俺の動揺、謙遜の短所
元反逆者、飢喰のシャーデンフロイデは語る。
転生者という話を具体的にはぼかしていたがこの場で最低限の情報を周囲に広めた。反逆者とは、何者かが心の闇を広げた所を教唆し、そうして堕落した人間が変貌した存在である事。
そうした者達が世界で混乱を起こし、やがて予言という形で未来に危険を招く警鐘がなされている事。
今回のクーデターもまた、反逆者が関わっている事で予言として含まれていた事。
加護を切った影、月の殻と鳴動せしめる
災禍は六度、地の子に降りかからん
一は天の王の息吹、小さな土を焼く
二の死の夜、地の子を収穫せん
三こそ堕ちた蛇、呪いを食らわんとのたうつ
四も天の王、虫殺しの吐息を吐く
影、自ずと加護の欠片に問いかける
五に灰の雨、終末の角笛を吹かん
そして六に、地の子に代わりて影の子は受肉する
六度の影を貫く地の子、勇ましき者なり
采配を振るうは天に座す王、降す者なり
加護もまた、新たに影を導かん
予言は実現して来ている。今は、四番目が起こった。つまり今後もこういった混乱がまだ続く事。それはまた竜人達にも影響を及ぼすであろうという事。
最後は恐らくシャーデンフロイデのこじつけだろう。まぁ、人類の危機という意味では亜人も含まれるやもしれないが。
「そう、か反逆者とやらが」
長い顎に手をやる竜王の眼に、強者としての光があった。声音も、微かながらに低くなる。
「馬鹿息子を唆したって事か。どうやってか知らねぇが、神炎の抜き取り方も教えてな」
「可能性の話だがね。予言で挙げられている以上、無関係ではないのは確かだろう」
子竜はトリシャの頭上で含みを持たせた物言いで竜人達を焚き付けた。反逆者への敵意を向けさせるために。
「しかし吾輩はその情報の取引で、殿下に従う角折れの黒竜フェーリュシオルを使ったのではないかと踏んでいる。予言の最初に起こった、人間界への強襲は」
被害者でもある聖騎士レイシアは、俺の隣で黙りこくって聞いていた。直接手を下した輩の仇は討ったが、憶測とはいえ諸悪の権化がまだいる事にどう思っているのだろうか。
「それで提案がある。吾輩達は反逆者に対抗する為、勢力を増やしていくつもりだ。同じ目的に向けて、人間も亜人も分け隔てなく共に闘える……いわば同盟友軍の設立だ」
「ちょっと何口走ってんのシャーデンフロイデ!? 俺ら別にそこまでは--」
待ったをかけるも、竜人達の耳を塞ぐにはもはや遅かった。彼らの闘志に、火をつける。
「なるほどな、その加入が所望って訳か。戦力の提供をよ」
「これは要求ではない。あくまで申し出だ。諸君らの国に煮え湯を飲ませる結果を引き起こした輩への報復の提案だよ」
「がっはっはっ! 上等上等。願ってもねぇ」
王座から立ち上がり、治りかけの傷の事などお構いなしに高々と宣誓した。
「竜兵の一部をお前達に付す事を約束する! 一体でも人間と比べれば百人力だ! 数日中にルメイド大陸に迎える志願兵を集わせよう。それでどうだ? 饒舌な小さき竜よ」
「願っても無い。竜王の厚意に感謝を述べる」
王と子竜が温度差は違えど一緒に相好を崩す。勝手に話を大袈裟に進展させやがって。
「どういうことだこの野郎」
「どうもこうもないと思うがね。必要過程だ」
部屋に戻った俺は、一対一で奴に問い詰める。しかし本人としては何の悪びれる様子も無く、俺に答えを返して来た。
「彼らは君が体験した様に味方にすればとても頼もしい戦力だ。引き入れるのにこしたことはない」
「だが俺はこの前言ったよな? ダメだと、はっきりと。トゥバンに迷惑かけてまで無理やり勢力を増やす気は無いと言った筈だ」
「それはクーデターが起きる前の話ではないのか? 今、彼等も反逆者への立派な被害者になった。充分彼等も戦力に加入する口実になると思うのだがね。それに確かに吾輩は好きにすれば良いとは言った」
腕を組んで聞いている俺に対し、ベッドの上で二足立ちする子竜は自分を指差しながら続ける。
「ならば吾輩も好きにさせて貰ったまでだ。聞き間違えてないだろうね? 別に吾輩は戦力の提供を求めたわけではない。一緒に反撃に出てみないか? と申し出ただけなのだよ」
「屁理屈にも程がある。お前が煽ったんだろ」
「だが、知らせぬというのも酷な話ではないか? 国を乱したのは反逆者の手引きがあっての物だったと」
一見公平で客観的で、まともそうな理論をべらべらと喋っている様に見えるが、その実それは利己的で自分本位な目的で謁見の場でも口を開いていただけだ。
全ては、自分を反逆者へと堕とした者への復讐の為に。
「しかし悪い話ではないだろう。彼等に必要なのは傷心を癒す時間ではない。それでは泣き寝入りするだけだ。奴を探す事を諦めていた吾輩がそうだった様に。それに君……」
「それに? 何だよ?」
何かを言い掛けたシャーデンフロイデは、突然失言に気付いた様に押し黙った。だがすぐに口を開く。
「……何であれ、反逆者はいずれ大陸全土も混乱を及ぼす存在であると以前も話した筈だ。もう、人間や吾輩達だけの問題ではないのだよ」
他の何かを切り出しそうになった所が垣間見えたが、奴はひた隠す。何を話そうとした?
「そんな事よりグレン・グレムリン。君にはもっと他に悩むべき事があるのではないか?」
「お前の爆弾発言より俺が気にすることなんてあるのかよ」
「どうする気なのかい? 竜姫アルマンディーダとは」
「ぶごっ!?」
ゴブリンなのにオークみたいな鳴き声で吹き出してしまった。明らかな動揺を見せてしまった事で、シャーデンフロイデは攻勢に出た。
「ふぅむ、君にはまだ不測の事態にも揺れない様な心掛けが必要だね。胸中が安定していない証拠だよ。このまま優柔不断なままでいるとこの先苦労するぞ」
「な、何でオメェがその事知ってんだよ!?」
「水臭いな。吾輩に相談も無く未来の英雄にだけ話を求めるなどとは。彼よりも信頼が無いとは心外だ」
この前までは敵同士で殺し合っただろ。いや、現在も敵対はしていないが完全な味方だと思っていない。あくまで呪いを俺が解く為の取引相手。反逆者を迎え撃つというのも、コイツが提示する条件だからだ。
「愛されたいという要求は、自惚れの最たるものである。君の心情を表すのなら、これがまさに適切な言葉だ」
「いつからドラゴンから詩人に鞍替えしたんだ」
「有名な人間の遺した台詞を借りただけだよ。いいかねグレン・グレムリン。吾輩にはこれでもかつては妻帯者でいてね。すべからず人間観を持つ、男としては立派な相談相手になりえると思うのだがね」
「その成りで説得力ねぇ……。もう間に合ってるよ」
結論は正直出ていない。だが、こんな物は所詮痴情のもつれってやつだ。いずれは何処かで落としどころが来る。その時に決めれば良い、と今は思っている。
「では年配者として一言だけ」
「いや頼んでねぇよ」
「君はゴブリンとしては自分という物をきちんと客観的に捉え、潔く身の程を弁えようとしている。それは称賛に価するよ。転生者として人間の心を持っておきながら、そこまで異形としての自分に折り合いをつけられた上で人との交流をしようとするのは並大抵の労力では無かっただろう」
「だから大きなお世話だって……」
「しかしその反面自己評価が低すぎる点が否めないな。勿論仕方ない話だ。だが、逆に周りに失礼だと思わないかね?」
「何だと?」
俺の神経が逆撫でされた。俺がまるで、その諦観してる事が悪いみたいな物言いだったからだ。
「何事も塩梅だ。過ぎた謙遜は嫌味にしかならないのだよ。それではありのままの君を理解して受け入れている者達が、君自身が思う醜いゴブリンに付き従おうとする愚かな人間である、という意味にも繋がる事を理解して置きたまえ」
「何を大袈裟な……」
コツコツと、話を遮る様なタイミングで部屋の外からノックがあった。俺は咳払いの後、普段通りの声音で応える。
「はいどうぞ」
「お邪魔、してしまいましたか?」
恐る恐る申し訳なさそうに入って来たのは竜人パルダ。ヒートアップしかけた所で良い感じで止めに入って来てくれた。
「良いよ良いよ。何かあった?」
「実は、竜王様から今一度お呼びになられておりまする」
「ペイローン王が? 分かった皆を呼んで来るから」
「いえ、それが、グレン様お一人をお呼びに……」
俺だけ? と尋ね返すと、彼女は二回頭を縦に揺らした。
数十分後に再び謁見の間に戻って来た俺を待っていたのは、竜の王族とその付き人達。兵士達は引き下がらせていた。
「度々ご足労をかけたなグレン」
「あー、名前を憶えて頂けた様でペイローン王」
「そりゃそうだ。恩人の名前も分からなきゃ無礼ってモンだろ。……で、お前さんだけを呼んだのはなぁ、ちょいと話がしたくてな」
「話? 俺に? 個別で?」
「ああ。まぁ悪い話じゃねぇ、相談だ。そう、ある意味大事な相談ではあるが……」
やや歯切れ悪く言いながら、竜王は額を掻いた。それを見かねてか、傍にいたアルマンディーダが前に出る。
「グレン、おぬしも今回の王位の騒ぎは存じておるな? 現状、再び父上にその座は戻った。じゃが、今後の話をまだしておらんかったじゃろ?」
「そう、だな。どうなるんだ? お前、継がないって言ってたろ?」
「うむ。このまま何事も無ければいずれはガーネトルムが王になるじゃろう」
横に控えているアディの弟、ガーネトルム殿下がこくこくと頷く。
「気骨が足りねぇが、民を想う気持ちは俺やアルマンディーダに負けてねぇ。スペサルテッドと同じ轍を踏まない様に竜王として相応しい器になる為、これからもっと学んで貰うつもりだ」
「が、頑張ります!」
それは何となくそうなるだろう、と俺も予想はしていた。まだあどけない少年だが、きっと良い王様になってくれる筈だ。
でも、まさかその事を伝えるのに俺だけを呼びつけたのか? わざわざ他の兵を退き払ってまで?
「それで、だ。アルマンディーダの方の話になる。王位を考える必要もない--非常時は例外だが--コイツも今回のルメイド大陸に行って貰う事になった。竜人の中で土地柄や人間を良く知っている娘が行った方が融通が利くからな」
「付き人のパルダも一緒じゃ。オブシドも行く手筈になっておる。今回の騒動の罪滅ぼしをしたいそうじゃ」
恭しく、白と黒の竜人達が頭を下げた。パルダの姉トパズが肩を竦める。
「という事は残った私が二人の分も埋め合わせをしないとならないんだよねー、まいったまいった」
「おめぇ今回も大して頑張ってねーじゃねぇか。その分働けバカ野郎」
「ええー」
「全く、怠け者を動かすのも億劫だっつうの」
不平を表に出す侍女に、竜王は溜き息を吐いた。
「でだ、グレン。どうやらお前は人間の国とも太いつながりを持ってるらしいな。そっちに向かう竜人を受け入れて貰える様に優遇して欲しい」
「小国だし、そんな大それた立場じゃないっすけど、それでも良いなら引き受けますよ」
「そうか、助かる。それとだな」
ついでの頼み事をするような軽さで、竜王は言った。
「代わりと言っては何だが、お前、ウチの娘を貰ってくれねぇ?」
俺の平常心が、とんでもなくグラグラになった。
次回更新予定日、10/24(月) 7:00




