俺の特攻、立ちはだかる黒き竜
※視点が変わります
夜風を貫く白影は、トゥバンを越えた火の山へと急いでいた。
翼無き一角竜になっているパルダが、そのしなやかな四肢を軽やかに動かしながら、背に乗った俺に呼び掛ける。
「グレン様。少々不都合な事態が」
「こんな時に限って起きる事と言えば襲撃だろうな」
「はい。前方に敵でございまする。数は二体。尖兵と思われます」
俺の目からでも行く手の空に、小さな点が二つ見えた。敵影というやつか。鳥の様なシルエットが徐々に大きくなって行き、空を飛ぶ竜だと分かった。
「警戒に当たっていたと思われる兵達が私を捕捉し、竜化してこちらにやって来ているのです」
「敵って、昨日までは味方だった奴等じゃないか」
「私は『今の』トゥバンを裏切りました。向こうは私が同じ竜人だという事を承知である以上、殺す気で襲いかかってくるでしょう。ご心配いりませぬ。そのまま斬り進みます。グレン様は衝撃にお備えください」
そう物々しい宣言をしながら、優しく語り掛ける彼女。パルダもドラゴンの端くれだ。荒事に無縁の筈もない。
やがて、月光に新緑の鱗を反射させた飛竜達がみるみるうちに俺達との距離を詰めて来た。大きさは五分、だが向こうには翼がある。
「裏切者! これ以上先へは行かせるかァ!」
「押し通ォオオるッ!」
竜同士の咆哮。空の敵と陸の俺達の間合いが間近に迫った時だった。
これまで以上の速さで、俺の視界がブレた。気が付けば、頭上から襲いかかって来ていた竜兵の姿が消えている。というか、俺は地上から離れた高さで景色を見ていた。
「まず一体」
振り返ると、上空にいた筈の竜が同じ目線から墜落していく光景が見えた。竜兵は跳んだパルダに引き裂かれて撃墜されたのだ。
彼女の前脚には巨大な厚みのある白刃がいつの間にか生えている。全身の鱗を武器へと変える力は、竜化した状態でも健在か。
そして同じ目線にいた俺でもどう動いたのか分からなくなる高速移動。たとえるのなら神風だ。
「おのれ! グォオオオオオオ!」
宙にいる間に、もう一体の兵が口を開いて激しい火炎を吐き出す。竜の息吹だ。このままでは無防備な態勢のまま、直撃する。
目まぐるしく発生した電撃戦で、とっさに俺も対応した。
「付与、水衝弩!」
左腕の籠手弩に水の魔力を宿し、俺達を覆い被さろうとする炎を射貫く。
水の鎮静を含んだ短矢が熱を奪い、火炎の息吹を押しのけてゆく。
そしてその矢は飛竜の胴体にまで届いた。鱗に軽く突き立つ。
ぐらりと、それだけで兵は正常な飛行が出来なくなった。鎮静が僅かながらに敵の身体を回っている。
「お見事。助かりました」
「お前は平気だったろうな。俺の身の為さ」
そんな事より目の前の障害だ。追撃に上空から竜を地面まで叩き落とし、俺達も一緒に着陸する。
「ぐ……貴様……竜王に、逆らう気……か」
「私は竜姫様にお仕えしておるのです、あの御方の味方であります--る!」
頭をおもいきり踏みつけて兵を黙らせた。だがどちらも息はある。
多分、この二人に対して手加減したんだ。敵になった筈なのに手心を加えたのか。いや、それだけの技量があるって事だ。
「お前やっぱ竜人の中でもすげぇ強いんじゃあないの?」
「そんな……畏れ多い。私よりもお力のある方はおられます。例えば……」
文字通り白皙の美しき竜の頭は固まり、途中で言葉を詰まらせた。
「ん? どうした」
「いえ、何でもございませぬ。それより先をお急ぎいたしましょう」
戦闘が起きたばかりとは思えない程、何事も無かった様にパルダは神速の前進を再開した。山がどんどん大きく近づいてくる。あそこに、アルマンディーダがいる。
灯りが集まる場所が、その先に見えた。篝火が祠の入り口で焚かれている。火山への入り口。
そこに集まるは、竜人の群れ。数はすぐには数えきれない。恐らくスペサルテッドのクーデターに加担した兵達だ。
「正面に侵入者!」
「あれはパルダだ!」
「竜姫を取り返しに来たか!?」
「取り押さえろォ!」
槍や刀剣を振り上げ、陣地を組む兵達にもパルダは恐れを知らずに突っ込んでいく。
「グレン様道を開きます、中へお行き下さい」
「お前は?」
「兵達を惹き付けまする。合図とともに突入を」
彼女は風が唸る様な大きな鳴き声を空に響かせた。背後に乗っている俺は、背中に張り付く様にして身を隠す。
そして白兵戦が始まった。雑兵の扱いとはいえ、一体一体が並みの冒険者では太刀打ち出来ないレベルを誇る軍勢が雪崩打つ。俺ではまず2、3人に囲まれたら敗色が濃くなる。
それをパルダは圧倒的な体格差で薙ぎ払う。正面にいた竜人達数名が吹き飛んだ。
左右から一斉に飛び掛かられると、その刃が届く前に白竜はステップで回避。パルダの乱戦に翻弄され、たたらを踏む連中によって砂煙が巻き起こる。それが狙いだ。
祠の付近まで近づき、混乱に乗じて俺はパルダの背中から降りて入り口まで一直線に駆けだした。
煙に身を隠し、単身で忍び込む算段だったが、
「--させますまい」
「うおっ!?」
入り口で俺を待ち構えている者がいた。思惑を読まれ、鼻先に槍が振り下ろされる。
間一髪で後ろに下がった事により、届かなかった穂先は地面へと落とされ地面を砕く。
「オブシド、アンタか」
俺の良く知る黒き竜人が、槍を構えて火山への道に立ちふさがる。
「貴殿に此処を通らせる訳にはいきません」
「スペサルテッドの命令か? アディもこの先にいるんだろ?」
返事はなかった。俺は色々な感情に歯噛みした。
時間を食っている場合ではないという苛立ち。かつては共に冒険していた相手と対立しているもどかしさ。
「何であんな奴に従ってるんだよお前はっ。このままじゃアディは処刑されるんだぞ!?」
「私は王の鏡。王の意思そのもの。どんな手段であれ即位をするなら、それを受け入れねばなりません」
「平行線かよクソったれ」
己の鱗で作り上げた黒鉄の長槍を携え、オブシドは冷酷に俺に矛を向けた。
「オブシド様!」
その背後から俺をすり抜け、その槍の一撃を防ぐパルダ。人型の姿に戻っている。
「如何に貴方様であってもその御方への手出しはなりません!」
「武術に対抗する為に人に戻ったか。竜型では精度が下がる。良い判断だ」
鱗の白刃で鍔迫り合いをする中、パルダは声を張り上げる。
「お行きください! 今のうちに!」
応じた俺は、祠の洞窟へと駆けだした。今はぼんやりとしてはいられない。
一刻も早く、アルマンディーダの元へ。
※
「手を出すな、一対一だ」
竜人の兵達が背後から追って来る中、その指揮を執っていたオブシドが大鐘を突く様な声で部下に言い渡す。
「ふむまいった。誰も通さぬつもりが通行を許してしまった。追おうにも、此処の遵守を言い渡された以上動く訳にはいかん。が、まぁ良い。内部にも防衛させてある。ゴブリン一人ならば、問題あるまい」
目の前の自分をそっちのけで、オブシドはグレン様への考察を始める。私の事などさしたる問題は無いと言わん気に、皮算用をしていた。
舐められている。
「さて、パルダ。貴様はトゥバンに逆らった以上、殿下の方針ならば今更投降しようと裏切者としてさらし首にされる事になるが、せめてもの慈悲として此処で闘って散るという選択肢もある。どちらが良い?」
「オブシド様」
「まだその呼び名で俺を呼ぶか。甘い。時代は変わる。もう、先代の王のやり方とは変わっていく。先代というのは勿論ペイローン王の事だが」
「……貴方は、それでよいのでございますか?」
「未練がましいぞ」
拮抗していた力関係が崩れ、彼の槍に叩き飛ばされた。
態勢を立て直して着地。四方八方には竜人の兵達が取り囲む。完全なアウェーに晒される。
危惧はしていた。オブシデアドゥーガは黒の一族として、王の盾と称される男。武人としては私の知る中でも最強の存在だ。
私などでは到底敵わない。今まで彼に勝った事など一度たりともない。
彼は、私の師でもある。だからこそ、その事実は誰よりも理解していた。
「どうして! あんなに、誰よりも竜姫様の事を大切になされていた貴方がどうして!?」
「それが新たな王の考えだからだ」
「王! あんな御方が王になれば国が滅びまする! それが分からぬ貴方ではないでしょう! 皆さまもです! あのような者が王位に継ぐことをお認めになられるのですかっ!?」
しかし、兵達は見じろき一つしなかった。彼等の鋼鉄の意思はオブシドに培われた物。
「言った筈だ。俺は王の鏡。そして、この兵もまた王の力であり王の意思の体現だ。逆らう事などありはしない。そう、それが」
竜姫アルマンディーダを殺める結果であろうと。
私は唇を切れそうな程噛み締めた。脳裏に描くのは、自分や姫様達と王庭で過ごしたありし過去。
そんな思い出は、セピア色に引き裂かれる。
「私の知る、オブシド様はもう、おられないのですね」
「……俺は変わらん。変わったのは王だけだ」
「貴方は私の師匠でも無い。オブシデアドゥーガ、貴方はただの敵です」
勝算は無い。百年にも勝る師弟の歴史がそう物語る。しかし、負けたくなかった。彼に対して初めて芽生えた、意地であった。
何故か、黒竜の男は幾分か綻んだ様に見えた。そして、ふっと息を漏らす。
「やっとそこに至るか。遅いぞ。手加減などしてみろ、死期が近付くだけだ」
槍を放り、オブシドは自らの腕の鱗を引き抜いて別の武器を錬成する。黒光りする青竜刀。機動力のあるこちらに対策する為に武器を変えた。
「来い」
「……お覚悟を」
私は袖から白鱗の鱗を細く鋭く伸ばし、腰を低く構える。
張り詰めた緊張の糸は、その数秒後に切れた。同時に、白と黒の竜人達が接触する。
次回更新予定日、9/23(金) 7:00




