俺の観戦、ヤムチャ視点
アルマンディーダの弟と、客間での対談の夜を過ごした。
此処とは異なる大陸の風土や、そこに住まう生き物や人間の話。俺自身の身の上話から、出逢って来た相手との出来事。俺が思い付く限りの色んな話に、彼は耳を傾けた。
「羨ましい限りです。僕は学楼塔に缶詰めな生活ばかりで、トゥバン以外の世界を誰かから聞く以外に知る術はありませんから。グレン殿や姉上の様に、僕も外の世界を渡ってみるのに憧れを抱いてしまいますねぇ」
「良い事だけとは限らないよ。俺だって此処じゃあ珍しくて好ましく思われてるみたいだが、他所に行けば蛇蝎の如くって言葉が似合う嫌われもんだぜ?」
「だかつ?」
「あー、こっちじゃそうか。つまり蛇って蛞蝓が苦手で奴がいるとそれを避けるだろ? それくらい嫌われている様な例えの事だよ」
「なるほど。グレン殿の様な御方がそんな扱いをされてるとは、にわかには信じられない。貴方の目は、僕の見る限り素晴らしい理知に輝いているというのに」
またその言い回しか、と思いながらも納得した。コイツはアディの弟だ。
「確かに竜人は外観の拘りに縛られない部分が大きいです。僕もこうして人間に近い姿をとったり」
言いながら、ガーネトルムは自らの顔に手を当てた。すると、頭部の造形が変化する。
「ドラゴンと同じ形態を備える為、姿形はそこまで重要ではないんです」
紅い鱗に覆われた竜の頭になった。声音や紅い瞳の色は変わらない。こちらもまたガーネトルムの側面。
「とはいえ、僕もまだ未熟で完全に人の姿にはなれないんですよね」
元の端麗な美少年の顔に、彼は戻した。だが角や翼までは引っ込められないそうだ。
「でも、やっぱりその塩梅が一番楽なのか? アディも良くその状態になるが。いや、パルダは完全に人間と変わらない姿にしてるし、オブシドはドラゴン寄りだしなぁ」
「え、姉上が今の僕と同じ状態に?」
「なるけど? まぁ、さっきもそうだけど公の場では人100パーセントになってるけど」
「へぇ、へぇ! そうなんですか? それはまた貴重なお話ですね!」
ガーネトルムは意外の念に打たれた様子から、面白い話を聞いたように声を弾ませた。
「もう一回お伺いしますが、グレン殿の前では、僕と同じくらいの姿になると?」
「ああ、うん。そうだよ? そういや他の奴等がいない時とかでも良くそうなってる気がするな。うん? それって何か変なの?」
「変というか、何と言えば良いのでしょうね。悪い事ではありませんよ、そうかぁ姉上がそこまで……あ、申し訳ありません。話をそっちのけにして」
自己完結し始める竜姫の弟だが、俺のじれったい様子に勘づいて詫び、続ける。
「姉上は、誰かと話す時普段から気さくで友好的な態度をとります。しかし、反面警戒心も強く、ろくでもないと判断して相手をするまでもない様な者には口すら利かない事も多いです」
「分かるなぁ。人を見て話すかどうか決めてるらしいし」
「そして、恐らく人前でも完全に人間の姿に留めている筈なんですよ。例え自分の身の上を知った者だったとしても。それは、姉上の精神的な防衛なんです」
そういえば、竜人の国であるにも関わらず、アルマンディーダは一度も竜人の姿の片鱗を見せていない。もう隠す必要すら無いのは当人だって分かり切っている筈なんだが。
最後に彼女の竜人的な部分を見たのはここに来る前の、そう……俺が馬車の中で眠っていた時だった。彼女だけがあの中にいて、外に出た途端完全な人間の姿になった。
「姉上の竜人らしい姿を見られるのは、僕や父上、パルダの様な身内くらいですよ? 気を許した相手の前でしかそんな部分を見せません。グレン殿、貴方は相当気に入られている様だ。信頼されているからこそ、姉のそんな部分が見れるんです」
気を許す? 信頼? 今ままで気にしたことも無かったガーネトルムが分析するアディの内心評価に、俺は首を傾いだ。だって、ゴブリンだぞ俺?
「声を掛けられた時もそうだが、俺のどこがそんなに気に入ってるんだか?」
「さぁ、僕にも良く分からないです。しかし、貴方が素晴らしい人物であると僕も思います。きっと、貴方の中にある何かに惹かれているのかと」
お開きになる頃にはすっかり夜が更けていた。ガーネトルムは学楼塔とやらの、別のトゥバンから少し離れた所で勉強しているらしく、明日にもまた再開する為戻らなくてはならないと名残惜しそうに別れを告げた。
アルマンディーダともっと話さなくて大丈夫なのか? と聞いたが、帰って来た以上また会う機会が多くなるから構わないそうだ。
そうだった、アイツも国に帰ってきて俺達と発つ訳ではないんだ。竜人の王女が、必要もなく出掛けられては困るだろうからな。
内庭を歩いていると、硬い金属が激しく接触するような音が聞こえて来た。
その音のする方へと向かうと、かすかな一つだけの灯りの下、殆ど暗がりの状態で影が交錯する。夜目の利く俺の視野に、その仔細の状況が入って来る。
黒い竜の姿をした影と、白い衣服の少女が争っていた。
黒竜オブシドがその手に黒い槍を持ち、少女へ躊躇いなく無数の突きを繰り出す。それを身を反らして紙一重で避けるパルダは丸腰だった。
「ハッ」
パルダは腕を振るう。槍の矛を手で逸らし、オブシドの間合いへと大きく詰め寄る。
オブシドは槍を振り回し、パルダの腕を外に追いやる様に薙ぎ払う。
しかしパルダはその動きに合わせて身をよじって回る。そのまま槍柄に乗ってオブシドの目と鼻の先にまで届いた。
「覇気の勢いが足らんっ」
が、オブシドは動じなかった。槍に頼らず、殴り飛ばす。
宙に投げ出された彼女だったが、すとんと重力がほぼ掛からない着地をしてすぐさま構える。
傍目から見れば丸腰のいたいけな少女が武器を持った竜人に襲われている様な光景だが、パルダはそもそも素手で闘うタイプだ。素性を隠す際に、ジャマダハルという武器を使っていたがあれは人でない彼女の能力を隠す為のカモフラージュだった。彼女は全身から鱗を先鋭化させて凶器に出来る。だから得物が必要ないのだ。
「パルダ、貴様には翼が無い」
「はい」
「そして火も吹けない」
「分かっております」
「だから俺はこうして同じ土俵で立っている。貴様唯一の白兵戦すら、遅れをとっていては何も残らないのだぞ」
「承知の上で、ございまする」
「強気だな。だが口では何とでも言える。その自信のある刃、なまくらならばへし折ってくれる」
稽古をつけているのだとはすぐに分かった。彼らの会話が一通り終わるなり、実践に近い緊張感の伴った模擬戦闘がまた始まる。
「帰ってきて早々良くやるよねぇ」
見入っていた俺の隣で、いつの間にかパルダの姉トパズがいた。
「ウチ等ってさ、白の一族黒の一族って大仰に呼ばれて王族に仕えてるけど、あの二人はとりわけ実力者で他の連中に立つ瀬が無いのよ。特に私とか。パルダはポンコツで良くドジするけど、それでも本番に強いし有事の際なんてかなりの力を発揮するタイプでさ。嫉妬しちゃうレベルね」
「あの二人は師弟関係なのか?」
「おお、鋭いねぇ良く分かるねぇ。闘い方とか違うけど、オブシドに妹は闘う術を学んできた。あたし? あたしはねぇ、そういうの全然からっきし。ちょっと逃げ足が速いくらいかな」
あっけらかんとトパズはへらへら笑っていた。その訓練の様子を見ながら、肉をかじっていた。まだ残り物に手をつけていたらしい。
「おっ、パルダが本気だした」
彼女が示唆する通り、パルダの姿勢が変わった。低く腰を落として片袖をまくり、片腕から鱗の刃を肥大させる。
「フゥゥ……」
彼女の薄いピンクの前髪から、音を立てて何かが現出した。眉間から一本角が生えたのだ。青い瞳が夜陰に煌めいて線を引く。
隣で観戦していたトパズがウィンクした。ほら、あたしと同じ角でしょ? という意味だ。
オブシドも槍の穂先を差し向け、その動きに応じる。
「一瞬に掛けるつもりね」
「どうするつもりだ?」
「単純。真っ向から突っ込んで斬りつけるのよ。超、高速で」
居合か。そう、息を付いてる間の事だった。
「く、ぁ……!」
「え?」
決着は既に決まっていた。
目を離したつもりはないが、気が付けばパルダの姿を見失い、オブシドの背後で転倒する彼女を目にする。瞬間移動でもしたみたいだった。
「うーんカウンター決められたねぇ」
「トパズ、お前には今の見えたのか」
「まぁねー。パルダが振りかぶった所で、オブシドもタイミング合わせて槍で撃ち落としたの」
あっけらかんと言うがとんでもねぇ動体視力してるな、この姉ちゃんも。
俺にはどういう過程があったのかまるで分からなかった。ヤムチャ視点だった。
だが、どうやら仕掛けた彼女がオブシドに転がされたって事だけは理解出来る。竜人同士だからこその高次元な動きだ。
「未熟者。早ければ良いという訳ではない。単調だとこの様に手痛い反撃を受けて命取りになる」
「……はい。申し訳ございません」
いや、よっぽどの達人で無ければあんなの見切られないし未熟とは言えないと思うが……。特に俺なんかじゃ、ノーモーションで使える硬御ですら間に合えるかどうか。
少し経ってから俺達に気付き、二人はこちらにやって来る。オブシドは詫びる。
「とんだお見苦しいところをお見せしてしまったようで」
「いやいや、お手本になってよかったよ。俺も竜人の戦い方をもっと学びたかったしな。そういやパルダ、トリシャは? 風呂に連れてもう二時間は経ってるが」
「ああ、すぐにお休みになられました。初めての旅でお疲れだったのでしょう。そしてお時間の空いた所でオブシド様に稽古をつけて頂くことになりまして」
「稽古するったって随分急よねぇ。今回結構激しかったし、パルダが興奮して若干竜化するぐらいには」
ハッとした様子でパルダはまた角を引っ込める。どうやら俺がいることを忘れてそのままだったらしい。
「やはり人間形態の方が、グレン様としてもお目を汚すことはございませんよね?」
「そんなの考え過ぎよバカね。人間の世界に何年もいたからそういう強迫観念に囚われてるの」
「お前の姉ちゃんの言う通り、俺は気にしないよ。たださぁ……なんかさっきの角、どっかで見た事あるような」
「あ、ありませぬ! その様な事はありません!」
慌てて俺の言葉を遮るパルダ。何で必死に否定するんだろうか?
そんな夜の出来事も過ぎ、俺は用意された寝所へと向かった。