるためには、毎度そのレベルを初期化しなければならない。強大な経験値が見込めるタイミングでも来ない限り、弱体化するのはリスキーというもの。
そうして日課の鍛錬を始める。一言で言うなら、組み手だ。パルダは、今の俺の師匠である。
素手で構える両者。緑のゴブリンと白の竜人。俺は拳。彼女は手刀。
「それではいけません」
「--うぉ」
指先の突きに真裏にのけ反ると、回避の手段にダメ出しを受けた。
「何度も言う様ですが、敵からの攻撃の度に視野を逸らしては次の攻撃への対応に遅れます。最小限、態勢を崩さない上での回避が重要です」
「言うのは易し、って言葉を知ってるか? 格闘のプロだから出来る話だ」
「その次元に立つことが生存の確率を上げるのでする」
蹴りで距離を離そうとするが、彼女は意図に乗らない。間合いに纏わりつく。続いて徒手の連打。
硬御で対応しようと身構えると、尖らせた手のひらを開いて俺の腕を掴んだ。
「うおおおお!?」
「これもです。防御を意識するあまり、やはり態勢が疎かになります。そうなれば、貴方は防御闘技以外の手段に防ぐ手立てがなくなってしまう。それは弱点となりえます。関節技で締め落されたり、首を回して折られたりと」
ぐるんと投げ倒された。合気道の様に。
俺を立ち上がらせると、パルダはようやく元の位置に立つ。
「こうならぬ様に対応していく動きが要求されるかと。仕切り直しです」
「やられる前に、やるとか--どうだっ」
今度は俺が責めに向かった。ステップで距離を詰め、多連崩拳がパルダの全身を狙う。
崩拳の性質として、威力に段階がある事を俺は把握していた。
格ゲーで言う、弱と中と強といった区分けだ。昨日のチンピラに打ったのも弱の段階。今もその最弱の威力で速射する。パルダは竜人。耐久を考えればこれくらい大丈夫な筈だ。
だが、耐える以前の問題だった。全ての崩拳が、彼女には届かない。紙一重で躱された。
そして返す刀に細い腕が風を斬る様に伸びる。そのままぴたりと俺の首元にあてがわれた。
「うっ」
「今、闘技で防御出来ておられましたか?」
「……いや、ノーガードだった」
彼女の掌底は白鱗で逆立っている。そのまま押し引けば、俺の頭部は落とされるところだ。
パルダがもし俺の敵であったのなら、一体幾つの命が必要になるのだろうか。
人型のスペサルテッドを圧倒できたのも、スペックだけの相手だったからだ。達人級であれば、この通りまるで歯が立たない。
自分の中の課題が浮き彫りになっていく。
「出過ぎた真似を」
「いや、凄く参考になった。感謝するよ」
レベル上げもさることながら、俺は戦闘技術としても非常に鍛えて貰える実感があった。恵まれている。恵まれ過ぎている。
「そろそろ今日の稽古も終わりだな。仕事があるからね。だが、最後にもう一つ試したいのがある」
「はい、何をなさるのですか?」
「見てろ」
両腕を交差する。魔力を引火させて、その手に業火を纏う。
「ただの付与、の様ですが」
「此処まではな」
その出力を、更に引き上げる。もっと、規模を広げる。
「なっ--」
「この前アディに借りた神炎を使ってて、思い付いたんだ。これを、使ってもいいか」
「……ど」
武者震いをする竜の少女。わずかに、その顔に好戦的な物が宿る。
「どうぞっ」
中庭で、小規模の爆発が起きた。
「何じゃ何じゃ!? 朝からとんでもない音立ておって!」
ようやく目覚めたアディが屋敷から飛び出してきた。
「……な、何でもねぇ」
「そんなわけなかろう! どうしたらこんな有り様になる!?」
うつ伏せで倒れた俺の目先には爆心地があった。周囲の地面が焦げ付いている。
ヤバイなコレ。被害もさておき、魔力消費が今までとは比べ物にならない。だが、俺の次の段階への確かな手応えを掴んだ。この手で、間違いなく。
その先、元々いた所から距離を離れて場所では、僅かに衣服の黒ずんだパルダが息を荒くして立ち竦んでいる。
「コレなら、確かに……!」
「パルダ、何があった。申せ」
「えっと……新、技の試みを……」
その後庭を燃やしたことを叱られた。休みたかったが、そのまま城まで無理矢理連れてかれることになった。その道中である。馬車を走らせているとアディが話を振って来た。
「ところでオブシドとも話したんじゃが、そろそろ拠点での活動も次の段階に進めようと思う。村も他の亜人を受け入れる土台も出来た頃じゃしな」
「次の段階? 何をするんだ?」
「広報じゃよ。周辺諸国にも、儂らの存在と行動理念を知ってもらう事。そして国に縛られぬ他の亜人勢力を呼び寄せる二点が目的かのう」
「ええ? そんな一気に動いて大丈夫か?」
口で言うのは簡単だが、それには相当な壁がいくつもある事は俺も重々承知だ。
まず、竜は人間達にとって敵としての認識が色濃い。過去に街を襲ったドラゴンや魔物として扱われる例が多い事が原因だ。コンタクトのやり方を間違えて下手に知れ渡れば、コルト村の竜人達は人類の脅威としても捉えられかねない。そうなればアルデバランの後ろ盾があっても厳しいだろう。
そうした危ない橋を渡った上で、亜人達を突き動かすというのも各国としても容認し難い危険性を孕むのだ。だからこの案件は慎重に運ばなければならなかった。
「それだけ思い切り踏ん切れる程の恰好の機会がある、って認識で間違ってないんだろうけど」
「そうだのう。宣伝するのに丁度いい行事が近日中にリゲルの街で行われる」
荷台の上でアディが俺に一枚の紙を手渡した。受け取り、目に留める。
「武闘大会?」
「各国首脳がこぞって傭兵や冒険者等のフリーで有力な戦力を選別してあわよくば契約保有しようと来日する大事な行事じゃ。実力に自信のある者なら亜人を問わずやって来るんで、儂らの目的としても都合が良いじゃろ?」
「あのさ、それすげぇ嫌な予感がするんだ。もしかしてのもしかして、もしかしなくても」
「お、察しがええのう」
にこりと微笑みながら言い加える。
「グレンにも出場して貰おうと思っておる」
「やっぱな! そうなるか! 何で? 俺出る必要ある!?」
「おぬしは何処でも目立つであろう? そこを逆手に取ろうと思ってな」
アディは俺を客寄せパンダにするつもりらしい。出場して、注目を集める為だろう。
「それに国の強豪を相手にするぐらいの気概でなくては反逆者との闘いは望めまい? おぬしだって今朝もボロボロになるほど修行しておるのじゃろ? その成果を発揮するのにも恰好の機会ではないか?」
「別に俺は力を誇示したくて鍛えてる訳じゃないよ。余念が無い様に俺も鍛えてるだけだ」
「男ならこういう事に興味があると思っておるんじゃがのう」
「パルダとかどうだよ?」
「私でございまするか?」
「うん。紅一点で実力も折り紙つき、優勝狙えるんじゃないか?」
「いやパルダは反則じゃろ。儂らは優勝が目的ではない。目立って人々の気を引く事じゃ。そういう意味でも領主としてアピール出来るであろ?」
「領主が選手、ってどうなんだよ。うーん、俺が出てもなぁ」
難色を示す俺の呻きにひそひそとアディは見方を変えてみろと促す。
「儂らの未来が掛かっておるんじゃ。おぬしやトリシャだって、その痣を取り除かねばならぬ。時間だって限られておる。手段を選んでおる場合じゃ、なかろう?」
「……そういう言い方されると、弱いんだけど」
「アバレスタの依頼斡旋所に行けば冒険者枠で登録申請が出来るらしいぞい。期限もあるから早めに越したことはないぞグレン」
これはどうも、中々押しの強い人を俺は選んじまった様だ。
次回更新予定日、11/11(金) 7:00




