俺の飛翔、竜殿下再び
僅か、数分での天変地異の連続だった。
地平の奥から地盤の一部が浮かび上がり、悠々と背後の火山に目掛けて差し迫った。
それはロギアナ--仲間からの援護であるとシャーデンフロイデから説明を貰い、落石に巻き込まれぬ様に動き始めた所だった。
轟々と、火山の地鳴りが突発的に勢いづき、山頂から予想以上の火柱が噴きあがったのだ。夜空が、赤に染め上がる。
その莫大な炎は誰かの意思を持ったかの様に、俺達の頭上を飛び越え、浮遊する山の様な大陸を一瞬で蹴散らした。
マグマが噴出したのではない。アレは別の炎だ。
「まさか……」
雷鳴の様に、唸り声が山の方から轟いた。それはまさに怒り狂った獣だった。
--フザケヤガッテ。
そして、斜めに傾く火柱がフッと消えたかと思うと。その発祥の地から赤いシルエットが飛び立つ。
--フザケヤガッテ!
「嘘だろ……。マグマの中に落ちて、生きてられる訳ないだろ、普通」
皆が、沈黙した火山の代わりに出現したその姿を見て、声を失う。
「フザケヤガッテェえええええええええええええええええ!」
赤い鱗に覆われ、深紅の大きな翼を広げた竜が降臨した。上空で挙げた雄たけびは、聞く者を竦めさせる程に荒々しい。
竜の王子スペサルテッドは、完全な竜の姿となって復活した。生きてやがったんだ。
「神炎、神炎の力か」
茫然と、その光景を共に見ていたアルマンディーダは茫然と呟く。
「二つも有しておったから、よもや耐性を身に着けたとでも言うのか……」
「溶岩に耐えた上で、あの大岩を神炎で吹き飛ばしたってのかよ。無茶苦茶過ぎるだろ!」
俺もようやく初めて目の当たりにした神炎とやらの息吹。それはロギアナの魔法ですら度肝を抜かされたが、それを遥かに上回る人智を越えた威力を秘めていた。
こんなのが人間界に振りかかるというのなら……想像しただけでゾっとする。放たれたのが上空だったからよかったものの、進路にある物に甚大な被害を及ぼすのは明白だった。
「我が妹にして竜姫アルマンディーダに告ぐ……!」
俺達が火山の麓にいるのに気付いていないのか、スペサルテッドはトゥバン全域に届く様に高々と吠えた。
「ただちに此処に戻らねば、今の神炎の息吹をトゥバン目掛けて撃つ! 俺の元へ来い! どっちが王に相応しいかハッキリさせてやろうじゃねぇかッ! 聞こえてるんだろォアルマンディーダぁあああああああ!」
完全に理知を失くしている。既に対話などでどうにかなる域ではなかった。
いや、元より分かっていた事だった。だから俺は奴を突き落としたんだ。だが、それでは終わらなかった。
「決着を臨む、か……」
「姫様! どうなされるおつもりですか!? まさか」
「行くしかなかろう」
「だ、駄目でございまする! それでは殿下に殺されてしまいます!」
「じゃが、行かねばトゥバンは滅びる。儂の意思に関わらずのう」
どちらに従うのか決めかねているのか、竜兵達は動けずにいた。付き添われて運ばれていたオブシドが進言する。
「竜姫様。現在、王座は空白となっております。王位の優位性が五分に戻ったが故に。その為、殿下は我々を使う事が出来ないのを承知の上で決闘を申し込んだのだと思われます」
「でも、王になろうって奴がよりにもよってトゥバンそのものを人質に取るんだからおかしいだろ」
「理屈など通じないさ、この手の手合いにはな」
肩に留まったシャーデンフロイデが締めくくる。アルマンディーダは無言で両翼を広げた。
「姫様! 争い慣れていない貴方が今のあの男に勝ち目などありませぬ! ましてや向こうは神炎を二つもお持ちになられています。それで貴方様の父は、竜王は--」
「分かっておるよパルダ。しかしトゥバンを見捨てられぬ。民達の住む大事な場所じゃ」
ましてや、今のアディには竜になる事が出来ない。かつての過去と奴に縛られている。
「儂一人の問題に皆を巻き込むわけにはいかぬよ」
「いいえ、もはや貴方様だけではありませんな」
オブシドはやんわりと否定して反対の方角を示唆した。
こちらに向かって、トゥバンの方から大勢の何かの群れがやって来る。その一つ一つが、俺の体格とは比べ物にならない程大きい個体だった。
「姫様ァ!」
「竜姫様!」
「王子の好き勝手なんかにさせるか!」
「この国は俺達皆の国だ」
「王が国を滅ぼそうとするな!」
「殿下を王になど認めないぞ!」
「姫様に手出しさせないぞバカ野郎!」
数千、万にも至る竜の軍勢。竜人だ。しかも兵だけでなく、民も大挙して空を埋め尽くした。
「皆、どうして……」
「決まってるでしょ。お前さんに死んでほしくないからだろ」
国全土の竜人が、王になろうとするスペサルテッドに逆らうという前代未聞の光景。
「しかし、動きが随分早いな。どうやって一度にこんな大勢を集めたんだか」
「あの少年騎士が皆を説得させたのだよ」
「アレイクが?」
「面白い物を見させて貰ったよ。国ひとつを一人の人間が心動かす場面など、中々見れた物ではないからね」
クルクルと喉を転がして笑うシャーデンフロイデは、察してか俺の肩から飛んで離れた。
「さて、次は君の番というわけか」
「そうだな、なぁアディ」
駆け付けようとする竜人達を見上げる彼女に、俺は声を掛ける。
「味方は多い。野郎も相当追い詰められてるだろうぜ、自棄になって暴れられる前に終わらせに行くか」
「おぬしも、来るのか?」
「別に一人で来いとも言われてねぇんだ。俺も連れてけよ。大方兵達を含め、内輪の手出しは出来ないんだろうが、余所者には関係ないんだろ?」
「死ぬやもしれぬぞ?」
「そんなのお前を助け出して今更だ。俺がきちんと仕留められなかったからこうなった訳だしな」
浅く息を付き、彼女は俺に肌の白い手を差し伸べた。
それに俺の緑の手が重なった途端、重力がなくなる。
「皆の者、これは命令ではない。儂としての頼みである。民の者には見守る様にと、儂の身に何かあったとしてもけして仇討ちなど考えず、手を出してはならぬと伝えてくれ。今なら間に合う」
「もう遅いと思いますがな。兵は義務で沈黙いたしますが、民の心は貴方の方にある」
だから必ず帰って来てくれ、という言外の意を含んだ返事をオブシドは返した。
「パルダ、おぬしにも度々心配を掛けるのう。じゃがこれで最後じゃ」
終始反対の態度を取っていた彼女も、渋々折れた様で引き下がる。
「姫様、グレン様、何も出来ない事をお許しください。どうかご無事で」
「すぐ帰って来るさ……あ、これ死亡フラグ?」
そうしてアルマンディーダに連れられ、俺は火山の頂きまで空を飛ぶ。
洞窟を出た時もそうだが、竜化したパルダの背に乗った時の疾走感とは別に、ゆったりとした浮遊感も不思議な気分になる。地上を離れて皆も点になっていく。
行く手では、赤き巨大な竜が待ち構えている。そこまで辿り着くまでの道中、俺はアディに言った。
「お前、これからどうするんだ」
「どうするも何も、兄上との決着をつける」
「そうじゃない。それが終わった後だよ」
「是非もあるまい。赤の一族として産まれた以上、生き残った儂が引き継がねばならぬ。他に道は無いからのう」
「……そうか」
「だが、おぬしには感謝せねばのう。まだ儂に生きるチャンスをくれた。此処で勝てば、儂は過去と決別できる」
俺の手を握る彼女の手から微かな震えが伝わって来た。本人はまだ黙っている様だが、トラウマが残っているのは明白。
だから、俺はついてきた。パルダが言った言葉を、思い返して。
アディを勇気づけられるなら、命だって賭けてやる。そして此処で今度こそ奴を終わらせてやる。
やがて、湯気が揺らめく山頂に辿り着く。彼女は俺の足を降ろさなかった。地面の至る所では赤熱した岩があった。足場に気を付けないと火傷もしかねない為、あえて空中に留めた。
「よう待ちくたびれたぜェ」
そして、その頭上では同じ赤の一族の生き残りが待ち構えていた。
「第二ラウンドと行こうぜカスども」
次回更新予定日、10/8(木) 7:00




