俺の人生、紙風船
初投稿になります。
ゴブリンの織り成す痛快な物語をお楽しみください。
「貴方は天国には行けません」
事故により大学生で亡くなった俺は、目の前の女神と名乗る金髪の少女によってその事実を端的に伝えられた。それが俺の判決だった。
白いベールの衣。頭の上に円環の浮かんだ少女の言葉に、俺は思考と動きを止める。
突然雲海の望める建物の前で意識を取り戻し、そして己の死の事実を認知してから中に入って僅か10分の出来事である。俺は、机と椅子以外何も無い白で塗り潰された部屋の中で茫然とした。
「ち、ちょ、ちょちょっと待ってくださいよ! それじゃあ、て言うことは地獄行きって訳ですか? 俺何か悪いことしましたっけ? 人を殺したとか、誰かの物を盗んだとか」
やや間を置いてから弁論する俺の引きつった顔を、女神様は穏やかに見つめる。苦笑も不愉快な表情もしない。
それで分かった。俺を何とも思っていない。あくまで事務的に、死んだ人間の対応をしてるだけで感情移入も糞も無いんだ。
「刑法というのは人間観の話でして。私達はそれらとはまた異なる点で裁量を判断しております。と言っても、--さんはこれまでの人生で特に目立った悪行と言える物はありませんね」
「だ、だったら何で」
「逆に質問致します。何も悪いことをしていないという自覚があるとして、貴方は生きている間に何か良いことはなさいましたか?」
頭が真っ白になる。頭の見えない避雷針にでも落雷が落ちた気分だ。
「貴方の中で一番善行をしたと言える物は何ですか?」
俺は質問に閉口した。
「善行、即ち人間の社会や周囲の関係でプラスになる行いは、私の確認した内容そして貴方自身とのやり取りでは特に見つける事は出来ませんでした。繰り返しますが、何も悪行を成していないからと言って評価がプラスになる訳ではありません。マイナスにならないという話です」
振り返る20と余年の人生。俺は何かの役に立てたのか? いいや、実際こうして女神の御前で天秤に掛けられた結果がこれだった。のうのうとしていただけでは、ダメであると。
まるで薄っぺらい紙風船のような人生。
しかもそれを裏打ちするように、脳裏で様々な思い当たる節が駆け巡った。
俺は自分の我が身可愛さに、色々な他人の不幸から目を逸らしてきた。
いじめが起きても見て見ぬふり。誰かを不幸にする仕業にも見て見ぬふり。自分の保身ばかり考えて動かなかった屑だ。屑野郎だ。
「…………じゃあ、俺は地獄行きなんですね」
打ちのめされた事実に、俺は泣きそうになる。善行って何をしてれば良かったんだよ。
働いていれば社会貢献だ、とも考えたがそういう経験もバイトぐらいじゃあまり良くないらしい。というか小遣い稼ぎを目的にしてるレベルでの労働じゃ話にならないのだろう。神様がそう言うんだから。
「いいえ。貴方は地獄にも行きません」
「え?」
淡々と、だがおしとやかに女神様は俺の早とちりを訂正した。
「先のとおり今の貴方の魂はプラスでもマイナスでもありません。つまりはこのまま天国へ昇華するのでも地獄へ堕ちて浄化するのとも異なります」
そして彼女は告げる。ハッキリと、穏やかに。
「良いですか? --さん。貴方にはもう一度、新たな人生としてやり直してもらいます。別の世界へ生まれ変わっていただく方針です」
転生。俺の偏ったカルチャーが導き出した単語が、そのお告げの意味を理解させる。要するに現世に新しい俺としてまた生きろと言う。
「此処までのお話は理解されたようですね。次のステップに移らせていただきますよ」
「えーっと、ハイ」
色々聞きたかった話の内容なのか、女神さまはリングに綴じられた紙を向かい合って座るテーブルの上に置く。ラミネート加工に加えて手描きだ。この女神さん手作りかよ。
「貴方が過ごしていた地球……宇宙とはまた異なる世界が幾つもあります。此処が私達が管理し貴方が生きていた世界」
描かれたふたつの円。そのうち左の丸い円の中に建物と人々らしき絵があり、細い指先が指示する。
もう片方の円には草木と山、そして小さな家や風車が建てられた景色の絵に女神さまは指を移す。
「こちらを第二宇宙、セカンドプラネットとでも考えてください。兎にも角にもこちらも私が管理している世界。私以外の神々が分担して色んな世界の秩序を管理しています」
とは言っても、基本的には不干渉で直接手を下さない事がルールらしい。
「という事はその別の世界の方で、俺は転生してもらうって事ですか?」
「その通りです。正直にお話ししますと地球はまだ管理の行き届いた世界ですが、他の世界も同じく全てが完全に私の目が届いているという訳ではありません。そこで一度魂の裁量を判断し直す方を送り、管理の代行をしていただくという方針になりました。調査と言えば分かりやすいでしょうか?」
ああ、生まれ変わるといっても記憶はきちんと残る訳か。それなら天国の実在を知る人間は普通清く正しく生きようとするし互いの為になるな。
「具体的に俺は何をすれば?」
「その世界の住民になり、生きていくこと。転生者になること。それだけです」
「それだけなんですか?」
「仮の形ですが、貴方はこれから神の使い。わた……いいえ何でもありません。そうして介入する事で神々が管理する幅が自然と広がっていきます」
何を訂正したのかは分からなかったが、俺は頷く。
どのように生きるか、何をすべきかはあくまで俺自身の話。意向には逆らえないなら任せよう。
「では、準備はよろしいですか?」
「あれ? もう転生?」
「はい。貴方はこれから肉体を与え飛び立ちます。あちらの世界については貴方自身で学んでください。どんな文化が根付き、どのような生物が生きているのかその目で確かめなさい」
俺の身の周りを、包むようにして光の膜が張った。それと一緒に浮き上がる。
「あ! 一つ言い忘れてました!」
ふわふわした感覚に遠くなる意識。最後に女神様は取り乱した様子で付け加える。
「転生される方は他にもいらっしゃいます。なるべく力を合わせて世界の一部になってください」
俺があの世と思った場所での記憶はそこまでだった。