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俺の不知、トゥバン鳴動

※視点が変わります

 吾輩、シャーデンフロイデは奇縁によりゴブリンの一行と同伴する事になって間もなく、長らく進展の無かった吾輩の因縁の手掛かりと遭遇する。

 エルの血を正統に引き継いた少女--レイシアなる騎士は、仇敵として合いまみえている。フェーリュシオルとやらの口からついて出た、『エルの血統』という単語。そして彼女の家族を襲ったという過去の行いからして、偶然とは思い難い。


 吾輩の見立てではあの黒竜も、吾輩を反逆者に貶めた黒幕からあるいはその又聞きで意図的にエルの血統を滅ぼすべく動いたのではないかと推測する。奴の思惑に利用された手駒と言って良いだろう。

 クーデターと同時に出現したタイミングからして、今回の出来事はグレン・グレムリンの言っていた予言と噛み合うだろう。


 加護を切った影、月の殻と鳴動せしめる

 災禍は六度りくど、地の子に降りかからん

 一は天の王の息吹、小さな土を焼く

 二の死の夜、地の子を収穫せん

 三こそ堕ちた蛇、呪いを食らわんとのたうつ

 四も天の王、虫殺しの吐息を吐く

 影、おのずと加護の欠片に問いかける

 五に灰の雨、終末の角笛を吹かん

 そして六に、地の子に代わりて影の子は受肉する

 六度りくどの影を貫く地の子、勇ましき者なり

 采配を振るうは天に座す王、降す者なり

 加護もまた、新たに影を導かん


 ニはヴァジャハ。三は吾輩。そして一と四こそ、竜人に関わる予言であった。奴からも情報を引き出したいところだが、このままいずれは大元に辿り着くと確信出来る。獲物は騎士レイシアに譲るとしよう。


 パルダは城へと向かう様に言い残して落ちたゴブリンの元へ降りて行った。吾輩達も此処は任せろという少女の言葉で、山岳での一騎打ちを後に残りの者達はトゥバンに戻る。

 城は、戦火の跡を深く刻んでいた。まだ距離はあるのに、匂いが此処まで届く。色々な物が焦げた匂いと生き物の焼ける匂いもするな。


「酷い有り様だな」

「あの短時間で、戦争でもあったみたいです」

 騎手のヘレンと、顔をのぞかせたアレイクが思い思いに呟く。

「パパ……」

 そんな状況にも構わず、吾輩の乗っている頭の主……元巫女の少女がボロボロの荷台の上でゴブリンの身を案じている。まぁ、このシャーデンフロイデと闘って無事だった奴ならばまず簡単には終わらないだと思うがね。養父の不在に免じて此処は吾輩が気休めの言葉を掛けてやるとしよう。

「ふむ、トリシャよ。君の父となったあのゴブリンはあれぐらいでくたばる様なタマかね?」

「……む?」

「由々しい限りだな、吾輩の目は曇っていた様だ。君の呪いを解く事を餌に今後も利用していく算段が、こうも早くそしてあっけなく水の泡になろうとは。大分期待外れなゴブリンだったな。ハァ」

「むむ」


 わざとらしい溜め息を吾輩が吐くと、下の少女から不服そうな声が漏れた。

「残念だったなトリシャ。同情するよ。君の未来を救う者の努力は此処までの様だ、精々残りの余生をせめて楽しく過ごすと良い。そしたらあの世で彼と会える様に願っていたまえ」

「……そんなことない」

「おや? そうかね? 悲観していたのは、彼がもう戻ってこないという気がしてならなくてそうなっていたのだと吾輩は感じたのだが」

「ちがうもん。パパは生きてるもん」

「なら、嘆くことはないだろう? 信じて待ってやりたまえ。君が出来る事はそれくらいなのだから」

「シャーデルだって何もできないじゃん!」

「確かにそうだ、クックックッ。だからあざけって暇を潰しているのだよ」

「いじわる!」

 

 からかうことで、気落ちしていた少女の意思に力強さを取り戻す。やれやれ、こんな子竜の姿でこんな子供の世話をすることになるとはな。ペットの筈が、保護者の代役までこなす日が来るなどと思いもよらなかった。


「静か過ぎ……」

「ロギアナ殿の言う通りだな。城ではあんな事があったというのに、街の竜人は何をしているのだ?」

 

 城下町までどうにかやって来れた吾輩達を迎える者は誰もいない。どうやら、家の中に皆引き籠っているのだろう。あの賑やかで独特の栄華を極めていた国は今、大きな嵐が過ぎ去るのを待つ様に息を潜めている。

 クーデターによって王族が代替わりが起きようとする今、彼等はただ暴虐に逆らう事も出来ずにいた。


「止まれ。竜王の命により、今この国への立ち入りは何人たりとも許されていない」

 街へと入ろうとすると、兵達は俺達を呼び止める。つい先ほどまで、客人として扱われていた待遇が掌を返した様だな

「その竜王ってペイローン王--アディさんのお父さんですか? それとも」

「…………人間の客人、早々に立ち去って頂きたい。今この国は荒れに荒れ始めている。巻き添えを食らう前に」

「どうして? 何でそんなに大人しく従うんですか? 貴方達の慕う王族が、危機に晒されてるんでしょ?」


 少年騎士アレイクは食い下がる。竜兵の顔が歪んだ。

「王の御命令は絶対。それが例え既存の王を手に掛けて、成り代わった王子の言葉であったとしても」

「それでこの国が悪い方向に向かうとしてもですか!?」

貴人方あなたがたはよそ者で人間だ。この国の問題は我々竜人達の問題。口出しはご遠慮願いたい。いつまでも此処に残る様であれば、実力で排除しなければならない。最後の警告です。立ち去りなさい」

 取り付く島もない。竜人というものは力の信奉者としての側面もあるらしい。己より力のある者には屈する以外の術を持たない。

 だから、大人しくしているという訳か。どんなに胸の痛む悲劇が起ころうとも。


 アレイクは震えた。目の前の竜人が物静かながらに凄んでいたからではない。恐怖ではない。

 何故吾輩に分かったのかといえば、それは吾輩の意識の中に直接彼の心が問い掛けて来たからだ。

『どうしてなんですか皆さん!』


 おお、吾輩は感心した。人間達には伝わらない様だが、魔物の身体を得た吾輩や同じ側面を持つ亜人達にアレイクの心の声が伝播する。転生者としての力を、彼は徐々に扱い始めている様だ。

 それも、城下町の竜人たちにも。


『本当にこのままで良いの!? 貴方達の慕う人達が、このままじゃ殺されてしまう! そのまま見逃して、それでも良いというのか!?』

「や、やめろ……! 今すぐそれをやめるんだ!」

 目の前で黙りこくって念じる様に目を閉じた少年騎士に、竜兵は静止の声をあげる。人間達には何が起きてるのかわからないだろう。王国中に、問いかけているとは。


『なんだ今のは?』

『俺達の声が繋がってるのか?』

 各々の戸惑う声が、吾輩にも届いた。アレイクを介して、皆を通じての対話が成立している様だ。


『誰だ、こんな時に引っ掻き回す奴は! まさか昨日やって来た人間の仕業か!?』

『お前は人間だろ!? 竜人の俺達の何が分かるってんだ!』

『そうよ! 国王を失った我々に、抗う術なんてないじゃない!』

 反発の罵声が、鳴り響く。彼らにとっては、横から好き勝手に言われている以上怒りが湧く。


『僕は貴方達の心が分かる! 皆はペイローン王の死を悼んでいる! 口に出す事を許されずにいても! 心の底でこんなに悲しんでるじゃないですか! それだけじゃない! その家族のアルマンディーダさんやガーネトルム殿下も、今命の危機を迎えてるんです! 民を愛していたあの人達が、勝手な理由で殺されようとしている! それなのに指をくわえて見ているんですか!? 此処は今ある王だけの為の国なんですか!?』

『逆らえば待ってるのは死だ! 家族を見せしめにされる訳にはいかないんだよ』

『俺達だって生きてるんだよ! 兵の様に皆が皆戦える訳じゃない! 自分達の生活を守って何が悪い』

 保身か。吾輩は呆れつつもそれは仕方ない話だと思い直す。

 彼等だって恐怖がある。だから支配されようと抵抗しない。


『何が悪いか、ですって……?』

 アレイク・ホーデンの声無き糾弾には、勢いが衰える事を知らない。

 吾輩は予想だにしていなかった。この気弱そうな少年に、これほど芯の強い部分があったとは。

『貴方達の言うその日常は、国が守ってくれたからあるんじゃないんですか!? そんな明るい国があったのは、竜王の尽力の賜物でしょ!? それが無かったら今の生活になりえなかった筈だ! まさか王様が代わるだけで済むと本気で思ってる訳じゃないんでしょ!? 明日には弾圧が待っている。力に怯える毎日がやって来る。今、その日常が脅かされそうなのに! 貴方達は見て見ぬふりをしてるだけじゃないかっ!』

『……ぐっ』

『僕の国の王様やお姫様はこう言うんですよ。民無くして国は成り立たない。だから王は小さい国だけど、民と共に良くあろうとするんだ、って。皆が王様を慕って来たのは竜王もそうだったからでしょ!? 夜討ちを仕掛けて力尽くでなった王様に、貴方達の生活を良くしてくれると考えられますか?』

「もう、よせ。よしてくれ」


 目の前の兵は見たくない物へ向き直らせられた様に、突きつけた槍を降ろす。そう、竜人達にも分かりきってはいた。ただ、目を逸らしていたのだ。

 おやおや、これでは竜人よりか弱い筈の人間の方が強く見えるぞ。


「何故君達は、そこまで我々に関わろうとする。これ以上状況を悪くしたくないんだ、頼む」

「アディさんにはお世話になりました。そして僕達の大切な仲間でもあります。彼女が処刑されるのを、黙って見ている訳にはいきません。それに」

 アレイクは思念の送信を一度中断し、口で返事をした。そして、街と一部が煤けた城を指差す。


「既に最悪な状況は来ていますよ。いいえ、むしろこのままではもっと悪くなる。一生この国の民全員が後悔する事になるでしょう。これから育つ子供達にも、この悲劇を語り継いで行く気ですか? 部外者だからって、僕は黙りません。グレンさんも此処にいればそうしていたでしょう。関わったなら、最後までって」

「……」


『お父さん』

 子供の声が思念に混じって来た。どうやら、この会話も恐らくは国中の竜人に中継されていたのだろう。

『僕、竜姫様には死んでほしくない』

『お前は寝ているんだ! まだ関わる様な歳じゃないだろう』

『でも人間の人が言ってるじゃないか……このままじゃ、悪い方へ向かってるって。僕はこの先、竜姫様が死ぬのを止めなかったってことを一生背負ってかないといけなくなるの?』

『だが、父さんはお前も大事なんだ……分かってくれ』

『僕も竜姫様だって家族と同じくらい大切だよ! 家族が奪われるのと同じくらい嫌なんだ!』


 徐々に国の流れが揺らめくのを、吾輩は感じた。

『……あの子の言う通り、このままでは俺達は敬愛していた王族を見捨てた事をずっと後世にまで伝える事になる。あんな輩が王になれば。皆も、それは分かっている』

『しかし、王族に逆らえばどうなることか』

『でも人間が言っていたぞ。国は我等がいてこそ成り立つと。何故、一方的な関係で従わねばならぬのだ』

『民にとっての王を決めるのは王様自身じゃないだろう。俺は竜姫様かガーネトルム殿下になら忠義を尽くせる。二人は民を想ってくれているからな』

『だが、あの御方達には死が待っている。それでは……』

『そんなもの止めればいいではないか。それでどちらかを王にすれば』

『お前あんな世迷い言に何当てられてるんだ!? 正気か!? スペサルテッドが許すと思っているのか!?』

『アイツ一人にこの国を託せるのか? 周りがついていくか? 引き摺り回されるだけじゃないか。俺は、正直そんなの嫌だ』

 議論は白熱する。一人、一人と意思の表明が浮かんでくる。


『待て、我等民に何が出来よう。王に逆らって到底叶うとは……』

『ならば全員で逆らえば、無視しようが無いだろう? 皆で抗議しよう。お前は俺達の王じゃないって』

『不可能な! 不在とはいえ、奴が戻ってきたらたちまち握りつぶされる!』

『それは、結託が足りないからだよ。王様一人で、民全員が逆らったら……』

『いや……しかし、それでは……』


 どうやら吾輩は見誤っていたらしい。

 この一行の中で一番の曲者はゴブリンであると思っていたが、目の前に起こる出来事でそれは違うのだと痛感させられた。

 もし吾輩がまだ反逆者で彼等の敵であるなら、真っ先に狙うべき相手はグレン・グレムリンではない。


『皆さん』

 ざわつく竜達の声が、ぴたりと止まる。少年騎士の意思に、皆が耳を傾けていた。

『勇気を出してください。本心は、もう分かってる筈。国を変えるのは王様の暴虐なんかじゃない。貴方達全員の行動だ。僕なんかと違って牙がある。爪がある。闘う力だってあるのに。悲しい朝を迎えるかは、貴方達次第じゃないですか』


 まさかこんな少年が、国一つを突き動かす存在であったとは。

 

次回更新予定日、9/20(水) 7:00

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