俺の盃事、竜王との誓い
トゥバンを出発する日時は明日に決まった。様子見として第一陣の竜人の兵達とルメイド大陸を海で渡る。
空から大勢で飛んで行けば、向こうの人間達に大きな混乱をもたらす。だからアルデバラン王国に近い沿岸から上陸する案が採用された。
小規模ながらに往復して竜人達を徐々に送って来るのが一番波風を立たずに済むだろう、というのは一応俺の提案だが特に問題も見受けられない様なので、異議の申し立ては無かった。
そして出発の前夜、王城にある露天風呂に俺は一人で浸かっていた。ここは普段から巨大な竜王が入れる様、幅が広くて人間100人が平気で収まりそうだ。その真っ只中にいれば当然面積がかなり余って物寂しい。
腕の怪我も包帯が取れ、もうお湯に浸しても沁みないくらいには治って来ている。トゥバンの薬草は中々効くみたいだな。
「ハァ。まさか俺なんかがねぇ」
話し合いの結果、俺の命を蝕む呪いが解けるまでは籍は入れないという事になった。この数年の猶予で間に合う保証が無いので、まず婚約という形で落としどころとした。全てが終わったら、竜姫アルマンディーダと結婚する。それはつまり竜人の王族の身内になるそうだ。
それでも未だに信じられなかった。ゴブリンとなった俺に、伴侶となる相手が出来るだなんて。
告白が過ぎ去った今も悶々して湯でぶくぶくしている最中、湯船にずかずかと巨体の影が俺の前に差し迫る。
「おうお邪魔するぜ」
「ぶ!? 竜王!?」
しぶきを立ててどっかりと座るペイローン王。竜王の隣にいる以上、同伴する事になる。
「き、傷はもう良いんで?」
「ああ。もうバッチリよ」
赤き鱗に覆われた腕で力こぶを作る。恐らく7割ぐらいが竜の形態で俺より何倍もデカイので、のぼせて倒れられた日にはたちまち押し潰されるだろう。
「お前とは男同士として話して置こうと思ってな」
「はぁ、男同士」
「とりあえず、ほれ」
持ってきていた湯桶--俺が乗れそうな大きさだ--から樽の様な太い熱燗を取り出し、自分用と思わしき大きな盃と平均的な盃をちょろちょろと器用に注ぎ俺に差し出した。
「盃を酌み交わそうじゃねぇか。お前は俺の義理息子になるんだからな」
「えっと、まだ、予定ですが……」
「んなの一緒だろ。イケる口か?」
「普段はあまり」
「そうか、気ィ付けろ。アルマンディーダは酒豪の中でもワクの域だ。理由も無くなったし飲まなくなるたぁ思うが、尻に敷かれねぇ様にな」
ワク? ワクってなんだ? 戸惑いながらも俺は彼女の父親でもある竜の王と盃事を交わした。
「そういやおめぇ、アイツの事アディって呼ぶんだって?」
「あ、彼女に愛称を付けるって話になった時にたまたまそう呼んだら、本人がすこぶる気に入った様だったので」
「がっはっは! 聞いたとは思うが俺の親父--先代の竜王が引退してからよ、娘を直々に教育に関わっててな、親父が小さかったアイツをそう呼んでたんだ。偶然にしちゃ良く出来た話だな」
湯船に長らくいるせいなのか、酒気のせいなのか、熱に浮かされた様にぼんやりとする。俺以上に何度もぐびぐびと酒を呷っているペイローン王はまるで堪えた様子もなく、上機嫌で口を動かしていた。竜人そのものが酒強いんじゃないかこれ。
ああ、こりゃ明日は二日酔い確定だな。そんな事を呑気に考えながら、俺は竜王の会話に合いの手を入れていた。
「昔からアイツはジジイに手塩に掛けられてたせいでよ、言葉も趣味も年寄り臭くなっちまった」
「あー牙駒棋とかっすね。俺も何度か指しました。最初はボコボコにされましたけど、今は良い勝負してますよ」
「おお大したもんだ。不器用な俺じゃまるで話にならなくてよ、めきめき上達した今のアイツにゃ全く勝てなくなっちまった」
豪快に高笑いする王。高価そうな酒が湯に飛び散る。そんな事も気にした様子もなく酒を勧める。
雲夜から月が時折隙間から顔を出す。そんな空の下で語らうには最高に適していた。
「祖父っ子だったアイツと俺に一番似ていた筈のスペサルテッド。俺がもっとしっかりやれてりゃ、二人もこんな殺し合う様な結末にはならなかったかもしれねぇな……」
「ペイローン王のせいじゃないですよ。殿下は、自分の足で道を踏み違えたんです。けどそれも貴方の手を借りずに己で動かすべき足だった。つまり誰であってもどうしようも無い事だったと思います」
「……へっ。慰められちまった」
王にだって心がある。アルデバランの国王にだって恐れや愛娘への愛情があった様に、竜王もまた傷心を残している。
「湿っぽいのはよした方が良いな。それより先の明るい話と行こうぜ」
「明るい話、というと?」
「そりゃ決まってんだろ。ゴブリンと竜人という組み合わせは今までにないからな。どちらに偏るのか分からないが、俺の初孫にもなるわけだ。楽しみが出来たぜ」
「そ、それってつまり」
ニヤリ、と親父さんは笑う。
「子供だよ子供。王族に関わるんだ、これも大事な話だろ? もしかしたらいずれは次の王になる可能性がある。ちゃんと子づ--」
「何を話しとるんじゃこのエロ親父がッ!」
スパコーンという響きの良い効果音を立てて、竜王ペイローンの後頭部を何かが直撃する。俺じゃない。落ちて転がったのは木桶だった。
「黙って聞いておれば妙な事を吹き込もうとしおって! 余計なお世話じゃ馬鹿たれ!」
「がっはっはっ! 聞いてやがったのかアルマンディーダ」
女性側と隔てる仕切りから、身体を乗り出していたのは竜姫アルマンディーダ。数メートルの高さからして飛んでいるのだろう。こちらに対し、顔を真っ赤にして唸っている。
湯編みを巻く以外は一糸纏わぬ格好の彼女。白い肩や鎖骨が露となり、普段の露出の少なさとのギャップが……
口元を手で抑える俺を横目に、ペイローンはからかうように言う。
「オーイ、婿殿が困ってるぞー。それとももっとサービスするかー?」
「やかましい! 儂はもう出る! 早くグレンを解放せんか!」
噛み付くように吐き捨てた後、すぐに顔を引っ込める。
「くっくっくっ、照れてやがる照れてやがる」
どう答えれば良いのか分からずに困っていると竜王はでも、と続ける。
「あんなに感情を表に出すアイツを見たのはいつぶりだろう。此処まで延び延びとしているところなんて、これまであり得なかった。それもお前さんのおかげなんだろうな」
「俺は、そんな大した事してないすよ」
「だが他の誰もが出来なかった事だ。単に命を救うだけじゃ出来やしねぇぜアレは。だから、誇れ。そして」
湯の中で改めて俺に向き直り、居ずまいを正して頭を深々と下げる。
「どうか、娘をよろしく頼んだ。お前さんを男と見込んで」
此処はしっかり答えるべきだと、俺も腹を決めた。謙遜は失礼に当たるという、シャーデンフロイデの言葉が脳裏によぎる。
「こちらこそ、娘さんをお預かり致します」
まだ湯に浸かるというペイローン王を残し、俺は先に湯船から上がった。その時近くの仕切りの方から息を吐露するのが聞こえた気がした。
クスッと、心なしか微笑をこぼす様な音だった。
そんなこんなで翌日。酒もチビチビと飲んでた影響か、二日酔いになる様な事は無かった。それとも良い酒では悪酔いしないって話もあるしそのおかげか?
城内から竜馬と荷車が何台も出て、トゥバンの大通りを行進する。俺達が一度トゥバンを訪れる時の数を何倍も誇った。当然だ。俺達に加え、竜人の兵を役30名含めた大移動になるからだ。
通過する城下町からはパレードの様な見送りが待っていた。竜人達が先頭を行く俺達に民から様々な声援が送られる。
感謝や励まし、そして何より、
「グレン様ーッ姫様を頼んだぜー!」
「おめでとー!」
「お幸せになー!」
「グレンー! 姫様ー! お元気でー!」
「いや気が早ぇよ! まだ結婚してねぇから! オメェら何お祝いムードになってんだー!?」
余計な祝福まで受けながら、俺達は十数日に渡って滞在したトゥバンと別れを告げた。
褒美や土産も要望でかなり色を付けて貰ったので何名かはホクホクしている。
「で、港に行かずに別の場所から船を出すって言ってたよな」
「そりゃあのう。この人数を儂らが乗って来た船だけでは全員は到底乗らぬじゃろう? もっと船を借りねばならぬ。船を引く竜もな」
「船を引く?」
確か、手筈では海と深く関わる竜人の一族と提携しての渡航をするんだっけか。
赤や白に黒と来て青か。如何にも水を統べる竜人なんだろうな。
「青の一族は、代々このドラヘル大陸の海域を守っておってな。決められた海路以外から侵入する船を追い払う役目も担っているのじゃよ。それで今まで外部の人間達からの不可侵領域を作っておった。人は彼等を聖域のレヴィアタンとも呼ぶがのう。あ、ちなみに食事に出た魚が仕入れられる出元もそこからじゃ」
そういや、船に乗ってる時もそんな感じの単語を聞いた様な聞いてない様な。
「兎に角南に向かおう。ただし機嫌を損ねない様に気を付けよ。あやつは、儂らと違って中々気難しいからのう」
「機嫌を損ねると、どうなる?」
一考した後、竜姫は言った。
「海の藻屑になるやもしれぬ」
「物騒だな!」
次回更新予定日、10/30(日) 10:00




