俺の対面、くっころ騎士
一か月半。あの冤罪騒動からそれくらいが経つ。
アルデバラン王国の城下町で再スタートをきった俺だったが、あの森に暮らすのでは手に入れられなかった物を得ることが出来た。
もちろん、この新緑の肌を気味悪がっている住民との折り合いは悪いし、商人との魔物の素材を売り付けや武具や道具の取引も簡単には出来なかった。収穫があったのは、この世界の知識だ。
あのアホ女神が俺を送り込んだこの大地を、人はルメイドと呼ぶ。こちらの言葉で月(天使)の卵を意味するらしい。ちなみにアホ女神も像になって崇められている。
こちらでは現代と異なる要因として亜人、魔物という二つの生き物が存在している。そして亜人と魔物の違いは結構曖昧だったりして、トラブルも起きているのだとか。
亜人は原則的に意思疎通の可能な人種として扱われる総称で、知能の高さによって魔物であるか否かが定められるらしい。その扱われる差は、猿と人くらい変わってくる。
ゴブリンである俺のように、個体によって知性に変動がある存在は時に両方の性質を併せ持つ。だから俺は未だに魔物として見られる事もある。こればかりはどうしようもなかった。
けれども、聖騎士長ハウゼンの後ろ盾を得たおかげで問答無用で魔物として討伐されるような事も殆ど無くなり、亜人として街の中を歩けるようにもなった。良い顔はされないが。
それと手に入れているのはこの世界の幾らかの知識だけではない。大きい収穫は他にもある。
グレン:LV11(+3) ★
職業:戦士 属性:土 HP:46/46 MP:15/15
武器 黒鉄の長剣 防具 狼皮の革胴着 装飾 聖ロザリオ
体力:46 腕力:30 頑丈:27 敏捷:38 知力:23
攻撃力:39 防御力:35
見て分かる通りステータスには初期化される前と異なり、名前の横に括弧と中に数値が付与している。これは秘跡を行った回数だ。そして当時はLV8が成長限界だった俺だが、今はLV11にまで達している。
つまり、俺のレベルにはまだ向上の見込みがあった。これはレベルをもう一度上げ直した時に気付いた。
どうやら、秘跡には次の成長限界が伸びるという性質があるらしい。人間側でのレベルでは成長限界に到達する頃には寿命が来るため、限界に辿り付く者は早々いない。俺のように魔物として早熟傾向にあったから発見できた仕様だった。
亜人はどうだか知らないが、魔物は本能で生きる以上鍛錬とは無縁だろうし、そもそも魔物を育成するような世界でもない。更に秘跡というのは元来罪人達の抵抗力を奪う為に、業を洗うという名目で行われる典礼であり、普通に受けられるとはいえわざわざ自分の貯めこんだレベルを振り出しに戻すような物好きは滅多にいない筈だ。
で、検証してみたのだが、この秘跡の恩恵はレベルが中途半端な状態で執り行っても、成長限界の壁を引き上げてはくれない事が分かった。一度それで経験値を無駄にした。
加えて同レベルの時に比較したところ、元のステータスにも幾分か補正が掛かっているようで、単純にレベルアップの限界値を幅を増やしながらも強くなれる。
塞翁が馬とも言うが、アルデバランの国の教会に出会えた事は後々考えるととてつもない幸運だった。
無論欠点もある。初期のレベルに戻せば当然、ステータスも著しく下がる。強力な魔物が出たらすぐに死んでしまう。そして何よりもう一度限界まで上げ直すのは相当な労力だ。
凡人は努力をしなければ天才には勝てない。俺はきっと亀の方だ。だから人一倍の努力が必要なのだろう。
習得闘技もあれから増えた様子は無い。ただ、闘技:崩拳については技そのもののレベルが向上していた。LV2となり、威力が上昇している。
装備も少しはマシになった。まだ初歩的な物ではあるけど。
黒鉄の長剣 攻撃+9 効果 なし
狼皮の革胴着 防御+8 効果 なし
犠牲になった石器の斧を考えるとどれだけ俺は原始的な事していたのか、誰かにあの武器の誕生から最後までを話してしまえば涙無しには語れないだろう。
と、俺の身の上話は此処までとして。俺は今、城の周りを歩いている。
騎士達の訓練を見学する許可を頂きに聖騎士長と話をする為だ。この世界の人間達がどの武器を使ってどんな武芸を披露するのか。それを参考にしたかった。
「おや、グレンくん」
と、丁度曲がり角でハウゼン聖騎士長と鉢合わせ。同伴していたのは、その配下と思わしき女騎士だった。
「ハウゼン隊長! 魔物です!」
「え! 何処何処!?」
「しらばっくれるな貴様! こんな城内にまで忍び込むとは、退治してくれる」
剣を抜き身構える騎士。気丈な碧い吊り目が、俺を睨む。コイツ、くっ殺せ! とか言いそうだな。すぐにあだ名を決定。
「お待ちなさい。彼の首をよく見てごらんなさい」
くっころ騎士は戦闘態勢ながらも俺のロザリオを見、吐き捨てるように言う。
「盗品ですか!? おのれ卑劣なッ」
ずる、と俺はこけそうになる。おいハウゼン、どういう教育してるんだと視線を移す。話を振った本人は苦笑しながら頬を掻いて誤魔化していた。
「アホ。これはこの国にも入れる許可をもらった証だ」
厳密に言えば、許可状とセットなのだがこの十字架もそこの聖騎士長の意匠した物だ。俺はこれを持っている事で、城の付近まで立ち入る人権を貰っている事実につながる。
「いや、すみませんね。彼女、先日まで遠征に行っていたものでグレンくんの事情まだ知らなかったんですよ」
「そもそも話をロクに聞いていなさそうだがそこのくっころ騎士」
「私の名はクッコロなどではない! 魔物め! どうやって聖騎士長に取り入った!」
外見は金髪碧眼の気高き美少女なのだが。ダメだ、ポンコツの匂いがするぞ。
「そうですねぇ。良ければそのロザリオ、彼女が持てるか試させてみましょう。それ、信仰が最高位まで高く無いと持てない代物ですから。貴方が亜人であると身体で分からせるのに手っ取り早いかと」
獣は信仰を持たない。逆説に信仰を持つ者こそ人であるという事で与えられたこれが、実際に信仰の低い者に持たせたらどうなるか少し気になるところだった。……流石に、死なん、よな?
「こんなゴブリンが持てるロザリオなど、貸してみろ! 聖騎士長の命とあらばこれくらい……」
ずかずかと詰め寄った挙句、俺の十字架を剥ぎ取るような勢いで掴みかかった。その途端、激しい静電気のような物がロザリオから迸る。
「きゃっ」
きゃっ、だってよ。後ずさるくっころ騎士を見て、俺は堂々と仁王立ちで鼻高々に笑った。
「ファッ。どうだこの野郎」
「野郎ではなくレディですグレンくん。おやおや、どうやら信仰が不足しているようですねぇ。騎士道をもっと学びなさい。しかしこれで、グレンさんも十分信仰ある亜人だと証明されました」
「ぐ……そんな筈は」
まだ十代半ばあたりと思わしき彼女の頭に手を置き、ハウゼンはなだめる。この男は時折こんな風にお茶目な意地悪をするよなぁ。俺もたまにからかわれる。
「それで、グレンくん。城の付近まで来たという事は私に何か御用ですか? まぁ、この時間帯に私が向かう場所で出会うという事は恐らく、訓練の見学でしょうか」
「何分狙われやすい身でね、人の武芸を勉強させてほしい」
闘技の話に戻るが何度も繰り返す通り、俺が今習得している闘技は二つ。以降は全く増える気配が無い。
経験値稼ぎがてら、俺は色んな武器を使った。剣に槍や斧、後は弓も。武器を振るえば自然と習得するのでは? という試みだったが、何事も上手くは行かないもんだ。
手探りで覚えていくという途方もない手段より、実戦を経験する騎士から技を見よう見真似でも盗むという方が可能性が高いだろうと考えたわけだ。
「構いませんよ。練習に混じる、というのは流石にお互いを考えると難しいですかね……そうだ」
計算高いハウゼンはワザとらしく、何か思いついたように手に拳を付く。
「彼女と模擬戦で交えてみたら如何でしょう? 遠くから見ているより、実体験した方が得る物は大きいと思いますよ」
行動を一緒にしていたのはこの為か。確証はないが、俺はそう勘ぐった。
くっころ騎士は望むところと言わんばかりの視線を俺に向ける。
「確かにそーだな」
困ることはない。あくまで訓練。命の奪い合いでもない。勝っても負けても俺の良い経験が得られる。ハウゼンが用意したくっころ騎士だ。拍子抜けでも無いだろう。
この世界で歩き立てだった頃の俺は、隊長格にまるで敵わなかった。それより一般の騎士と剣を交えた方が一般のレベルの基準が分かる。倒しやすい魔物ばかり相手していた、俺の現在の実力も。
人目のつかぬ正午、裏庭で俺とくっころ騎士が目の前に立つ。
「よろしく頼むぜ、お嬢ちゃん」
「言いたい事はそれだけか、ゴブリン」
女騎士は剣を振り上げる。
「決着が付いたか、私が判断しますねぇ。はい、では始め」