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俺の帰還、白竜の決着

※視点が変わります!

 激しい鋼の激突が繰り広げられる。周囲は敵。一対一の仕合から逃れられぬ様に包囲され、その真っ只中に私はいる。

 火花が舞い、風を斬り、一瞬の油断が命取りになる程に緊迫した攻防が火山のふもとでは続いていた。

 敵はオブシデアドゥーガ様。顔色一つ変えず、淀みのない動きで、両腕に生やした鱗の刃を剣一本で相対する。


「どうしたパルダ、口先だけか」

 迷うな。自分にそう言い聞かせる。

「人間界で腑抜けていた気分がまだ抜けきっていないのか?」

 躊躇うな。己に対してそう鼓舞する。


「うッ」

 三日月のように刀身が湾曲した黒の青竜刀で私を打ち据えた。地を転がり、泥の味を経験する。

 それでも立ち上がる。まだ大丈夫。


 竜人達は堅牢な鱗を身に纏う。生半可な一撃では深い傷は与えられない。そうなれば鎧と同様、切れ味以上に打撃としての攻撃の方が有効である。

 だが竜人同士であるにも関わらず、互いに鋭利な武器を扱っている。向こうの場合、鎚のような鈍重な攻撃では素早い動きには対応しにくく、何より馴染んだ得物であるという点で剣を選んだのだろう。

 私の場合は、これしか取り柄が無い。そして、その鱗を貫くだけの切れ味を速度と硬度で補うつもりだ。


 しかし、現状としては押され気味。手数も機動力もこちらが上手であると考えていたのだが、彼に一撃も入れられずあしらわれてしまう。揺るぎない不動の姿勢で、彼は言う。

「みっともない悪あがきだな。それで何度目だ。あと何度地に伏せば諦める?」

「何度でも、でございまする。諦めるのは、己が死す時」


 臨戦態勢を構えるこちらに対し、オブシド様は辟易した様子で息を吐く。

「理解に苦しむ。活路の見えない道に向かって何故足掻く? 我等は王の為に仕えて生きる一族だ。そこは白の一族の貴様も黒の一族の俺も同じに違いあるまい。王になる者に逆らっては我等が存在する意味など無いのだぞ」

「では、王とは何の為におられるのでするか? 貴方がこうまで頑なに王という存在を遵守なされる意義は何であるのか」

「愚問だな。国に必要だからだ。竜人の民を統治するには象徴が無くてはならない。王がいなければ国が乱れる」

「その国が、今乱れておるのでございまする。何より王の所業によって!」

「国も時には痛みを経るべき時期がやって来るもの。耐え忍ぶ必要がある。今がその時だ」

 この分からず屋。飛び出した私は腕を振るう。オブシド様は機械的に剣の腹で受け止めた。


「あの王子は、角折りに処した貴方様の弟であるフェーリュシオルを内包しております。追手に仕向けました」

「…………」

「どす黒い悪まで潔白に仕立てるこのやり方が、今後は更に拍車を掛ける事がこれでも想像できませぬか?」

「だからどうした。それが王のやり方なら従うまで」

 打ち合いが続く。彼の一撃に重みが痺れとなって伝わってくる。


「こちらの質問の答えがまだだぞパルダ。何故王位に落ちた御方と一蓮托生になろうとする? 先代の意向がもし違っていれば、今回と同じ敗者への処分が起きていても何らおかしな話ではない」

「私の愛するトゥバンは、そんな残酷なならいへの移り変わりを肯定したり致しませぬ。私が仕えるべき国ではないッ!」

「我等は王のそして国の為の駒であろうが! 私情で忠義を反故にするというのか愚か者!」

「愚か者は--」


 鍔迫り合いに、初めて押し勝ちつつあった。そのまま立て続けにもう片方の刃鱗じんりんで畳み掛ける。

「貴方の方でございましょうがァ!」

「むっ!?」

「何が忠義でございまするか!? 何が痛みを耐え忍ぶ時ですか!? 貴方はただ何も考えずに使命をこなそうとしているだけでしょうに! 見境なく王に対して信念を貫く事にどんな意味が含蓄されているかも! 目を瞑った犠牲がどれほどのかけがえのない物なのかも! 今の貴方は保身しか考えぬ屑でございます!」

「ほう、吠えたな? 青二才」

「言いましたとも!」

 剣撃が今まで以上に激しい物になった。嵐のように両者の手数が増えていく。

 交差した力強い一撃で、私も彼も後退した。包囲する竜兵達の声に熱が入る。


「だから、負けたくありませぬ。今の貴方にトゥバンを想う気持ちに劣っているなどとは認めたくないのでする」

「ならば実践して見せろ。貴様の信念が本物か、大言に見合う結果を残せる物ならな」

「当然!」


 そして、私はあの構えをとった。外野がどよめく。

「何だあの姿勢?」

「この場でしゃがむだと? 自殺行為だぞ」

「いや、アレは居合だ」

「一瞬で終わらせる気か?」

「オブシデアドゥーガ様相手に無謀な賭けを! パルダの奴何を考えている!」


 片腕から伸ばした鱗の刃を曲線の様に曲げる。これが一番斬り込みやすい形状。

「またそれか。舐められたものだ。そんな単調な突進で俺が敗れるとでも?」

 青竜刀を持ち替え、黒竜の男は投げ掛ける。

「貴様の竜人の中でも抜きん出た超高速移動、だが、仕組みが俺にバレている事を忘れたか? その低い姿勢は勢いを溜めるだけでなく、地面に隣接している尾を隠す為。接地した尾でばねの様に螺旋を描き、その反動を加速の力に付すことで常人では目にも止まらぬ速度にまで達する独自の闘法。事実走るというより尾と足で跳ぶ移動だが、直進的な動きしか出来ないという欠点がある」


 それだけではない。私自身も重々承知だが、この姿勢に移行して尾による弾力を産み出すまでにも隙がある。向こうはあえてそれを見逃した。受けて立つという、意思の表れ。


「軌道を読み、タイミングを合わせてしまえば何のことはない。熟練者ならばカウンターを被るのが目に見えた欠陥だ。それを、俺にやるというのがどういう意味か分かるか?」

 先日、実際にそれで足元を掬われた。だが、

「やって見なければ、分かりませぬ」

「そうだな、止める気があるならとうに中断しているか。良いだろう、そして思い知れ。己の身を弁えぬ報いを」


 フゥッ、と呼気を荒げた。重々しい場の緊迫感に声を出す者は失せた。瞬きひとつ許されない瞬間は間近だった。

 視界が流星のように流れる。思考も極限に研ぎ澄まされる事で、刹那の一瞬が引き延ばされて緩慢な体感時間に切り替わった。


 私の身体は弾丸のように跳ね、一直線に標的へと突き進む。風を斬り開き、姿勢は低く、鋭利な腕の鱗を携えて。


 オブシド様は私の動きを眼で追っていた。やはり見切られている。手元の柄が飛び出す私に目掛け動き出す。かといってブレーキなど掛けられようが無い。

 私に出来うるのは、このまま突っ込むかそれとも宣言通り手痛い反撃を貰って撃墜されるかだ。


 そして時間は本来の通りに加速する。

「ハァッ--」

 渾身の力で降り下ろされる太刀筋。寸分狂いなく私を頭から叩き割ろうとした。

 音速にも近い今の私と彼の刀が迫る。前髪にまでその刃が届いた。


 が、そのまま私は外側に通過した。ただ、通り過ぎた。刃の先端が触れるギリギリの軌道を私は駆け抜ける。顔に赤い線が走るがそれだけで済む。

 攻撃を仕掛けない反撃に備えた回避だけならば、私にも可能だと分かっていた。

「--ァなっ!?」


 横切った彼の顔に現れたのは明らかな意表。まさかそのままの素通りをするとは想定していなかったのだろう。すれ違うように背後へと回った。

 そこで身体を捻る。再度自らの白い尾を地面へ釘を刺すように打ち込み、力の流れを強引に回した。


 

 脚力と尾を爆発。二段跳躍。一度目の居合いはフェイント。そして背後で強襲を仕掛ける。

「ォおおおおおおお!」

 

 しかし彼の反応も迅速で、振り返って私の腕刃を受けようとする。一度きりの好機。逃す訳にはいかない。

 私は腕を振りぬき、オブシド様は剣を立てた。


 甲高い--金属の欠けた音。同時に腕の辺りに刺すような激痛。

「あぐっ」

 攻撃の後の事など考えていなかった故、私は地面にもつれて前のめりに倒れた。視野には私の攻撃に使った鱗に亀裂が見える。


「フン」

 地を這ったまま首を回すと、直立不動で背を向ける黒の竜人。持っていた青竜刀を放る。

 カランと音を立てた彼の剣は、半分から先が折れている。私の鱗が、剣を断った。


「いつの間にやら、追い抜かれるの、だな」

 遅れて、オブシドの2メートルはある大きな体躯が崩れた。倒れる彼の肩から胴にかけて赤い染みが浮かぶ。鱗の内側にまで、刃が届いた。浅くはない筈だ。

「オブシデアドゥーガ様!」

「嘘だ、ろオイ!?」

「パルダが、パルダがやりやがった!」

 どよめきが合唱する。ふらふらと、私は起き上がる。


 勝った。その実感はまるで感じることが出来ない。どっと疲れが押し寄せる。極限にまで意識を研ぎ澄ませていた反動か、一気に汗が噴き出した。

 敗者の元へ、ゆっくりと赴く。彼は浅い呼吸を繰り返したまま大地に伏している。

「オブシド、様……」

「貴様、手加減、しただろう。本気なら、俺を真っ二つに出来た筈だ」

「……今はそこまでが限界でございまする。オブシド様を相手に手を抜く様な事が出来る余裕などありませぬ」

「この期に、及んでまだ、情けをかけるか。俺を、そう呼ぶところからして、まだ未練がましいな」

「果たしてどちらがそうなのでしょうか」

「……何が言いたい」


 兵達は彼を倒した私を襲う事無く、真剣勝負の結果を粛々と受け止めて控えている。私に勝ち目があるかとか、そういう事以前に正々堂々の勝者に対して潔く手を引くつもりだろう。

 この決闘で私が確信を得た物を、オブシド様に投げ掛ける。


「貴方様はやはり私に手心をお加えになさりました」

「根拠は、どこにある」

「まずグレン様を突破させた所でございまする。本来の貴方ならば、彼をきちんとした脅威として認め王の命をおもんばかって命令以上に動いていた筈です。貴方は仲間としての彼を熟知している。赤の他人として振る舞っていなければ、グレン様は今も此処におられたでしょう」

「結果論だな」

「ええ。だとしてもそうとしか考えられませぬ。この決闘でもそうでした。確実に言えるのが、今回は貴方に肩を借りた上での勝利でございまする」

「世迷言を。貴様はこの俺を降した以上、戦闘面では最強の竜人だ。素直に誇っていろ」

「陸上だけでの戦闘だったからです。私は貴方が仰る通り、翼も無ければ火も吐く事も出来ない。私に対応して空を飛ぶなりしていれば、この結果も敗色一色でした」


 口にしていけば実感が追い付いてくる。自分はあまりにも塩を送られているのだと。

「居合を受けて立って頂いたのもそうでございまする。昨日の稽古けいこも、いずれはこうなる事を見越した上での……」

「もう、いいだろう。話は十分、だ」

 無抵抗のまま、オブシド様は強引に話を打ち切った。


「さぁパルダ。骸がまだ口を動かしているのだぞ。早くトドメを刺せ」

「……嫌でございます。それを決めるのは私です」

「甘えるなっ、敗者から死を奪うなどと抜かす様に教えたつもりはない!」

 虫の息にも関わらず怒鳴る。しかし私も引き下がらない。


「貴方はこの国になくてはならない御仁。竜姫様がご無事なら王はまだ決まりませぬ。スペサルテッド殿下が王になるのを止められればそれで上々というもの」

「その発想が甘いというのだ。この国は王が牽引しなければ沈む。今、赤の一族の中で生き残るのに相応しいのは殿下だ。竜姫様ではない」

「何故言い切れるのでしょう。最初からおかしいと思っておりました。竜姫様より殿下を率先して付き従う貴方の行動に疑問が出て仕方なかった。どうしてなのですか?」

「姫様は、自らの竜の側面に向き合えていない。竜の国の王は、竜人という業を受け入れられる者でなくてはならんからだ。方向性に歪みが生じてでも、器は選ばねばならぬのだ」


 それが良き選択ではないと--悪しき選択であると分かっていようと選ばねばならない時がある。

「責任は取ろう。民の痛みも、怨恨も、幾らだろうと引き受けて見せる。そうしてでも……」


 そんな会話を皮切りに、火山の方で鈍く地震が脈動を始める。噴火の兆候を見せ始めた。

「どうやら、どちらかの神炎ヴァドラが火口に飛び込んだか。本来なら当然姫様の方だが……」

「そんな……姫様! グレン様!」

「はい呼んだ!?」


 私の零した言葉に祠の奥から響く返事があった。緑の彼と、そして竜姫の姿に私は泣きそうになった。

次回更新予定日、10/3日(月) 7:00

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