俺の弱点、発見
猛攻だった。細い身体からは想像だにしない剣撃が巻き起こる。
実戦の中でそこそこ鍛えられ、さりげなく自信を持っていた俺であったが防戦一方だ。
くっころ騎士の太刀筋は嵐のようだった。それでいて魅せられる程見事な動き。人という枠でもかなり素早い部類に入る。
恐らくは鍛練一筋の研鑽だったのであろう。無駄が無くそれでいて正確で、一朝一夕で剣を持っている俺の技量とは比べ物にならない。
だが俺だって命を懸けた闘いを日夜繰り広げているゴブリンだ。相手の尖っている物に対していちいち競っていてはキリがない。剣の上手さが相手の強味なら、こっちは実戦経験で補ってやる。
「硬御!」
闘技を使い、俺は自らを無防備に晒した。剣を降ろしたこちらの意図に驚き、くっころ騎士の剣は乱れる。が、一太刀入る。
それが堅い金属を斬りつけたような衝撃、己の刃を弾かれたくっころ騎士はさらに瞠目していた。ニヤリと、俺はしてやった事に笑う。
闘技:硬御をすぐに解除し、頭上にさまよう手にあった剣を突き上げた。くっころ騎士の得物が空に舞う。
「汚いぞ!」
「スポーツをやってんじゃないんだぜ?」
同じ土俵ばかり意識していては実戦じゃアウトだ。剣一筋なら彼女は剣を奪われた時点で、負け。
と、そんな俺の予想は裏切る。
「ならば!」
得物を失ったくっころ騎士は、その手甲に覆われた手を前に突き出した。そして、手のひらからなんと光が浮かぶ。
「雷天撃破!」
詠唱と同時、その光が稲光と化し、雷撃として迸る。
俺が、この世界で初めて魔法を目にした。ていうかあったんだ、魔法。
なんて呑気に構えていられず、俺はその閃光を前に慌てて硬御を使った。
これで防御力は維持している間、レベルに比例して強化される。LV11だから相当硬度な鎧にもひけを取らない。そう思っていた、が。
「あばばばばばばばばばばばばばばばば!」
俺の期待も見事に裏切られ、全身に強力な電流が回った。数秒間感電した俺は、そのまま芝生に倒れ込む。
硬直しながら、煙を吐いていると。
「中々の健闘でしたグレンくん。しかし残念。彼女は剣の腕もさることながら魔法も幾つか使えるんですよ」
図ったなハウゼン。眼下で俺のやられっぷりを堪能した聖騎士長は、いやらしくもさわやかに労う。
みっともない敗北はさておき、俺は自らの弱点を一つこの模擬戦闘で見つけ出した。
俺の硬御は、あくまで物理攻撃に対して有効で、魔法攻撃には全くの耐性が無い。
魔法使いの類いは俺にとって天敵という訳か、対策も考えないと。
「おい貴様、何か二の句はあるか」
草の上に寝ていた俺の喉元にくっころ騎士は剣を突きつける。負け惜しみは無い。今回は魔法という面の予測が完全に抜けていた事と油断があった。
実戦でないから、という言い訳も考える。だがたとえばその後、崩拳でその胸当て鎧を思い切りへこまそうとしたとしよう。紳士な俺は相手が女だと躊躇して、武器を奪ったから良いんじゃないかとどちらにしろ俺は手を緩めただろう。
「無いよ。不意を突いてもこれだから俺の完敗」
「そうか潔いな、死ね」
今度は俺の方が目が飛び出しそうな程驚いた。えっ、負けた事に言い訳はあるのか? ではなくて、最後に言い残す事は無いかって意味だったの!?
「ちょ、ちょい待ち! 模擬っつってんだろ」
「往生際が悪いぞ、死ね」
どっちにしろ末路変わんねえ! どんだけ憎まれてんだ俺!
と剣呑な目つきをするくっころ騎士を見かねてか、ハウゼンが待ったの声を掛けた。
「ハイ。気持ちは分かりますがそこまでです。貴女の為すべきは全く違う行いの筈ですよ?」
ハッとした様子で、彼女はその剣を退き鞘に戻した。逃げるような早足で、その場から立ち去る。どうやら訓練に戻るみたいだ。
「おっかねぇや」
まだ子供なのに、あそこまで険しい表情をするんだもの。俺の姿を通して、親の仇か何かを見ている様だった。
そんな想いを口にして起き上がる俺に、神父の騎士は浅く息を吐いた。
「彼女、小さい頃に両親を亡くされていますから。その原因となった魔物が許せないんですよ。幸せだった家庭を引き裂かれたのは何より、食べられていくところまで見てしまってます」
「そりゃトラウマもんだ」
「ええ。頭では理解していても、抑えきれなかったのでしょう。特に貴方は、失礼ながら亜人の類の中でも特に、外見が魔性ですから」
「それで姿からして魔物の片足を突っ込んだゴブリンである俺を見て、いきり立ったのね」
亜人だと言い張っていようが、筋道立ててきちんとした立証をしていようが、俺を魔物として見る者からすれば街へ居座る免罪符に過ぎない。見たいように物を見るとはまさにこの事。
くっころ騎士のように、俺はこれからもそういう偏見の目に晒されるだろう。亜人という名の獣。人に成りすました魔物。そういう連中は、決して俺の心を見ようともしないに違いない。
たとえ不可抗力であろうと襲われるかもしれない。俺は力をつけなければ。改めてそう思った。
「そういう境遇の奴に文句は言えない。耐えねば、な」
「しかし、悲観する必要はありません」
「何で」
「信じる者に、神はいつだって手を差し伸べます。それをしっかり掴めるかどうかはあなた次第ですが」
飄々とした態度でハウゼンは手袋に包んだ手を差し出す。それに引いて俺は起き上がった。
訓練の光景だったが、現代の軍隊のような統制のとれた厳格なものとは異なり、強いていうのならそれはそれは緩かった。
もちろんその中のくっころ騎士が弛んだ騎士に男勝りの喝を入れてはいたが、オブラートに包んで言うと自由奔放に自分の得意な武器を扱って演習をしている。決められたメニューをやるとか、毎日の練習スケジュールもクソも無い。
ま、この文化ではこんなもんか。遠目で胡坐を掻いて座る俺は、ぼんやりと眺める。
肝心の闘技ではあったが、たまに何人かがそれと思わしき動きを技名とともに繰り出している。本来よりも鋭い槍の一撃が無数の木材を容易く貫いたり、両刃の剣を握り敵を模した藁の的を一太刀で真っ二つにしている奴もいた。
結論として、国一単位での稽古とどういう実力者がいるのかは十分に見れた。そして俺が鍛えるべき要素に、方向性が違うという結論も出る。
どうやら俺は他人とは違った、もっと自分なりの成長する指針を見つけ出さねばならない。魔物もとい亜人という強みを以て、伸ばす必要がありそうだ。
「少し面を貸せ」
思ったより早く訓練が終了するなり、あのくっころ騎士が額に汗を流しながらも真っ先に俺の元へやってきた。
目立たない所で見ていた俺には気付いていたようで、たまに何度か一瞥してはいたが、まさか直接出向くとは。
騎士達の宿舎の裏口にまで連れて来られ、闇討ちでもされるやもと警戒していたが、拍子抜けな答えが返ってくる。
「すまなかった」
「んん?」
「雑念を訓練で捨て、私は冷静になって客観的に自分の行いを省みた」
直角に腰を折り、頭を下げたくっころ騎士は己の非を認める。
「確かに貴様には人並の理知があり、認めたくもないが私より賢さと信仰がある。そのロザリオが物語っているからな。それに訓練がてら、見回りをしていた隊の者から話を伺えば、特に問題も起こしていないと聞いた。どう判断しようと、貴様は亜人として何も問題が無い」
だから、排除を強行するのは間違っていたと。
何だ。頭はそこまで頑固ではないじゃないか。気に食わないからと、意地でも認めないのは自ら進歩する気もない証拠。たとえ嫌でも、向き合える奴は前に進める。そう! ゴブリンになってもくじけていない俺の様に! ……それは盛ったな。
「だが、私は魔物を一片たりとも残さずこの世から絶やす想いで騎士になった。貴様のような特異な存在は、認めがたい。それは理解してもらいたい」
「つまり、亜人の振る舞いをしている限りはもう余計な事をしませんよ、という事か」
「逆に、もし万が一浅ましき畜生に堕ちた行いをした場合、私がお前を斬る。次こそ確実に」
「へいへい。堅いよ、お前さん」
「それと、人種に関係なく貴様のようにおちゃらけた輩は嫌いだ」
うわ、謝りに来て喧嘩まで売っちゃってるよ。でも、面白い奴。
別れの言葉は無用。互いに話を打ち切り、俺とくっころ騎士は反対に歩く。