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俺の咆哮、聖騎士へ

 意味を図り兼ねた。どうやらレベルという仕様は俺以外のこの異世界で暮らす住民にも認知された概念であるようだが、この教会で俺はそれを初期化されたと告げられた。

 つまり、修道女が口にした俺のLV8分はどうなった、というのか。


「貴方は現在初めからであるLV1、という事ですよ。秘跡ミサとは、命の代わりに罰を与える時悪人の業を許す為、それによって貯め込んだ穢れと共に培った力も最初に戻す典礼を意味する物なのです」

「そういう事だ。貴様はこれで浄化を終えた。そして残りの罰を受けてもらう」


 回らない思考に、ペンドラゴンは囁く。

「さあ歩け、広場で鞭を打つ」

「……と…………よ」


 先陣をきった騎士達が教会の扉を開き、縄で縛られた俺を連れ出そうとする。

「ちょっと待てよ!」


 そこまでは為すが為されるがままだった俺は遂に怒鳴り散らした。

 いい加減にしろ。流石にもう限界だ。そして黙っていたのを後悔した。力を奪われる結果をみすみす見逃してしまった。


「俺が犯罪を起こしたかどうかの審議はどうなった!? 疑いがあるだけで処罰を下すのが此処のルールだって言うのか! 冤罪を証明する為に俺はあの村でわざわざ姿をさらけ出したんだぞ! あのゴブリンを罰するなら分かるが、何で俺なんだ!?」

「魔物というのは存在するだけで罪。寧ろ問題解決に勤しんだ分、野に放つというだけでも温情なのだ。納得出来ないか? それなら生まれを恨むんだな」


 その反論に俺は奥歯を噛み砕きそうになる。生まれを、恨め? 何だ、その勝手な言い分は。


「俺は心まで魔物になったつもりはねェ! あのアホ女神が俺をこんな身体にしやがっただけなんだよ! それが何だ! テメェらの言う神がこうしてこんなクソったれな世界に送り出した俺だとしても、出生だけでイチャモンつけるってのか! アァ!?」


 首元に剣が突きつけられる。硬御こうぎょはレベルに比例して防御力を上げる闘技とうぎだ。初期に戻された今の状態では焼け石に水。簡単に突破されるだろう。


 だが構うか。命を落としてでも、身の丈を吐き出してやる。そう決めた。

「神を語るな下等種。獣は神を信じない」

「信じる? ハァッ! 信じるも何も俺は知ってるんだよ! テメェみたいに都合の良い神様の人物像を描いている糞野郎よかナンボでもな!」

 まるで踏みつけた靴底に、ガムがくっついたのに気付いたような顔をした。


「黙れ。神は貴様のような下劣な者に関わりなど持たない!」

「おおどうした騎士サマ。魔物の戯言に耳なんか貸しちゃって、指摘された事は図星だったって訳ですか? 建前なんだよ。お前の言ってる悪なんてのは、単に自分が気に食わない物ってだけだろ! だからあれこれ理由付けてこんな教会で懺悔させようとしてんだよなぁ!? みみっちィー!」

「貴様ァ!」


 ペンドラゴンも業を煮やしたところで修道女が制止する。

「おやめなさい! 此処での殺生は禁じられています。剣を、収めなさい」

「指図する気かッ」

「神の御前で反抗する意味がお分かりですか」

 教会内の白い十字架を示唆され、騎士は渋々鞘に長剣を納める。


「ゴブリンよ。貴方も気を鎮めなさい。少し尋ねたい事があるのです」

「何だってんだ。勝手に連れて来られてこの仕打ち。俺は何も悪いことしてねぇのによ」


 そうだ。あの時もだ。アホ女神は言ったのだ。俺は悪いことはしていない。けれども、だからと言ってそれはプラス評価にはならないと。

 そして、マイナスになる道理でもない。それで俺はこの世界にやってきた。アホ女神の言葉と矛盾している奴の信仰……神の代弁とやらが、正しいわけが無い。


「貴方がどういった経緯でどんな行いをして来たのか、教会を代表する者としても分かりません。ですから、ひとつだけ確認を」

 修道女は、拘束された醜いゴブリンに聞く。


「貴方は神を信じますか?」

 質問の意義に戸惑い、煮えたぎるような熱が一時だけ温くなった。

「……知ってるよ。いや、この場合信じていると言った方が良いんだろうな。それが、なんだよ」


 俺はその神という存在と出逢い、転生した。存在を信じる以上の領域にいるという事になる。

「馬鹿げた答えだ!」


 ペンドラゴンは侮蔑の言葉を投げる。俺の一問一答にすら邪魔をする。

「そんな物口でなら何とでも言える! その場の現状打破に! 生きる為に貪欲で! 浅知恵を持った魔物風情でもな!」

「はい。信仰を持つ者は怪物にあらず、すなわち魔物ではなく人。彼が信仰を証明する事が出来れば亜人として認められます」

 修道女は自分の首に下げられたロザリオを取り出し、差し出した。


「これをお持ちになってごらんなさい。これは、信仰のある者にのみ許された聖具。心悪しき者、ましてや魔物では触れる事も出来ずに拒絶されるでしょう」

 シスターの目は、俺の姿から目をそらさない。その視線はこのペンドラゴンや街の人々とも違う。そうか。俺のなりに不快さを表していないというのか。


 俺は、少し考えた後、それを手に持った。吸血鬼みたいに十字架に触れて焼けるような事も無く、俺はそれを握りしめた。

 その結果に、手渡した修道女以外の一同が驚きに揺れた。魔物とみなされていた俺が、信仰を持っているという認識に戸惑っている。


贋物にせものだ! そんな事あってはならない!」

 隊長のみが、その現実を否定する。


「こんな魔物が神を信じる事などあり得るか! こやつはゴブリンだ! ゴブリンなどの卑しき者に、本物の十字架など持てはしないのだ!」

 まるで演説するように、偏った主張をペンドラゴンはのたまう。


「その十字架は本物です」

 開かれたままの扉に、黒を基調とした神父のローブとその中に鎧を着た男が教会内に入ってきた。腰には細い剣。穏やかで整った美貌に銀の眼鏡をしている。


「巡礼がてら、教会に立ち寄ってみれば騒がしいですね。神の御前ですよ」

「聖騎士、長……」

 荒らぶっていたペンドラゴンだが、血の抜けたように真っ赤な顔を青ざめさせた。


「私自らがシスターに贈った、神の信仰の証です。それを証拠に、そのロザリオには私の刻印が彫ってあります」

 手にあったロザリオをよく見ると盾の紋章があった。騎士は信仰と密接な関わりがあると言うが、聖騎士の物だったとは。


「という事は、私自身が信仰の無い人物で無い限り、彼は人権あるべき者であると保障されるが、それでよろしいかな? ペンドラゴン殿」

「ぐっ」

「此処で起きた事は神のみぞ(あずか)り知る出来事。国内でこのような些末な混乱は民への信用にも繋がりますからね。皆の了承の許、今回は秘匿にしておきましょう」


 震える手甲が更に堅く握られ、ペンドラゴンは教会から出て行った。彼がこんなに回りくどく俺を罰そうとしたのには理由があった事を俺は後日知った。


 どうやら、きちんとした理由も正当性も無く人を殺生してはならないというのが宗教のそして騎士道の大原則らしい。無論、俺のように亜人か魔物か怪しい立場の者であれば特に気を付けているそうだ。


 だから罰するという形で件の問題をあのペンドラゴンは収束させたかったようだ。亜人を見下し、陰でいびる人格の持ち主だとすぐに分かる。


 この世界では亜人という人間に近い生き物が多くおり、そしてこんな風に偏見で見られる事は良くある事なのだそうだ。特にゴブリンは殊更(ことさら)に厄介で、知性の高さによって判断の変わる種族な為、犯罪一つで魔物としても処理される危うい立場だと俺は知る。悪い事してなくてよかったー。

 冒険者二人組? 知らんな。


 それからどちらからともなく話は続いた。

 俺が村から連行されるまでのいきさつの説明に、信憑性があるとお墨付きを貰えた。ゴブリンの中でも高い知能と友好性を認めてくれた。


「グレンくん。貴方を不当に中途半端な罰と、秘跡ミサを行ってしまった事を深くお詫び致します」

 ハウゼン聖騎士長は、そう俺に頭を下げた。修道女と同じで話の分かる相手だ。


「代わりと言っては何ですが、私の直筆のこれを」

 没収された持ち物と一緒に、一枚の綺麗な紙切れが白い手袋から手渡される。その内容は、どうやら亜人として村や街を通行する事を聖騎士長によって認可された証書だった。これまでのように追い払われようものなら、亜人を不当に扱ったとして騎士をそして国を敵に回す事になる。

「けれど、例えば知恵を付けた魔物がこれを奪って忍び込んだり悪用する危険性は無いか? そういう前提で、俺が他から奪ったと疑われるかも」

「そこで、貴方のそれです」

 と、ハウゼンは俺の首に掛かったロザリオを指さす。これもくれると言う。


「信仰のある者にしか持つことの出来ないそれを見せれば、貴方の人権は名実共に保障されます。貴方は我々と同じく神のしもべ。信じる者は救われねばなりません」


 そうして俺はこの街に居る事も公的に許された。返されたスクロールを見る。



 グレン:LV1(+1)

 職業:戦士 属性:土 HP:26/26 MP:1/1

 武器 鋼の長剣 防具 旅人の皮服 装飾 なし

 体力:26 腕力:11 頑丈:8 敏捷:19 知力:8

 攻撃力:17 防御力:11


 レベルがそこまで高くはなかった事が不幸中の幸い。少し頑張れば取り戻せる。

 それに大きな進歩もあった。あの野良の生活が少しはマシになるだろう。此処からがスタート。随分遠回りだったな。


 俺はこれから様々な事を詳しく知り、そして強くなっていかねばならない。

 この世界は理不尽が大手を振っている。現代とは異なり弱い者、産まれの恵まれなかった者、運の悪い者はすぐに衰弱していく世界だ。けどだからといって来世を期待して、今を諦めるのはまだ早いと思った。



 この大地へ捨てる神あれば、俺の心の叫びを拾う神もあるのだから。


 一章 完

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