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俺の出国、夜の別れ

 第一王子、スペサルテッドの帰還は俺達の滞在を大いに狂わせた。普段は城を留守にし月日を空けて外出しているそうで、告知も無くこの数日で帰って来るのは予想外だったそうだ。

 俺達は昨日までの様に城内を自由に出歩く訳にも行かず、匿われる形で過ごさざるを得なくなっている。


 どうやら奴は竜人で言う嫌人派とやらの筆頭であるらしく、人間を劣等種として見下している。ベナトの街でアディの正体が発覚した件でも、きっかけは人間の差別であったが、あれらもスペサルテッドの思想の影響下によるものらしい。

 なので、これ以上の騒ぎを避ける為に仲間達が見つからない様にしているという訳だ。ゴブリンの噂を聞きつけて戻って来たが、人間もいるという話は幸いにも耳に入っていないのだろう。


 当然そんな危なっかしい城内には俄然がぜん長居をしていられず、トゥバンの出発の日時を早める事とした。荷造りの時間を加味して今夜にでも発つ。そんな城ぐるみでの密かな夜逃げが計画される。

 更に早まった出発は仲間達に不満が見え隠れしていた。特に少年騎士アレイクはぶつくさ何か言っている。

 

「……お土産……街を散策して探そうと思ったのに……」

「我慢しろ。城の中にも色々あるだろうが」

「勿論、金品も忘れず」

「お前今日から守銭奴しゅせんどのロギアナな」

「不名誉なので断固拒否。至極当然の要求」


 城の竜人達にはお世話になった。スペサルテッドの現在位置と動向を逐一確認して貰い、接触を避けられる様に誘導してくれている。そして勘づかれぬ様に、食糧等の運搬や馬竜ドラホースを用意して貰った。


 ぼんやりと椅子に座る、俺達と一緒に避難していたアルマンディーダ。

 美女の憂いのある顔は、これまでの見方と打って変わりまるでうちひしがれた少女の様だった。


 その相席に机で折り紙をしていたトリシャは、そんな彼女の様子をジト目で見るなり意を決して動いた。

「ん」

「……なんじゃ?」

「んっ」

 差し出したのは、よれよれに色紙で折ったカブトだ。それをやると言わんばかりに、アルマンディーダの顔の前に持っていく。


「バーバ、これで元気だして」

 紅い瞳がそんな幼い子供の力作にゆったりと焦点を合わせ、そっと受け取り微かに綻んだ。

「……ありがとのう」

「ちゃんとだいじにしてよ」

「分かっておる」


 やりとりを見ていた俺も、心の奥底では秘めていた考えを口に出す事にした。トリシャに俺まで勇気付けられた。


「アディ」

「どうした」

「やっぱりさ、俺達と離れないか?」

 そう提案した。一同の息が止まる。


「強制はしねぇよ。でも、逃げたって良いだろ。逃げるってことは悪い事じゃない。親父さんなら本気で頼めば話が分かりそうだから許してくれるんじゃないの?」

「……そうだの。今回戻ったのは、儂が王位を継ぐ継がないの話であった。しかし儂にその気は無い。ガーネトルムか兄上、どちらかに譲るつもりじゃ。後者には問題があるがのう」

「なら都合が良いじゃない。パルダと一緒に、また戻ろう」

 皆も頷いていた。パルダも作業の手を止めて竜姫を伺う。


「うむ。ありがたい話よ。此処まで言ってくれるとはのう。儂も、良き仲間に恵まれた」

 ほんの少し、晴れやかな顔をして彼女は言う。

「父上に話を通さぬとならぬからな。城の外までおぬし達は先にけ。儂も後発で合流するから」

「という事は」

「しょうがないのう。儂もまたしばらく、人の世界に馴染むとしよう。再び各地を回ってみようかの」


 かくして、夜の出発の刻限は迫っていた。

 後はアルデバランに帰るだけ。片道で半月ほどの旅だったが色々なことがあったな。


 航海に出て海賊の船に遭遇したり、竜人という存在に触れ、村で巫女の生け贄を止めて。旅の連れも増えた。そして、あっちの城でも話す事が多々あるだろう。

 特にヴァジャハに次ぐシャーデンフロイデを名乗る反逆者の襲来。これが今回の一番の議題に上がるだろう。

 あの予言の一説は、俺の見立てでは反逆者にも大きく関わる物では無いかと疑っている。もしそうならば、次の反逆者が出た時に備えての何かヒントがある筈だ。



 空に星が点々と輝く頃になり、俺達は裏口から城を出て街に向かう。そして外では兵士達から竜馬の馬車と色を付けた褒美や食料を用意して貰った。

「騎手はいらないとおっしゃっておりましたが」

「ウチに運転手にピッタリな奴がいるって事が発覚してな」

「だから嫌だったのだ! 足にされるのが分かってたから内緒にしてたというのに! みっともないではないか!」

「まぁまぁ兄者、田舎で培った幾多の技術をふるうまたと無い機会だろう? 英雄になるからといって地味な下積みを嫌ってはならないと以前言っていたではないか?」

「ぬ、ぐ……」


 ヘレンを運転手に任命することで向こうの手間を煩わせずに済む。港には竜人もいるそうなので、そちらに返す事になっている。でも竜馬かぁ、ちょっと連れてきたい。船だと無理だろうけど。

「ところで、アディとパルダはまだ来ないのか? 此処で落ち合う事になっているんだが」

「竜姫様、ですか」


 竜人の兵達が顔を見合わせる。話を聞かされていないのだろうか?

 だが。すぐに街の方から人影が近づくのが見えた。シルエットからして人間に近い姿をしている。やっと来たか。


「あれ?」

「はいどうも、トパズでーす」

 現れたのは、パルダの姉。手をひらひらと振りながら俺達の元へ。

「見送りに来たのか?」

「まぁね。それと言伝を頼まれて。騒がしく発たせてすまなかった。旅路に無事を祈るだって」

「竜王か。こちらからも世話になったと言ってくれ」

「それもそうなんだけど、君達にはこっちが重要かな? もう一人からの言伝よ」

 それは一体、誰からだ。表情を変えた俺に、トパズは目を閉じる。


「そう、御察しの通り、竜姫様からよ」

「え……!」

「言伝、ってそれじゃ」

「その通り。あの人は残るつもり。世話になった、今までありがとうって伝えてくれって言われたの」


 胃袋に、重い鉛が雪崩れ込む様な感覚だった。

「姫様は、君達に気遣ったんだろうね。別れが惜しくならない様に、皆が後ろ髪を引かれないで城を出られる様にと」

「そんな……アディさん、どうして……」

「アイツの選んだ選択だ。最初から、決めていたんだ」

 俺はアレイクの嘆きに、俺は口を開いた。


「さっきも言っただろ。俺達も帰らないとならない。此処でお別れなんだ」

「またいずれ会おう、って言ってたよ。きっと人間界にまた行くと思う」

「そっか。パルダやオブシド、城の奴等にも礼を言っておいてくれ」

「オーケー、また遊び来てね。あたしもこの国も歓迎する」

 指でサインを作り、トパズは俺達を見送る。


 残念な想いも含みながら、俺達はトゥバンを後にした。危険な魔物の少ない安全なルートを辿って港まで向かう。

 それからトリシャが二人の離別の事実に後れて気付き、泣き出すので大変だった。アレイクも鼻をすすっていた。

 今生の別れじゃない。俺も、そう言い聞かせながら余計な事を考えないように努める。


 馬車の中で揺られて座っていると、レイシアが声を掛ける。

「良いのかグレン」

「何が?」

「何が、じゃないだろ。このまま本当に帰ってお前は納得出来るのかと聞いている」

「何を今更。納得って、どうしようもないだろうが。アイツは残ると自分の意思で決めた。誰かから強制されてる訳じゃない。城のごたごたと向き合うつもりのアイツを、無理矢理連れてくべきだったのか?」

 

 あちらが本来の居場所だ。それは向こうも承知の上で選択している。

 その意思を尊重せねばならない。


「確かに、理屈ではそうかもしれない。でもそれで良いのか? アディ殿を残してしまって。私は、嫌な予感がするんだ」

「あっちにはパルダやオブシドもいるんだ。俺達には何もしようがないよ。スペサルテッドとかいう野郎も、竜王の前では下手な真似出来そうになさそうだからな」

 あの二人も旅では凄く心強かったよなぁ。俺と人間だけでドラヘル大陸を渡るんだ、気を引き締めないと。


 ようやく、火の国トゥバンを囲う岩山を超え始めて見えなくなった。崖に沿った山道を渡る。

 月が雲に隠れる夜の移動。朝までには峠を抜けておきたい所だ。


 魔物との遭遇に警戒にあたっていた俺達だが、荷台の奥で休んでいたアレイクが立ち上がる。

「あの……! ちょっと止まって貰って良いですか?」

「何だよ、小用か?」

「何かが近付いて来てるんです! ……うん、間違いない皆さん警戒をっ」


 竜馬が急ブレーキを掛け、慌てて皆も荷台から降りた。それぞれの武器を構えて周囲に意識を広げる。

 虫の音が延々と鳴るだけの崖道。不味いな、下手に暴れると転落する危険性がある。襲撃されると一番厄介なタイミングだ。


「本当にこっちに迫ってるんだな? 今のところ何もいなさそうだが」

「僕、最近魔物とかから向けられる強い感情に敏感になってて。今、真っ直ぐに僕らを目的に向かって来てるのが分かるんです! 勘違いな事を祈りたいのは山々何ですが」

「ふむ、どうやら彼の転生者としての能力の様だね。吾輩の本体の死に際の想いを拾ったのも、やはりそれだろう」

 荷台から顔を除かせるトリシャの頭に乗ったシャーデンフロイデが、注釈を入れる。活用できるならそれに越した事はない。


「後ろです! 丁度僕達の来た道から! でも、これは……」

 言われて、俺達は闇の中を凝視した。形は愚か、物音すらしない。

 が、チカッと夜陰に碧い二つの光が遠くで見えた。何かの生き物の瞳だと察する。


 そして、それが敵ではないとすぐに分かった。両足で走ってきて呼んでいるからだ。

「皆さまー! 皆さま! 無事で、無事でいらっしゃいまするか!?」

「パルダっ、お前、まさか城から此処まで走って来たのか? それに、何でお前……それは」


 追い付いて来たという事実もさることながら、全く息を切らした様子も無く、パルダは目の前でひざまずく。

 それ以上に気になった事がある。彼女が悲嘆に喘いでいた。

「ど、どうしたんだよ。何で泣いてるんだ」

「ほ、報告に、まい、参りまし、た」


 涙声で、しゃくりあげる。

「トゥバンが、我が国が……グレン様が発ってから間もなく、く、クーデターに……! ひ、姫様が……姫様が!」

 静まり返った夜、俺の思考に落雷が落ちる。 

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