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俺の遭遇、聖騎士の因縁

 その場に崩れる様にして座り込んだパルダに、皆が駆け寄った。

「クーデターだと?」

 耳を疑いたくなる単語を復唱すると、パルダは涙に濡れた顔でゆっくり首を縦に振る。


「第一王子、スペサルテッドが……王に反旗をひるがえしたのでございます。皆が寝静まろうとする夜半を狙い……王を討ち取りました」

「討ち取……っ!?」

 竜王ペイローンが実の息子に寝首をかかれた。述べられていくトゥバンの現状に、俺は驚きを隠せない。

 確かにアディかこの国がいずれ荒れることを危惧していた。でも、こんなに早く?

 あの野郎が城に戻ってまだ半日しか経ってない。急すぎる。いや、流石に昨日の今日ではもっと悪いことは起きないだろう、という意表を突いたということか。


「アディ……アルマンディーダは? アイツや弟のガーネトルムはどうしたんだ?」

「ガーネトルム殿下は、学楼塔がくろうとうにおられた所、身柄を抑えられているそうです……竜姫様も、城におられたゆえ……私の、私の力も及ばず……」

 拘束されたのか。実の兄が王座に付いたことで。


「直前に竜姫様は私をお逃がしになりました。機会を伺えと、もしも万が一取り返しがつかない様なら、そのままこの国を離れよと」

 懐からパルダは赤い背広の厚本を取り出した。俺に手渡す。

 見覚えがある。俺が中身を見ようとしたのをアディがひた隠しにしたあの本だ。


「その万が一の遺品に……ございまする。このままスペサルテッド殿下が王位に座っていれば、竜姫様もガーネトルム殿下もいずれはお命を……」

「まるで、ライオンの縄張り争いだな」

 争いに負けると、当然元の群れのリーダーは追い出される。そしてその親の子は成り代わったその雄ライオンに殺される。

 ましてや王族の継承権を持つ二人が、新たな竜王になる上では邪魔になるのは間違いない。


「姫様は、そんな状況でも貴方達を巻き込むな、とおっしゃっておりました。これは身内の問題、その本は私に向けた託された物でございまする」

 しかし、と声を震わせて竜人の少女は乞うた。


「これは私の独断……送り出して置きながら、恥を承知でお頼み申し上げまする……! どうか……どうか……お力添えを願えませぬでしょうか……!?」

 竜人達の暴挙に、俺達が到底何かが出来る様な事はあるだろうか。

 王が成り代われば、当然兵達もこちらの敵に回るという意味に繋がる。

 人と比べれば個々の力も、戦力差も圧倒的の筈だ。


「行こうグレン殿。我等の身を心配するな。アディ殿を案じているのは皆も同じだ」

「うむ! 助けに行くぞ! 未来の英雄として、この国の危機を救わねば」

「……」

「良いのかグレン」

 ヘレン兄弟の激励に答えられずにいる俺に、傍らで聖騎士レイシアは問う。


「お前は理屈で己に歯止めを掛けている。トゥバンを出発した時もそうだ。また躊躇うのか。オーランドの二の舞だ」

 思い出す。様子を伺おうとして、見殺しにしてしまった騎士の最後を。

 あの時も俺が出遅れなければ、そんな結果を変えられたかもしれなかった。


 このままでは尻込みして、同じことを繰り返すところだ。

「トリシャ」

「パパ、トリシャはだいじょうぶ。バーバをたすけよう」

 促され、急な事態に戸惑っていた俺もやっと頭を働かせ始める。

 助ける事、まずそれが先決だ。王座の奪還とか、正面からかち合うとか、そんな道を選ばなくても良い。やりようを考えねば。


「パルダ、俺達に追いつくまで走るなんて良く頑張ったな」

「いえ、私はただ逃げただけの弱虫でございまする。ましてや、誰かにすがる情けない竜人の風上にも置けない侍女です」

「味方は多いに越したことはない。それで良い」


 馬竜をUターンするようにヘレンに指示を送り、パルダも一緒になって全員荷台に乗り込んだ。

 脚を急がせる為に、馬車は少々荒っぽい運転になった。飛ばせば此処から二時間弱。間に合ってくれ。

「でも、どうして私が皆様の元へ向かっているとお分かりに? 近付く前から立ち止まっておられませんでしたか?」

「ああ、そりゃアレイクが感知していたからだ。亜人のお前の感情が伝わったんだろう」

「それでは、お見苦しい想いになってしまいましたねアレイク様。アレイク様?」


 噂の当人である少年騎士といえば、何故か黙りこくっていた。

 アディを心配してか。神妙な表情で気を張り詰めている。

「でも、変だ」

「どうした。お前が察知したのはパルダだったんだろ?」

「いいえ。それだとおかしいんです。パルダさんは味方だ。僕等に敵意を抱く訳がない」

 当たり前だ。わざわざトゥバンに連れ戻す為にこんな嘘を吐く必要が無いし、差し迫る危機に俺達に助けを求めた奴が敵意を向ける事などありえない。


「けど確実に敵意だった。……パルダさん、じゃない? てことは、まだ……しかも近くに!」

 不穏な呟きの後、荷台が激しく揺れた。

 馬竜達の悲鳴。馬車が止まり、轟音が外で巻き起こる。


「何だ!? おいヘレン!」

「ぬううう! 火だ! 突然目の前に爆発が!」

 俺を筆頭に戦闘員が荷台から飛び出す。襲撃だとすぐに察する。魔物か? 今までそんな気配すら無かったのに、こんな時に限って来やがって。


「ギィッヒッヒヒヒヒヒヒヒヒィ!」

 魔物にしては、嫌に人の悪意が塗りこめられた高笑いが夜の崖道に響き渡る。

 何かが、空を飛んでいた。羽音が殆どない、そして異様に素早い。


羽矢分下ハヤブサ

 地面に降りた俺達が馬車から離れた途端、荷台が何かに攻撃を受ける。アーチテントが、まるで空から銃弾を受ける様に穴だらけにされる。

「トリシャ!」

「大丈夫でございまする! 中にいる方は、御守りしておりまする!」

「ひ、ひえー」


 パルダの返事やアレイクの声からして無事を確認。攻撃の主の姿を遂に捉える。

「残念。まだ防げる奴が残ってた」

 敵の正体は竜だった。だが、人語を介する。てことは竜人のドラゴン化した形態か。

 夜に紛れそうな黒い鱗を身に纏い、5、6メートルの蜥蜴とかげに翼を生やした様な細い体躯。ソイツは頭上の崖壁に張り付いている。


 黄色い瞳がぎらつき、ニタァと口の端を引いている。

「追手か。パルダをつけて来たのか」

「……あれは、まさか! どうして貴方が!?」


 穴の空いた荷台から見たパルダが信じらないと声をあげる。そして、奴の様相を観察する内に俺も気付いた。

 コイツの生えている角は、途中で折れていた。争いで欠けたにしては綺麗な断面で、両方とも同じ長さで斬り落とされた形跡がある。

 それに、俺はコイツを見たことがある! 実物では初めてだが、映像としてなら一度……


 そして何より奴の姿を以前も直に見ている人間が一人いた。レイシアだ。彼女の顔が、これまでになく険しい物に変化していた。

「--フェーリュシオルッ!」

「おや? 俺っちの名前を知ってる人間がいるたぁね。コイツは光栄光栄、ギヒヒ」


 確か、パルダの一族と対を為す黒の一族にしてオブシドの弟であり、竜人としての権威を奪われて、レイシアの故郷を襲ったとされる彼女の仇。

 それが、今俺達に立ちはだかった。


「……おい、私を覚えているか」

 押し殺す様な声で、彼女は言う。物怖じする様子もなく、黒竜の前に進み出る。


「んあ?」

「数年前、人間の街を襲い、私の父と母とそして弟を食い殺した事を忘れたのかと聞いている」

「ああ、もしかしてあん時に食べ損ねたガキかな。うぉう、夜道でハッキリしねぇが随分育ったなぁ。いやぁ食わなくて良かったわ、食べごろ食べごろ。オス餓鬼も残せば大きくなってたかなぁ!」

「殺す」


 詠唱すら唱える事を省き、手から雷天撃破ライヴォルトを放つレイシア。迸った雷撃に、フェーリュシオルは崖から跳ねて間一髪避ける。

「おっと、危ないねぇお嬢ちゃん。そんなに殺気立つなよ、食物連鎖なんだ仕方ないだろ? 生きる為にさ。でも嘆くことはない、お嬢ちゃんの身内は俺っちの血肉となって生き続けてるんだよ。ああ、当然糞にもなったろうよ。ギィッヒャッヒヤッヒヤッ!」

「貴様ァ!」

「挑発に乗るなバカ! 野郎は明らかに頭に血を昇らせるのが狙いだろ!」


 俺の言葉にも耳を貸さず、次は抜刀した剣で踊りかかった。フェーリュシオルは身をくねらせて身軽に避ける。

「でも美味かったぞぉ? 流石エルの血統とかいう上等な人種だ。今まで食った人間の中でも最高の品質だったよ。兄貴と言い竜王と言い、どいつもまるでわかっちゃいねぇ。竜は人を食いません、なんてきれいごと抜かして府抜けてるから王子に乗っ取られんだよ」


 野卑な言葉の端から、色々な情報が洩れる。エルの血統なんて単語、どっからコイツ仕入れやがった?

誰かに、吹き込まれたか? それに、コイツの言う王子っていうのはクーデターを起こしたスペサルテッドの事だろうか。

 やっぱりグルって線が、ありそうだな。


「絶対に生かして帰さない。家族の無念を此処で晴らす」

「言うねぇ、やれるもんなら--卑煙ひえん

 黒龍が息吹を飛ばす。炎ではない。黒い煙だ。周囲が全く見えない。竜が吐くのは火だけじゃないのか。


 もしや毒か? と慌てて口を塞ぐ。不味い、皆に注意させないと。

 そんな事に気を取られていると横合いから煙の一部が晴れる。

 そして黒いしなやかな鞭の様な物が俺に迫っていた。奴の尻尾だ。

尾射打おいうち」

 しまった。レイシアと闘っていると思わせて、狙われた。硬御こうぎょが間に合わない。


 モロに受けた俺はその衝撃に吹き飛ばされる。蛇竜鱗の鎧のおかげで致命傷ではないが、油断していたのでダメージは少なくない。

 更に最悪なことに、此処は崖であると身を投げ出されてから気が付いた。


 尾に凪ぎ払われて、俺は山から遥か下へと落とされていく。これが奴の狙い。

 見上げると、黒雲の様な煙幕に包まれていない馬車の荷台にいたトリシャと目があった。

「パパァアアアアア!」

 届かない手を伸ばしながら、俺は森の広がる大地に落ちた。

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