オトメンな夫と男前な妻
「ただいま~」
小さな呟きが聞こえ、そっとドアを閉める音もする。
ようやく帰ってきたか。今日は大分遅いな、もう1時だ。
「お帰り」
出迎えると、ソファーにへたりこんでいた顔が驚きの表情を浮かべてこっちを見る。
「ごめんね、起こした?」
「いや、起きていた。気にするな。大丈夫か?顔色が悪い。」
手に持っていた水を渡すと、
「ありがとぉ」
だるそうな腕を持ち上げて水を一気に飲み干し。
「げほっ、かはっ」
「馬鹿か」
案の定むせる背を撫でた。
「今日は何杯飲まされたんだ?」
「10からは数えてないなぁ」
「相変わらず容赦ない上司だ」
「男は呑めて当たり前らしいからねぇ」
苦笑する顔を見つつ、コップを受け取りテーブルに置く。
「風呂に入れてやる」
「ええっ、ちょ、玲ちゃん!?」
「騒ぐな」
「いや騒ぐよ!そりゃ僕をお姫様抱っこ出来るのは知ってるけど、」
「優」
名前を呼ぶと、抱きかかえた身体がびくっと震える。
「恥ずかしい、よぉ」
「判っている。照明はギリギリまで落とす、手早くやる。汗をかいたままでは気持ち悪いだろう?すぐに終わるから目を閉じてろ」
「玲ちゃんどーしてそこまで男前なの」
「諦めろ、元からだ」
ようやく大人しくなった腕の中のものを落とさないように抱えて、風呂に入れる。
目をぎゅっとつむり、顔を赤くしている姿は我が夫ながらどうしてここまで可愛いのかと心底思う。
まぁ、身長182センチの23歳男に可愛いという呼称は似合わないと本人が聞いたら言うだろうが、可愛いものは可愛いのだから仕方が無い。
「また、可愛いって思ってるでしょ」
「何で判る」
「やっぱりぃ……僕から言わせて貰えば、玲ちゃんの方がずっと可愛いよ?」
「182センチの男を軽々と抱き上げられる163センチの女に可愛いという呼称は当て嵌めていいのだろうか」
「ううう、確かに僕、情けないよねぇ」
「馬鹿」
何を考えているんだお前は。
「私がやりたくてやっている。優が気にする必要は何も無い。お前は本当に、よく頑張っていると思う」
私の言葉に。
「玲ちゃんってば、やっぱ、本当、男前だねぇ」
答える声は、かすれていた。
何でこんなに無理をする必要があるのだろうか。
髪を乾かしている間に眠ってしまった優の頭をそっと撫でる。
優は、今風に言うとオトメンという奴だ。
可愛いものが好きで、酒に弱く、甘いものが好きで辛いものが苦手で、料理やら裁縫やらが好きでプロかとツッコミを入れたい程に得意で、恋愛小説やドラマもよく見るしおまけに涙もろい。はっきり言ってしまえば男らしくないのだ。
その外見を除けば。
一応長身に入るであろう身長。
短く切られた髪と端正な男らしい顔立ち。
5歳からやらされている柔道と野球のおかげで運動神経は抜群(ちなみに柔道部と野球部を掛け持ちしつつ、両方の部でマネージャーも兼任していた)、難関大学にストレートで合格する程の頭もあり、公務員試験にだって一発で通った。
仕事も出来て性格も温和で家柄もいい。オトメンな所を除けば本当に非の打ち所のない男性なのだろう。
私に言わせて貰えばそれこそが優の個性であり、好きな所でもあるのだが。
優と私は従姉弟同士で、家もすぐ傍の為、本当の姉弟のように過ごした。
私はあまり女らしいと言える性格ではなく、優のように料理や裁縫が得意でもない為、優の事を尊敬していた。だが、優の父親はそんな優を受け入れてはくれなかった。
優の父親は、優からまず裁縫を取り上げた。
次に料理を取り上げた。
次に、男性らしい行動をするよう強制した。
優がどんどん父親の思うように作り替えられていくのが嫌で、私はよく優を家に誘った。ありがたい事に、私は見た目だけは大和撫子を地で行くような風体の為、優の父親は私と優が共にある事を喜んだ。
更にうちの両親が全面的に協力してくれたので、私は優に自由に振る舞える時間と場所を与える事が出来た。
裁縫も料理も二人で目一杯やった。
可愛いものだって目一杯私の部屋に集めた。
甘いものも私とならデートと称して食べる事が出来た。私はそこまで甘いものが好きではないので、隅の席に座り私が頼んだものを優が食べるのだ。
その時の優の顔ときたら本当に幸せそうで、人前でなければ思いっきり頭を撫で回したい位だった。
心底満足していた私に、ある日、部屋で優がぽつりと言った。
「いつもありがとう、玲ちゃん。玲ちゃんがいなかったら僕、自分でいられなくなってた。でも、玲ちゃんはあまりこういうの好きじゃないでしょう?
父さんだって、僕の事を思ってあれこれ言って、やってくれてるんだよ。
だから、僕、もういいよ。もう十分。僕、だいじょ~ぶだから」
今にも泣きそうな顔をして言う優に、どれだけ自分が浅はかだったか知った。
私は一番大切な事を言っていなかったのだ。
「優、確かに私はこういう可愛いものはあまり好きではない。」
「でしょ、じゃあ」
「最後まで聞け。だが私は、こういうものに囲まれて幸せそうに笑っているお前を見るのが好きだ」
「え」
「愛している、優。ありのままのお前を。
お前に私を好きになれと言うつもりはないし、気持ちを押し付けるつもりもないから安心していい。
だが、せめて私の前で無理に自分を作るような真似だけはするな。この部屋も今まで通り好きに使っていい。私はお前の幸せそうな笑顔を見ているだけで幸せになれるのだから……優?」
優の顔は、いや、顔だけでなく耳や首まで真っ赤になっていた。
「どうした、優?何か」
「……き」
「優?」
「僕、も、玲ちゃん、が、す、す、す」
ああもうどうしてここまで可愛いのだろうかこいつは。
必死に深呼吸して言葉を紡ぐ優に悩殺されかける。
「す、き。」
理性崩壊。
がばっとその場で優を抱きしめ押し倒し、思いっきり泣かれてしまった。
だが悪いのは全て可愛すぎるこいつだと思う。
それからは早かった。優が私を好きならもう遠慮する必要はない。
ありとあらゆる手練手管を使い、優の父親に自分を売り込んだ。
元よりうちの両親は優が大のお気に入りだし、優の母親に至っては私が優の最大の理解者だからと全面協力を約束してくれた。優が次男だった事も幸いした。
半年も経たないうちに私は優の許嫁の座を勝ち取り、将来的に優はうちに婿養子として来る事になった。
明日が結納となった日。部屋に来ていた優が何か言いたそうにしていたので促す。
「その……本当にいいの?僕なんかで?」
こいつはいきなり何を言い出すのか。
「逆に私が聞きたい。本当に私なんかでいいのか?お前ほどいい男なら、もっと他にも」
「玲ちゃんがいい」
やけにきっぱり言い切ったな。
「なんか、なんて言わないで。僕は玲ちゃんがいい。玲ちゃん以外はいらない。玲ちゃんだから、その、す、す」
また深呼吸して言葉を紡ぐ優。
その度に私に襲われるのだと言うことをそろそろ学習して欲しい。
「好き、なんだから」
「優、頼むから学習してくれ。また押し倒すぞ」
「そ、その、玲ちゃん。」
「どうした」
「僕、男だよ」
「知っている」
「だから、その……もう、駄目だから」
「何がだ」
急に真面目な顔になった優が、私の目をじっと見る。
「男だから。判ってる?いざとなったら、僕、玲ちゃんを押し倒せる」
「そうだろうな」
「玲ちゃん、自分が女の子だって判ってる?」
「あぁ、一応」
「危ないから、もう僕に抱きついたり押し倒したりしちゃ駄目。情けないけど、その……いつまで、我慢出来るか、わかんないから」
「ゆ、う」
「あはは、ごめんね。何言ってるん」
「お前、私相手に欲情するのか!?」
ごつん。
優は座った状態のまま、後ろに引っくり返って机に頭をぶつけた。
「優!大丈夫か!?」
「だ、だいじょ~ぶ……」
見事にこぶが出来ている。
慌ててキッチンに行き、アイスノンを持ってきて頭を冷やす。
「眩暈は?吐き気はないな?」
「うん」
「済まない、痛かったか。しばらく冷やしてろ」
「うん」
「それにしても何をそこまで驚いたんだ、お前は」
「何を、って」
「ただ私に欲情するのかと聞いただけだろうが」
ぼんっ。と、優の顔が真っ赤になった。顔だけじゃない、首や耳までだ。
「女の子がそういう言葉、口にしちゃ駄目です」
「何故だ?男女間の感情としては大事だろう。てっきりそういう対象として見られてないものだとばかり思っていたぞ。子供を作るのは諦めるかとすら思っていた」
「その、言っても、いい?」
「あぁ」
「玲ちゃん相手にそういう感情抱けない男なんて、日本中探してもいないよ」
いきなり何を言い出すかと思えば。身内の欲目もいいとこだ。
「玲ちゃん、自分がどれ程綺麗か自覚ないもんねぇ。
現代の見返り美人。一人花鳥風月。これぞ大和撫子。お嫁さんにしたい子No1。文武両道、性格良し、器量よし、スタイル抜群。非の打ち所がない」
「何だ、その歯の浮くような言葉の羅列は」
「クラスの男の子達が玲ちゃんを見て言ってた」
まぁ、外ではきっちり猫を数匹かぶっているからな。それにしても、だ。
「見る目がないな。外見だけで判断されても困るし、そもそも自分の見た目に興味などない」
「そう言うと思った」
「まぁ、それでも、だ。お前が欲情してくれるなら、もう少し磨いてみるか。」
「これ以上綺麗になってどうするの!?」
「お前に押し倒して貰う」
「れれれれれれれれれ玲ちゃんっ!?!?」
「あのな、優」
頬を両手ではさみ、じっと目を見る。
「お前以外に、操を捧げる気はない。それに、だ」
アイスノンを支えている手と逆の手を、とり。
自分の心臓に押し当てる。
「言った筈だぞ?愛している、と。この身も、心も、今お前の手に伝わる鼓動も全て、お前のものだ。
私の全てをかけて、お前ただ一人を愛している。お前が望んでくれるなら、私はお前に抱かれたい。お前に、私の全てを捧げたい」
「玲、ちゃん……」
「愛している。優。だから、お前の心の準備が出来たらいつでもいい、私を抱いてくれ」
「……う、ん」
優の目から、幾筋もの涙が流れ落ちる。
「玲ちゃん、玲ちゃん、僕も、僕も、玲ちゃんを、愛してる」
「優!?」
「玲ちゃんの、全部を、愛してるよぉ」
涙声で、顔中ぐしゃぐしゃで。
普通の人から見たら情けないの一言だろう、その顔が何よりも愛おしく。そのまま抱き締めて、離せなかった。
人はこんなにも誰かを愛する事が出来るのだな、と。
優といると毎日、思う。
私はこいつの為なら本当にどんな事でも出来ると思う。どんな事でも、だ。
「れーちゃぁ……」
「ここにいる」
ほんっとうに愛らしい。ここまで愛らしい生き物なぞ世界中探してもいない。
ああ私はなんて幸せなのだろう、こんなに愛らしい生き物が夫だなどと。
ついつい顔がゆるむのを押さえつつ、そのまま愛らしい我が夫をぎゅうと抱きしめて眠った。
私の可愛い可愛い優。
だが私はその可愛らしさに隠された強さと、無理をしていた理由を知る事になる。
……最悪の形で。
いつものように、二人で買い出しに行った週末。
いつものように、家に向かう路地の角を曲がった時、それは起きた。
「玲ちゃんっ!!!」
聞いた事がないような大声で私の名を叫び、全身で私を抱きしめる優。
その瞬間、全身に衝撃を感じ意識が一瞬飛んだ。
「れい、ちゃん、れい、ちゃんっ」
必死に呼ぶかすれた声に、重い目をあける。
「れい、ちゃん……よかった、め、あいた」
「ゆ……う?」
視界に飛び込んできたのは、無数の鉄骨と。
四つん這いになり、私をかばい、鉄骨に潰されている優。
「優!!」
「だめ、れいちゃん……うごいたら、だめ」
鉄骨の向こうから、沢山の人の声がする。どうやら、優と私は鉄骨の中に埋もれているらしい。
そして。
「優、お前、鉄骨が、血が!!!」
優の身体を、背から腹にかけて、鉄骨の一本が貫いていた。
とまる事なく、血が、私と優の身体を染めていく。
「れい、ちゃん」
「喋るな!今止血を」
「うごいたら、だめ。いま、れいちゃん、うごいたら、てっこつ、くずれる」
「だがっ!」
「だいじょ~ぶ」
私がかすり傷ひとつ負っただけでぴーぴー泣く夫は。
「だいじょ~ぶ、れいちゃん。
かならず、れすきゅーさんたちが、たすけて、くれるから」
蒼白な顔で、笑った。
鉄骨が全てどけられ、優を串刺しにした鉄骨も前後が切断される。
意識のない優と共に、私も病院に運ばれた。
優は。
救助される瞬間まで、救助活動を行ってくださった方々に大丈夫だと答え続け、私を励まし続けた。
痛いだろうに、苦しいだろうに。
救助され、周囲にいたレスキューの方々に礼を言い、気を失うまで一言も弱音を吐かなかった。
ただの、一言も。
怪我の応急処置を受け、手術室の扉の前に座る私に。付き添ってくれた看護師さんが言った。
「ご主人、立派な方ですね」
「私の、誇りです」
そう言うしかなかった。
だがな、優。
私は、聞きたかった。励ましの言葉ではなく、だいじょ~ぶという言葉でもなく。
お前の、弱音を……聞きたかったよ。
目をあけたら、傍に玲ちゃんがいた。
しびれたように重い身体をぐいっと起こして、玲ちゃんを見る。ずきんって傷が痛んだけど、ぐっと唇を噛み締め、玲ちゃんを起こさないようもう一度横になった。
「(ほんと、僕、情けないなぁ……)」
玲ちゃんの足には包帯が巻かれていた。
僕は玲ちゃんの旦那様なのに、玲ちゃんをちゃんと護る事が出来なかった。
玲ちゃんはいつも僕を護ってくれているのに。
「(もっと、もっと、頑張らなきゃ)」
力不足も甚だしいけど、それでも僕は玲ちゃんの夫だから。
玲ちゃんをちゃんと護れるように。
玲ちゃんをちゃんと支えられるように。
ちゃんと、ちゃんと。
ぐっ、と握りこぶしを作ったら、傷がまたずきんって痛んだ。……お馬鹿だなぁ、僕。
「……ん、……」
「あ」
しまった、玲ちゃんを起こしちゃっ
「れぃ、ちゃん……?」
息が、止まるかと思った。
いつもの玲ちゃんは、そこにいなかった。
いたのは。
「ゆう、ゆうっ」
ただただ僕の名前を呼んで泣きじゃくる、今にも倒れそうなか弱い女性だった。
いつも僕を鼓舞してくれる強い玲ちゃんは、何処にもいなかった。
「れぃ、ちゃ」
「お前を、失うかと思った……!!!」
どうにかがんばって、身体をおこして玲ちゃんをぎゅって抱きしめる。
あぁ。知らなかった。
玲ちゃんが、こんな風に泣くなんて。それも、僕の事なんかで。
「お前が逝ってしまったら、私はどうしたらいい。
お前が、いるからっ……!!!」
お前がいるから、私は生きていられるんだ。
嗚咽混じりの声。
恐る恐る、今まで聞けなかった事を……聞いてみる。
「ぼく、れいちゃんの、はじじゃ、ない?」
「……は?」
恐い声が帰ってきた。
で、でも、頑張って聞いてみる。
多分血がどばどば出たから頭に酸素が回ってないんだろう、そうじゃなきゃこんな事聞けない。
だって、うざいって、思われたくない。嫌われたくない。……捨てられたくない。
「誰がそんな事を言った」
「え、あ」
「お前を責めている訳じゃない。誰が、そんな事を、言ったと、聞いている」
「……おとうさん。ちゃんと、おとこらしくしないと、れいちゃんが、はずかしいおもいする、って」
「あの糞舅め」
玲ちゃんがぎりりと歯ぎしりをする。すんごい怒ってる。怖い。
「まさかとは思うが一応聞いておく。
今までお前があれこれ無理をして、更に今回一言も泣き言を言わなかったのは、私の恥にならないようにか」
「うん」
びゅおんっ、と。
僕の顔のすぐ傍を拳が貫いていった。相変わらずの鋭さだ、流石空手二段。
父さんには護身術だって言ってたけど護身の範囲超えてるよね、うん、怖いから言わないけど。
「二度とそんな馬鹿げた事を言うな、考えるな。お前が私の恥?むしろ私がお前の恥だろう」
「そんなこと、ないっ!!!」
玲ちゃんが僕の恥だなんて、そんな事は絶対にない。
悔しくて、悲しくて、大声で否定する。
「優。お前が今感じているもの全てが、さっき私がお前に「自分は恥じゃないか」と言われた時に感じたもの全てだ」
「あ……」
「頼むから、もう無理はするな、頑張るな。私は、極端な事を言えばお前が息をしているだけで満足だ」
「玲、ちゃん」
「ありのままのお前でいいんだ、優。ありのままのお前を、愛している」
「れぇ、ちゃぁんっ」
ぎゅってして、大泣きして。
傷が開いて、二人揃って看護士さんに怒られた。
でも、玲ちゃんの事がもっと判った気がして、嬉しかった。
そして、今回のこの出来事が、僕の周囲を思いっきり変えた。
まず、父に今まですまなかった、と頭をさげられた。母が言うには、僕が目を覚まさなかった間、一睡もせず近所の神社でひたすらお百度参りをしてくれていたらしい。しかも裸足で延々と。
両足にぐるぐる包帯を巻いてる父さんは、ちっとも痛そうな顔をしていない。
僕らは十二分に、似た者親子だ。
「だいじょ~ぶだよ、父さん。ちゃんと判ってる。
父さんが僕にあれこれ言ってきたのは、僕が周囲にあれこれ言われて辛い思いをしないようにするためだって、ちゃんと判ってるから。
だから謝らないで。心配かけて、ごめんなさい」
初めて父の泣き顔を見た。
それから二週間後、職場にようやく復帰した僕に、いつもお酒を飲ませる上司が慌てて近付いてきた。
長く休んですみません、と頭をさげたら。
「馬鹿野郎!んな事気にすんじゃねぇ!!そもそもこんなに早く出てくんな!!!」
怒鳴られた。
最低でもあと一週間は病休だ出てくんじゃねぇとタクシーに乗せられ代金上司持ちで家まで追い返された。
僕の分の仕事を全部代わってやってくれてる、と後で同期の仲間から聞いた。
お酒を無理やり飲ませる以外はいい上司だと思ってたけど、ここまでとは思いもしなかった。
仕事復帰した後も、お前は腹えぐられたんだから今後禁酒だ辛いだろうがあの綺麗な奥さんの為に我慢しろ、と逆に一滴も飲ませて貰えなくなった。それどころか他社や他の上司からの酒の席でも飲まなくていいよう、話をつけてくれた。
あの事故は結構大きくニュースになっていたらしく、周囲の皆も理解して受け入れてくれた。
「いつもすみません、ありがとうございます」
「気にすんな、早く帰れ」
「気をつけろよー」
「はい、失礼します」
しばらくは残業も禁止、らしい。
上司だけじゃなく、周囲の同僚や先輩達もみんなよってたかって心配してくる。
過保護じゃないかな、と言ったら。
「「「元々無理ばかりするから今位が丁度いい」」」
声が揃ってた。
ちょっと疎外感を感じた。
「とりあえず、残業させて貰えないから、その分時間内に頑張ってるんだ」
「そうか、無理はするなよ」
「ん、だいじょ~ぶ」
「お前のそれは生涯信用しない」
ひどい、と泣き真似をしたら、演技が下手過ぎると言われ、僕のひざに玲ちゃんがころんと頭を乗せてきた。
「優」
「ん~?」
「そんな冗談を言える程、身体の方もよくなってきたなら。そろそろ解禁でいいな?」
とりあえず。
僕らは生まれてくる性別、間違えたと思う。本気で。